アイザ亭にて
遅れてすいませんっ
小汚いノブ。
ひびが入ったドア。
なんだか漂う馬糞のような異臭。
なんだこれは……アイザ亭か。
思わず自問自答してしまう様な宿。それが『アイザ亭』でした。
「なんですか……これ」
「安いと言うから来たら……これか」
俺だけでなく、アキエまでもが青い顔をして突っ立っている。なんていうか……あのハイテンションな女は騙し屋か? 天才だな……
「と……とにかく中入るぞ。中はまとも……なんて事もあるからな」
「は……はい」
固まってても仕方ないので俺が促した。今は金に余裕がない。俺達は一握りの奇跡を願いながらアイザ亭に入っていく……。
「なんだい? 客?」
「…………あ、はい」
思わず(悪い意味で)見取れてしまった。
外観にしっかりと応えるようなその中身! 具体的に言うと……
壁は所々剥がれかけている。
(人間がいる)建物のすぐ隣の建物(壊れた扉)に馬がいる。なんか鳴いてるよ。
蜘蛛の巣が張り巡らされている。
「ここ……宿ですよね?」
「そうだけどなんだい」
自覚ないのか宿のおばさん! 大丈夫かあなたの目と鼻と耳は! 色々と心配になってくるぞ。
でもなんか威圧感がすごくて指摘できない。うん。
突然、おばさんが申し訳なさそうな声色で言った。
「悪かったねぇ、うちはそんなに豊かじゃないんだ。少し汚いが、勘弁しておくれ」
…………良かった。おばさんの嗅覚と視覚と聴覚がおかしい訳じゃないのか。てか、そうだったら宿経営してないかな。
「それじゃ、……ダブルの部屋でお願いできますか」
「ダブル? いいのかい」
「え」
あれ、と思っていると、そっとアキエが耳打ちしてくれた。
「ショウシャさん、ダブルはベッドが一つなんです。二つあるのはツインですよ」
ああ、そうなんだ。
「じ、じゃあツインでお願いします」
「あいよ。一泊銀貨一枚だ」
「じゃあ、とりあえず2泊分お願いします」
銀貨二枚をおばさんに渡した。
明日からも頑張らないと直ぐに金が底をつくな……
「はい、確かに受け取ったよ。食事は朝晩あって、朝は六時から九時、晩は午後の六時から九時だからね。おくれたら食べさせないからね」
「はーい」
とりあえず、疲れた。早く部屋に行こう。
「意外と綺麗だった」
「ですね」
そこに着くと、意外と綺麗で少し驚いた。とにかく、荷物を降ろす。
かなり疲れてたので、直ぐにベッドに座った。
「あー、疲れた。夕飯までは少しあるし、寝ようかな」
「どうぞ。私は起きてるので」
「うん、よろしく」
とりあえず、寝ることにした。
一時間眠って疲れが取れた俺は、アキエと一緒に食堂へ向かった。
おお、ここは衛生管理は整っている。
「中々賑やかだなー、あ、ども」
「あ、さっきの兄ちゃんと嬢ちゃんかい。何にするかい」
カウンターにさっきのおばさんが居た。さっきとは違い、エプロンと三角巾をつけている。
「そうだなー、何があるんですか」
「夫曰く、今日は新鮮なネバが入ったらしいよ。それにしたらどうだい」
作ってるのおばさんじゃないんだ……まあ、そうだろうけど。
てか、ネバってなんだ
アキエに聞いてみると、
「ネバというのは魚です。その名のとおり少しネバネバした身が特徴です」
とのことだった。へえー……
「それじゃ、それで適当にお願いします」
「あいよ、あんたもそれでいいね」
「はい」
「おーい、……ネバの天ぷら定食二つ入ったよ!」
おばさん―――そいえばアイザ亭だからアイザさんでいいのかな―――は、後ろの厨房に向かって叫
ぶ。そして、
「それじゃ、そこの席にでも座って待ってな」
といい、他の客に話し掛けた。
「じゃ、行こ」
「はーい」
とりあえず席に座った。
そして十分、意外に早く料理が運ばれてきた。
「はい、どうぞ」
「どうもでっす」
運ばれてきたのは、パン(だと思う)と、そのネバとかいう魚の天ぷらと、野菜の汁だ。
試しに少しずつ食べて見る……おお、美味いな!
どの料理も調味料が邪魔せずにいい味を出している。『素材の味わい』だ。こんな味は、日本の料理屋では味わえないだろう。
「美味しい……! ハイエルフの食事といい勝負なのではないでしょうか」
隣でアキエも唸っている。
「飯だけは……美味いんだな」
おもわず失礼な事を呟いてしまった。聞かれてはないみたいだが。
夕飯を食い終えた俺とアキエは、部屋に戻ると、明日からの作戦を建てることにした。
「とりあえず、当面はお金を貯める方向ですよねー」
「ああ。所でさ……」
さっき聞くのを忘れていた事だが。
「商業ギルドに入るにはいくら掛かるんだ?」
「一人……銀貨5枚ですね」
結構高いな。一日で頑張れば稼げるのだが。
「そもそも、今日の稼ぎもFランクにしては異常……らしいですよ」
「うげ。そうなんだ」
「はい」
じゃあ……十日位金を貯めて入るって感じでどうだろう。
とりあえずそう考えてアキエに言ってみた。
「それでいいんじゃないですか」
「意外とあっさり言うんだな」
まあ、とりあえず方向は決まったな。
「それじゃ、今日やる事は決まったって感じでいいんですかね」
「ああ」
とりあえずこれで今日やる事は済んだ。
明日から頑張るか。ふぇ~……眠い。
「それじゃ、お休み」
「お休みなさい」
部屋に備え付けられていたランプを消した。部屋はすぐ真っ暗になる。
そして、ベッドに身を投げた。
ふと、起きた。その途端に、目を閉じているのか開けているのか分からない程の暗闇が目に飛び込んできた。
ふいに心細くなる胸。思えば、今までなぜあそこまで落ち着いていられたのだろうか。
会いたい。母さんに、父さんに、妹に……会いたい!
気づいたら俺は泣いていた。情けないと思いつつも、涙は次から次へと滴り落ちてくる。
「ショウヤ……さん?」
アキエが起きていた。顔に驚きの表情を浮かべて。
まあ、そりゃ、そうだろうな。
さらに目から大粒の涙が次から次へと出てくる俺は、アキエにあやされていた
「大丈夫ですよ。大丈夫です。会いたいですよね……父母に」
アキエの目にも光る物があった。