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ランクロットの一族  作者: ふじたけ
第一章 エルク編
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第45話 宣戦布告


 自分たちのすぐ横を剥き出しの岩肌が、風を切って通り過ぎていく。


「ヒイイイイイイイイぁ嗚呼ああアアああアアあアァァぁっっっ!」


「悲鳴を上げるな舌かむぞっ」


 突き出した岩棚、雪の積もった斜面にエルクは着地、同時に膝を限界まで折り曲げ、衝撃を和らげる。


 勢い止まらぬボードはそのまま滑り、再び宙空へ。


 さらに落下し続ける。


「さすがに、かなり、厳しいなっ!」


 いくつかの岩棚を飛び石のように経由しながら、どんどん高度を下げていく。


 剥き出しの岩肌に着地すればさすがにボードも砕け散る。そうなれば自分たちも同じ運命を辿るだろう。


 めまぐるしく変わる視界の先になだらかな斜面が見えた。


 厚くつもった雪面にうまく着地することができれば。


「レンツっ、ギルの手をしっかり握りしめてろ!」


 そう言うが早いか、エルクはギルをレンツの方へと放る。


「ひゃあああああああああああっ! あにきぃ、あにきぃっ!?」


「いいから俺の手握ってろぉぉぉっ!」


 レンツがしっかりギルの手を握るのを見てからフリーになった右手に力をこめる。


「っラアァっ!」


 気合一閃。エルクは岸壁に掌打を放つ。


 ――ドンっ!


 山が崩れるかと思えるほどの音とともに、三人は真横に吹き飛んだ。


「「ニュオオオオオオオっ!?」」


 吹き荒れる豪風の中でエルクは目を見開き、眼前まで迫る雪面をにらみつける。まばたきする余裕すらない。


 斜面の角度を見極めながら、膝を折り曲げボードの角度を調整する。


 ――――ジャっ!


 速さと勢いを落とさぬままにエルクは着地。爆発したかのように白煙が舞い上がり、中から三人は飛び出した。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオっっ!」


 雪面に着地できたとはいえ、高所から落下した速度と勢いはいささかも衰えてはいない。


 下手にブレーキをかければボードはもたない。


 このままの速度を維持しながら、山のふもとまで降りて、自然と速度をゆるめていくしかない。


 目の前には吹雪や豪雪に切り崩された列石群が立ちはだかっていた。


「うわああああっ、もうダメだああああああああぁぁっ」


「俺たちゃあの岩にぶつかって死ぬんだぁぁっ、馬車につぶされたヒキガエルみたいにぃぃっ!!」


 風音よりもかしましく騒ぐ二人をよそに、エルクはボードの向きを変える。

 

 わずかに変化する進行方向、それでさえもエルクの膝に三人分の負荷がかかる。ミシリと骨のきしむ音がした。


「――ヒグっ!」「――エぅっ!」


 大口を開けて悲鳴を上げていた二人はとうとう舌を噛んだらしい。


 これで少しは静かになるかと思ったが、


「いってぇええっ! いてぇよ兄貴ぃぃっ!!」


「ヒタかんだぁぁっ! ヒィァアああっ、こんなにヒてえのははヒめてひゃぁっ!」


「だああっもう! いいから黙ってろっ!こんな状況で大口開けてりゃ舌をかむのも――ハグぉっ!?」


 小さな悲鳴を上げて押し黙るエルクに二人は目を向けた。


「にいひゃんもひたかんひゃのひゃ?」


「ひょなたりゃのへいひゃっ!」


「ひゃつはたりはひっともねえひょ」


「ひゃかまひぃっ!」


 何を言ってるかもよくわからぬままに言い合いを続ける三人は、ふもとの方まで岩の間をすり抜けるように降りていくのだった。



   *


 

 見下ろす景色は銀世界。


 一点の曇りもない白銀の山を滑り降りていく。自由落下の恐怖をしょっぱなに食らった二人はすでに味わったことのない爽快感に酔いしれていた。


「ヒャッハアアアアっ、すげえすげえよ兄ちゃんっ、スノーボードってソリよりよっぽどおもしれえ!」


「兄貴兄貴っ、武術もいいけどこれの乗り方も教えてくれよっ、今度みんなの前で自慢してやりてぇ」


 先ほど死にそうなほどの目に合ったことをもう忘れたのか、二人の声は快活に弾む。


 エルクは嘆息をつきながら、緩やかになってきたふもとを降りつつ、深い森へと進路を変えて、森の手前まで来てボードを止めた。


 ふぅ、と安堵の息をつきながら、抱えていた二人をどさりと落とした。


 さすがに二人のお荷物を抱え、何十メートルある崖からのフリーフォールは負荷も激しかったようだ。腕も膝も少し動かせばきしむような鈍い痛みがはしる。


「なんとか逃げ延びれ――」



『グゥッゥアアアアオオオオオオオオオオオンっ!』



「「ワヒャァッ!」」


 立ち上がろうとした二人が、再びしりもちをつくほどの畏怖を持った咆哮であった。


 すでに姿は見えぬほど彼方にあるにも関わらず、雄たけびだけをもってこちらを威嚇してきたのだった。


 生物としての本能が、その咆哮に込められた意味を教えてくれる。



『――カナラズ、キサマヲ、クイコロス』



 エルクは霞む山を見上げながらも、口角を吊り上げた。


「フフッ、なかなかに情熱的な宣戦布告(ラブコール)ではないか。余が女であれば頬を染めてうつむくところであるわ」


 嬉しそうに、好戦的な笑みを浮かべてつぶやいた。


「こちらも応えてやらねばなぁ」


 エルクは一歩だけ前に出ると、すぅと冷えた空気を肺の底まで吸い込んだ。


 それを見たレンツが慌てた様子で耳をふさぐ。いまだ事態を飲み込めないギルはあっけにとられた顔でエルクを見ていた。



「――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」



 そして、言葉にできない大音声がエルクの全身から解き放たれたのだった。



   *


『――ヤレルモノナラ、ヤッテミヨ』


 そんな意志と闘志の混ざり合った咆哮が、ソレを襲った。


 巨躯の芯まで震わせるほどの覇気に満ち満ちた声音。


 雪に固められた斜面すらもわずかに震わせたそれは、山の頂にまで影響を及ぼした。


 ――ゴゴ、ゴ。


 かすかに地響きは次第にその律動を増していく。


 ソレの踏みしめる雪面が少しずつ下へ、下へと滑って行った。


 そして、バギンと雪面の割れる音とともに雪崩が巻き起こったのだった。


 巨大な匙ですくったように抉れた雪面が、さらに下にあった雪面を巻き込み、激しさをまして襲い来る。


 ソレは唸り声を上げながら二本の脚で立ち上がる。天を引き裂かんばかりに伸ばした大爪が鈍い光を放った。


「「グオゥっ!」」


 唸り声とともに、高く伸ばした腕を斜面へと叩きつけた。


 硬く凍り付いた雪面を粉砕した鋭い爪は、その下にある岩肌の奥深くへと食い込んだ。


 そして、雪崩がソレを飲み込んだ。


 圧倒的な質量と速度をもってそこにあるもの全てを飲み込んでゆく。凍り付いた雪面の残骸は、岩肌を砕き、枯れ木をなぎ倒しながらその猛威を振るう。


 周囲一帯が粉塵となった雪の霧に覆われる。陽の光も届かぬほどの密度をもった白き闇。その中で、三つの紅き光が灯される。


「「グウウウウウウウウウウウウウォォォオオオオオゥッ!!」」


 巨躯を大きく震わせて、まとわりついた雪を払い落とす。辺りに舞った雪煙も打ち払ったソレは、岩に突き立てた爪を引き抜いた。


 ガリ、と音を立てる雪のような白き爪。


 それは、まるで水に浸したかのような、研ぎたての剣の如き輝きを放つ。


 自慢の大爪であった。


 この爪を振りかざせばどんな物も砕くことができた。


 この爪を見ればどんな生き物も恐怖に慄き、悲鳴を上げて逃げ惑った。


 己が絶対強者であることを教えてくれるその爪は、自身の誇りであったのだ。 


 だからこそ、届かぬものがあることなど許せなかった。


 だからこそあの獲物が欲しかったのだ。


 期待以上に活きが良い。あれなら、きっと……。


 ソレは二枚の舌で唇をゾロリと舐めた。


 むき出しの岩肌に爪をたてながら、ノシノシと歩きゆく。


 自然の猛威すらも歯牙にもかけぬその様は、まさしく森の王者たる姿であった。


 その獣の王の名は――――ガオウといった。


 

   *



「兄ちゃん、いま雪崩起きたとこってさっきいた場所だよな?」


「……そのようだ」


 耳を押さえながら後ろでうずくまるギルをよそに二人は遠くの山を眺めていた。


「あれで死んでたりしねえかな?」


「ないな、奴は必ず生きている」


「どうしてさー?」


「勘だ、だが間違いない。淡い期待などとっとと捨てろ」


 ようやく復活したギルが、いまだ耳で手を叩きながら寄ってくる。


「てめえレンツー、知ってたんなら俺にも言えよー」


「言う暇なんてなかったろ。文句なら兄ちゃんに言えよ」


「悪かった悪かった、耳は大丈夫か?」


「うー」


 小さくうなりながらギルは二人をにらむ。


「とりあえず休憩しようぜ兄貴、腹も減ったしよー」


「そうしたいのはやまやまだが、客が来たようなのでな」


 エルクはギルの背後にあった森を見る。そして、小さく首を振る。


「いや、客は我らの方であったか。レンツにギル、ホストのご登場だ、失礼のないように、な」


「――――何をしている人間っ!」


 隔意をふくんだ鋭い怒声に、二人は慌てて背後へと振り返る。


 高く尖った針葉樹林の奥深く、光の射さぬ薄暗い森の奥から五人の獣人族が現れたのであった。



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