利成君の絵
フローライト第八十四話
夏休み後半、美園は朔と一緒に利成の家に来ていた。こないだの朔のスケッチを見てもらうのと、朔が欲しがっていた絵の値段を交渉するためだった。リビングに通された朔はこないだと同様何となく落ち着かない様子で部屋の中を見回していた。
利成が朔のスケッチを見ている。こないだの美園を描いたものと、他のスケッチも持ってきてもらった。
「はい、ありがとう」とスケッチを見終わると利成がスケッチブックを朔に返した。
「どうだった?」と美園が聞いた。
「うん、いいと思うよ」と利成が言うと、朔がすごく嬉しそうな顔をした。
「じゃあ、対馬の絵、売れる?」
「んー・・・いいと言うのと、”売れるか”は違うことだからね」
「えーそうなの?」
「そうだよ」と利成が言う。それから「対馬君はどうしたいの?」と聞いた。
「えーと・・・」と朔が考えている。
「絵といっても色々あるでしょ?自分がどうしたいのかでまた話が変わってくるからね」と利成が言う。
朔は利成の言葉にますます考え込む顔をした。
「じゃあ、まず、それは置いて置いて。利成さんの絵はいくら?」と美園は聞いた。
「あれね・・・」と利成が考えている。朔がハッとしたように利成を見つめた。
「どういうところが気に入ったの?」と利成が朔に聞いた。
朔がまた考えるような顔をしてから口を開く。
「・・・ひどく悲しかったところ・・・」と朔が答えた。
利成が「そう」と特に表情も変えずに言った。
(あれ、悲しいかな?)と美園は朔の顔をチラッと見た。
「十万から二十万くらいの間かな?」と利成が言う。
「え?そんなもん?」と美園は利成を見た。
「そんなもんって?」と利成が少し楽しそうに美園を見た。
「安いかなって・・・」
「じゃあ、美園はいくらにくらいだと思うの?」
「んー・・・五十万くらい?」
そう言ったら利成が「アハハ」と笑ってから「そう?まあ、値段なんてある意味どうでもいいからね」
「えーそうかな?利成さんのなら高くしても売れるでしょ?」と美園は言った。
「そうでもないよ。価値は人それぞれだからね。百万でも欲しいっていう人と、一万でも高いっていう人が混在してるわけだから」
ふと見ると朔が困ったような顔をしていた。
「高い?」と美園は聞いた。十万でもお小遣いじゃ買えないだろう。
朔が頷いている。
「それじゃあ、対馬君の絵をお店に置いてみようか?」と利成が言った。
朔が「えっ?」と驚いて利成を見た。
「対馬の絵を売るってこと?」と美園が聞くと「そうだよ」と利成が言った。
「今時なら、ネットで普通にアマチュアだろうが何だろうが売ってるでしょ?」
「そうだけど・・・」と美園が朔の方を見ると、朔はどうしようかとおろおろしている様子だった。
「どう?対馬君。売れそうなのある?今から描いてもいいし」
「え?・・・その・・・」と朔が考え込んだ。
「この美園を描いたスケッチ、いいと思うから美園を描いてみたら?」と利成が言った。
「えっ?私がモデルになるってこと?」
「そうだよ」と利成が言う。
朔が美園の方を見て「・・・天城さんいい?」と言う。
(えー・・・モデルって退屈なんだよな)と心の中で思う。それでも何もしないのはもっと退屈なので「まあ、いいよ」と美園は答えた。
(変なことになったな・・・)と美園は思った。利成は朔が描いた絵がいくらでもいいから売れたら、あの朔が欲しいと言った絵をその値であげるというのだ。
(利成さん、絶対楽しんでる・・・)
美園は利成も退屈してるのだと思った。だからわざとあんなことを言ったのだ。
「もし売れなかったら?」と朔が聞いた。
「そしたら俺の絵を諦めるか、十万くらいアルバイトして稼ぐかだね」
朔が「わかりました」と答えていた。
利成の家からの帰り道、朔が「天城さん、モデルいつならいい?」と聞いてきた。
「いつでもいいよ。なんなら明日からでも」
「ほんとに?」と朔が喜んでいる。
「キャンバスに描く?」
「うん・・・場所はどうしよう?」
「うちでもいいけど?」
「・・・うちに来てもらってもいい?」
「え?対馬のうち?」
「うん・・・その方が材料揃ってるから」
「そうなんだ、いいよ」
次の日の午後、朔の教えてくれた住所をスマホで検索しながら朔の家に行った。一軒家の二階の一室が朔の部屋だった。
「対馬って一人っ子?」
美園はベッドと机しかない部屋を見回した。
「そうだよ」と朔が絵を描く準備をしている。小さめのキャンバスに木炭、周りには絵の具や筆など、わりと本格的に色々揃っていた。床にスケッチブックが積まれていて、その横にはたくさんのノートがあった。
朔がベッドを整えている。
「ごめん、ここに座ってもらってもいい?」
「いいよ」と美園は布団の上に座った。
「全身じゃなくて上半身にするから」と朔が言った。
「うん、オッケー」
朔が絵を描き始めるとすぐに集中していた。
(よく集中できるな・・・)
美園は恐らくもう美園が目の前にいることは忘れて描いているんだろうなと、没頭している朔を見つめた。
一時間も同じ格好をしていると疲れてきて、美園は「ちょっと休憩していい?」と言った。
朔がハッと気がついたかのように「うん・・・」と顔を上げた。
朔が部屋から出て階下からペットボトルのお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」と受け取って、それをペットボトルのまま飲んだ。
「描けそう?」と美園が聞くと「うん、多分」と答える朔。
朔はキャンバスから離れると落ち着かなさそうにしている。こないだ危ういところで強制的に初体験をされそうになったことを美園は思い出す。
「こないだはごめんね」とわざと美園は言ってみた。
「こないだ?」と朔が首を傾げる。
「ほら、うちで・・・」と言うと朔は思い出したのか赤くなってうつむいて「いや・・・」と言った。
「対馬はキスしたことあるの?」
朔がおどおどしているのを見ると、美園はまたいたずら心がむくむくと湧いてきてしまった。
「な、ないよ」と朔がまた焦っている。
「そうなんだ、私はあるよ」と言ったら朔が顔をあげて美園を見た。
「天城さんは彼氏いるの?」
「いるよ」
「・・・そうなんだ」
「うん・・・」
朔が少し気落ちしたかのように自分の手元を見つめていた。
「ねえ、対馬は私のことどう思う?」
「えっ?」と朔が驚いて美園を見た。それから「どうって?」と聞いてくる。
「んー・・・好きとか嫌いとか?」
「・・・嫌いじゃないよ」
「そう?じゃあ好き?」
「・・・まあ・・・」と朔が答えてから顔を赤らめた。
「・・・キス・・・したい?」
美園が言うと朔が「えっ?」とまたびっくりしたような表情をしている。
「絵が完成してもし売れたら・・・キスしてもいいよ」
美園がいうと「ほんとに?」と朔が聞く。
「うん」と美園は答えた。朔の絵が売れるかどうかはわからないが、初体験が晴翔だったという心のゆとりから、ついそんなことを言ってしまった。
そして朔の絵のモデルのために、残りの夏休みのほとんどを費やすことになって、明日からはもう新学期になるという夕方、晴翔からラインがきた。
<美園ちゃん、元気?ごめん、また間あいちゃったね>
<元気だよ。いいよ、ツアー中でしょ?気にしないで>
<実は今東京戻ってるんだよ>
<え、そうなの?何で?奏空は帰ってないけど>
<俺だけ仕事でね。すごく急なんだけど今近くにいるんだけど、これから出て来れない?>
(え?)とベッドに寝そべっていた美園は起き上がった。
<出れるよ>
<良かった、マンションの下に五分後到着する>
<十分後になっちゃうかも>
<いいよ。待ってる>
(これはヤバイ)と美園は急いで着替えをして髪を整えた。
「咲良、ちょっと晴翔さんのところ行くから」
「は?明日学校でしょ?」
「そうだよ、泊まらないよ」
「当り前。早く帰りなよ」
「うん、オッケー」
咲良は嫌な顔はしてたけれど、出かけるのを止めてくるということはなかった。美園はマンションの下まで降りて表にでた。目の前に晴翔が車の運転席で待っていた。美園に気がつくと、笑顔になって助手席の方を指さした。
「こんにちは」と言って美園は助手席に乗り込んだ。
「急にごめんね。咲良さん、大丈夫だった?」
「大丈夫だよ」
「そっか、良かった」と晴翔が笑顔で言い「うちくるでしょ?」という。
「うん」と美園は晴翔の横顔を見つめた。
(やっぱり、晴翔さんはいいな・・・)
晴翔のマンションの部屋行く前にスーパーで適当に買い物をして、食べれそうな惣菜やらおつまみを買った。
「じゃあ、乾杯」とビールで乾杯をする。
「明日仕事してまた戻るの?」
「そう。ごめんね、慌ただしくて」
「ううん、全然。大丈夫」
「もう夏休みは終わり?」
「うん、明日から学校」
「そうなんだ。美園ちゃんは勉強どうなの?好き?」
「嫌いだよ」
「そっか。俺と同じだね」と晴翔が笑った。
「奏空はほんと咲良さんが好きなんだね」と晴翔が突然言う。
「何で?」
「いや、ツアー中でもマメに連絡してるから。俺なんてついさぼっちゃうからね。だから振られたんだけど」と晴翔は笑った。
「奏空は咲良だけって今世決めてるらしいから。それと、晴翔さんが振られたんじゃなくて、振ったんでしょ?」と言うと晴翔が少し驚いた顔をした。
「今世ってどういう意味?」
「今世は今世だよ」
「それじゃあ、前世とか来世委があるみたいな言い方だね」
「そうだよ。あるし」
「え?そうなんだ。奏空も時々不思議なこと言うけど、美園ちゃんもそういうところあるんだね」
「不思議なことじゃなくて事実だけど」と美園が真顔で言ったら、晴翔が少し苦笑した。
「じゃあ、俺の前世ってどんなだったのかわかる?」
「んー・・・どうなんだろうね?奏空ならわかるかも?」
「美園ちゃんはわからないんだ?」
「うん、私はあんまりね。でも人のエネルギーは少しわかるよ」
「エネルギー?}
「うん、晴翔さん、さっき彼女から振られたって言ってたけど、それが違うってわかるし」
「ほんとに振られたよ?」
「表向きはね。でも、晴翔さんも嫌になってたでしょ?」
「・・・んー・・・そうかな・・・」
「彼女は結婚したかったんじゃない?」
そう言ったら晴翔が少し驚いた顔をした。
「そうだよ。よくわかるね」
「まあ、それくらいは私じゃなくてもね。それで今は無理だからって言ったら、相手が逆に怒っちゃって・・・晴翔さんの方が嫌になったんじゃない?」
「嫌になってはないけど・・・結婚は今はする気なかったからね」と晴翔がさっきとは変わって真面目な表情で言った。
「じゃあ、今も好きなんだね」
「そんなことないよ。今は美園ちゃんが好きだよ」
笑顔でそういう晴翔の顔をじっと見た。
(あーやっぱり、未練あるんだな・・・)
その彼女に対しての未練を感じて、美園は何だか気落ちする。すると何となく寂しさが心に広がって来た。ざらざらとしたこの思いは、嫉妬心というより寂しさの中に悲しみが混ざっているような・・・そんな感じだった。
「美園ちゃん?ごめん、気分悪くした?」
黙っていると晴翔が言った。
「ううん、大丈夫」
そういうと晴翔が美園の隣に座って来た。
「ごめんね、ほんとに前の彼女には、もうそういう思いはないから」
晴翔が美園の頭を撫でてきた。
(・・・気がついてないのかな?ありまくりなのに・・・)
美園が晴翔の顔を見つめると、晴翔が唇を近づけてきた。晴翔の唇が重なって美園の唇を割って舌が入ってくる。美園は晴翔の舌に自分の舌を絡めた。
すると晴翔が急に欲望に火がついたかのように激しく口づけてきた。それと同時に胸も揉まれる。
(今日は、したかったのか・・・)
それで自分が呼ばれたんだな・・・と美園は思った。
上半身を脱がされブラジャーを押し上げられた。そのままソファの上に押し倒される。
(このままではセフレみたくならない?)
晴翔は美園ではなく、その前の彼女が好きなんだと直感的に思った。晴翔の舌が美園の胸を刺激する。執拗に乳首を舐められながら晴翔の下半身がかなり反応しているのに気がついた。
(一度しちゃうと・・・こうなっちゃうんだな・・・)
晴翔も例外ではないのかと思う。でもそんな性欲よりも前の彼女のことをいつまでも思っている晴翔の方が嫌だった。
自宅マンション前まで晴翔に送ってもらいながら、何だか今日はセックスだけだったな・・・と車の窓から通り過ぎていく街の明かりを見つめた。
「何か慌ただしいよね。またしばらく会えないけど・・・」
車から降りようとしたら晴翔が言った。
「いいよ。奏空もずっと同じことしてるの、子供の頃から見てきたんだから慣れてるよ」と美園は言った。
「そうか・・・慣れてると言ってもね。奏空と俺の立場じゃ違うでしょ?」と晴翔が言ったので美園は思わず晴翔の顔を見た。晴翔はすまなそうに美園を見ていた。
(晴翔さん、わかってるみたいだな・・・)
「前の彼女ね、正直言うと確かに未練が残ってるよ。でも、それはそれでね。その彼女を忘れるために美園ちゃんとつきあってるわけじゃないんだ。そこのあたり微妙なんだけど・・・」
晴翔は今日の美園の気持ちもわかっているかのように感じた。
「人のエネルギー・・・あ、思いって色々交じり合ってるんだよ。私も正直言うとちょっとがっかりしたんだけど、今、晴翔さんが正直に言ってくれたから、晴翔さんの思いも伝わったよ」
美園がそう言うと晴翔が少し驚いたようあ顔をしてから嬉しそうな笑顔になった。
「美園ちゃんって・・・やっぱり不思議で面白いね」
「やだな、そればかりだとね・・・女としては良くないみたい・・・」
「アハハ・・・女としても最高だよ」と晴翔が笑った。
「じゃあ、美園ちゃんじゃなくて”美園”って呼び捨てにして」
「え?そっか、じゃあ、俺のことも晴翔さんじゃなくて”晴翔”でいいよ」
「うん、じゃあ、晴翔、またね」と美園は車を降りた。晴翔が「美園、また連絡するね」と言って手を上げてから車を発進させる。
(やっぱり晴翔は素敵・・・)と美園は晴翔の車を見送った。




