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ランクロットの一族  作者: ふじたけ
第一章 エルク編
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第16話 神技の一撃

 ――――同刻。


 隣でモゾモゾと動く気配で、セリルは目を覚ました。


「んぅ……どうしたのですか、ロナ?」


 モコリと膨らんだ毛布からチョコンと頭を出すロナは、あどけない顔でセリルの顔を見つめる。


「お昼寝したからかな。なんか目が覚めちゃった」


 そんな頭を優しくなでると、ロナは心地よさそうに目を細める。


「明日も早いのですからしっかり寝なきゃだめですよ」

 

 えー、と不満げに口をとがらせた。その眠気も邪気も欠片もない顔にセリルは顔をほころばせた。


「困りましたね。どうしたら眠ってくれますか?」


「何かおはなししてー」


「しょうがないですねぇ、どんなお話が聞きたいのですか」


「えっとね……そうだ。お姉ちゃんとエルクお兄ちゃんたち東の森から来たでしょ。森のなかってどんな感じだったの?」


「森、ですか?」


「うん。お母さんから森の中はオオカミやクマとかいるから絶対に入っちゃダメって言われてたの。だからどんな感じだったかなって。怖くなかったの?」


「あんまり怖いとは思いませんでしたね。いい森でしたよ。あ、けど危ない動物はいっぱいいたみたいだから勝手に入ったりするのはダメですよ」


「二人きりで生活してたんでしょ。やっぱりエルクお兄ちゃんが守ってくれてたの?」


「…………どちらかといえば私がエルクを守ってましたね」


「そうなのっ!?」


「ええ。守るというより養ってたといった方が近いかもしれませんが」


 セリルは森での生活を思い出す。


 たった数日とはいえ、エルクと二人きりで過ごした時間だ。忘れられるはずもない。


 ただ、ロナが期待するような展開は皆無といってよかった。


「エルクも困った人でした。私の目を盗んで毒キノコを勝手に食べるわ、そのことを隠して泡を吹いてぶっ倒れるわ。狩りに行くぞと言った数秒後には蜂の巣にひっかかって自分が虫に狩られかけてましたね。私がいなければ半日と生きてはいなかったでしょう」


 クスクスとおかしそうに笑うロナ。


「なんか簡単に想像できちゃうね」


「うん、エル兄ってケンカとかめっちゃ弱そうだよね」


 反対側からも声がしてきた。


「もうっ、ラナも起きたのですか」


「ロナだけずるいもん。あたしもお話し聞きたいもん」


「あれ? けどクマを倒したのってエルク兄ちゃんじゃないの?」


「倒したのはランドですよ」


「けどランド兄、エル兄のおかげで助かったって」


「まあ、そういう見方もできますが、エルクの働きはどう美化しても餌、いえ囮でしたから」


 クマの注意を引きつけ、その間にランドが不意をついた。


 どう考えてもエルクが倒したとは言い難い。


「その時もひどいもんでした。クマに向かって槍を投げつけたんですが、刺さるどころか毛皮に弾かれてポトって落ちてましたからね。ポトっですよ、ポトッ」


 その時に駄エルフといわれた恨みも加えて、セリルは続けた。


「なんかその後ドヤ顔でこんなこと言ってました。『ぬう、余の攻撃を弾くとは、毛玉のくせに味な真似を……』って。その後怒ったクマに体当たりされて空高く舞い上がってました。人ってこんなに高く飛べるんだなって妙に感心した覚えがあります」


「なんかエルクお兄ちゃん、王様みたいなしゃべり方するからすっごい強い人なのかなって思ってた」


「まあ優しいってことだけは認めますけどね。私も助けてくれましたし。ただ強いってことには同意しかねます」


「ふうん、じゃああたしたちがしっかりしなきゃだね」


「うん。あたし達がエルクお兄ちゃん守んなきゃ。お母さんもお父さんをいっつも叱ってたんだよ」


「うん。お父さんははあたしがついてなきゃ何もできない宿六だってよく言ってたもん」


「賢いですね二人とも。その通りです。男の人は女の人が支えてあげなきゃ何もできないんですから」


 セリルはクスクスと笑う二人の姉妹の頭をそっと抱き寄せた。


「いいですか。ラナ、ロナ。女の私たちがしっかりしなきゃ」



「――――エルクなんて、全然弱っぴなんですからね」




   *




 ナタリアは緊張に身を強張らせながらも己の仕事を忘れてはいなかった。


 懐にしのばせておいた短剣をそろりと抜き出す。


 チャンスがあればディーノに投擲。エルクがピンチに陥る前に二人で戦うことも視野に入れていた。


 いくらエルクでもあの男には一人では勝てない。


 そう思っての判断であった。


 そんなナタリアの行動に前の二人は気づくことはない。



 間合いに入るやいなや、エルクは空を貫く突きを繰り出し、胴を狙う。


 ――キンっ!


 高い音をたてながらディーノはいとも簡単にその攻撃を弾く。


 膂力はもちろん、武器の重さが違いすぎる。


 エルクは切っ先がわずかに湾曲した細身のサーベル。対してディーノが握るのは幅広で分厚いブロードソードであった。


 剣身が細く軽いサーベルは速さにこそ分があるが威力は弱く、防御には向いてはいない。


 しかしブロードソードは幅広で重量もあるため、攻撃にも防御にもその重さは威力を発揮する。


 その武器としての在りようが如実に現れている。

  

 エルクの攻撃を弾いたままに、ディーノのブロードソードが大きくうなる。


 横薙ぎの一撃を地面に胸を押し当てるまでに沈み込み回避。


 そのまま地面に両手をついて、身体を回転。全身をバネとして、ディーノの腹にをすくいあげるような蹴りを放った。


「クっ!」


 うまく肘を使われガードされるがそれは当然計算ずく。わずかに残した膝のバネをそのまま一気に解き放つ。


 真下からのほぼ垂直に近い蹴り上げに、ディーノの身体は宙へと浮かぶ。


 バランスを崩せるほどの一撃ではない、ダメージさえもゼロに近い。


 しかし、これでコンマ数秒脚を封じた。


 蹴りつけた勢いでもってさらに回転。軸足に力をこめて立ち上がり、握りしめたサーベルに左手を添えて遠心力を加えた全力の一撃を叩きこむ。


「ハアアアァァァぁっっ!」


 ――――ガインっ!


 重く鈍い音が響く。


 エルクの一撃をかろうじて剣で受け止めたディーノは、体勢を大きく崩しながらもやぶれかぶれに蹴りを放つ。


「――っ!」


 ディーノの重い蹴撃を腕で受けるが、勢いを殺しきれない。


 ――――ズザァアァァぁっ。


 二人はともに後方へ飛ばされる。


 決して倒れまいと踏み込みながらも勢い止まらぬ二人は、同じ二条の線痕を地面へと刻み込んだ。



 この間――――わずか三秒。


 

 ナタリアの手から短剣がポトリと落ちたのも無理からぬことであった。


   *


 距離ができたことで生まれたわずかな余裕に、二人は同じように、否、全く同じ笑みを浮かべた。


「流石ですね殿下。腕は衰えてはおられぬようで」


「フッ。世辞はいらんと言ったろう。勘も身体もこれほどまでに鈍っておるとは。まったく父上に顔向けできぬな」


「本気でそう思っておられるところが恐ろしい。あなたが本当に人間かどうか疑わしくなってきましたよ」


「そなたもとっとと全力を出せ。あの日の決闘、こんなものではなかったはずだ。この辺りもすぐに人が来る。その前にそなたの性根を叩き直してやらんとな」


 身体を震わせ、ディーノは笑う。



「くっくっく。本当にあなたは最高だ。

 心から、心から心から心から心から――――――あなたを尊敬しておりますよ。エルク・ランクロット殿下」



 震えも笑みも瞬時にかき消し、鋭い瞳に闘志をのせる。


 これが歴戦の傭兵たるディーノの真の姿なのだろう。


 先ほどまで自分を襲っていた者と同一とは思えないほどの気迫がその剣に満ち満ちていくのナタリアは感じた。

  

「では――――お言葉に甘えて本気を出させていただきます」


「ああ。あの日の決着。今こそつけようぞ」


 様子見は終わった。


 先ほどとは違い、構えたままに慎重に近づく二人。


 間合いの長さはディーノに利があり、剣の速さはエルクにある。


 互いの剣の領域の、わずかな差異に勝機アリ。


 達人といわれる武の極致にある者の対決だけが可能とする武の思考。


 二人の頭の中では、剣戟の打ち合いと読み合いが数十、数百、あるいは数千に至るまで繰り広げられているのだろう。


 どこまでも重く、鋭く、張り詰めた空気の中、オルガとビルドゲートは固唾をのんで見守っている。


 すり足で徐々に近づく二人。


 先ほどとは打って変わって、慎重な立ち合い。


 そして――――ディーノの間合いにエルクの身体がわずかに入った。


「セアアアッ!」


 上段から打ち下ろす袈裟斬りに、エルクはサーベルを沿うようにあわせる。


 ――ギャリィ!


 闇を赤く染め上げるほどの火花が散った。


 苛烈な打ちあいに、エルクの刀身が悲鳴をあげる。


 わずかに逸らした軌道の中にエルクは身を滑らせ、ディーノの胸元を斬りつけるが、上体反らして身を躱す。

 

 幾度も交わされる攻守と危地の逆転劇。


 連続する剣戟の音と宙を舞い散る火花の明滅のみが、二人がいまだ闘っていることを教えてくれる。


 すでにオルガの目には二人の剣閃はとらえ切れていなかったのだ。


 互いの闘志を具象化したかのように、二人を中心とした土煙が真円を描く。


 しかしナタリアにも分かる。分かってしまう。


 このまま打ち合いを続ければエルクの方がはるかに不利だということが。


 ディーノとエルク、速さだけを比べればエルクの方へ軍配が上がる。


 しかしその一撃の重さは、比較すらできないほどにディーノが上だ。


 卓越した技術でしのいではいるが、それも長くはもちはしない。


 相手もまた超がつくほどの一流なのだから。


「エルク……」


 護衛のくせに、今では訳士として雇われただけのエルクの勝利を祈ることしかできない自分がふがいなかった。


 そしてついに、ディーノの一撃をいなすことができず、わずかに肩をかすめてしまう。


「……ぐぅっ」


 剣先が肩を切り裂き血風が舞う。エルクの体勢がわずかに崩れた。


 それは刹那の隙であった。


 並みの剣士であれば狙うことはおろか気づくことすらできないようなかすかな歪み。


 しかしディーノにとってそれは、見逃すにはあまりに、あまりに致命的な隙であった。



「――――これで終わりですな殿下」


 

 言葉とともに、上段からの打ち下ろし。


 剣の重さを速さへ転化、いなすことも防ぐこともできない重量のある全力にして神速の一撃。



「――――――教えてやろうディーノ」



 自らの身に降りかかる凶刃を前に、躱すでもなく防ぐでもなく、エルクは握りしめるサーベルを限界まで後方へと引いた。


 その一瞬の刻だけがナタリアの瞳に映る。


 瞬間、弦の限界まで引き絞ったバリスタのような、そんな情景が脳裏によぎった。


「セアっ!」


 裂帛の気迫とともにエルクは突きを繰り出した。


 跳躍するかのように膝を伸ばし、身体をねじり、後ろへ引いたサーベルを一気に突き出したのだ。


 

 ――――カシャンっ!



 打ち合うでもなく、いなす音でもない。


 それは紛れもない破壊音であった。


「――――なっ!?」


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」


 ブロードソードの中央を突き貫いた、白金の光。


 エルクはそのまま全身の力をこめて、剣ごとディーノの身体を押し返す。


 ――――ゾブリ。


 切っ先がディーノの右肩を貫いた。


「ガアアアアアアアアアアッ」


 サーベルに右肩を貫かれたままに、地面へと叩きつけられるディーノ。


 激痛と衝撃に、剣を握る力がわずかに鈍る。


「ぬんっ!」


 そのまま肩からサーベルを引き抜き、邪魔だとばかりに振り払う。


 数秒後、ナタリアの前にディーノの剣が甲高い音を立てて振ってきた。


 その中央部分には小さな穴が穿たれており、周りにはクモの巣状のヒビが見て取れた。


 刹那にも満たぬ刻の挟間ともいうべきタイミングで――――刺し貫いたのだ。


 ディーノの剣を。


 威力、速度、角度、タイミング。一つでもそろわなければ決して成しえない一撃。


 相手の一撃はまさに神速といってよかった。


 しかし、エルクのそれは神速さえも上回る神技といってよい一撃だったのだ。


 いったいどれほどの技量を持てば可能となるか、ナタリアには分からない。


 少なくとも自分などでは、決して到達しえない武の境地にあることだけははっきりと分かった。


 倒れるディーノの胸元にピタリと剣先を突き付け、エルクは言う。



「――――これが、終わりというものだ」



「…………は、ぇ?」


 ディーノは間の抜けた声を漏らした。


 敗北したことが信じられないのではない。今のエルクの一撃があまりに信じられなかったのだろう。


 数秒ほど目を白黒させた後、ようやく現実を受け入れたように、乾いた笑い声を出した。


「フ、フフ。クックック……なんですか、何なんですかそりゃ? あんなの反則でしょう、人間のできる技術の範疇にゃあんなのありゃしませんぜ」


「出来たのだから仕方なかろう、一か八かの大博打だ。さすがに肝が冷えたわ」


 涼し気な顔で言うエルクに、ディーノは呆れたようにつぶやいた。


「ほんとに、あなたはいったい何なんですか?」



「覚えておけ。シャイルーク商会が雇われ訳士――――エルク・ランクロットだ」



 ディーノは呆れたように嘆息を一つ。


 ――――いったいどこの世界に自分とガチンコでやり合って、打ち負かす訳士がいるのやら……。


 両手を挙げて宣言した。



「降参です、物言いのつけようもない自分の完敗ですわ」


 

 そんな会話が交わされる背後で、ビルドゲートとナタリアの二人は、勝利を喜ぶでもなく自分たちの無事を安堵することもなく、いまだ人知を超えた闘いの幕に、理解が追いつくことなく、ポカンとしていたのだった。



 

ブクマ増加の2ポイントってすごく嬉しいです。


何千ポイントも持ってる人ってどんな気分なんでしょうかね?


この場を借りて謝辞を。


ありがとうございます。この先も頑張っていきます。

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