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ランクロットの一族  作者: ふじたけ
第一章 エルク編
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第42話 男を尻にしくコツ

その日の夕方、ランドは一人鍛冶場に入っていった。


「ったく、情けねえ」


 グビリとジョッキを傾けながら、ランドは炒った豆を無造作につかみ、バリバリと咀嚼する。

 

 どこか苛立ちながら独り言ちていると、コンコンとノックの音がした。


「邪魔していいかしら?」


 オルガの声だ。


「おう、どうしたよ」


「聞きたいことがあってさ」


 鍛冶場へと入ったオルガはそのままランドの様子を見やると、戸棚からカップを持ち出し、ランドの前へと腰かける。


「何であの二人を行かせたの?」


「さっき言った通りだ」


「嘘ね」


 一言でバッサリと切られたランド憮然とした顔を浮かべた。


「嘘でもねえよ」


 オルガの目を真っすぐに見据えるランドの瞳に揺らぎはない。


「そうね、嘘じゃないわね。けど本当のところは隠してる」


 でしょ、と微笑を浮かべるオルガの瞳には何らかの確信があった風に見える。


「…………」


「……私も商会の娘だから、父さんの商談に何度も付き合ってきたわ。そんな中で一番油断できない人ってどんな人かわかる?」


「さあな、嘘ばかりつく奴とかか?」


「逆よ。ホントのことしか言わない人が一番油断できないの」


 オルガの言葉の意図が分からずランドは小さく首を傾げた。


「嘘をつく人は商人としては三流以下よ、本音の中に小さな嘘を混ぜる人は二流。嘘っていうのわね、大小問わず一つでもバレれば信頼が一気に崩れかねないものなのよ。だからね、一流の商人は大きな本音を小さな本音でかぶせて隠す。そうなればすべての言葉には説得力が生まれ、誰もそれを見破れない」


 オルガは小さく息をついた。


「――つまり、今のランドみたいにね」


「……」


「エルクがね、村を出るときにつぶやいてたの。すごく寂しそうな声で『そこまで信用されてなかったのだな』って。その意味が気になったからさ」


「言えた義理かよ、あのバカが」


「どういうこと?」


 薄暗い鍛冶場、炭の香りがくすぶる中、ランドは不機嫌そうに顔を歪め、わずかな沈黙が落ちる。


「別に言いたくないならこれ以上は追及はしないけど」


 オルガは置かれてあった水差しを傾ける。静かな鍛冶場に水の注がれる音だけが大きく響いた。


「はあ、エルクの事は信用してる。けどある一点においてはあいつ以上に信用できないヤツもいねえからな」


 頭をガリガリとかきながら、ランドは根負けしたように告げた。


「エルクは俺たちとの約束を必ず守ろうとする、自身の名に誓ったことを絶対に成し遂げようとするだろう、それこそ命をかけてでも。けどなそんな約束や誓いよりもあいつにゃ優先するものがある」


 何だかわかるか? と尋ねるランドにオルガは首を横に振った。


「そのとき最も困っている人間だ、目の前に苦しんでる奴がいればエルクは誓いも約束も、平気で忘れて手を伸ばす。それが奈落へつながる道であってもな。だから二人をついていかせたんだよ」


「どうして? あの二人はエルクの枷にしかならないと私も思うんだけど」


「それが理由だ。枷になるからだ。あいつはガキに優しい、いや甘すぎる。マオって子が命がけで救いを求めてやってきた。あいつは絶対にその願いを不意にするような真似はしねぇ。それこそ命をかけてでも」


「そんな時、あいつらはいい枷になる。何しろ待っているのは冬山、獣人、双つ頭の怪物だ。二人が生きて帰るにはエルクの存在が必須。それはあいつ自身も分かってる。だから二人がいれば命がけの無茶はできねえ。そう思ったんだよ」


「ふぅん、なるほど、ね。だからエルクはあんなこと言ってたんだ」


 自分が無茶をしないように、命がけのお目付け役を押し付けられたことを。


 必ず帰るという言葉を、信じてもらえなかったことを。


 ランドの思惑をすべて分かった上での言葉であったのだ。


『――――そこまで信用されてなかったのだな』


 寂し気にこぼしたエルクの言葉を思い出し、オルガはたまらず立ち上がる。



「――――言えた義理かあああぁぁっっ!!」



「そうだろ、そうだろっ! 倉庫での一幕も俺たちがどんだけ心配したかっ! そのクセ手出しはすんなとかあらかじめ手を打ってやがってよ。ざけんじゃねえよバカ野郎がっ」


「ホントよね! それに以前も暴行受けて大怪我したんでしょ? そりゃランドが正しいわよ、信じられるわけないじゃないの」 


「けどな、あんな馬鹿でも、いや馬鹿だからこそこの村には必要なんだ。親を失くしたガキ達にとっちゃエルクのように常に気にしてくれるヤツ、自分を守ってくれるヤツ、無条件に愛してくれるヤツってのが絶対に必要なんだ。だからあいつにゃ二人をつけた、これで無理をしなくなるなら安いもんだからな」


 ランドはそこで視線を沈め、ためらいがちにポツリとこぼす。


「……軽蔑、するか?」


 エルクの無茶を止めるためだけに、二人の子供を死地へ向かわせたことを。


 そんな思いから出た言葉に、オルガは小さく首を振って否定した。


「まさか。そもそもあの子たちが自分から言い出したことだし、あなたはそのあと押ししただけでしょ? それに、ギルたちを説得するときのことも覚えてるから。ランドの心配もわかるわ」


「……ああ」


「それにエルクならあの二人を守ってやれるって信じてるんでしょ?」


「もちろんだ」


 オルガはテーブルに身を乗り出し、ランド頬を両手ではさみこんだ。


「お、おぅ」


「ランド、あなたの判断が正しいかどうかは分からない。もし二人のせいでエルクが死んだらみんなあなたに恨みを持つかもしれない。二人のうちどちらかが死んだらエルクがあなたに恨みを持つかも知れないわ」


「かもな」


「けどその時は私がかばってあげる。エルクもレンツもギルも自分の意志で行ったんだって。それを見送った私たちも同罪なんだって。みんなの前で言ってあげる」


 オルガははさみこむ手に力を入れた。ランドの頬がぐにゃりと歪む。


「だから、そんな辛そうな顔しないでよ」


「……ひょ、ひょうひゃな」


「っとにもう。エルクもランドも一人で抱え込みすぎなのよ! もう少し女に頼ること覚えないさいよねっ、セリルと二人で飲むときの一番盛り上がる話題分かるっ? うちの男どもは人に頼るのが本当に下手ってことよ」


「長年一人で生きてきたもんでな。自分としては結構成長したつもりだぜ。エルクとセリル、そしてお前の間には隠し事はあまりしねえようになった」


 それは大した成長ですこと、と皮肉気に言いながらオルガは続ける。


「そんなのを成長と言い張るなら最近お片づけができるようになった五歳のマルシャはもはや進化ね。あなたよりよっぽどすごいわよ」

 

 オルガはそのまま豆を一粒放り込み、カップを傾ける。


「なによこれ? 水じゃない」


「ああ、冬の間は町まで行けなくなんだろ、節約しながら飲まなきゃすぐになくなっちまうかんな」


「ふうん、三人に義理立てしてるわけね。まあ嫌いじゃないけどそういうの」


「俺の話聞いてっか!?」


 即座に図星をつかれたランドは気まずさに声を荒げるが、オルガはジロリと睨みつける。


「あによ。隠し事はしないんじゃなかったの」


「い、いや隠し事ってわけでもねえだろ。少しは男の面子ってもんを理解してくれよ」


 片手に握ったカップをチャプチャプと横に振らしながら、オルガは口の端をわずかに上げた。


「死んだ母さんが言ってたんだけどね。男ってやつは心底くだらないことを面子だなんだと言い張ることがあるからその時は容赦なく暴き立てやりなさいって」


「どうしてかわかる?」


「い、いや」



「――――それが男を尻に敷くコツだからよ」



 どこか悪戯めいた微笑みを見せるオルガの姿に、ランドはとある言葉を思い出す。


『――女は魔物ぞ』


 かつて聞いたエルクの真理。その意味を理解したような気がしたランドであった。



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