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ランクロットの一族  作者: ふじたけ
第一章 エルク編
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第37話 至高の五要

 朝日の昇るフィオーク村。


 まだ少し肌寒い空気の中ではあったが、畑をしばらく耕しているとちょうどいい具合に体があたたまってくる。


「よーし、それじゃ次は種芋を植えていきますよっ、男の子たちはあちらの土地を耕してください、深さは今くらいのでいいですからね!」


「うんっ」

 

 元気いっぱいの返事と共に、子供たちは別れていく。


「そうそう、そんな感じに優しく土をかぶせてください。フフ、ノルンはいい手つきをしてますね? この子たちも喜んでいますよ」


 ノルンと呼ばれた少女は、「ほんと!?」と喜色満面の笑みをセリルへ向けた。


「あ、あたしんとこさ、昔、裏庭で芋作ってたから、ほとんどあたしが世話してたんだ」


 誰かに褒められたことなどあまりないのだろう、子供特有の無垢な笑顔に、セリルは思わず頭を撫でてあげた。


 えへへ、とはにかむ少女の笑みはセリルの心を和ませる。


「これで二週間後には美味しいお芋がいっぱい食べれますよ、エルクは料理が上手いので収穫できたらご馳走ですね」


「にしゅうかんっ!? 普通お芋って二カ月くらいかかるんじゃ……」


「私はエルフですからね、私の住む土地の作物は少し育ちが早いんですよ」


「す、少しってレベルじゃないような」


「じゃあノルン、ここはあなたに任せますね、しっかりみんなに教えてあげてください。私は男の子たちの方をみてきますから」


「うんわかった。あっちの畑は何を育てるの?」


「あっちは小麦を育てます、冬を越えるためには保存性の良い小麦粉は必須だとエルクは言ってましたから。こっちは夏が来る前には収穫できますね、真っ白でふかふかのパンと野菜がたっぷり入ったシチュー、ウフフどちらも美味しそうですね」


 小麦の生育期間はおよそ半年。それをひと季節だけで収穫までもっていくのはさすがは『森の民』といったところだろうか。


 ノルンは掘り出した土を眺める。冬を越えたばかりだというのに土はたっぷりの栄養を蓄えているのが見て分かるほどに瑞々しい。手についた黒々とした土はわずかな粘着きを感じるほどの良質の土壌だ。


 確かにこれなら最高の作物ができるだろう。


 砂漠を大森林に変えることすら可能だと言われるエルフの異能。


 もしそれが、始めから豊かな土壌であったなら、どれほどの恵みを得ることができるのか。


 ノルンはそんなことを思って身を震わせる。


 恐怖か、期待か、はたまた畏怖か。それがどんな感情から来るのかは分からなかったけど。


「あら、寒いのですか? まだ春先ですからね、女の子は体を冷やしちゃいけませんよ」


 そんなことを言いながら、自分の上着をそっとかけてくれるセリルに、ノルンはありがとうと小さくつぶやく。


 自分はセリルお姉ちゃんがとても大好きだということだけははっきりと分かった。



   *


「索具は付けたなっ、よぉしっ! ロナ! 水路に水を流しなぁっ」


「わかったー」


 ゴウゴウと流れる水音にも負けじと、ランドとロナの声が響き渡る。


 静かなきしみを上げながら、大きな水車が水流の勢いと共にゆっくりと回り始めた。


 水車小屋の中で、子供たちの歓声が上がった。


「でてるっ! 出てるよランド兄ちゃん! ちゃんと小麦粉になってんよ!」


「ったりめぇだバカ野郎! そうなるように作ったんだからな。これでいつでも焼きたてのパンが食えんぞ、喜べガキどもっ!」


「うおーーーっ」「やったぁ!」と、外で見守っていた子供たちも手を叩きながら飛び跳ね、全身で喜びを表していた。


「よくやったランドっ、夏小麦の収穫に間に合わせるとはな、褒美だ! 今宵の夕餉はシチューかパンかっ、そなたに選ばせてやろう」


 そんなエルクの言葉に、子供たちはランドに叫ぶ。


「シチューがいいよランド兄ちゃんっ、夏野菜がたっぷり入ったシチューが美味しそう」


「ここはパンだろっ! せっかく小麦粉ができたんだぞ、それを味わいつくすには真っ白な焼きたてパンに決まってんだろ!」


 途端にシチュー派とパン派に二分し言い合いを始める子供たちだが、ランドの叫びとともに沈黙に変わる。



「――ケチくせぇこと言ってんなよエルク、両方に決まってんだろうが!」



「フハハハハっ! 流石はランド、いいだろう。今宵は肉と野菜がたっぷり入った熱々シチューにフカフカの白パンだっ、腕によりをかけて作ってやろう、腹を空かせておけよ皆の者!」


『――よっしゃあああああああぁぁっ!』


 子どもたちの歓声が、雲一つない青空へと吸い込まれていく。


 

   *




「父さん、今度は鉄が欲しいわ、できたらインゴットで。ある程度は鉄鉱石で欲しいんだけど」


「ふむ。家畜の次は鉄ときたか、その様子では食糧の心配はいらないようだな」


 季節は秋の始まりである。


 リッツベルトへの買い出しに、オルガは自身の商会を訪れていた。


「ええ。食糧は完全に自給できてるわ、ただ冬が来る前に家の防寒や増築をしておきたいの、工具を増やしておきたいのよね」


「お前が村へ行ってもう半年か、前に連れて行った羊や鶏は元気かね?」


「ええ、羊は八匹仔が生まれたわ。鶏に至っては十羽がすでに三十四羽。みんなも週に一度は卵が食べられるようになったって喜んでるわ。エルクは畜産の知識もあるのね」


「まああの方、いやあの一族に分からぬことなど無いからな。それより、その後ろにあるのは何なのだ?ずいぶんと嵩張るものを持ってきたものだな」


 ラグアスはオルガの後ろにある布に包まれたそれを見る。


 自分が座っているソファーと同じくらいの大きさだろうか? ただ置いたときにあまり音がしなかったので、実際の重さはさほどないのだろう。


「エルクからの贈り物よ。羊毛、コットン、リネンを使った、あ! あと何でもコイルのスプリングを使った現状作りうる最高の布団だってさ。まあ試しに使ってみてよ、絶対気に入るわ」


 オルガは包みを開けると、執務室の床へと三枚のそれを敷いた。


 ひざ丈もある厚めのマットレス、その上に敷かれる視線さえも沈み込みそうなほどの柔らかい敷布団、さらにその上から包み込むように重ねられた掛布団。こんもりと膨らむそれはいつも自分が使っているような上質な生地を使っただけの薄手の寝具ではない。


 作りが根本からして違うのが分かる。


 オルガのすすめるままに、ラグアスは上着を脱ぐと、その中に身を横たえ布団をかけた。


 最初は執務室で布団に入るなどと、思っていたが、数秒でそんなことはどうでもよくなった。


 老いた身にかけられた布団は、重さなどまるで感じずただただこの身をゆったりと抱きしめてくれる。


 いくども寝返りをうたねば腰が痛くなる今まで使っていた寝具とはまるで違う。寝返りをうつことが布団に対して失礼に思うほどに、心地よく包み込んでくれた。


「……はふぅ」


 まどろみの中にいる猫のような、そんな父の顔にオルガは苦笑する。


「父さん、寝ないでね。まだ色々話もあるんだから」


「……ぁ、ああ、勿論だ。えっと、ああ! 鉄のことだったな、量はいくらでも用意できるがどの程度運べる? それとも村まで人足を雇うとするか?」


 急速にラグアスの理性は睡魔に侵攻されていた。


「ううん、まだ村には他人を入れたくないの、まだ大人が怖いって子も多いから。私たちだけで運べる分だけにするわ」


 必死に頭を振って、眠気を追いやるが、布団から出ようとする気は微塵も起きない。


 これは殿下が自分の為に賜れたものなのだからと、自分で自分に言い訳をする。


「そうか、ならば仕方ないな」


「それで支払いの件だけど――」


「言うなオルガよ。儂はエルク殿下の臣下。この商会は殿下の御父君より賜ったもの、ならば対価をもらうなどできようはずもない」


「それはダメ」


 オルガは強い口調でそれを遮り、首を振る。


「なに?」


「エルクはフィオークをこの先ずっと、何十年、いえ、百年以上先のことを見据えてる。父さんや自分が死んだ後のことまでね。恩返しをしたいと思ってる父さんの気持ちも分かるけど、それができるのは二人がいるまでよ。商会と末永い付き合いを望むなら、そこには両者にとっての利益が無いと絶対長くは続かない」


「……む」


「だからお金は絶対に支払うわ、今は無理だけどまあ投資ってことで大目に見てよ。きっちり利息も付けて返すから」


「ふ、そうか。ならば今のうちにたっぷりと貸し付けておくとするかな」


「ええ。それがいいわ。ところで父さん――」


「なんだ?」


「そろそろ出てきなさいよ」


「断固拒否するっ」


 布団をしっかりとかぶりなおす父の姿を見て、オルガは深いため息をつくのだった。



   *



 村のインフラを整えるというエルクの計画は、一年を待たずして達することが出来た。


 家々はドワーフ族たるランドの技術でもって立派に建て直され、雨漏りやわずかな隙間風さえもない。


 村の中央付近にある三軒の食糧貯蔵庫には、セリルが育て、オルガが買い込んだ小麦や野菜の酢漬け、干し肉、チーズといった保存食がいっぱいに積まれてある。


 夏ごろから作っていた麻や綿毛による防寒具も村の子供たち一人一人に行き渡った。


 防寒の面でも食糧の面でも万全に近い状態を成すことができたのは、ひとえにランド、セリル、オルガ、そして――懸命に働いてくれた子らの力によるものだろう。


「――というわけでだっ、今宵は二度目の冬を越えるためにそなたらに英気を養ってもらおうか」


 村の広場にはあちこちにかがり火がたかれ、すでに陽が沈んでいるにも関わらず、壇上に立つエルクの顔が見えるほどに明るかった。


 網にのせられジュウジュウと焼かれているのは、鉄串に刺さったシカ肉、キノコ、収穫したてのジャガイモや玉ねぎといった食材の数々。

 近くのテーブルに置かれた小さな壺には、エルク特性の秘伝のタレが満たされてあった。


 子どもたちはゴクリと一様にのどを鳴らした。


 行儀の悪いギルが「味見ー」といって小指につけたそれを舐めたときの表情は、何かイケない薬でもやったかと思えるほどに蕩けたものであったからだ。

 

 エルクに見つかったギルは、拳骨を食らい涙目であったが、それでもその表情に曇りはなかった。


 村に来てから美味しい物はいっぱい食べた。月に一度はお腹いっぱいになるほどに食べられた。


 しかし、今宵のこれは別格だ。子らの期待は否がおうにも高まっていく。


 大皿の上に積まれたいまだ焼かれていない串打ちされた食材は、今か今かと食べられるのを待っている。


「さあそれでは、この地の恵みに感謝して――――いただきます、だ!」


『いったっだっきまーす!」





「エル兄っ、これあたしが焼いたの食べて食べて」「お兄ちゃん、このタレすごく美味しいねっ、今度作り方教えてよぉ!」「お、俺も焼いたから兄貴食べてみてくれ」「あんたそれ炭になってんじゃん、エル兄にそんなもん食わせる気っ!」


 やいのやいのと子は騒ぎ、そんな中でエルクも一つ一つの組を回りながら、すすめられたものを食べていった。

 

 すべての子のもとを回り終えるとさすがに腹もいっぱいになってきた。


「のどが渇いてきたな」小さく一人ごちると、丁度よい相手がベンチに腰掛け、すでに一杯やっていた。


 エルクは無言で隣に座り、手にしたジョッキを差し出すと、相手も無言で酒を注ぐ。


 二人は何も言わずに、そのまま静かにジョッキをカチンと打ち付ける。


 酒を飲みつつエルクは言った。


「いい光景だな、ランド」


「ああ、最高の肴だぜ」

 

 子どもたちは幸せそうな顔で、BBQとおしゃべりを楽しんでいる。

 端の方ではセリルが小さな子供たちのために肉を焼き、そのまた端ではオルガが野菜も食べなさいと小言を言っている様子があった。


 数カ月前までは、飢えた野良犬のような、不信と警戒を瞳に宿らせていたものだが、今はただただ年相応の子供のように、あどけない笑顔を誰もかれもが見せていた。


 ランドと話したいことは沢山あったが、いまはただこの幸せの情景を眺めていたかった。


 ランドも同じ気持ちだったのか、無言でただただ目の前の光景を愛おしそうに見つめていた。


「なあエルクよぉ」


 しばらくすると、ランドが話しかけてくる。


 なんだ、と小さく返すと珍しく言いよどむようなランドの姿があった。


「……あぁっと、その、おめえは国に、故郷に、帰りたいとは思わねぇのか?」


「酷なことをきくのだな」


「ああ、いや、忘れてくれ、悪かった」


 ばつが悪そうな顔をしてジョッキで口元を隠すランドを見て、エルクもまた顔を隠すようにジョッキをあおった。


「……もう帰ったところで誰もいない、廃墟と荒野があるのみよ。生き残りがいたとしても時が経ちすぎている、もう自分たちの生き方を見つけているだろうし、そんなところに余が戻ったところで彼らの邪魔にしかならぬからな」


「そうかい」


「それに今の余にとっての故郷はフィオークだ、ここから離れることなどできはせぬ」


 そんなことを話していると、レンツとラナが皿を持って駆け寄ってきた。


「兄ちゃん兄ちゃんっ、見てくれよこれっ、シカ肉とシシ肉とソーセージの肉盛り串セット! 兄ちゃんたちにやんよ!」


「さっきオルガ姉に野菜も食べなさいって言われてたでしょ、ランド兄ちゃん、こっちは野菜の串セット、お肉と同じだけ野菜も食べなきゃダメなんだよ」


「分かった分かった、あんがとな」


「ああ、実にうまそうだ、礼を言うぞ、二人とも」


 二人の頭をポンポンとしてやると、満足そうな笑みを浮かべ、他の子たちのもとへと走って行った。


「余からも聞きたいのだが――」


「おう、何でも聞きな」


「目的のものは見つかったか?」


 そんなエルクの言葉に瞳を細め、ランドは顔を向けた。


「そういや俺の旅にも目的はあるって言ったことはあったか? だがそれが何かは言ったことはなかったはずなんだがなぁ」


「なんとなくだが、想像はつく」


「言ってみな」



「そなたが探しておったのは――――『故郷』ではないか」



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