一章 出逢い
大和国の城下町。活気溢れる市場に一際名の知れた少年がいた。
みすぼらしいながらも、特徴的な燃えるような紅い髪と緋色の瞳を持つ彼の名は火司。大和国の闇市で孤児として育ち、三年前にこの市場の一角に小さな小屋で暮らしながら、何でも屋をしている15歳の少年である。
「頼むよ、あとちょっとでいいからさ!」
「そうは言ってもなぁ……」
パンっと両手を合わせ頭を下げる火司に、若い店主は困り果てた様子で頭を掻く。火司の仕事は依頼主の代わりに買い物に行くと言うもので、彼に頼めば安く品物が手に入ることが売りであった。
しかしそれは商売をしている店主達からすればあまり気持ちの良いものではない。それでも最終的に根負けしてしまうのは、火司の人柄と、彼らもまた彼によく依頼をするせいだろう。
「わーった、わーった。その言い値でいいよ」
苦笑いながらもどこか吹っ切れたような店主に、火司はニカッと笑う。
「助かるよ! じゃ、また頼むな!」
お金を置いて品物を受け取るや否や走り出す火司を、店主は笑いながら見送った。
火司がこの市場で名を馳せるようになったのは二年程前のこと。度々、闇市から来る人攫いが市場に店を構える夫婦の一人娘に手を出したのがきっかけだった。
同時13歳。闇市から出て一年、やっと市場で仕事ができるようになっていた火司は、連れて行かれそうになる娘を放っては置けなかった。
「おっさん、離してやれよ」
誰もが皆、遠巻きに見る中進み出た火司を誰もが無謀だと思っていた。しかし彼は持ち前の身軽さであっという間に男達を伸してしまったのだ。
それからというもの、彼は一目置かれるようになり仕事の量も増えていったのだ。
今では市場を歩けばすれ違う人は皆、火司に笑顔を向ける。その一人一人に応えながら、ごった返す人並みを縫うように走り抜け、火司が細い路地へと身を滑らせたその時だった。
突然、市場の喧騒が消え、辺りが暗闇に包まれる。両側にあるはずの壁も、背後にあるはずの市場もなく、そこはただ静寂だけが支配していた。
「な、なんだ……?」
突然のことに困惑する火司の耳に、風を切るような音が聞こえ、彼は反射的に体を反らせた。すると、さっきまで彼の首があったであろう辺りを鋭い刃のような風が行き過ぎていった。
「あら、残念☆ 避けられちゃったぁ」
「なっ……?!」
まるで残念がっていない口調でクスクスと笑いながら現れたのは1人の少女。火司より1、2コ程上だと思われる少女は、身の丈程の鎌を下ろし微笑んだ。
「ま、次は当てちゃうけどね☆」
「な……誰だよ、お前……」
「私は白恋。アナタを殺しに来たの」
楽しげに恐ろしいことを口にする少女に、火司はじりじりと後ずさった。しかし少女はそんな彼に対し笑顔のまま、距離を詰めてくる。
「朱音様がね、アナタがいると計画に支障を来すかもしれないって仰るから。だったらさっさと始末すべきでしょう?」
淡々と語る白恋の表情は笑顔のまま。しかしその瞳は全く笑っておらず、明らかな殺意が彼を射抜いた。
「心配しないで、一思いに殺してあげる。……痛くはしないわ」
スッと無表情になった白恋は大きな鎌を軽々と振り上げた。彼女の視線に、その場に縫い止められたように動けないでいる火司は、殺されることを覚悟した。しかし。
「きゃあっ!!」
突然、大量の水柱が白恋を襲う。寸でで後ろに飛んで免れた白恋は、キッと水柱を睨み付けた。
まるで火司を守るように上がった水柱は、段々と小さくなり、何かの形へと変化していく。そして現れたのは、長い耳と尾を持つ、一匹の獣だった。
「お前は……!」
突然目の前に現れた邪魔者の姿に、白恋は一瞬怯む。しかしすぐに余裕を取り戻すと、諦めたように笑った。
「まぁいいわ。お楽しみはまた今度……じゃあね」
あっさりと身を引いた白恋は颯爽と闇の中へと姿を消してしまった。それと同時に火司達を包む闇も消え去り、いつもの街並みと喧騒が戻ってくる。
「な……今のは一体……?」
「アイツは陽の者。言わば俺達の敵だ」
火司の呟きに答えた快活な声は、彼の頭上から降ってきた。慌てて視線を向けると、その声の持ち主は建物から張り出している細い鉄の棒に腰掛けていた。
「なっ……!?」
「お前が火司だな。俺は土陣、そいつは水歌だ」
ニコッと人の良さそうな笑みを浮かべた土陣が言うと、火司の傍らにお座りの状態でいた獣がクゥン、と鳴いた。しかしいろいろありすぎて思考が追いつかない火司を見ると、軽々と下りてきた土陣は苦笑いを浮かべた。
「聞きたいことは山ほどあるだろうが、少し待ってくれ。とりあえず移動しよう」
水歌の頭を撫で、土陣は火司の返答も聞かずズンズンと先を行く。服の裾を水歌に軽く引かれ、火司はやっと足を動かした。
書き方を若干変えてるので読み辛い部分もあるかもしれません。(文字数を減らしたかった)
もし見辛い場合は戻そうと思います。感想、メッセージ等でご連絡いただけると助かります。
いつまで続くか分からない長編ですが、お付き合いいただけると嬉しいです!