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ランクロットの一族  作者: ふじたけ
第一章 エルク編
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第44話 極限遊戯


「「う、ウぉあああああああアアアアアアアアアアッ!」」


 異形を初めて目の当たりにした二人は恐怖の悲鳴を上げた。


「な、なんだアレなんだアレ!? あんな化け物なんて聞いてねえぞ兄ちゃんっ!」」


「なんで頭が二つもあんだよ俺の知ってる熊じゃねぇ!」


 恐慌状態に陥った二人は、エルクの身体にしがみつく。


「戯曲のようにはいかぬものだな、姫より先に魔王が出てきて何とする」


「呑気なこといってねえでさぁっ」


「進行ルートも塞がれたか、ここで戦るのも不利ときた」


「兄貴っ、冷静に分析してる場合じゃねえって! 早く逃げようぜ」


「逃げてもすぐに追いつかれるさ、戦うのも無理となればどうしたものか、な」


 エルクは思考したのは、ほんの数秒。


 そして、エルクは村に来る前、二人の言った言葉を思い出した。


「レンツ、ギル。そなたら二人は確かに言ったな。命に代えても余を守ると」


 そう言って二人を見やるエルクの瞳は、いつになく真剣で何か覚悟を決めた者の眼差しだった。



「――そなたらを囮にしても、かまわんよな?」



 どこか酷薄な響きを持つエルクの言葉に、二人が迷ったのは一瞬だけであった。


「お、男に二言はねぇ!」


「ったりめえだっ、兄ちゃんだけは死なせねえ」


 二人は腰につけていた一本のナイフを抜き放つ。獲物の解体用のナイフ。

 熊の持つ凶爪に比べ、あまりに貧弱なそれを。


 カタカタと震える自身の身体を鼓舞するように、レンツは力の限り叫んだ。


「そん代わり兄ちゃんだけは絶対生き残ってくれよっ!」


 エルクの前に進み出る二人の身体は、恐怖に震えていた。それでも決して退こうとはしないその覚悟にエルクは状況も忘れ、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「なら遠慮なく囮になってもらうとするかっ!」


 ムンズとギルの襟首を持ち上げ、熊の方へと高く、高く放り投げた。


「ムヒャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 熊の頭を飛び越えるように、放り捨てられたギルは、吃驚な声を上げながら飛んでいく。


 突然、飛び込んできた獲物を追うように手を伸ばすが、爪はわずかに届かない。


「もう一丁っ!」


「モヒョオオオオオオオオオオオオオオっ!?」


 次に投げられたのはレンツであった。ギルとは違い熊の足元を矢のように滑るレンツはさらに奇怪な悲鳴を上げる。


 身体を伸ばしていた熊は、足元をくぐろうとするレンツの姿に慌てて身をかがませ爪を伸ばす。


「させるか!」


 いつの間にか眼前に迫るエルクが、雪しぶきを上げ視界を覆う。


 ――ブオォッ!?


 戸惑うように、爪を振るうがエルクは身をかがめてやり過ごす。


 そのまま後ろへ回り込んだエルクはいまだ滑るレンツを掴みあげた。


「な、なんだよソレっ、ずっとリュックの上にあった板だよな?」


 エルクの足元には、両端が反り返った妙な形の板がくくりつけられていた。


「雪降る季節の人気者、ウインタースポーツの最先端、スノーボードというものだ。実際やるのは十年ぶりだが、身体は覚えているものよな」


 エッジをきかせてエルクは滑る。熊が振り返り追いかけようと前足をついた。


「ヌアアアアアアアアアアア――グフぅッ!?」


 悲鳴を上げながら落ちてくるギルを右腕だけでキャッチする。


「う、うぉぉぉ、こ、怖かったぁ」


「さすがに二人も抱えると速度も落ちるな」


 山の頂上であるためか、斜面の角度もまだ緩い。思いのほか速度も出ないせいか徐々に熊も追いついてくる。


「ふふふ、全くそなたらは困ったものだ。もっと自分を大切にせよ」


「兄ちゃんだけには言われたくねぇよっ!」


「ぐ、う、うぉぉぉ、は、腹いてぇよあにきぃ」


「痛いで済めば御の字だ、いいからしがみついてろ、とっとと逃げるぞ」


 エルクは左足で雪面を蹴りつけ、加速する。


「兄ちゃん兄ちゃんっ! あいつ追ってきてる追いついてきてるっ、もっとスピード上げてくれぇ!」


「来てる来てる来てるっ! やべえやべえよっどうすんだよ兄貴っ!」


「ええいっ喧しい! 耳もとで騒ぎ立てるんじゃぁないっ、今考えてるから黙ってろっ!」


「「グウオオオオオオオオオンッ!!!」」


 細かく角度を変えながら、細くたなびく雪煙(ゆきけむり)。それを追いかけ白銀の塊が猛進する。硬く凍り付いた雪肌が削りとられ、白煙が巻き上げられていく。


 細い尾根を滑っていくが、すぐに下りも終わりを告げる。


「そうなる前に、覚悟決めるか」


 エルクの両腕に抱え込まれた二人は、そんな言葉に言い知れぬ不安を覚えた。


「た、戦うのか兄ちゃん?」


「いや。戦えば敗北は必至。ここは逃げの一手だな」


「け、けどどうやって逃げるんだよ、もう下りもねえんだよっ、横は崖だしよ!」


「……余の国にはな、エクストリームスポーツというものがあった」


 突如、意味の分からぬ話になった。


 しかし二人は口をはさまない。この状況でエルクが意味のない話をするとは思えなかったからだ。


 極限遊戯、なんてイヤな響きなんだろう。


「切り立った崖を己が肉体だけで登り切ったり、深海まで息を止めて一気に潜ったり、他にも広大な砂漠を最低限の荷物だけで踏破したりするものもあったな。まあつまりだ、人を寄せ付けぬ環境を己の肉体と精神力だけで制覇する素晴らしい競技のことなのだよ」


 尾根の下りも徐々に終わりが見えてくる。


「兄貴、な、なんかやばいよ、すっごいヤバい予感がするんだけど」


「余はこれに目がなかったのだが、みなが許してくれなくてな、まあ一歩ミスれば即死亡の危険極まりない代物だったから仕方ないと言えば仕方ないのだが」


 エルクの視線が横へと逸れる。レンツもつられて視線を向ける。


 尾根をずれれば斜面の角度は急激に変化する。


 先にあるのは絶壁だ。セリルの胸とおんなじだ。


「フフフ、こんなところで機会に恵まれようとは。運命とは本当にわからぬものだ」


 いわばここは屋根の頂上部分、登りと下りの境界にあたる位置だ。屋根にあたる部分との斜面角度は比するまでもない。


「兄ちゃん、どこを見てんの、違うよ? そっちは何もないよ? 地面も希望もないんだよ? あれ、なんでそんな嬉しそうな顔してんの? い、今なんていった? 『飛べない王などただの王だろ?』って、意味わかんねえしっ! ただの王様でいいからっ、危険なことなんてしない堅実な王様が俺は好きだなぁって……」 


 尾根の下りは終わりを告げる。登りのルートにボードを乗せて、そのままわずかに角度をずらす。


 少しばかりの浮遊感。尾根をずれた三人は、急な斜面へとコースを変えた。


「に、にいちゃあああああああんっ! そっちは違うっ、絶望しかまってない! 『今更コースは変えられん』って、だからいったじゃんだからいったじゃんっ! そっちは違うってさぁ!」


 言ってる間に速度はグン、グン、グンと増していく。


 頬に当たる風は極寒の冷たさとともに切れ味を増し、耳元では轟音がうなる。


「ぬああああああああああああっ!? ヤベえよヤベえよ、兄貴ヤベえよっ、こっちはヤベえよっ、熊もヤバいし崖もヤバいっ! 何より兄貴の頭がヤバいっ!! とにかくヤバいしヤバすぎるぅぅぅっ!」 


「ギルウウゥっ! てめえもちっとは説得しろやぁっ、さっきからヤベえしか言ってねえぞコンチクショウっ!」


 エルクはいつもとは違う笑みを浮かべていた。


 自分を頼る者たちを安堵させるあたたかい微笑みではない。犬歯を剥き出しにした獣のように口角を吊り上げていたのだった。


「おいおい、これくらいでぎゃあぎゃあわめくな二人とも。お楽しみはこれからだろうが」


 エルクはボードを水平に。エッジが絡めば速度が落ちる。腕に抱えた二人を掴み直すと、わずかに体を前傾させる。


 進むコースの前方に、雪のかかった岩がある。それを目指して直滑降。


 ついに目を開けていられぬほどの速度に達した瞬間、それはやってきた。



 ――――――ザンっ!



 絶壁直前にある岩をジャンプ台にしながら、白い飛沫を巻き上げながらエルク達は飛翔した。


 見事なエアを決めながら、エルクはそのまま振り返る。


 斜面の半ばまで追いかけていたソレと目が合った。


 三つの朱玉と黒瞳が絡みあう。


「何を怒るか異形の毛玉。先に余の縄張りへ入ってきたのは貴様であろうが」


 飛び行く勢いは徐々に落ち、刹那に満たぬ滞空の中でエルクは告げる。



「――今は無理だが次に出会えば狩り殺す。首を洗って待っていろっ!」



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