第3話 ヒモと毛玉とドワーフと
ブクマありがとうございます。
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二人が森で生活するようになって、一週間が過ぎた。
のどが渇けば湧き水でのどを潤し、腹が減れば山菜や木の実で飢えを満たす。
食事のたびにセリルが虫を取ってきたが、それ以外に不満はなかった。
枯れ木のような腕は若木くらいにはなり、いくぶん身体も動くようになってきた。
極度の脱水に栄養失調、船で幾度も打ち据えられた傷とていまだ無数に残っている。身も心も衰弱しきったエルクにとってこの森での生活はまさに楽園であった。
奥の浅いほら穴の中、やわらかい草を敷き詰めたベッドの上に横たわりながら、エルクは体に少しずつ力が戻っていくのを感じていた。
ただ、それと同時にエルクの胸の中には居心地の悪い何かがくすぶり始めていた。
「ただいま帰りました、エルク」
笑顔で帰ってきたセリルがそういってほら穴に入ってくる。
腰にさげていた草を編み込んで作ったびくを手渡してきた。
「今日は大漁なんですよ、いっぱい食べてくださいね」
大きめの魚が三匹。いまだびくの中ではねている。
しっかりとつかんでいないと飛んでいきそうなほど活きが良い。
「う、うむ。よく帰ったセリル。苦労をかけるな」
「大したことではありませんよ、ちょっと待っててくださいね、今食事にしますから」
ほら穴の入り口付近で、びくから取り出した魚を石の上において、さばき始める。
香草やキノコと一緒に大きな葉で包みながら、焼いていく。
長い髪を揺らし、鈴の音のようなハミングを奏でる背中を眺めながらエルクはぼけっと考える。
「ああ、そうか」
最近ずっと感じていた居心地の悪さの正体にようやく気付いた。
「これが、ヒモというやつか」
***
次の日。
「見よセリル。この食いでのありそうなキノコを。今宵の夕餉は任せておけい。中々に口当た――」
「それ、毒キノコですよ。遅効性の麻痺毒がありますが、まさか食べてないですよねっ!?」
「・・・無論だ」
一刻(二時間)後、エルクは泡をふいてぶっ倒れた。
つまらない見栄をはるエルクをとがめることなく、セリルは薬草を煎じて飲ませてやった。
また次の日。
「何をしてるのですか、エルク」
エルクが何やら石を削っていた。
川原でとれる黒い石で、割るとすべすべとした光沢が出る石である。
「ふっ、狩りでもしてみようかと思ってな」
先の尖った黒曜石を適当な棒へとツタで結び、しっかりと固定する。
何度か素振りを繰り返し、エルクは満足げにうなずいた。
「しばし待っておれ、今宵は馳走を用意する」
手製の槍をかついで森へ駆け込んだ瞬間――槍の穂先に何かがあたった。
ボトリと落ちた丸いそれは、茶色のまだら模様をしていた。
――ヴゥ・・・ッ、ゥゥゥン――
いくつもの重低音を響かせた蜂がエルクを取り囲むまで、時間はさしてかからなかった。
「ぬわーーーーーーーーっ!」
「こっちへ!」
火のついた棒を振り回しながら蜂を追い払い、エルクの手を引き二人は泉に飛び込んだ。
***
そして――
「どうしたのですかエルク? 今日は元気がないようですが。
あ! また何か勝手に食べたのですね、ダメですよ、食べる前に私に見せてくださいね。
別に取り上げたりはしませんから」
――うぅ、申し訳ありません父上・・・ランクロットの名の誇り、もうこれ以上守り切れそうにありません。
せめて涙だけはこぼすまいと、天を仰いで唇をかみしめた。
そんな時であった。
『オオォォッラアアアアアアアアアアアア!』
猛獣のような雄叫びが森の静寂を切り裂いた。
「――あっちだ!」
二人は声のするほうへと駈け出した
***
駆け付けたエルクの目に映ったのは、大木を背に座り込んでいる男と、その前で牙をむいてうなり声を上げている大きなクマであった。
男の胸にあてた手からはおびただしい量の血があふれ出している。
「でりゃああっ!」
瞬時に状況を把握したエルクは、走りこんだ勢いのまま手にした槍を投げつけた。
首に命中したそれは突き刺さるどころか、硬い毛皮に弾かれそのままポロリと地面に落ちた。
何のダメージも与えることのなかった全力の投擲は、注意をひくことだけは成功したようだった。
新たな獲物に首を巡らせ、食事の邪魔をされた怒りを向けてきた。
「ぬう、余の攻撃を弾くとは、毛玉のくせに味な真似を・・・」
――グウオオオオオオオオオオオっ
のんきなことを言っているエルクへと向き直り、雄たけびを上げながら突進してきた。
「どわああああああああっ!?」
慌てて逃げだすが、三歩も走らぬ内に追いつかれ、そのまま宙へと突き飛ばされる。
ドスン、と鈍い音をたてて、背中から落下する。勢いで肺の空気が全部押し出された。
「ゲホっ、ゴホっ・・・」
「エルクっ!」
「くるな、に、逃げよセリル」
「・・・い、いやです」
近くにあった木切れを拾い、エルクの前に立ちふさがる。
「エルクを置いて逃げるなんて、できるわけないじゃないですか。
あなたがいなくなったら、また一人ぼっちに・・・」
凶相をあらわに近づいてくるクマに、セリルは叫ぶ。
「来なさい毛玉っ! 森の民たるエルフに逆らう愚かしさを教えてさしあげましょうっ!」
セリルの目の前まで来たクマは二本足で立ち上がり、威嚇の咆哮をあげる。
心の底まで震えるようなその声量に、それでもエルクはセリルだけでも助けようとその身を突き飛ばす。
「なっ!? エルク」
襲い掛かるクマの巨体は、そのままエルクを押し潰す。
「――クペっ」
妙な悲鳴を上げるエルク、しかしクマはそれ以上は動かない。
なぜならその背に、巨大な戦斧が突き立っていたからであった。
背後にいた男が声を出した。
「わりぃな、助かったぜ」
「こ、こっちもたすけろぉ、ここから出せ、ぐるじぃ・・・」
***
持ち上げられた巨体からはい出たエルクは、隣の男に視線をやる――こともなく、セリルを見やり一喝する。
「たわけぇっ!」
「ヒャッ!?」
「誰が助けを求めた、余は逃げろと言ったのだっ! その頭に突き刺さった棒っきれは耳ではなくただの飾りかっ? この駄エルフめ!」
「なっ!? だ、駄エルフですってぇ・・・」
「そもそもエルクが何の考えもなく飛び出すのが悪いのでしょうっ、いい加減見ず知らずの他人を助けるのに命を賭けようとしないでください、どれだけ心配しても足りないではないですかっ!」
「――な、なあ、ちょっと」
「そなたがそれを言うかっ、あの船で助けを求めていたのは誰であったか、それを助けたのは誰であったか、もうそれを忘れたかっ!」
「忘れるわけがありません、だからこそ言っているのでしょう、自分の命をもっと大事にしてくださいって。そもそも何ですか『毛玉のくせに味な真似を・・・』とか、正直言って、エルクの攻撃なんて攻撃とすら思われてなかったですよね、ハタから見ていて丸わかりでしたよ、歯牙にもかけられないってこういうことだったんですね、すっごく勉強になりましたよ」
「ふ、ふっふっふ・・・中々にウィットに富んだ皮肉をかましてくれるではないか。そちらがその気ならいいだろう。余も遠慮は――」
「おいっ、いい加減に――」
「外野は黙っておれっ!」「関係ない人は引っ込んでてください!」
「・・・当事者のはずなんだがなぁ」
喧々囂々と互いの思いやりに満ちた言い争いはしばし続いた。
***
結局最後は「もう知ってる人が死ぬのはイヤなんです・・・」と、涙目のセリルにいわれ、エルクが折れる形となったのだった。
女はずるいと思う。
いつの間にやら男の方は、傷の手当て自分で済ませ、クマを解体しどこか寂しげに鍋をかきまぜていた。
「おい、そこな大男」
「――おお! ようやく終わったかっ」
快哉を叫び、嬉しそうな顔で振り返った。
近くの横たわった丸太に腰かけてはいるが、よくよく見ればそれでも自分の胸元近い上背があった。
立てば七尺(2メートル)程度は軽く超えるだろう。
ただ、顔立ちそのものはそこまでいかつい感じはなく、その目鼻立ちや雰囲気からして年はそう離れていないように感じた。
革の鎧や口をしばった布の雑嚢から見て旅の者といったところだろうか。
「・・・亜人、か? 巨人族であるか?」
「いや。ドワーフ族だ、人間とのハーフだけどな。とりあえず礼を先に言わせてくれ、おかげで助かった。俺はランド。見ての通り旅をしてる、腹が減ったんでクマ鍋でも喰おうとしたら返り討ちにあってなぁ、いや、まいったまいった」
「――愚の骨頂、と言わざるをえんな」
エルクの言葉はにべもない。
「己が実力もわきまえずかなわぬ敵に挑もうなどと。
もう少し賢く生きたほうがいい、命はすべからく一つしか持てぬのだからな」
「オマエガイイマスカー」
「何か言ったか?」
「エルフ族のスラングです、気にしないでください」
「まあよい、話は飯でも食いながらするかな」
「ああ、命の恩人だからな。遠慮は――」
「おい。もっと塩を入れよ。せっかくの熊肉だ。ケチるでないぞ」
「・・・する気はなさそだな」
塩を入れた小さな袋を逆さに振りながら、ランドは憮然とした顔を見せた。
***
「――そういうわけでだ。奴隷船から逃げ出したあと、この森で身体を癒していたというわけだ。おい、おかわりだ。肉を多めに入れるのだぞ」
二人の自己紹介を聞きながら、ランドは首を傾げた。
「なんでこんな偉そうなんだ? 最近まで奴隷だったんだよな? 奴隷の立場は知らんうちに向上したのか?」
ランドはエルクの横に座っていたセリルに訊ねてみた。
「そうなのですか? これが人間の話し方かと思ってたんですが」
「いや。これはかなり特殊な事例だぞ、ふつう自分を『余』なんて呼ばねえ、しゃべり方も色々おかしい」
――このしゃべり方はまるで・・・ああ、そうか。そういうことか。
「王族だからな」
エルクは胸を張りつつ、はっきりと告げた。
「当たったよ、まさかの可能性がいきなりビンゴだよっ!」
「王の中の王、世界を総べる器を持った唯一無二なる真の王。ルカトス王国のエルード・ランクロットが血を受け継ぎしランクロットの末裔。それが余、エルク・ランクロットである。苦しゅうない、敬うがよいぞ、二人とも」
「あー・・・、お前、奴隷になってどんくらいだ?」
「うん? まあ五年といったところか」
何かに納得したようにうなずくランド。その眼差しがふと優しくなった。
「な、なんだ、その目つきは。激しく不快だぞ」
「うんうん、そうだな。辛く長い奴隷生活、そんな妄想でもしなけりゃ心が保てなかったんだな。お前は頑張ったよ」
「くっ、無礼な。余はそんなくだらぬ嘘などつかぬ、セリルっ、そなたも何かいってやれっ!」
「まあ悪い人ではありませんから、エルクが本来の自我を取り戻すまで付き合ってあげてください」
「ぬうっ、セリルまで・・・余はほんとうにっ――」
「わかったわかった、それでお前らこれからどうすんだ? 行く当てでもあんのか」
二人はその言葉でとたんにシュンとなった。
「故郷はすでに滅びた。もう何も、誰も残ってなどいない」
「・・・・・・私も」
わりぃこと聞いちまったなぁ、と思いながら努めて明るい声を出した。
「そっか。ならちょっと付き合いな」
「付き合うって?」
「旅をするにも金がいるからな。この先に小さな村があるらしいんで、そこで何か仕事にありつこうってわけだ」
「ほう。村があるのか」
「ううん、なんて名前だったか」
何とか思い出そうと天を仰ぎ、目を閉じる。
「ああ、たしか――フィオークって名前だったな」