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ランクロットの一族  作者: ふじたけ
第一章 エルク編
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第39話 来訪者

「っし! これで鍛冶場も火納めか」


 小さな炉の中でチロチロと燻る火に灰をかけながらランドはつぶやいた。


 舞い上がる灰の中、大きく吐いた白い息は瞬く間に溶けていく、屋内でもこれなのだから外に出ればその寒さも一塩だ。


「うーん、やっぱ寂しいもんだ、俺も根っからのドワーフだってことか」


 チラリチラリと舞い落ちる雪は、徐々にその厚みを増していく。本格的な冬の到来に備え、鍛冶場は冬の間閉じられる。燃料の節約をするために。


「まああんな思いは二度としたかねぇし、させたくもねえからな」


 去年のことを思い出していると、コンコンと扉を叩く音がした。


「ランド、昼飯を持ってきた。入るぞ」



   *



 湯気の立つシチューを一口ずつゆっくりと嚥下する。


「なんだ。もうできておったのか。相変わらず仕事が早い」


「まあそんな難しいもんでもねえしな、設計図通りに作ったつもりだが、結局そりゃ何に使うんだ?」


 ランドは先ほど作り上げ、壁に立てかけていたそれをあごでしゃくった。


 幅の太く、ランドの胸元近くまで長さのある厚い板。その両側は鉄で補強し、両端は上向きに沿っている。

 板の中央部分には何かを固定するかのように、厚手の布を二か所に設置。


「まああれだ、携帯型のソリといったところか。普通のソリは座ってのるが、これは立って乗るものだがな。スノーボードというものだ、知らないか?」


「立って滑るソリなんざ聞いたことねえぞ、すぐにこけやしねぇか?」


「フフフ、それがこれの面白いところでな。慣れぬ内はいくどもこけるが次第にこけぬようになってくる。そうなれば馬より早く走れるのだぞ」


「へー、今度滑って見せてくれ、面白そうなら自分用にも作ってみっから」


「ああ。面白さは保証する、そなたなら一日あれば滑れるだろうよ」


 食事も終わり、ランドは手を合わせごっそーさん、と小さく告げた。


「ああ、あとこれもあった。鉄が少しだけ余ってたんでな、お前に打ったんだ」


 そう言って差し出したのは、鞘に入ったままの剣である。エルクは受け取ると、静かにそれを抜き放つ。


 鈍色の輝きを放つ打ちたての剣は、どこか独特の雰囲気を持っていた。やや幅広に作られたそれはどこも均一の厚さを持っており、ランドの技術の高さを示していた。


「……すごいな」


「よせ、凡剣(なまくら)だ。あまり良い鉄がなかったかんな。無いよりマシって程度だな」


「すごいと言ったのはこの剣ではなく、そなたの腕よ。買い込んだ鉄は質より量を優先したからな。あんな混ざりものの多い鉄からこれだけのものを作れるとは思わなかった、ありがたく頂戴しよう」


 おう、とランドは嬉しそうに言葉を返す。


「今年の冬は大丈夫なんだろうな?」


「ああ。銀獄期のあとはしばらくは暖冬が続く。去年が特別だったのだ、今年はゆっくり年を迎えられるはずだ、のんびり過ごそう」


「どうだかな。ここに来てからゆっくりできたことなんざほとんどねぇぞ。きっと今年も――」


 エルクはランドの顔をキッと見据える。


「それ以上は言うなランド、言霊という言葉を知らぬのか。放った言の葉は魂を持ち、発した通りの現実をこの世に写すということを」


「ほぉ、おめえがそんな迷信を信じてるとは思わなかった。じゃあまた賭けるか? 銘酒を一壺、あれがいいな。ラグアスさんとこで飲ませてもらった大吟醸、あれはうまかった。俺は何かある方に賭けるぜ」


「はっ! 面白い、なら余は何もない方に――」 


『兄貴はどこだっ!? 大変だ、人が行き倒れてるっ!』


 そんなエルクの言葉を遮るようにギルの声が聞こえてきた。


「……早い決着だったな」


「ま、まて。ただの行き倒れなら大した事件じゃない、介抱すればそれで済む!」


 何かを悟ったようにつぶやくランドの言葉に、女々しい抵抗を叫ぶエルクであった。



   *



 何はともあれ鍛冶場を出た二人は騒ぎにあった方へと駆けていく。


「どうしたっ、何があった!?」


 村の中央に行くとローブをかぶった小柄な者を背負ったギルの姿が映った。


「あ、兄貴っ、水汲みに行ったら川の傍で倒れてて、それで――」


「分かった、余の家に運べ! セリルにはしばらく家にこもっているように伝えろ」


 ギルから背負ったその子を預かると、頭までかぶっていたローブが落ちる。


 露わになった顔はまだ十にも満たぬ子供のものだ。ややパーマのかかった茶色の短髪に、鼻筋の通った顔立ちは可愛らしいものであったが、小ぶりの唇は小刻みに震え、青に近い紫色となっていた。


 そして、髪をかきわけ角のように生えていたのは――――獣の耳であった。


「獣人族か……」


 抱え上げると獣人族の子供は目を開けた。赤みがかった琥珀の瞳はいまだ虚ろで、状況を理解できないように戸惑う様子が見て取れた。


「心配いらん、我らはそなたの敵ではない。とにかくその身をあたためるから――」


「……あ……っ! い、居たっ」


 子供はエルクの顔を見た瞬間、驚くような言葉を上げた。


「く、黒い戦士さ、ま……どうか、わが村を、お、おすくい、くだ、さ……」


 そこまで言うと力尽きたように瞳を閉じる。


「……まあ、話はあとだな」


 それだけつぶやくとエルクは子供を抱えて、自らの家へと運び込んだのだった。



   *



「ランドっ、暖炉に火を入れてくれ」


 指示を飛ばしながらも、急いで濡れたローブを脱がせる。下に着こんでいた服にも冬場の冷水がしみ込んでおり、ピッチリと張り付いた服は、その小柄な肢体を浮かび上がらせる。


 二つの胸のふくらみと腰にかけてのくびれは、女性特有のものだ。


 細い指先はすでに赤紫に腫れており、ひどい凍傷となっている。あと少しでも遅ければ壊疽となり切断しなければならないほどに危ない状況だったのが見て取れた。


「緊急事態だ、許してくれよ」


 そう言うと少女の衣服をすべてはぎ取る。


 身体にこびりついた水滴を丁寧にふき取ると、再び少女を抱え上げ部屋の隅にある自分のベッドへと運ぶ。火に当たらせて急激に手足をぬくめると冷たい血液が心臓にまわってかえって体に負担をかけてしまうからだ。


 布団の中で暖めたいところだが、誰も入っていない冬場の布団はかえって少女の温度を奪ってしまう。自分がともに入って暖めるしかなさそうだ。


 そんなことを思って自身の寝床に顔を向けると、なぜかこんもりと盛り上がっていた。


「…………」


 エルクは無言で布団を引っぺがす。


「……何をしておるのだ?」


 そこにいたのは、ラナとサリアの二人組。ともにシャツと下着姿というあられもない格好で、エルクの布団の中で縮こまっていたのだ。


 プルプルと羞恥か寒さに身を震わせる二人は、こちらを向いてこう言った。


「……し、死体ごっこ」とラナは答える。


「余の寝床でか?」


「か、棺桶がなかったから」とサリア。


「よく分からんが、よくやった。ついでにこの子も入れてやれ。ほら真ん中空けろ」


 すでにほどよく暖められた布団の中に、少女を横たえると再び布団を掛けてやる。


「ファウっ! つ、冷たいっ、この子すっごく冷たいよ」


「川のそばで行き倒れていたらしい、そのままその子を暖めてくれ。余が一肌脱ごうと思っていたが、女の子のようだし、同性の方が抵抗も少なかろうからな」


「え!? 行き倒れたらエル兄に暖めてもらえんのっ!」


 サリアが何かを期待するかのような顔で、布団から顔を出した。


「そなたらが行き倒れるような真似は断じてさせん」


「ぶー」「ぶー」


 二人はそろって不満げにつぶやくが、そのまま布団の中で大人しくなる。


「さて、と」


 暖炉の中は橙色の火が灯る、ゆるやかに温かくなってくる部屋の中で、エルクはようやく一息ついた。


 脱がした衣服を乾かそうと、ローブを拾うとゴトリと重そうな音をたて、何かが落ちた。


 小さな革袋の口から覗くそれを見た時、エルクは目を見開きながら声を失った。


「どうしたよ、お前のそんな顔見んなぁはじめてだな」


 そんなランドに、エルクは何も言わず袋の中からそれを取り出した。


「確かに賭けは余の負けのようだ、こんな代物を見せられてはな」


「――――っ! そ、そりゃ、もしかしてダイヤモンドか!?」


 エルクの手に握られた超特大サイズのダイヤモンドは、暖炉の火を浴びながら、煌々とした輝きを放っていたのだった。


 


   *




「――というわけで、そなたらの意見が聞きたい」


 場所はそのままエルクの家の中である。


 オルガとセリルも呼んで、ランドを含めた四人でテーブルを囲む。


 セリルも呼んだのは獣人である彼女ならば人との関りもないと思ったからである。


 テーブルの上には、先ほど出したダイヤモンドが澄んだ光を放ち、オルガはそれを食い入るように見つめていた。


「け、けど意見も何もあの子が起きるまではまだ何も分かりませんよね?」


「そ、そうよ。けどこれホントにダイヤなの? こんなサイズ初めて見たわよ」


「ドワーフ族の俺が保証してやる。それは間違いなくダイヤモンドだ。あと意見についてだが、俺は反対だな」


「反対ってどういうことですか? あの子の村を助けるのがってことですか?」


「可哀そうじゃない、あんな小さな子が命がけでここまで来たのよ、話くらい聞いてあげましょうよ」

 

 ランドは、ボリボリと頭を掻きながら、「それが反対する理由なんだよな」と小さくつぶいた。


「いいか。さっきも説明したようにあの子はエルクに向かってこう言っていた。『黒い戦士様、村を救ってください』ってな。

 このことからいくつかのことが推察される。

 一つ、あの子の村は何らかの脅威にさらされている。

 二つ、その脅威への対抗策としてエルクの力を必要としている」


 ここまではいいか、と尋ねるランドに、二人は小さく頷いた。


「三つ目になるが、このダイヤは何だと思う?」


「何だっていわれても……」


「つまりこんな宝石を持ってきた意味ってことよね? うーん、順当に考えるとあの子からのエルクへの報酬ってとこかしら?」


「その通り、なんだがちょっと違う。あの子のものってわけじゃあねえだろう。伝令として送った奴の所有物だと俺は思う。こんな国宝級の代物を持ってる奴だぞ、村の中でも相当な権力者とみて間違いない。だとしたら何であんな子供を使者に出す? ギルが見つけなきゃ雪に埋もれて野たれ死んでたぜ。

 俺ならもっと力のある奴を使いに出すな、少なくとも村に来れなきゃ伝令も交渉もねえからな。それをしなかったていうのは、あの子以外にいなかったからだ。

 人間に救援を求めることに納得している奴らがな」

 

 ここまで言ったランドは息をつく。二人はそんな言葉を反芻するようにうなずいていく。


「亜人の迫害を受けているのはドワーフやエルフだけじゃねえ、獣人族だって人の戦に駆り出され、戦争奴隷として扱われてる。そんな奴らに助けを求めるなんて納得もできねえだろうよ、最悪助けに行ったところで私刑にあう可能性だってある。

 以上のことから俺はエルクが助けにいくのは反対だ」


 

「「………………」」



 オルガとセリルの二人は黙り込み、ランドの顔をしげしげと見やる。


「ランド、あなたって何者なの?」「ずるいです、何でも作れる上に頭も良いなんて、どれか一つ分けてください」


 パチパチパチと、手を打つ音が響く。


「見事っ、実に御お見事! そなたは余が会った中で十の指に入る智者だと思っていたが、五本の指に格上げしよう」


「そいつぁどうも」


「そんなランドに質問だ。彼女は『黒い戦士』と言っていた。それはいったい何故だと思う?」


 ランドはそこではじめて渋面を作った。


「……そこだけが分からねぇ、あの言い方はお前が戦える者だと知っているような口ぶりだった。エルクのことを知ってる奴がいる、いやそれなら普通に名前を呼ぶよな? 名前も知らない、おそらく顔も……だから黒い戦士なんて言葉を使った、なら何で戦士、戦えると知っている?」


 ランドは自身の考えをつぶやきながらも思考に沈む。


 エルクにも似た深い知性の光が瞳に浮かぶ。


「闘っているところを見られた、か。村でこいつが戦ったところなんて――」


 ランドはハッと思い出した。


「そうかっ! 冬に出会ったあの大熊かっ……いや、いやいやあの日は吹雪いてたぞ、いくら獣人族だってあんな時間にあんなところにいやしねえか」


 ランドはもろ手を挙げた。


「降参だ、こればっかりは分からねえ」


「いやいや、中々いい線いってたぞ。おそらくその戦いを見ていた、もしくは何らかの方法で知ったのだろうと余も思う」


「それこそ無いだろ、あんな吹雪の晩に外に出る奴なんざいるわけねぇ、いくら獣人だって半刻もしないうちに凍死するぜ」


 そんなランドの反論にエルクは同意を返す。しかし自身の考えもまた否定してはいない。


「ああ、知るはずのないことを知っている。見えざるものを見た者がいる。それはおそらく理外の力を持つものだ」


 エルクは続ける。


「人知及ばぬ神に通ずる魔の力。我が国ではそんな力を持つ者たちをこう呼んでいた」



「――――『異能者(ヘルティック)』とな」



「今回の真の依頼人はおそらくその異能者だ。何故余を指名したのか、そんな者でさえも恐れるものとは何なのか。クックック、中々心躍る展開ではないか?」


 エルクは三人を見回して、口の端を吊り上げながら面白そうにこう告げた。


「――そうだろう?」

 

「ん、ぅ、ん……あ、あれ……あ、あたし?」


 ベッドの中からくぐもった声が聞こえた。


 ラナでもサリアでもない、もう一人の少女の声だ。



「――さて、答え合わせといこうじゃないか」



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