第五章 鈍った肉体、燃え始めた意志
部屋に戻ったとき、腕も足もパンパンだった。
階段を上がるたびに息が切れて、心臓が破裂しそうだった。
でも、帰ってこれた。
母さんの部屋の前を通るとき、視線を逸らしたまま、静かに頭を下げた。
あの鉄パイプを手放す気にはなれなかった。
シャワーを浴びたあと、鏡の前に立った。
腹が出ている。
腕は太いが、力がない。
今まではそれを見ても何も思わなかった。
でも今は違う。
“生きる”ために、この体を変えなきゃならない。
俺は部屋の隅から、ダンベル代わりのペットボトルを二つ拾った。
水を詰めて腕を上げる。
すぐに息が上がる。
五回で限界。
それでもやる。
朝起きて、腕立て。
夜になって、腹筋。
床が軋む音だけが響く。
数日後、俺は気づいた。
筋肉がついたわけじゃない。
けど、体が“動くようになってきた”。
食料を取りに行ったときより、足取りが軽い。
息の乱れも、ほんの少しだけマシになった。
窓の外、夕焼け。
錆びた空の下で、俺は鉄パイプを磨きながら思い出していた。
──あいつの顔を。
高校のとき、隣の席にいた女の子。
篠崎。
いつも昼休みにパンを半分くれて、「三上くん、外で食べようよ」って言ってた。
俺は行かなかった。
太ってるから。汗臭いから。
“人に見られるのが怖かった”。
それから何年も経って、俺は部屋にこもって、世界が終わった。
でも、もし――あいつがまだどこかで生きてるなら。
その瞬間、心の奥がざわついた。
今まで感じたことのない、熱。
腹の底から、言葉が漏れた。
「……会いたい」
それは懺悔でも幻想でもなく、ただの“願い”だった。
俺は立ち上がった。
バックパックに食料を詰め直し、鉄パイプを肩に担ぐ。
外の空気は、相変わらず腐っている。
でも、今はそれが怖くない。
生きる理由ができた。
そして、探す理由も。
「待ってろ、篠崎。……今度は、ちゃんと外に出る」
ドアを開けた瞬間、風が頬を撫でた。
世界はまだ地獄のままだけど、俺の足は確かに前へ進んでいた。




