第六章 希望と腐敗
あの日から、もうどれくらい歩いたのか分からない。
アパートを出て三日目。
夜は廃車の中で眠り、昼は路地を抜けて食料を探した。
篠崎を探す。
ただそれだけを頭の中で繰り返していた。
その日も、空はどんよりと曇っていた。
スーパーの先に、動く影を見た。
ゾンビじゃない。歩き方が違う。
“生きてる”。
俺は思わず声をかけた。
「おい! 待ってくれ!」
その人影はびくりと振り向いた。
痩せこけた男だった。三十代くらい。
手には血のついたナイフ。
俺を見て、怯えたように後ずさった。
「待って、俺は敵じゃ──」
その瞬間、横から別のゾンビが飛びかかった。
男が悲鳴を上げる。俺は反射的に鉄パイプを振るった。
鈍い音。ゾンビが倒れる。だが、もう一体が噛みついていた。
男の腕から血が吹き出す。
「くそっ!」
俺はゾンビを蹴り飛ばし、パイプを振り抜いた。
頭蓋が砕け、泥と血が飛ぶ。
ゾンビが沈黙すると、男は地面に倒れ込んだ。
肩で息をしながら、俺を見上げた。
「……助けて……くれたのか」
「動けるか?」
「いや、もう無理だ……噛まれた。終わりだ」
男の顔はすでに青ざめていた。
俺は言葉を失った。
助けたい。でも、助けられない。
男は震える手でポケットから地図を取り出した。
「……近くの……“エースマート”ってコンビニ……裏に隠し通路がある……」
「隠し通路?」
「倉庫に……大量の武器が……軍用のやつも……」
「本当か?」
「俺……そこにいたんだよ……避難所だった……」
彼の声がどんどん細くなっていく。
「頼む……もし行けたら……仲間の……仇を取って……くれ……」
俺は唇を噛んだ。
「わかった。必ず行く」
男は微かに笑った。
「……ありがと……な……」
そして、動かなくなった。
数分後、俺は立ち上がり、東へ向かった。
コンビニ「エースマート」まで、歩いて十五分ほどの距離。
胸の奥で、心臓が嫌な音を立てている。
“もし本当に武器があるなら”
俺はもっと生き延びられる。
篠崎を探す希望だって繋がる。
しかし、角を曲がった瞬間、足が止まった。
コンビニの前の駐車場に、ゾンビが群れていた。
数十体。
肉を裂く音、呻き声、腐敗臭。
その奥に見える、赤と白の看板。あれが目指す場所。
俺は歯を食いしばった。
鉄パイプを握る手に、汗がにじむ。
「……くそ……無理だ。今は……」
体が震えた。
逃げたくない。でも、突っ込めば確実に死ぬ。
息を飲んで、一歩だけ後ずさる。
「必ず……戻る。全部、奪ってやる」
夕焼けが、群れの向こうを血のように染めていた。
俺はコンビニを背にして、ゆっくりと夜の影に溶けていった。




