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ランクロットの一族  作者: ふじたけ
第一章 エルク編
41/46

第40話 慟哭の森

40話投稿にてブクマ40件!!

ほんとに一話更新でブクマが増えてるっ! やったぜ、イェアっ!!

 エルクの寝床の中で、獣人族の少女は目を覚ます。


「あ、あれ? あ、たしは……」


 徐々に少女の瞳に意識が戻る。辺りをうかがうように首を巡らすと、エルクの顔を見るなり「あっ」と小さな声を上げた。


「く、黒い戦士様ですねっ、ど、どうか村のみんなを――」


 そう言って身を起こそうとする少女をエルクは手で制した。


「黒い戦士というのが余のことかどうかは知らぬよ。余はエルク・ランクロット、この村の長だ。とりあえず話は聞くからまずは落ち着け。そして最後にもう一つ伝えておかねばならぬことがある」


 エルクは一拍分だけ沈黙をはさみ、無情に告げる。


「――――――そなたは裸だ」


 そんなエルクの言葉を数秒かけて理解した少女は、ギギギ、と音がしそうな震える動きで己の身体を見下ろした。


「いやああああああああああぁぁあぁあっ!」


 少女はひざ元までめくれてあった毛布を必死にかき抱き、首元まで体を覆う。


「な、なんであたし裸なんですかっ!? あ! し、下着までっ、何したんですかっ! ひどいっ、ひどいですっ! まだ誰にも見せたことないのにっ!」


 半狂乱となった少女を見やりながら、エルクは再び落ち着かせようと声をかけた。


「だから落ち着け。服を脱がせたのは濡れていたからだ、川に落ちたところまでは覚えておるか? あのままであれば確実に凍死していたぞ、だから脱がせて身体を拭いた。そなたの危惧するような真似はしちゃいない」


「や、やっぱりニンゲンはケダモノなんだっ、いや、近寄らないでよ、あ、あたしに何をする気なんですかっ!? 助けてください姫様ぁっ!」


 何一つ聞かず、こちらを見る瞳は警戒色に満ち満ちていた。


 何と声をかけようかと迷っていると、布団の中からヒソヒソと囁く声が聞こえてきた。


「エル兄が服を脱がして優しく体を拭いてくれたのよ。どれほどの栄誉と思ってのかしらね? このケモ耳は」「ホントよね、『エル兄に一生添い遂げそうな人ランキング』第二位のセリ姉ですらまだなのにね」


「やあああっ! 誰か入ってるぅぅぅぅうぅうっっ!」


 自分の布団の中から聞こえてくる声に、少女はさらに混乱を加速させていき、結局、落ち着いたのはそれから三十分後のことだった。



   *



「それじゃあ話を聞かせてもらいましょうか」


 乾いた服を着た少女はそのままベッドの上で、涙目ではあるがとりあえず話ができる程度には落ち着いたようだ。


 エルクが話すとまた混乱しそうなので、セリルが話を聞くことにした。


「まず最初に聞きたいことは、『エルクに一生添い遂げそうな人ランキング』の第一位は誰なのですか?」


 セリルの視線は獣人少女を完全にスルー。いまだベッドから出てこないラナとサリアに向けられていた。


「セリルさん?」


「エルクはちょっと黙っててください」


 思わず敬称をつけて尋ねるエルクを一言で黙らせる。これだけははっきりさせておかねばならない。


「一番はランド兄ちゃんだよ」


「……納得しましょう、確かに今の私では太刀打ちできません」


「うん、さすがにちょっと待て」


 思わずランドから突っ込みが入る。


「他にも『結婚したらいいお嫁さんになりそうな人ランキング』もあるけどセリ姉は三位だね」


「なっ!? 一位と二位はっ! 一位と二位は誰なのですかっ!?」


「あ、あの……あたしの話を――」


「あなたもちょっと黙っててください、今大事な話をしてるんです」


「うぅ、こっちも大事なのにぃ……」


「一位はエル兄だよ。料理も上手くて働き者で、よく気が付くしで女子力高いもん。二位はオルガ姉ちゃんだね」


「あら? セリルを抜いて二位だなんて光栄だわ」


「うん。同情票が決め手かな」「もういい年なんだから早く結婚しましょう?」


「表に出なさいっ、ガキンチョがっ!!」


 なおも四人のガールズトークは、少女をよそにヒートアップしていく。



「――ふぅ」



 短く、音にすらなっていない。そんな吐息にこめられた怒気に、四人はビクリと身をこわばらせた。


 四人はおそるおそるエルクの方へと顔を向ける。


 口の端はわずかに上がり、静かな微笑を浮かべているがその瞳はスッと細められている。


 いつもの優し気な笑みとは違い、どこか冷酷な感じのする微笑であった。


 四人はゴクリと唾を飲み込んだ。


 沈黙する姿を見やり、エルクは告げた。


「……ん。いい勘してるなそなたらは。その勘に聞いてみよ。今の余が何を望んでいるかをな」


「あ、あたし達は話の邪魔にならないように外に出てるね、いくよサリア」


 二人は慌てた様子で布団から出てくると服を着こんで駆け出ていった。


「わ、私たちは邪魔にならないように後ろで静かに正座してますね?」


「そ、そうね。その子も落ち着いたようだしエルクが話を聞いても大丈夫だと思うわ」


 冷酷な微笑もちょっとイイと思いながらも、それは隠してセリルは床へと正座する。

 

「そうだな。命がけでここまできたのだから、話くらいは聞かねばなるまいよ。くだらぬ話は後にせよ」

 

 ようやく話をきく態勢が整ったと判断したエルクは少女へと顔を向け、優し気な口調で尋ね始めた。


「騒がしくしてすまなかった。そうだな、まずはそなたの名から教えてくれぬか?」


「……マオ、です」


「ではマオ、そなたの村で、いったい何があったのだ?」


   *



「……村に怪物が出たんです」


 それは二週間ほど前、村の若い衆たちが狩りに出かけたある日のことであった。


 冬ごもりをしている獲物であっても、嗅覚の鋭い狼人族にとっては恰好の獲物。狩りに出かけた者は、シカやイノシシ、時には大きな熊といった大物を村へ持って帰る、山を知り尽くした者たちであった。


 しかしその日に限って中々村へと戻ってこない。心配になった村の者たちは捜索に出ようかと話し合っていたころに、二人だけが戻ってきた。


 宵闇に浮かぶ人影に村の者たちは安堵の声とともに駆け寄った、しかし、それはたちまち悲鳴へ変わる。


 男の顔は、頭から鼻下近くまで皮がベロンとめくられ、潰されていたからだ。


 それが誰であったか声を聞くまで分からぬほどに。


「ご、ごいづ、ぼ、だづげ……で」


 上唇まで抉られたせいでうまく言葉を発せていなかった。


男の背には、もう一人の男が背負われていた。腹を引き裂かれ、臓物と鮮血を垂れ流し、すでに息絶えていた男が。


 顔の潰れた男はそのまま意識を失ってしまう。


 すぐにできるだけの処置をするが、意識は戻らず、いったい何があったのか、他の三人はどうなったのか、何も分からぬうちに村は夜を迎えることとなる。


 

 ――そして、ソイツが現れた。


 

『――ブオオオオオォォォォォオオッっ!!!」


 

 月下の冷気を震わせて、牙剥く姿は悪鬼のごとく。


「いあだあああっ、ばだぜぇえええええええっ!」


 男の言葉にならないくぐもった絶叫が聞こえた。


 村の者たちの悲鳴が上がる。


 跳ね起きたマオは、窓から顔を覗かせた。


 そこにいたのは小山かと思えるほどの、大熊であった。


 月の光を浴びた雪より白い銀の毛皮。辺りに舞い散る鮮血よりも禍々しく輝く三つの紅玉。


 それは、双つの頭を持った異形の巨熊(きょゆう)


 頭の一つは、顔の潰れた男の肩を咥えていた。もう一つの頭は連れ帰った男の死体をむさぼり食っていた。

 

 そんな巨熊を取り囲む村の男たちは、こん棒や石槍をもって果敢にも飛びかかっていく。初めに飛びかかった男は、振り払う爪で体を真っ二つにされた。続く男たちも爪で、牙で、その巨木のような剛腕で薙ぎ払われていく。


「も、もうよぜ……っ! おではぼういいっ、ごいづのでだいはおでだんだっ! あ、あぐぅ、ぐがあああああああああっ!」


 男は叫ぶ。ミシリと骨のきしむ音がした。その身を食いちぎられそうになりながらも必死に声を張り上げた。


 狩りにいったときに襲撃を受け、その時に彼は餌として定められたのだろう。


 だからここまで追ってきたのだ。


 熊という生物にとって、己の餌への執着はどんなものよりも強い。


 悲鳴を上げながらも「くるな」と叫び続ける男を、ただ眺めることしかできなかった。


 攻撃が止んだことを悟ったのか、双頭の巨熊は男を咥えながら、のそりのそりと山へと帰っていった。



 しばらくして、男の断末魔の悲鳴がこだまとなって山へと響いたのだった。



    *


 茶色の耳をシュンと寝せながら、マオは沈痛な表情を浮かべる。


 エルクとランドは顔を見合わせ、小さく頷いた。


「一つ聞きてぇんだが、その大熊は目が一つ潰れてなかったか?」


「は、はいっ! 片方の頭の右目が潰れてました!」


 マオの答えに得心がいったようにランドは頷く。


「決まりだな」


「まああんな化け物がそうそう何匹もいるとは思えぬしな」


「し、知ってるんですか?」


 マオの問いかけにランドはエルクを指し示す。


「去年ここにも来たんだよ、こいつが片目を抉って追い返したけどな」


「そ……っ!? そ、それならどうかお願いいたしますっ、足りるかどうかは分かりませんが、姫様から報酬として、報酬として……あ、あれ?」


「ああ、返すのを忘れてたな。このダイヤか?」


「そうっ、それです! 本当は依頼を渋ったときに見せなさいって姫様に言われてましたけど。報酬としては十分ですよねっ?」


 手にしたダイヤを返そうとするが、マオはそのままどうぞ、と押し返す。


「というか価値が高すぎて正直返したいところだが、それはまあいい、聞きたいことがまだ少し残ってる」


「はい。何でもお答えいたします、黒い戦士様」


「それだ。その黒い戦士というのは誰が教えた? なぜ余のことを知っている?」


「姫様です。どうして知っていたのかはあたしもよくは分かりません。ただ姫様は昔から不思議な力を持っていてご神託を授かることができるのです。その姫様が、南の地にいる黒い戦士様に力を借りよ、と」


 ランドはツルリとした顎を撫でながら、ふむと頷く。

 

「となると『予知』の類かね?」


「推測だけならいくらでもできるが、答えを知る者がいないならば意味はない。行ってみるしかないだろうな」


 エルクはすっくと立ちあがる。そんなエルクの姿にランドは声をかける。


「いつ行く? 何か要るもんはあるか?」


 てっきり反対すると思っていたセリルとオルガは慌てて立ち上がる。


「ちょ、ちょっとランドっ、あなた反対じゃなかったの? 話を聞く限りすっごくヤバい相手じゃないの!」


「そうですよっ! 獣人の人たちが束になっても敵わなかったんでしょうっ、危険すぎますよ!」


 テーブルに手をつきつつ、生まれたての小鹿のように足をプルプルさせながら叫ぶ二人に、ランドは椅子を出しながら告げた。


「今でも反対って意見は変えちゃいないが、こいつの意志も変わらねえ、なら少しでも生きて帰ってこれるようできる限りの準備をするしかねえだろう」


「じゃ、じゃあ来てくれるんですか、黒い戦士様っ! ありがとうございます、ありがとうございますっ!」


「あれ? ならランドは行くの?」


 ふと気になったオルガは尋ねてみるが、ランドはあっけなく首を横に振った。


「こいつがいねえ間、誰がここを守るってんだ。エルク、村のことは心配すんな。前だけ向いて行ってきな」


「フフ、そなたは本当に良き男だな。余が女であったら間違いなく惚れておったぞ」


ランドと視線を交わしながらもそんな言葉をつぶやくエルクに、「くっ」と、なぜかセリルが悔し気にうめく。


「さすがは、さすがはランドです、『エルクに一生添い遂げそうな人ランキング』一位は伊達ではないということですね、ですがいつかっいつか! あなたの序列を覆して見せますから!」


 

 この身の芯が震えるほどの強敵に、エルクの拳に力が入る。


 それでも逃げるわけにはいかない。


 ヤツはすでにフィオークを襲っているのだ。生息圏内に入っている以上、再び来ないとも限らない。


「戦るしかない、逃げることなどできはしない。我らの未来のためにも、な」


 かつての吹雪に消えゆく悪夢のような情景に思いをはせる。


 黒き瞳に、不退転の意志が宿る。


 セリルもまた同じような眼差しで、拳を握りしめた。


「そうですエルク、戦うのです。望む未来をつかみ取るならばどんな相手も容赦は無用。神とあっては神を斬り、仏とあってはそれを斬る。己が未来を手に入れんがためにっ!!」


 エルクが覚悟を決めた時、セリルもまた、己の前に立ちはだかる高き壁を乗り越えんと決意したのだった。

 

「な、なんでこっち睨んでんだよおおおおぉぉぉぉっ!?」









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