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ランクロットの一族  作者: ふじたけ
第一章 エルク編
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第34話 女の戦い

「なに? オルガも来るだと」


 早朝、出立を待つ子供たちであふれかえる倉庫の中。


 物資の最終チェックをしていたエルクとランドの前に、頭を下げたラグアスとオルガが並んでいたのだった。


「はい。人手はあるに越したことはないでしょうし、何より集めた者はみな子供。働き手として数えるには幼いかぎり。子守だけでも手が足りぬことでしょう。どうか娘を使ってやってはもらえぬでしょうか?」


「それは、確かに。来てもらえれば助かるが、な」


 村に帰れば大人といえるのは自分とランドとセリルの三人ばかり。それだけで何も分からぬ子供たちの面倒を見るのは確かにきつい。


 この子たちが一人前に育つまでふんばらねばと気合を入れなおしていたところであった。


 オルガに来てもらえれば、たった一人とはいえ助かることに間違いはない。


「うーむ、自分で言うのも何だが村には何も無いぞ。畑を一から耕さねばならぬし、子守だけじゃない、農作業も洗濯、他にも力仕事もしてもらわねばならん。それでもいいのか?」


 ラグアスとともにオルガも顔を上げる。


「ええ。こう見えても小さいころから商会で働いてる人たちの炊事も洗濯も掃除もみんなまとめてしてたから家事にも力仕事にも自信があるわ」


「左様か」


 次に考えたのはセリルのことだった。希少種族であるエルフ族のセリルのことがばれても問題はないか?


 答えはすぐに出た。


 何の問題もない、な。


 オルガの人柄はわずかな間とはいえともに働き理解できている。半亜であるランドにも公平に接し、仕事ぶりは誠実の一言。セリルや自分を裏切るようなことはないと断言できる。


「分かった。こちらからもお願いしたい、オルガ、村に来て力を貸してくれるか?」


「ええ。まかせて頂戴」


 ニコリとほほ笑むオルガの顔に、エルクは深く頷きを返したのだった。




 *



 百と五十を超えたエルクと孤児たちの一行は一路村を目指す。


 子らを連れて山道を行くのは危険と判断したエルクは、山のふもとをぐるりと迂回する道を選ぶ。


 荷車に積んだ食糧を少しずつ食べる。まだ衰弱から完全には回復していない子らも多くいたため、日に何度も休憩を入れた。


 歩けなくなった子供たちは自身が引く荷車へと乗せ、再び進む。



 そして、村へ到着したのは町を出てから五日後のことであった。



 *



「おかえり兄ちゃーんっ!」



 子供たちを連れて村へと入るエルク達を迎えたのはレンツたちであった。


「ま、またいっぱい連れてきたねお兄ちゃん」


 本当に町の孤児たち全てを連れてくるとは思ってなかったロナは少し顔をひきつらせる。そんなロナにただいま、と声をかけながらエルクは子供たちへと振り返る。


「改めて紹介しようっ、ここがフィオーク村。今よりこの村が我らの故郷となる、みなの力を合わせて盛り立てていこうではないか」


『おーっ!』


「あら? おかえりなさいエルク。首尾は大成功といったところみたいですね」


 通りの端から姿を見せたセリルの声に、ざわつく子供たちの声は瞬時に消えた。


 新緑色の煌く髪に、白磁のような白き肌。傾国の美貌をそなえたエルフ族の出現に、少年も少女も同じように声を失った。


「はじめまして、フィオーク村のセリルです。今後ともよろしくしてくださいね」


 そう言って髪をかきあげながら、微笑を浮かべる姿に、子らは返す言葉も忘れ、ポーっと見とれてしまう。


 そんな中で、一人前に出る者がいた。


「これはこれはご丁寧に。シャイルーク商会当主の娘、オルガ・シャイルークと申します。今後村にお世話になります、こちらこそよろしくお願いします」


 そよ風がウェーブのかかった髪を軽くなびかせ、オルガはスカートをつまみながら、カーテシーを行った。


「あら、あなたがオルガさんなんですね。以前は()()()エルクがお世話になったそうで、本当にありがとうございました」


 うちの、と小さくつぶやいたオルガはセリルの牽制に切り返す。


「いえいえ。エルクにはこちらも色々とお世話になりっぱなしで、()()()までそばにいてくれて本当に心強かったですわ」


 夜遅く、と歯ぎしりとともにつぶやくセリル。


 二人の間に途端にたちこめる不穏な気配に、エルクも子供たちも声をはさむことはできなかった。


「ところでセリルさんは、その、エルフ族なのですよね?」


「はい。自分が人間社会においてどんな存在かはエルクから聞いてますよ」


「エルフ族は不老の種族と聞いたことがありますが、やはりセリルさんも結構お年を召してらっしゃるのかしら? 八十を超えたおばあちゃんだったら言葉遣いも改めなくっちゃと思ったから」


 ピクリとセリルの両耳がはね、幾分か吊り上げられる。


「私の年は十七才ですから気にしなくていいですよ。それに人間だって女性の方はいくつになっても若々しさを保っている方もいるじゃないですか。そういうのを何ていうんでしたっけ?」


 首を傾げ、思い出したように胸の前で手を打ちならして、セリルは告げる。


「そうそう――――若作りっていうんでしたっけ? オルガさんも随分お若くみえますよ?」


 *


 ウフフフフ、と共に笑い合う二人の姿に、すでに子どもの何人かは泣きそうだ。

 声をかけることもできず、エルクは隣のランドへ声をかけた。


「どういうことだ? 年の近い娘同士気が合うと思ったのだが」


「年が近くて気が合う女同士だからこそ勃発する争いってあると思うんだ、オレ」


 まるで自覚のないエルクにランドは、呆れるようにつぶやいた。


「んなことよりどうする、あの二人の仲が悪いとなっちゃ今後面倒なことになんぜ。なんかいい案はねぇのか?」


「むぅ、あの二人は決して争いを好む性格ではない。こういう場合は何か共通した目的をもてば争いもなくなり、すぐに仲良くなったりするものだが」


「共通の目的?」


「敵の敵は味方というだろう? 仲の悪い小国も強い大国が敵となることで一致団結するということだ」


「そんな国家レベルの話を出されても役に立つかっ!」


 呑気にそんなことを話している二人であったが、セリルとオルガの険悪な空気はさらにいや増していく。


「オルガさんはもう二十を超えてるのですかぁ? 人間の社会では十代が適齢期と聞いたことがありますが、商会の娘さんでしたら在庫処分を考えたらいかがでしょう?」


「ふ、ふふふ。面白いことをおっしゃいますねぇ、良い商品というのは買い手を選ぶものですから、そうそう簡単に売り出したりはしないんですよ。

 それよりセリルさんの爪や髪など余っていたらうちに卸してはみませんか? エルフ族の髪は極上の肥やしとして高値がつくそうですからね、あら? 今は随分短いみたいですね、フフっ、まるで男の人みたい」


 エルクとランドの二人はハッと表情を強張らせた。

 セリルに髪の話題は非常にまずい。さすがに割って入ろうとエルクは二人の前に進み出るが、時すでに遅し。


 ピンと天へと吊り上がった耳をプルプルと震えさせながら、セリルはオルガを睨みつけ、


「……っ、ど、どうせ私の髪なんて肥やしくらいにしか使えませんよっ」


 睨む目じりに涙が浮かぶ。


「お母さんとお父さんから綺麗だって褒められて、嬉しくて、ずっと伸ばしていたのにっ! 断腸の思いで切って畑へ埋めたら、エルクなんてその直後に『五分刈りも似合うんじゃないか』とか言ってくるし……どうせ私の髪なんか……」 


 二人の間に飛び出したエルクは「オゥフ」とうめいた。後ずさることもできず、そんな言葉に冷や汗を流す。


 連れてきた少女たちの視線が冷ややかなものへ変化していくのを感じる。


「ま、まて。あれは、その、冬に備えて少しでも食料の確保をだな――」



「――――エルク」



 真剣な声音で名を呼ばれたエルクは、オルガの方へと顔を向け、


「何を考えてんのっ!」


「ブフォァっ!」


 頬に強烈な平手打ちをくらい、吹っ飛ばされる。


「お、ぉぐぅ、お、オルガ、なに、を……」


「こんなかわいい子の髪を切らせた挙句、五分刈りですってぇ? あなたにはデリカシーってもんがないのっ!!」


「い、いや髪などすぐに生えて……グムっ?」


 地に伏し、うめくようにつぶやくエルクを虫のように踏み越えて、セリルのもとへ駆け寄った。


「ごめんなさいセリルさん。そんなことがあったなんて知らずにひどいこと言って。その、もう二度とあなたの髪を切らせたりなんてしないから、もう一度伸ばしましょ、私もセリルさんのご両親が褒めてれた髪を見てみたいから」


「オ、オルガさん……っ」


 半泣きになっていたセリルは顔を上げオルガの顔を見る。


 先ほどの険悪な空気はどこへやら。母性さえ感じさせるオルガの微笑みを受けたセリルはその胸に顔をうずめた。


「わ、わたしのほうこそひどいこと言ってごめんなさいっ」


 オルガはそんなセリルを優しく抱きしめる。


「いいのよ、それとあたしのことはオルガでいいわ。その、お互いさまってことでこれからは仲良くしましょ」


「……はいっ! わ、私のこともセリルって呼んでくださいね」


「ええ、よろしくねセリル」


 ヒシっと抱き合う美女二人。その傍らに伏すエルクに、ランドは近寄り声をかけた。


「これが敵の敵は味方ってやつか、さすがエルクだ、国家レベルの話をこうも見事に応用するたぁな。さっき役立たずなんて言ってごめんな」


「うぅ、嬉しくないぞランド」



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