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あいつの事は忘れられない

作者: 紺沢 霏苑

俺は今、大きな期待と少しの不安をかかえながらホームで電車を待っている。

[まもなく電車が参りますので黄色い線の内側でお待ちください]

この決まり文句を言ってくるアナウンスとも今日でお別れだ。俺は、今日から住み慣れたこの町を後にして、新しい町へと行く。その町ではいったいどんな出会いがあり、いったいどんな人と出会えるのだろうか。いままでに見たことも聞いたこともないような町だ。…きっと、忘れられる。


暫く電車に揺られていると、親子が乗ってきた。その親子が小さな頃のあいつと俺の姿に被ってしまう。その姿を見ている内に、なんとも言えない気持ちになって、手に持っていたカードを見た。そこにはあいつの名前と誕生日パーティーの開催日時と場所が書いてあった。

「これがあいつの思い、なのか…?」

俺は呟いてからそのカードを破り捨てた。窓を開けてそこから外へと捨てる。ヒラヒラと花弁が舞うようにして風に乗り、どこかへ飛んで行った。外の景色はいつの間にか見慣れた景色ではなくなっていた。緑が綺麗な山、透き通るような川、空は雲一つなく晴れ渡っている。ぽつりぽつりと家が見える。電車に揺られている時間がまだまだ長い。


そうは言っても終わりは来るもので、駅に着いた電車から、少し名残惜しげに降りて行った。

「ここが俺の新しい居場所…」

周りには古い建物や、緑色に染まった木々しかない、のどかで落ち着いた町だった。俺は目的の場所へ向かうために道を歩いていた。

「舗道、されてねぇんだな…」

今歩いている道は舗道されていなくて、砂利のむき出しの歩きにくい道だった。でもそれが、今ここに俺がいるんだと証明していてくれているようで嬉しかった。


暫く歩いて行くと、森の中に古い建物が見えた。それはまるで、本の中に出てくる様な大きな屋敷だった。

「ここが学校…大きいな」

その大きさに圧倒されながらも、校舎の中へと入って行く。内装は外見と見合った古い屋敷のような作りで気に入った。そのくせ、フローリングの床の部屋があった。その部屋にあったソファーに倒れこんで、暫く横になって疲れた体を休ませた。その後に、学校の中庭に行ってみた。中庭からみた校舎には、大きな窓ガラスがあり、そこに青空が映っていて綺麗だった。中庭を見て回っていると、体育館があった。そこは前に通っていた学校の様な作りで、誰も居ない体育館は殺風景で、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。窓から入ってくる日の光が眩しい。足元に転がっていたボールを思いっきり蹴飛ばすと、モヤモヤしていた気持ちが少し晴れたようだった。


改めて昇降口から校舎の中に入る。そこも普通の学校と同じ作りで、変な所に拘っている学校だな、と思った。というより、さっき通った所だけが外見に見合った作りをしていただけなのかもしれない。廊下や教室は案外前の学校と同じ作りで馴染みやすいだろうと思った。ある教室に入って宛てもなく歩き回る。歩くのに疲れて近くにあった椅子に座り、机に肘をつく。そこから窓の外を見ると、さっきは居なかった男の子が鉄棒で逆上がりの練習をしていた。それを立ち上がって窓の方へ行き、よく見てみる。

「そういやぁ、俺も昔はあぁやって練習したよな…」

男の子はなかなかうまくいかない様で、見ているこっちが代わりにやってあげたくなる。

「あぁ、おしい…」

ふと思い立って、教室を飛び出した。鉄棒の近くに行くと、男の子はまだ練習をしていた。

「見てやろうか?」

「いいの?ありがとう!」

それから暫く男の子に付き合って練習を見ていた。

「そこはそうじゃなくて…。俺が見本を見せてやるよ」

俺は逆上がりをして見せた。すると男の子が拍手をしてくれたので少し照れた。

「わぁ、すごい!」

「じゃあ、今日できるようになろうな」

その後も暫く練習したが、なかなかできない。

「う~、僕には無理なのかな…」

「大丈夫、お前にもできるって。俺が手伝ってやるからやってみな」

俺はそう言って男の子の足を支えてやった。すると、うまくいったようで、男の子は嬉しそうな声を出した。

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「どういたしまして」

頭を撫でてやると満面の笑顔で俺に笑いかけてくれた。その姿が、あいつが初めて逆上がりができた時と同じで、男の子に笑いかけながらも、なんとも言えない気持ちになっていった。とうとう堪えきれなくなって地面に座り込んで膝を抱え、俯いた。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

男の子が心配して声をかけてきてくれた。俺は俯いたまま、なるべく声が震えない様にして答えた。

「大丈夫だ…。心配してくれてありがとな」

俺がそう言うと、男の子はそっと頭を撫でてきてくれた。俺が驚いて顔を上げると、笑顔で俺の事を見てきた。その仕草があいつと同じで、俺をなんとも言えない気持ちにさせてくれた。

「…パーティー、行ってやるかな…。じゃあな」

「うん、ありがとねお兄ちゃん!」

俺は男の子と別れて急いで駅まで戻り、電車に乗り込んだ。向かう先はあいつの元。パーティーまであと少し。やっぱり忘れられないみたいだな…

Thanks!

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