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【第4コード】裏の支配者

昇降口から続く長い廊下を、結城燐は静かに歩いていた。


昼休み、突如襲いかかってきた数人の不良たち――異能持ちの集団を退けた直後のことだ。

体にはまだ戦いの余韻が残り、制服の袖には破れた箇所がいくつかある。

手のひらには細かな擦り傷。そして、何より疲労感が背中に重くのしかかっていた。


それでも、燐の心はどこか落ち着いていた。


(……勝てた。あの時の俺より、ちゃんと“戦えた”)


訓練の成果。剣と盾の再展開。あの“力”が、自分の意思で現れてくれたことが、何よりの収穫だった。


そんな思考をめぐらせながら、教室に戻ろうとしたとき――


廊下の先、静かな空気の中に“異質”がひとつ、佇んでいた。


――神代沙羅。


窓際に背を向け、黒髪を風に揺らしながら外を見ている。

彼女の制服は標準のものに加え、和風の羽織がゆるく重ねられていた。清楚でありながら、どこか剣呑な雰囲気を纏っている。

ただ立っているだけで、“只者ではない”と分かる。


燐は小さく息をつき、一歩、足を踏み出した。


「……神代先輩」


名を呼ぶと、彼女はゆっくりと振り返った。

その横顔は静かで美しい――だが、目に宿る光が一瞬だけ鋭くなるのを、燐は見逃さなかった。


「……結城くん? どうかしたの?」


「……あの、ちょっと聞きたいことがあって」


「聞きたいこと?」


燐は言葉を選びながら、口を開いた。


「最近、学校で……妙な動きがあるって聞きました。」


沙羅はしばらく黙っていた。

その視線は、再び廊下の向こうを向き――そして、優しく微笑んだ。

「“私が”関わってるかどうか、ってことか?」

沙羅が一瞬“目を光らせる”


図星だった。


燐は目をそらすように頷いた。


沙羅は微かに肩を揺らし、少しだけ楽しそうに笑った。


「……違うわ。私はそういうのには関与していないし、興味もないの」


「……そう、ですか」


彼女の声は澄んでいた。まるで冷えた湧き水のように透明で、芯がある。

その眼差しには、確かに“嘘”の色がなかった。


(――この人は、悪い人じゃない気がする)


昼の戦いで助けてくれたこともある。

ただ強いだけじゃなく、冷静で、何かに縛られた正義を持っているように感じた。


「……そうですよね...ありがとうございました」


「信じるかどうかは、あなた次第。私は……私自身でいるだけよ」


そう言い残し、沙羅は再び廊下を歩き出した。

その後ろ姿は、迷いなく真っすぐで――まるで刀身のようだった。


そして、その光景を――誰かが、見ていた。


校舎の階段の影、職員用通路の手前。

スーツの袖を整えながら、ひとり壁にもたれかかっていた。


「……あれが、結城燐くん、か」


小さく呟いたその声には、何の感情も含まれていなかった。

まるで、ファイルに名前を書き込むような――仕事としての認識にすぎない。


*** 


 


「……は? 敗けた?」


冷たい声が、金属の響きを孕んで空間に満ちる。


場所は、学園の裏手にある廃棄倉庫。

昼間は立ち入り禁止区域として封鎖されているが、夕方以降はその封鎖も有名無実だ。


鉄パイプの能力者――あの男は、うつむいたままその前に立っていた。


「……す、すみません……あいつ、思ったより強くて……コードもっていやがった、仲間も……」


「言い訳か?」


椅子に座っていた青年が、ゆっくりと立ち上がる。


銀髪に黒のピアス。口元には薄ら笑いを浮かべ、ジャケットの内ポケットには細長い何かが見え隠れしている。

その男の名は――迷彩カゲト

オルディナ学園・四天王のひとりにして、裏の支配者と噂される存在だった。


「“俺の部下”が、普通科の1年に負けた? しかもコードを持っていやがるだと」


「…………っ!」


「弱い奴に生きてる価値はねぇ――“しつけ”の時間だな」


そう言って、カゲトが指を鳴らした瞬間、倉庫の影から複数の男たちが現れた。

全員、迷彩模様のバンダナを巻いた私服姿。学園内でも噂の“カゲト派”――不良の精鋭たちだ。


「くっ、やめ――」


言葉が終わる前に、殴打の音が鳴り響いた。

容赦のない蹴り、鉄の棒での打撃。

誰も止めない。誰も笑わない。ただ静かに、組織の“けじめ”が行われていた。


(この世界は、強さと忠誠で成り立っている)


カゲトはそう思いながら、煙草に火をつけた。


「――面白くなってきたな。結城燐。オレの可愛いくずを潰すとは

計画の邪魔になるようなら消すだけだ」



倉庫に不気味な笑いが響いた。


----




夕方の修練場。誰もいない芝のスペースで、花宮るるはいつものようにスケッチブックを掲げた。


「今日の修行メニューはこちらっ!」


元気よく紙をめくると、そこにはイラスト付きで書かれていた。


『剣と盾の再展開訓練』

『反射速度アップ・身体強化の反復』


「……この“反復”って、一体何回やるんだ?」


「はい、無限回数です!」


「……は?」


燐が素で引き気味の声を上げると、るるはケラケラと笑いながら竹刀を構える。


「大丈夫大丈夫、今日の私はちょっとだけ優しいよ? まあ、“ちょっと”だけど」


言いつつも、その動きに一切の油断はない。

この年齢でここまで戦闘経験と制御力を持っていることに、燐は何度も驚かされていた。


「……その前に、少し話していいですか」


「おっ、まじめ顔だ。どうぞ!」


燐は、昼休みに起きた出来事を手短に説明した。

鉄パイプを振るう能力者たちが突然現れ、自分を襲ってきたこと。

無能力者だった頃の自分なら即座にやられていたが、剣と盾の力でなんとか対処できたこと――。


「ふむふむ……やっぱりね」


「“やっぱり”?」


るるは顎に指を当てて、思案顔になる。


「生徒会で少し話たよね?最近――学園内で不穏な連中が動き出しを感じてるの。どうも大きな黒い存在を感じるんだよね~」


「黒い存在……って?」


「それがわかってたら苦労しないよぉ~……そういえば結城くん、**桐原影渉きりはら かげと**って聞いたことある?」


その名前は、燐にとっては初耳だった。

いや、路地裏で不良を撃退した時に「カゲト先輩」の言葉を耳にしていた


「……誰ですか、それ」


「オルディナの“四天王”の一人。3年生で、表ではあまり目立たないけど……裏ではとんでもない存在」


るるの表情からは、いつもの陽気さが抜けていた。

その目は鋭く、警戒と警告の光を帯びている。


「彼は、“学園の裏の支配者”って呼ばれてる。

異能の強さだけじゃなく、頭もキレッキレ。力で不良たちをまとめ上げてて、今や学園の裏の者たちはほぼ全部カゲト派の傘下って言ってもいい」


「不良を……まとめる?」


「うん。暴れる連中をただ従えてるんじゃない。

彼のやり方は徹底してて、スパイのように情報も集めるし、逆らえば“消える”。

本人はめったに表に出ないけど、今回の襲撃は――あいつの意志が絡んでる可能性がある」


燐はごくりと唾を飲み込んだ。


(そんなやつが、この学校に……?)


「たぶんね、結城くんが柏木を倒した事と路地裏での噂が広まって、

“何者なのか確かめろ”って命令が出たんじゃないかな。あいつ、そういうの大好きそうだもん」


「つまり……これは、“挑発”か」


「そう。もっと言えば――“警告”かもね」


るるは一歩近づいて、燐の胸元をトンと指で突いた。


「君はもう“目をつけられた”ってこと」


それは、軽口でも冗談でもない。

戦場に立った者だけが分かる、明確な“殺意の入り口”に踏み込んだという事実だった。


風が吹く。

どこか焦げたような危険の匂いが、風に紛れて流れてきた気がした。


燐は拳を強く握る。


「……なら、逃げない」


「ふふ。そう言うと思ったよ」


るるは再び笑みを浮かべる。


「ま、逃げられるタイプの敵じゃないしね。やるなら――全力で」


花宮がトレーニングようのぬいぐるみを取り出して不敵に笑う


「じゃ、決意ができたところで。修行、始めまーす!」


「……お願いします、師匠」


「ふふっ、“師匠”って呼ばれるの、ちょっと気分いいかも~!」


その声が修練場に響く中、燐は剣を展開し、盾を浮かび上がらせる。

静かな夕暮れの中に、訓練の音が――再び、鳴り始めた。


-----


修行を終えたグラウンド裏は、すっかり夕闇に包まれていた。

太陽は西の空に沈みかけ、学園の高いフェンスがオレンジの残光を切り取っている。


「……ふーっ。今日もハードだった……」


剣と盾の展開練習、そして身体強化。反復、反復、また反復。

花宮るるは容赦なく、むしろ楽しそうに鍛えてくる。

その分、燐の技量も少しずつではあるが確実に向上していた。


「……でも、まだまだだな。戦いになれば、一瞬で終わる」


「謙虚なのはいいけど、そろそろ自信持ちなよー。

少なくとも、昔からコードを持ってた柏木くんとか鉄パイプくんよりは“今の”結城くんのほうが強いでしょ?」


るるがぬいぐるみを担ぎながら軽くウィンクしてくる。

それに燐は苦笑し、タオルで汗を拭った。


そのとき、木陰から小さな足音が聞こえた。


「――燐っ、お疲れさま」


振り向くと、制服姿の天音真白が手を振りながら駆け寄ってくる。

放課後も残っていたのか、リボンを少しずらしたまま、頬をほんのり赤く染めていた。


「真白……なんでここに?」


「るる先輩に教えてもらった。燐が毎日ここで修行してるって」


「えー、私口止めしてなかったっけ? うっかり言っちゃったかなぁ~?(棒)」


「めちゃくちゃわざとらしい……ていうか2人知り合いだったんですか」


どうやら2人は連絡先を交換してるほどの仲らしい。

三人で笑い合う、束の間の穏やかな時間。

だが、その和やかな雰囲気を、真白のひと言が破る。


「……手、血、出てるよ?」


燐が右手を見下ろすと、指の関節にかすかな切り傷ができていた。

竹刀を握る手に負荷がかかったことによる、小さな裂傷だ。


「大したことない。洗えば……」


「ダメ。保健室、行こ」


きっぱりとした声に、燐は押し切られる形で頷くしかなかった。


 


*** 


 


保健室に到着すると、白衣姿の女性がカーテンの向こうからひょこっと顔を出した。


「は~い、どうぞ~。おぉっ、結城くんじゃないの。今日も負傷? あれれ、また? またまた? 最近よく来るわねー?」


若干テンション高めのその声の主は――玖城くじょう みお

この学園の保健室の先生として、生徒たちから広く親しまれている存在だ。


「こんにちは……玖城先生、すみません。ちょっと擦り傷で……」


「はいはーい、そこ座ってー。腕見せてねー」


まるでお菓子でも配るような軽さで対応しながら、澪は消毒液と絆創膏を準備し、手早く処置を始めた。

しかし、その手がふと止まる。


「……ん?」


「どうかしました?」


「いや、なんでもないよー。ちょっとびっくりしただけ」


澪は笑ってごまかすように口元をほころばせる。


(でも……これ、今日の傷じゃない? まだ浅い赤みが残ってるのに、既に治りかけてる……?)


言葉にはしないまま、彼女は処置を続けた。


「ねぇ燐くん、もしかして毎日このくらいのケガしてるの?」


「……まぁ、はい。修行みたいなことしてて」


「修行っ!? ひょっとして格闘系!? 異能系!? ヒーロー志望!? 実は将来のラスボス!?」


「一番最後おかしいでしょ」


ツッコミを入れながら、燐は苦笑する。

だがその隣で、真白は傷を見てそっと唇を噛んでいた。


澪は笑顔を浮かべたまま、処置を終えると軽く手を叩いた。


「よしっ、完璧っ。はい、明日も元気に来てねっ! ……あ、いや、来ないほうがいいのか、これは!」


「どっちですか……」


「じゃーね~、真白ちゃんも気をつけてね~。燐くんの命、守ってあげてね~!」


そう手を振るその様子は、誰が見ても「ただの優しい保健室の先生」だった。


-------


学園の裏手――人通りのない廃棄倉庫の屋上。

薄曇りの空が色を失い、夜の帳がゆっくりと落ちていく。


その縁に腰かけ、下界を見下ろしていたのは――桐原影渡だった。


片手には使い込まれた折りたたみナイフ。

開いた刃先で指先をなぞりながら、ぼんやりと風に髪を揺らしている。


「……柏木が潰した時点で、興味はあった」


薄笑いを浮かべながら、指先の傷を見つめる。


「だが……まさか、俺の下っ端を返り討ちにしてくるとはな」


風が吹く。迷彩柄のベルトが、カチャリと小さく鳴った。


その音とともに、彼の背後から数人の影が現れる。

制服を崩し、どこか荒れた雰囲気の男子生徒たち――カゲト派と呼ばれる、彼の私兵たちだ。


「集めとけ。使えそうな“人形”を、最低でも百体は」


「……次は、どうします?」


その問いに、カゲトは立ち上がり、ナイフをパチンと折りたたんだ。


「“力”を持つ奴が一番下から這い上がってくる――俺はそういうの、結構好きなんだ」


「…………」


「でも、好きと許すは別だ。秩序は、俺が決める。舞台もルールも、全部な」


カゲトの瞳が、宵闇に淡く光る。

黄緑がかったその視線は、まるで夜の捕食者のように冷たく鋭い。


そして、呟く。


 


「――次の計画だ」


 


ナイフを腰に差し込み、彼は静かに背を向けた。


夜の闇の中へと溶け込んでいく背中に、誰ひとり声をかける者はいなかった。


 


――“裏の支配者”が、ついに動き出す。


その影が、結城燐の運命を――さらなる深淵へと引きずり込もうとしているとは、

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