【第3コード】心剣 神代紗羅 見参!!
ゆるーく投稿してくねー
訓練所を後にした帰り道、結城燐の足取りは重たかった。
それは肉体的な疲労というより、内側にずしりと響く”重さ”。花宮るるによる指導のひとときは、想像以上に苛烈で、何より――現実を突きつけられたからだ。
(あんなにも差があるのか……)
真っ向からぶつかったユウトの動きは、まさに“疾風”だった。いや、それ以上。目にすら映らず、意識した時にはすでに殴られている。
技術でも戦闘経験でもない。根源的な“力の格差”――それをまざまざと見せつけられた敗北だった。
(それでも……)
燐は拳を握った。指の節々がまだ痛んだ。訓練中、木製の床に何度も叩きつけられた名残だ。それすら、自分にとっては“力になっている”ような錯覚すら覚える。
オルディナ学園――その敷地の広さは、まるで一つの町に等しい。コードを持つ者たちの育成と研究のため、国家が総力を挙げて建てた巨大学園。
その中に、今、自分は立っている。
(俺は……ここで何を得られるんだろうな)
ふと、そんな疑問が胸をよぎった時――
「……りんくん!」
振り返れば、そこには見慣れた白銀の髪と、透き通るような水色の瞳。
制服の襟元をきちんと整えた少女、天音真白が、こちらに小走りで駆け寄ってきた。
「……ましろ?」
「うん。やっぱり、ここにいた……!」
安堵したように微笑むその表情は、どこかほっとしたようで、そして少し――照れているようにも見えた。
「一緒に帰ろうと思って、待ってたの。でもなかなか来ないから……もしかして、また修行?」
「……まあ、そんなところ」
燐が肩をすくめると、真白はふわりと笑って、隣に並んだ。
「……強くなろうとしてるんだね、りんくん」
その言葉には、微かな震えと、確かな優しさが宿っていた。
「この前、私……巻き込んじゃったよね。柏木くんのことで。……ごめん」
「いや、違う」
燐は即座に否定した。ゆっくりと視線を向ける。
「俺が勝手に、守りたいって思っただけだ」
真白の頬が、わずかに染まる。
それを隠すように、彼女は空を見上げた。夕焼けの朱に染まる学園の道は、ふたりの影を長く伸ばしていた。
(この日常を守りたい――そんな気持ちだけが、俺を前に進ませている)
だが、穏やかな時間は、唐突に終わりを告げた。
通りかかった裏通り。舗装の甘いコンクリートに、薄汚れたゴミが散乱し、人通りもほとんどないエリア――その奥から、聞こえた。
「……返せって言ってんだろォが!」
「ひ……っ、や、やめてください……!」
少年の悲鳴と、低い怒鳴り声。
真白がその場で足を止め、怖がったように袖を握る。
「り、りんくん……今の、たぶん……」
「行こう」
躊躇う暇もなく、燐は駆け出した。真白も、意を決したようにその後に続く。
裏路地の奥。そこには、制服姿の少年が二人、ひとりの生徒を壁際に押しつけていた。
「金、全部出せって言ってんの! 」
相手は明らかに同じオルディナ学園の生徒。押しつけられている側は一年生――自分たちと同じ学年。
「やめろッ!」
燐の声が響いた瞬間、男たちは一斉に振り向いた。
「はぁ? なんだお前――」
その言葉が終わる前に、燐は拳を握って飛び込んだ。
(……今の俺には、この身体強化がある)
修行中に学んだ、体内に流れる“欲望”のエネルギー。それを循環させることで、身体能力を底上げする術。
バンッ――!
一人の男を壁に叩きつける。
「うぐっ……!?」
もう一人が振り返るも、反応が一瞬遅れる。燐はすでに踏み込んでいた。右足を軸にして体をひねり、横から叩き込む。
ドッ――!
「ぐ、ああぁぁっ……!」
二人は、その場に倒れ込んだ。
その光景を見た真白は、目を丸くしたまま、微かに震えている。
「りんくん……すごい……」
燐は無言で頷き、倒れた男たちに目をやる。荒い呼吸をしながらも、二人はゆっくりと身を起こし、舌打ちをした。
「チッ……覚えてろよ、クソが……!」
そのまま、よろよろと逃げていく二人。
被害者の少年――小柄な、気弱そうな顔立ちの生徒が、ぺこぺこと頭を下げながら言った。
「……あ、ありがとうございましたっ……!」
「……大丈夫だったか?」
「はい……! でも、あの人たち、最近ずっと一年生から金を巻き上げてて……“カゲト先輩の指示だ”とか言って……」
「カゲト?」
燐と真白が顔を見合わせ疑問をうかべた。
---
次の日の学校
燐は生徒会に再び呼ばれていた。
生徒会室は、校舎の最上階の一角に位置する。
そこだけが別の空気に包まれているような静けさ。
壁には重厚な木材が用いられ、観葉植物が整然と並び、学園の中でも異質な“上層”の気配が濃い。
コンコン。
「失礼します」
扉を開けた瞬間、空気が引き締まる。
窓際の長椅子に腰かけていたのは、知的なメガネをかけた男子生徒――九条理央。生徒会会長。
その隣、カップにストローを突っ込んでちゅーちゅーしていたのは、小柄なロリ風の少女――花宮るる。生徒会会計。
「やあ、来てくれたね。燐くん」
理央が手元の資料から視線を上げ、静かに微笑んだ。
「昨日の件。騒動について、少し詳しく聞かせてもらえないかな?」
「……どうしてその事を」
燐は疑問に思いながらも小さくうなずき、状況を簡潔に報告した。
カツアゲに遭っていた1年生を助けたこと。相手が複数人だったこと。
理央はしばらく黙って聞いていたが、やがて視線を鋭くした。
「やはり……ここ最近、校内での『様々な問題』が増えていてね。その事件こそ背後に例の組織的な影があると見ている」
「組織……?」
「詳細はまだ不明だ。だが、異常な動きがあることは確かだ」
「どんな強い相手でもいい様に君が今やるべきことは強くなることだ」
理央が補足するように言った。
花宮がぱっと表情を明るくする。
「じゃあ明日の訓練はスペシャルに付き合ってあげるねーっ!」
「え、まだ……あれ以上の……?」
「当たり前じゃん。強くなるって、簡単なことじゃないんだよ?」
理央がわずかに笑う。
「彼女に任せれば、君もすぐに“基礎”は身につくだろう。だが、それ以上のものが欲しいなら――君自身の心が必要だ」
燐は静かにうなずいた。
──昼下がり。蝉の声が遠くで鳴く中、教室に微妙な緊張が走っていた。
午後の授業が始まる前のわずかな時間。
燐は机に肘をつきながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。午前中に生徒会室で話を聞いてから、心が落ち着かなかった。
これから自分は、あの“異能者たち”と向き合っていくのだ。
自分がどれだけ“普通”から外れていくのか、想像もつかない。
「……結城くん」
不意に声をかけられて、顔を上げる。
見知らぬ生徒が立っていた。
制服からして2年。コードクラスの腕章はないが、眼差しは鋭い。
「ちょっといいか? 伝言なんだけどさ。放課後、旧校舎裏まで来てくれって」
「……誰から?」
「昨日の件、覚えてるだろ? ちゃんと礼がしたいってさ」
言い終えると、そいつはさっさと踵を返して去っていった。
無表情で、感情を見せない背中がやけに印象に残った。
(……罠かもしれない)
いや、罠なのは分かっていた。
だが、行かないという選択肢は――なかった。
「燐くん……なんの呼び出し?」
今度は隣の席から声がする。振り向くと、真白が心配そうに目を伏せていた。
「……。大丈夫だよ」
「わたしも、行く」
「え……?」
「ひとりで行かせない。……どうせまた、無茶するんでしょ?」
少しだけ頬を膨らませながら、真白は言った。
燐は何か言い返そうとして、できなかった。
結局、彼女には敵わないのだ。
陽が傾き始めた放課後の学園。
風が吹くたびに、木々の葉がざわざわと揺れる。
旧校舎裏――普段は立ち入り禁止に近い裏路地。人気はまばらで、周囲からは見えにくい場所。
そこには、昨日の加害者たち数名と、見慣れぬ2年生数人が立っていた。
彼らは燐と真白の姿を見ると、露骨に笑いを浮かべる。
「昨日の礼だって言っただろ? 礼儀ってのは、拳で語るもんだ」
先頭の男が、ボキボキと指を鳴らす。
その背後から、他の数人も前に出てくる。半円を描くように、二人を囲む。
真白が、燐の袖をきゅっとつかむ。声はない。ただ、その手の震えが、すべてを物語っていた。
燐は一歩、彼女の前に出た。
表情には迷いがなかった。
燐はすぐに悟った。
「先に帰って、真白。ここにいても――」
その言葉は、途中で遮られた。
「もう、遅い」
燐は一歩後ろに下がりながらも、心の中で熱を燃やす。すぐそばには真白がいる。彼女を危険に晒すわけにはいかない。
「やっちまえ!」という声と同時に、数人が一斉に飛びかかってくる。
――瞬間、燐の身体が“熱”を帯びた。
(……いける。修行の成果、試す時だ!)
リビドーを全身に巡らせるイメージ。身体の隅々に“意志”のエネルギーが流れ、感覚が研ぎ澄まされていく。踏み込み、拳を放つ。避ける、叩きつける、倒す。
「な、なんだこいつ……!?」
「ただの無能力者じゃ……ねぇぞ!」
圧倒的だった。10人を超える相手を、燐はたった一人で退けた。
(――リビドーによる身体強化を習得した者に、無能力者が勝てるわけない)
息を切らせながら立ち尽くす燐。その時――
「昨日は世話になったなぁ」
聞き覚えのある声。鉄の軋むような音と共に、1人の男が歩み出てきた。
右手には、異様に太い鉄パイプ。
「お前……昨日の!」
不敵な笑みを浮かべながら、鉄パイプの男が構える。
「今日はきっちり、やり返させてもらうぜ?」
鉄パイプの男が、燐との距離を詰めてくる。
手にした鉄パイプは、表面が不自然に波打っていた。明らかに異能によって変形されているそれは、まるで獰猛な生き物のような存在感を放っていた。
「俺のコードは《鋼蛇》。これでてめぇを叩きのめす」
どうやら鉄の形を自在に変形させるコードのようだ
「おい、逃げんなよ? 昨日の借りを、返させてもらうぜ」
足を踏み出すたびにアスファルトが小さくひび割れる。圧倒的な“質量”と“威圧”が、燐を正面から押し潰そうとしていた。
燐も一歩、踏み込んだ。
(……やるしかない)
リビドーを全身に巡らせる。花宮との訓練を思い出す。
――『リビドーでの身体強化も、だいぶ身についてきたね。でもそれだけじゃ、コード持ちには通用しないよ?』
――『コードを持つ者同士の戦いで大事なのは、リビドーの使い方と、“能力”の理解度。君のコードはなに?』
――『コードを使って……君は何をしたい?』
(俺がしたいこと……それは)
視線の先に、怯えながらも真っ直ぐにこちらを見つめる真白の姿があった。
(……守りたい。誰かを守れる力が欲しい)
その瞬間、燐の右腕の前に、光が集まり始める。
光はゆっくりと、形を成していく。半透明で、十字の紋様が浮かぶ――宙に浮かぶ“盾”。
続いて、左手に走る衝動。
指先に生まれた白光が、鋭く伸び、やがて“剣”となる。光子状の十字架のような形状。片手で振るうにちょうどいい長さ。
(これが……俺の“コード”)
だが、その名はまだ、燐の中に浮かんでこない。ただ、心の奥にある意志が、形を成した。それだけは確かだった。
「はっ、なんだそれ……光の剣と盾? まるでヒーロー気取りだな!」
鉄パイプの男が、笑いながら襲いかかる。
異様に変形したパイプが、槍のように突き出される。
燐はそれを、瞬時に浮遊する盾で受け止めた。
ガァン! という金属音が響く。だが、盾はびくともしない。
「なっ……!?」
男の目に驚愕の色が浮かんだ。
「――今だッ!」
燐は盾を前に押し出しながら、左手の剣を横一線に振るった。
光子剣が、鉄パイプを跳ね飛ばす。斬るのではなく、強烈な衝撃と共に叩きつけるような一撃。
「がっ……は……!」
男は吹き飛び、壁に激突してそのまま崩れ落ちた。
周囲の空気が、しんと静まる。
(……やった。倒した)
燐がそう感じた瞬間――
「やるじゃねぇか、坊や」
別の声が、頭上から降ってきた。
視線を上げると、電柱の上に男が一人。ナイフを持った腕が異様に長く伸びて、ましろに向けて伸びてくる。
「こいつ……腕が伸びる!?」
「俺っちのコードは伸肢変構
一瞬で俺の間合いよぉ」
さらに、背後から大きくジャンプした何者かが、空中から蹴りかかってくる。
(速い! 間に合わない――!)
そのとき——
乾いた風を切り裂くような足音が、背後から響いた。
「そこまで、です」
張りつめた空気に、鈴を鳴らすような凛とした声が走った。
現れたのは一人の少女。制服の上に、和の意匠が施された羽織をまとい、すらりとした姿勢でそこに立っていた。漆黒の袴スカート、胸元には学園章。そして、腰には一本の木刀。
髪は黒く結い上げられ、額には真っ直ぐな意志の宿る瞳が光っている。
「な……誰だ……?」
怯む不良たちの前で、少女は一歩、静かに前へ出た。
「神代沙羅、私立・オルディナ学園剣道部主将……並びに“四天王”の一角です」
場が、凍りついた。
「一年生一人に対して集団での襲撃……恥ずべき行為です。あなた方には、能力者としての誇りもないのですか?」
その言葉に、不良たちは一瞬たじろいだが、すぐに一人が反発する。
「な、なんだよ! 偉そうに……こちとらケンカの最中だ!」
「ならば、私がお相手します」
少女がふわりと木刀に手を添えた、その瞬間——
“ドンッ”
響心流
散華一閃
鋭い風を切る音と共に、誰も彼女の動きを視認できなかった。ただ、一閃。瞬きの間に、数人の男たちが吹き飛ばされ、壁際に転がる。
沙羅は淡々と木刀を戻し、静かに言った。
「私の名は、神代沙羅。コードは“心剣・レゾナンスブレード”——私の剣は、心の共鳴に応じて力を放ちます」
彼女は燐に近づき、その無事を確認するように目を細める。
「……ご無事で何よりです。ご自身の力も、見事でした」
燐は、まだ呆然としたまま、ぎこちなく頭を下げた。
「助かった……ありがとう」
神代沙羅は木刀を静かに腰に戻すと、深く息を整えた。そして、燐に目を向け、やや穏やかな表情を浮かべる。
「ご無事で何よりです。ですが——次は、あまり無茶をなさらないように」
その静かな声音が胸に響いた直後、背後から小さく声がかかった。
「あの……神代先輩、ありがとうございました」
振り返ると、昨日燐が助けた1年生の男子が立っていた。制服の肩は土で少し汚れているが、その目には強い意志が宿っていた。
「あなたが……昨日の?」
燐が言葉をかけると、彼はこくりと頷いた。
「はい、僕木野 一真って言います。
周囲に誰かいないか探していて……僕のコード、《第三の目》で、神代先輩を見つけました」
「……“サードアイ”?」
真白が首を傾げると、彼は少し照れたように説明を続けた。
「周囲50メートル以内にある“存在”を感知できる能力です。今回は強いリビドー反応とか、エネルギーの流れとかで探して……。神代先輩のような強い人は、すぐにわかります」
「ふむ。使い方によっては、索敵において非常に優秀なコードですね」
神代は淡々とした口調で返すも、その目には確かな興味が宿っていた。
「昨日のお礼しに行こうと思ったらあなたが不良共に呼び出されててそれで、僕が駆けつけてお願いしました。燐さんが危ないかもしれないって」
「……ありがとう。本当に助かった」
燐が素直に礼を言うと、1年生は恐縮したように頭を下げた。
「俺なんて何もできなくて……でも、燐さんが戦ってるのを見て、悔しくて……。僕も、強くなりたいと思いました」
その言葉に、燐はゆっくりと目を細める。
「俺だって、昨日までなにもできなかった。でも、守りたいって想ったから、ここに立ってる。……なら、きっと君にもできるよ」
神代がそれを聞いて、小さく頷いた。
「力を持つ者が、その力をどう使うか。それは常に、選択と覚悟の連続です。……あなたがそれを選んだのなら、私もそれを尊重しましょう」
短く、けれど確かに。
彼女はそう言い残し、すっと背を向けた。
「そろそろ戻りましょう。休み時間も、終わってしまいますから」
歩き出す神代の後ろ姿に、燐と真白、そして1年生が静かに続いていく。
吹き抜ける初夏の風が、戦いの痕跡をそっとなぞるように、校舎へと向かう三人の背を押していた。