三章 陽の砦
今回は陽の方の話です
白で統一された回廊は、不気味な程の静寂が満ちている。歩を進める毎に甲高い足音が響き渡る中、少女は前方に見えてきた大きな扉を迷わず押し開けた。
「あれ、戻ってきたんだ」
中へ入るなり聞こえてきた嘲りの言葉。それを発した顔の左半分を包帯で覆い隠した短髪の少年は、入ってきた彼女に侮蔑の笑みを向ける。
「よく戻ってこれたよね。朱音様に恥掻かせてさ」
「天陽、口が過ぎるぞ」
奥から靴音を響かせながらやって来た、長身で切れ長の瞳をした女が少年を諫める。その言葉に天陽と呼ばれた少年は、肩をすくめ押し黙った。
「白恋」
女の紫の瞳が入り口に佇む少女に注がれる。その冷たく射抜くような視線に、白恋は軽く目を逸らした。
「朱音様が話があると。入りなさい」
「……」
女の言葉に白恋は黙ったまま足を踏み出した。奥へと進み出した彼女の後に、二人も続いて歩き出す。
広間の奥、天井から下がる薄い布に囲まれその存在を主張する金色の玉座。そこに座る人物の前で、白恋は片膝をつき頭を垂れた。
「戻ったのね、白恋。騰蛇の守護者には会えたのかしら?」
玉座に足を組んで座り、艶やかな笑みを浮かべる女、朱音の言葉に白恋の肩が震える。
「は……い……」
「そう……けれど私は会いに行けと言った覚えはないのだけれど」
朱音の声が唐突に険を帯びた。
「お前はあの子を殺すつもりだったのね?」
「朱音様……! わ、私はただ、朱音様があの子が邪魔だと仰ったから……!」
「私はそんなことを頼んだ覚えはないわ」
慌てて言葉を返した白恋を遮るように、朱音の冷たい声が広間に響く。
何とか弁解しようと顔を上げた白恋の目に燃え盛る焔が映る。同時に真っ赤な焔がたちまち彼女を包み込み、広間に悲痛な叫び声が響き渡った。
「私は自分の獲物に手を出されるのは好きじゃないの。二度とこんな真似をしたら次は本気で殺すからね」
一気に上がった火柱は瞬く間に収まり、服も焼け焦げ、気を失った白恋は床に倒れ伏した。
「勾蘭、白恋を連れて行ってちょうだい」
白恋の後ろで控えていた長身の女、勾蘭が朱音の言葉に従い動く。白恋を抱いた勾蘭が去るのを待って、朱音は天陽に視線を移す。
「で、見つかったのかしら?」
「それが、どうやら鏡の力に邪魔されているらしく」
答えながら、天陽は包帯に覆われた左目を押さえる。
「そう。玄桐、そこにいるかしら」
「ここに……」
朱音の声に応え、杖をつきながら現れたのは白く長い髭をした老人。彼は天陽の横に立つと、軽く頭を下げた。
「お前の水鏡はどう見た?」
問われた玄桐は厳しい表情で首を振る。
「月読姫が剣の隠された場所へ向かっていることは確か。しかし、その場所を姫の用いる鏡で上手く我らに知られぬよう、小細工しておる様子」
「さすがは全てを跳ね返す鏡。やはりそう簡単にはいかぬか」
言葉は残念そうにも関わらず、朱音はどこか楽しげに笑った。
「陰の者等はどうしている?」
「先刻、白恋が対峙した若者。騰蛇の守護者を手中に収めたようですな」
「そう」
玄桐の言葉を微笑んで聞いている朱音に、天陽は思わず疑問を口にした。
「朱音様、彼を野放しにして良かったのですか?」
「あら、分からない?」
天陽に視線を向け、朱音は不気味な程艶やかな笑みを浮かべる。
「あの子を殺すのは、剣をあの子が手にした時。そしてその時こそ、私の長年の悲願が叶うのよ」