二章 陰の者と陽の者
背に弓矢を背負い、短い髪に布を巻いている土陣と名乗った青年は、町からだいぶ離れた山中へと火司を案内した。水歌と呼ばれた犬ほどの大きさの獣は、火司の後ろから付き従っている。
「あの、どこまで行くんですか?」
周りにあるのは背の高い木々だけ。彼らが進むのは道のない道であり、火司の不安は大きくなるばかりだった。
「そろそろだ。ヤツらに見つからないようにしてるんでな」
山道を歩いていると言うのに、土陣の息は全く乱れていない。そのことに驚きながら、火司は彼の言葉に眉をひそめた。
「ヤツらって、さっきの……」
「ああ。俺達は陽の者って呼んでる」
「よう……?」
意味が分からず首を傾げる火司に、土陣は快活そうに笑う。
「分からないことはあの方に聞けばいい」
「あの方?」
「俺達を集めた方、天一様だ」
土陣の言葉とほぼ同時に目の前が開け、森の奥に佇む朱塗りの社が目に飛び込んでくる。天から射し込む日の光に照らされた社に、迷うことなく入っていく土陣に続きながら、火司は違和感を感じていた。
しんと静まり返った社の中には人の気配はない。履き物を脱ぎ、奥へと進む土陣に続きながらも火司は周りをキョロキョロと見回すが、他に人の姿はないようだった。
彼らの進む母屋の廊下には、両端に閉ざされた襖があるだけ。柱に一定の感覚でかけられた蝋燭の灯りに導かれるままに進めば、廊下を抜けた先に細い回廊が見えてきた。
行く先は闇に覆われ伺い知れないが、不思議と恐怖感はない。先を行く土陣が歩を進めると共に備え付けられた灯籠が独りでに灯り、しばらく進むと大きな障子戸が見えてきた。
「ここだ」
土陣の言葉で触れてもいない障子戸が開く。中からひんやりとした風が吹いてきて、火司は思わず肩を震わせた。
中は洞窟のように岩肌が見え、その中央付近に天からの光が差し込んでいる。その光に照らされた石舞台の上には、一人の少女が静かに座っていた。
「お待ちいたしておりました、火司殿」
白い着物に白い羽織を着た少女の瞳は堅く閉ざされている。しかし何故だか火司は、少女の視線をひしひしと感じていた。
「妾は天一。ここに集まった陰の者達を取りまとめる役を与えられております」
「いん……」
また出てきた分からない単語に思わず呟くと、天一はにっこりと微笑む。
「この世界も、そこに存在する全てのものも皆等しく陰と陽、どちらかに属します。そして陰は月の属性を、陽は太陽の属性を持ち、この二つの均衡が保たれることで全ては成り立っているのです」
ゆっくりとした口調で語る天一の表情が一瞬曇る。
「しかし今、その均衡は崩れています。……朱雀の守護を得た者によって」
「朱雀……?」
「この世界の均衡を保つべく、世界を創りし天帝が陰陽それぞれ六名ずつ、計十二名の天将を遣わしました。天将はそれぞれ一人ずつ人間に守護を与え、均衡を守っているのですが、その内の一人。朱雀の守護を得た者が、世界を我が物にせんと他の陽の天将より守護を受けし者達を集めているのです」
天一はそこで一旦言葉を切り、苦しげに眉を潜めた。
「彼は三年前、この大和国を治める天照王を殺め、ある物を手に入れました」
「殺した……? でも、そんな話は一度も……」
三年前と言えば火司が闇市から出て来た頃だ。自分自身もいろいろあったせいで、当時のことはよく覚えているが国を治める王が死んだなど聞いた覚えはまるでなかった。
「そりゃそうだろうな。ヤツは天照王を殺した後、実質的に実権を握った。もみ消すなんて簡単なことだ」
火司の言葉に、背後から土陣が答える。
「俺達はヤツらの目的を阻止するために集められた。しかし、この国を牛耳り、アレを手にしたヤツには容易に近付くことさえできない」
「アレって……天照王を殺して手に入れたっていう……?」
火司の言葉に天一が頷く。
「彼が奪った物は神器の一つ、全てを創り出す宝玉なのです」
「じんぎ……ほうぎょく……」
小さな声で繰り返す火司に、天一は微笑んだ。
「神器とは、この世界を守るための杭。一つは奪われた全てを創り出す宝玉、一つは全てを退ける鏡、一つは全てを壊す剣。この三つが揃えば世界を制することができると言われております」
一旦言葉を切った天一は、険しい表情で火司を見た。
「現在、鏡は天照王の妹君、月読姫様と共に行方知れず。そして火司殿、あなたに剣をお守りいただきたいのです」
「お、俺ですか?!」
突然の頼み事に火司は怖じ気付く。
「剣を手にできるのは火の天将である陽の朱雀と陰の騰蛇の守護を得た者。火司殿、あなたは陰の騰蛇の守護を得た方だけなのです」
とりあえずここまでです
今回は説明が多く、申し訳ありません
次回はいつになるか分かりませんが、気長にお待ちいただけると嬉しいです!