第19話 たまにはこんな晩餐を
ブクマ増えて、評価点ももらえてるっΣ(・□・;)
町コミュランク上げてる場合じゃねえっ!
今回は飯テロ?回です
「うっわぁ」
レンツたちがテーブルの上に身を乗り出し感嘆の声をあげた。
そこに並ぶは見たこともない外国料理の数々、おもわず喉をごくりと鳴らした。
「兄ちゃん、この肉団子変わった形してんな、普通丸めるんじゃねえの、ずいぶんでっかいし」
「肉団子ではない。ひき肉にみじんに切った野菜を混ぜ合わせて焼いた『ハンバーグ』というものだ」
小首を傾げてラナが言う。
「すっごい肉団子ってこと?」
「……まあ、それでよい」
「た、食べていいのお兄ちゃん」
「まだだ」
いつも遠慮しがちなロナまで身を乗り出して、ハンバーグに釘付けになっている。鉄板の上で立ち上る熱い湯気とともに、部屋の中には香ばしい匂いとともにジュウジュウと肉の焼ける音が満ちていく。
「これをかけてないからな」
エルクはそう言い、フライパンの中からトロリとした液体をかけていく。
――ジュワアアアアアアアっ
肉汁と香辛料をふんだんに使ったソースが、熱々の鉄板の上で泡を弾く。ほどよく焼けた肉の匂いと相まってそれは暴力的と言っていいほどの食欲をみなに植え付けた。
「に、兄ちゃん。僕もう我慢できないんだけど……っ!」
シドの言葉に他の子もコクコクとうなずく。
「なんだ。これだけで満足なのか?」
「え?」
テーブルの上にあるのは、湯気と香りを立ち上らせる『ハンバーグ』、セリルがさっきから一度も目を離さない川魚と山菜の『カルパッチョ』、真っ白くてふわふわの焼きたてパン。
そして――コップには果物をつぶした果肉ジュースが置かれてある。ちなみにランドの前には大きめのジョッキ一杯にビールが注がれてあった。
今まで食べたことも見たことすらない料理の数々。しかしこれだけははっきりと分かる。
これが、これらが信じられぬほどのご馳走だということが。
お皿は詰められ、テーブルの中央にいまだスペースが空いている。まるでメインディッシュが置かれるのを待っているかのように。
ランドも先ほどから垂れるよだれにようやく気づいたように口もとをぬぐう。
「まだあんのか?」
「ああ。これが最後だよランド。余らがいない間、みなはよく村を守ってくれた。こんなことでしかそなたらの労をねぎらうことができぬのでな。
腕によりをかけて作らせてもらった。遠慮は無用だ、おかわりもまだまだあるからな」
「やったー」
台所に引っ込むエルクが持ってきたのは大皿にのせられた白い何かであった。
湯気の中にあるそれは大輪の花のように並べられている。やわらかそうな白い皮の上についた茶色い焦げがコントラストに浮かぶ。そこには一口サイズの何かが入っているかのように中央の部分が膨れていた。包み焼の一種であろうか。
「これはルマディア大陸の郷土料理の一種。『ギョウザ』というものだ。肉と野菜を小麦の皮で包んで焼きあげたものだな」
「う、うんちくは後でいくらでも聞くからよ、早く食おうぜエルク」
「待て。ランド、この『ギョウザ』はそなたのために作った。だからこそ、これだけは言っておかねばならん」
「なんだよ? いい加減食わせてくれよ、話なら後にしてよぉ」
エルクは真剣な眼差しでもってランドを見やる。
「ドワーフたるそなたには聞く義務がある。このギョーザという料理はな――――」
言葉にためを作ってエルクは言い放つ。
「――――余が知る中で、最も麦酒と合う料理なのだ」
ランドもまたその一言で顔色を変える。
鍛冶場に入り込み槌を打ち込む職人のときの顔つきに、いやそれ以上の真剣さをもって。
「マジかよ、エルク」
「マジである、ランド」
二人はそろって深くうなずいた。
「これ以上の言葉は無粋。真かどうかは己の舌で確かめよ」
テーブルの上に『ギョウザ』の乗せられた大皿がゴトリと置かれ、ようやく晩餐の準備が完成する。
エルクは喉を鳴らし、よだれを垂らし、腹の虫がいななく者、みなの顔を見ながら笑みを浮かべて腕を広げた。
「さあ。それではいただこう」
*
「うっめえ!」「こんな美味しいの食べたのあたし初めて」「いくらでも食べれるよお兄ちゃん」
「はっはっは。そうだろうそうだろう。存分に食うが良い。今まで頑張ってくれたからな」
子供たちが一心不乱にハンバーグ食べ行く中、ランドは口の中にいくつもギョウザを放り込んだ。
熱い肉汁が口の中を蹂躙しつつ、ピリリと辛目のタレが程よいアクセントになる。
それらを咀嚼し味を堪能した後は、ビールで一気に流し込む。
口内に残った甘みのある脂と肉汁を、麦酒の苦みと酸味が一掃させ、さらに新たな味を身体が欲する。
「クウゥゥゥゥゥゥぅウウウゥッっ、最っ高だっ! エルクっ、お前の言葉は正しかったっ」
エルクもまた自身の料理を楽しみながら、口を開いた。
「うむ。確かにこれは至高といって良い組み合わせの一つであろう。しかしな、真理とは一つとは限らぬものだ。もしかしたらこれ以上にビールに合うものがあるやもしれん。ランド、そなたとならさらなる真理を見つけられるやもしれんなぁ」
「……ああ、そうだな。俺としたことがバカなこと言ったぜ、これが最高なんて思っちまったらそこで進歩は打ち止めだ。どれほどのものを見つけようとさらなる高みを目指すのみ。求道者の極意ってやつだな」
「ふふ、分かっておるではないか」
「おうとも、お前もなかなかだぜエルク」
どちらともなく、ジョッキを打ち付け二人同時に一気にあおった。
「ふーっ、今度はワインに合うピッツァというものも味合わせてやろう」
「そりゃ楽しみだ」
「セリルも飲むか?」
そう言いながら酒の入った革袋を傾ける。
「じゃあ、少しだけ」
『カルパッチョ』という川魚と山菜を和えた薄味の料理に口をつけていたセリルはそっとコップを差し出した。
「……苦いです」
二人があれほど美味しそうに飲むものだから、どんなものかと思っていたが、自分にはあまり合わないらしい。
「その苦さがいいんじゃねぇか」
「ふむ。やはりセリルには果実酒のほうが良いみたいだな。そのうち醸造所も作るから待っておれ。フィオークで作られた最初の酒をそなたに進ぜようぞ」
「ま、まじかっ!? ここで酒作んのかっ! 嘘じゃねえよなっ!」
「無論だ。できうることなら最優先で作りたい。余の国には『酒がうまけりゃ国は栄える』という言葉があってな」
エルクはどこか遠い目で彼方を見やった。
「父の言葉だ。どれほどの武力も財も関係ない、民を栄えさせるのに必要なのは、たった一杯の美味い酒、それ以上のものはないという格言だな。ランドよ、この地で作る最高の酒をそなたとともに酌み交わしたいものだな」
「……グスっ……エルグ、ぅ、俺、お前に出会えて良かったよ。こんなに酒について理解を示してくれる奴なんてドワーフ族以外いねえって思って、だからぁ」
ランドは酔いが回ったのか、涙もろくなっていた。というか素面でも泣きそうな感じだ。
酒のみでないセリルにとって、今の言葉のどこが琴線に触れたのかは分からなかったが。
*
みながエルクの料理に舌鼓をうち、今までの生活を話し合う。
こんなにも楽しい晩餐は、セリルにとってもはじめてのことであった。
――――不思議な人。
エルクの前ではエルフもドワーフも年齢さえも関係なく、引き込まれていく。
レンツたちもあんな目にあっていながらも、エルクがそばにいると前を向いて頑張ろうとしている。
「――――そう。そこにいたのは『風鬼のディーノ』と呼ばれた伝説の傭兵であった」
話はいつの間にかリッツベルトの話になっていた。
「奴は譲らず、余も退かなかった。互いの剣技は拮抗してはいたが、武器の相性が悪すぎた。次第に防戦一方になり、奴の一撃が余をかすめた。
『これで終わりですな』
しかし、勝ち誇る奴に余は言った。
『教えてやろうディーノ』
すかさず放つ神技の突きが奴の凶刃を突き貫いたっ、攻防一体となった我が剣戟が奴の肩を抉るっ。
倒れ伏す彼奴にピタリと剣を突きつけ、余は言ったのだ。
『――――これが終わりというものだ』とな」
「兄ちゃんかっけえ!」「すごいすごいっ!」
子供たちは大興奮、手を打ち鳴らしてエルクを称え、そんな様子にエルクはとってもご満悦である。
「ふふ。ディーノは余に負けたことで改心し、二人で悪徳商会へ殴り込みをかけたというわけだ」
セリルはそこまで聞いて、ふと気になったことを尋ねた。
「で、エルク。その話はどこまでほんとなのですか?」
「な、何を言うっ、すべてノンフィクションに決まっておるではないかっ!」
「だ、だってそれが全部ほんとなら、エルクは一人でその伝説の傭兵ってのに打ち勝ったってことですか?」
「うむ。相違ない」
自信満々に胸をはるエルクの隣で、ラナは複雑な顔で腕を組む。
「ううん……ちょっとできすぎかな。けど面白かったよお兄ちゃん、今度はもう少しリアリティを考えましょう?」
「くっ。本当なのに」
「面白かったよ。だからまたできたら教えてね」「うん、次回作も期待」
「ああ、純真な眼差しが痛いっ」
胸を押さえながらもうめくエルクは、それでも楽しげだ。
「さあ、そろそろ休みましょ。二人とも疲れてるんだから早く寝かせてあげなきゃね」
「えー」「もっとお話しききたーい」
「ダーメ。大丈夫ですよ、明日からはずっと二人ともいるんだから。いくらでもおしゃべりできますよ」
「そっか。明日からずっと兄ちゃんたちいるんだもんね」
「うむ。ずっといるとも」「ああ、勝手にいなくなったりしねえよ」
子供たちはそんな言葉に納得したのか、椅子から降りる。
「二人とももう休んでください。片付けときますから」
「そうか。ではお言葉に甘えるとしよう」「ああ。久しぶりにいい酒が飲めた、こんな夜はぐっすり眠るに限る」
「お兄ちゃん、今日一緒に寝てもいい?」「あ、あたしもっ」
ラナとロナの頼みに、エルクは軽くうなずいた。
「構わんぞ。フフフ、そなたらと一緒に寝るのも久しぶりだな」
「うん!」「やった」
快哉を叫びながら二人と子供たちは奥の寝室へと入っていく。少ししてからすぐにいびきが聞こえてきた。
セリルはそんな様子を微笑ましく見ながら、食器を洗うために、外へ出る。
月明かりはいまだ明るく、足元までよく見える。
「ふう。夜になるとずいぶん冷えますね」
それでも愉快な晩餐とお酒で火照った体を冷ますにはちょうどよかった。
「一人寝はちょっと寒いですけど、今夜ばかりは仕方ないですね」
そんなことを思いながら、セリルは夜空に思いをはせる。
「父さん、母さん。セリルは元気にやっています。どうか天国で安らかにお過ごしください」
星を浮かべた月の夜。闇をかかげた静かな空は、何を一つも語りはしない。
だが、きっとこの空の果てで両親が見守っていることを信じて、セリルはしばしの間祈りを捧げた。
「うぅ、寒くなってきましたね。けど、今夜はぐっすり眠れそうです」
ご馳走を食べた満足感もそうだが、二人が無事に戻ってきてくれたことが何より嬉しい。女一人で村を、レンツたちを守ることにこれほどまでに不安を抱いていたことにようやく気付く。
胸の奥底に湧き上がる安堵を抱きしめるように、セリルは家へと戻っていく。
自分の家族たちが寝静まる家に。
*
セリルが戻ってしばらくして、チラリホラリと綿毛のような雪が舞ってきた。
普通の雪より三倍ほどの大きさを持つ雪の結晶。
川に落ちたそれは、溶けることなく静かに、静かに流れていった。
水晶雪と呼ばれるそれは、過去百年の歴史に一度だけ姿を現している。
最も硬く、最も解けにくい雪とされるそれは、干ばつや蝗害以上に人に恐れられた大災害の予兆でもあった。
フィオーク村に、冬が来る。
それが最も美しく、最も恐ろしい災害――――銀獄期と呼ばれるものであることを、いまはまだ、誰も知らない。