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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルチアとサリーナ)
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ルチア、面倒な仕事を受ける 前編

ルチア・コンラードがその仕事の依頼書類を読んだ後、まず思ったことは「面倒だな」ということだった。

書類を持ってきた父親は目をすがめた。


「気持ちはわかるが、顔に出すぎだ」

「根が素直なもので」


当然とばかりに答えたルチアは、うんざりした気持ちで息を吐く。

面倒だしうんざりではあるが、どうしようもならないだろうと考える。


「やりますよ、仕事なら」

「断る理由なんぞ、いくらでも作れるぞ」


てっきり「そうか」と答えて終わるかと思えば、父親がじっとルチアを見ている。

その顔は、商会を率いる者の顔ではなく、ルチアを心配する父親の顔だった。

父親が最初にこの話を聞いた時、本音を言えばルチアには知らせず片付けてしまいたかった。

それをしなかったのは、隠して行動するにはあまりに高リスク過ぎたからだった。

また、ルチアの学院での生活を考えると、遅かれ早かれ気付かれると思ったからでもある。

ルチアはぺらりと書類をめくる。

仕事依頼内容も面倒ではあるが、実際に大変なのはその対策としての準備である。

随分と厳しい日程で組まれた準備計画書を見た後、口を開く。


「断れるの、これ」

「当たり前だろ。そんな地獄の巣窟に、好きで息子を行かせると思うのか」


久しぶりに父親としての苦い顔を見て、本当にルチアを気にかけているのだとわかる。

それだけ、やっかいで手のかかる仕事なのだ。

父親は顔をしかめたが、それでもルチアから視線を反らさない。


「対策といえども、お前の体にはかなりの負荷をかけることになる。本音で言えば、やらせたくない」


さすがにルチアも黙り込んだ。

何だかんだ言えどコンラード商会のトップである父親がここまで言うのだ、相当なのだとわかる。


「特に今のお前は、婚約者もいる。より体がキツイぞ」

「……そう」


すでに経験済みであろう父親の口調は、かなり重いものとなった。

想像しただけでわかるが、それでも断る気持ちは生まれない。


「いいよ、やるよ」


自分の声が思った以上に静かで、内心驚いた。

父親はぐっと唇と噛みしめたものの、それ以上口にはしなかった。

ルチアを見る瞳が辛いものとなる。


「そうか、わかった」

「じゃ、準備するよ」

「ルチア!」


さっさと部屋を出ていこうとするルチアを、立ち上がって引き留めた。

振り返った息子の冷めた表情に、胸も苦しくなる。


「ルチア。自分を決して過信するな。周りを頼れ」

「……そうするよ」


真っすぐに父親を見るルチアが、珍しく素直に返事をする。

閉まるドアを眺めながら、大きく息を吐きだした。

力が抜けたように、椅子に音をたてて沈み込む。


「絶対に、許さん」


大切で大事な息子に、こんな仕事を回したくなかった。

無駄に苦しめる原因をつくった元凶は、決して許せるわけがない。

ぎりりと拳を握りしめた男の口から、低い低い声が漏れた。




ルチア・コンラードは、コンラード商会の息子である。

コンラード商会の歴史は浅く、最近までは知る人ぞ知る商会でしかなかった。

貴族とのコネクションが弱く、平民にとっては馴染みのある店だったが貴族にとっては無名である。

良いものを買い付けても貴族の間では知られることなく、埋もれていた。


それを一気に引き上げたのが、ルチアの婚約者となったサリーナである。


最近の流行を押さえながらも少し変わった趣向を凝らしたアクセサリーを身に着けたサリーナは、コンラード商会の名前を口にする。

おそらくサリーナの人となりも影響したのだろうが、コンラード商会は、彼女の婚約者でもあるルチアの名前を含めて一気に広がった。


それだけならば良かったのだが、最近貴族からルチア個人への接触増えている。

学院内では、教養科に所属するルチアの元まで顔を見せに来る相手もいる。

貴族は魔法を使えることが多いので、魔法科に所属していることが多いのだが、わざわざ理由をつけてルチアに会いにくるのだから、頭が痛いのも当然だった。


それからの、今回の話である。




ルチアは若干のふらつきを押さえ、隣に座るサリーナを見た。

今2人がいるのは、通っている学院の裏庭である。

ルチアがあの面倒な依頼を受けると決めた日から、その対策としての日々が始まった。

そのせいで、ルチアの体は回復薬を飲んでも戻り切れないきつさがある。


それをサリーナに感じさせないよう、ルチアはゆっくりと手を動かす。

数種類のクッキーを広げて「よし食べよう」と顔をあげた。


収穫されたばかりの茶葉をつかったクッキーの試食をしようと誘ったのは、ルチアだ。

肉体も精神的にも苦しい自覚はあったが、そのせいでサリーナとの時間を奪われるのは我慢できそうにもない。

手を伸ばして、ぽりぽりとクッキーをかじる。

味への反応も、いまいち鈍くなってきている気がした。


「うーん。茶葉の量が少ない方がいいかな」

「ルチア様」


隣でクッキーを選んでいたサリーナが、強めの口調で名前を呼ぶ。

そのまま、目の前のルチアにずいと詰め寄った。

これは珍しい。


「……何、どうしたの」

「あの、ですね」


何かと言えば「近い!」と逃げ出すサリーナが、むしろ近づいてくることに驚く。

ただ、今のルチアにはその真っ直ぐな瞳を見返すことができそうもなく、クッキーを取るふりをして視線を反らした。


「何かあった?」

「……お力になれることがあれば、おっしゃってくださいね」


息を飲んだ。

揺れた気持ちを抑え込むように、息を吸い込みながらサリーナを見る。

サリーナの表情は真剣で、その瞳が不安そうに震えた。


ルチアはふ、と力が抜けたのがわかった。


「うん」


頷いて、その手をサリーナの頬に伸ばす。

人差し指の第一関節で触れると、サリーナはくすぐったそうに笑みをこぼした。

ふわふわとした気持ちが沸く。

息をするだけでもあんなに苦しかったのに、今はなぜが穏やかですらある。


「あのさ、サリーナ」

「はい」

「抱きしめたいんだけど」


ルチアの口からするりと飛び出した言葉に、ぱちぱちとサリーナが瞬いた。

驚いた顔を見て、一気に恥ずかしくなった。

わざわざ確認するなんて、自分らしくない。

サリーナならば、絶対に「心配したんですけど!」と、真っ赤になってプリプリ声をあげるはずだ。

せっかく近づいてきてくれたのに、離れてしまうかもしれない。

言葉選びに失敗した。

だが謝るのも違うし、いい言い訳を探せず言葉が出ない。

仕事への対応に比重を置きすぎて、頭が回っていないのだと突き付けられて、唇を噛んだ。


「えぇと」


ややパニックになりかけているルチアの前の前で、小さな声がする。

一瞬視線を反らしたサリーナは、両手を小さく広げた。


「ど、どうぞ……」


嘘だろ、と嘆く。

真っ赤になったサリーナが、据え膳状態でルチアを見上げる。


「あの、早めにお願いしたいで」

「あぁ、もう!」


サリーナの「す」と言葉が切れるより前に、その肩に手を伸ばして引き寄せた。

転がるように胸に飛び込んできた背中に手を回す。

温かくて、柔らかくて、ルチアよりも小さい。

その頭に、そっと頬を寄せた。


「そんな簡単に言っちゃっていいの?」

「いいんです!」


サリーナの声は、震えていた。

覗く首筋も耳も真っ赤になっている。

相当恥ずかしいだろうに、サリーナはその体を小さくしてルチアに寄せる。


「私にできることがあって、良かったです」


消えるように小さな声だった。

その言葉がルチアの体にゆっくりと広がっていく。


ぎゅうと自分の服を握りしめるサリーナの首筋に、顔を埋める。


「ホント。バカだなぁ、もう」


自分の声も掠れる。

情けないと思われても、この温もりが自分の支えになる。

何も聞かないのに側にいてくれるサリーナを、とても手放せそうにない。


ルチアは珍しいサリーナにかこつけて「もうそろそろ限界です!」と彼女が叫ぶまで、その小さな体を抱きしめた。

真っ赤なサリーナは「長すぎます!」「抱きしめるだけだと思って!」と頬を膨らませていたが、やがて落ち着いたようにルチアに言った。


「ルチア様。不快でなければ、魔法をかけさせてもらえませんか?」




ルチア・コンラードは秘書の男と数名の従者を連れて、大きな屋敷の前に立っていた。

豪勢で煌びやかな門の奥に、侯爵家の屋敷である大きな大きな建物が見える。


「この大きさで別荘か」


ルチアは大きく深呼吸をして、胸ポケットから招待状を取り出した。

封筒を反対に向け、差出人の名前を睨みつける。

この侯爵家からの仕事依頼のため、ここ1ヶ月のルチアの生活はとんでもなく大変だったのだ。

表向きは仕事準備としていたが、実際にはその対策に明け暮れた日々を思い出し、体に力が入る。

殺気が漏れそうなのを押さえながら、ルチアは顔をあげた。




侯爵家からコンラード商会に仕事依頼の手紙が届いたのは、1ヶ月以上も前のことだった。

手紙の内容は、ざっくりと言えば「商品を買ってやるから家へ来い」という上からの命令である。

それだけならばよくある貴族からの要求だったのだが、今回はそれだけではなかった。

侯爵家の御令嬢がルチアと同じ学院に通っているとの理由で、来訪の代表者としてルチアを指名してきたのだ。

ルチアが商会の後を継ぐことも、すでに商会の仕事をしていることは知れ渡っているが、貴族邸への来訪はコンラード商会のトップである彼の父親の仕事だ。

それを差し置いて、名指してルチアを指名してきたのだ。

おまけに来訪場所に指定されたのは学院近くの侯爵家の家ではなく、遠くの別荘だった。

帰宅が遅くなっては申し訳ないと、別荘での宿泊もついている。

さらに、商品を運ぶための従者は侯爵家が準備するという、破格の待遇での依頼だった。




「コンラード商会から参りました、ルチア・コンラードと申します」


大きな部屋にずらりと商品を並べ、ルチアは秘書の男とともに頭を下げた。

わざわざ侯爵と夫人までやってきての歓迎っぷりである。

侯爵はルチアの姿、仕草を舐めるように見ながら「娘を紹介しよう」と言う。


奥から現れたのは、気の強そうな美人だ。

魔法科に通う侯爵令嬢との接点など本来はないのだが、会話はしたことがあった。

ここ最近、わざわざ教養科に通うルチアの元までやってきて、何かと話しかけてくる女だ。


「初めまして、ルチア様」


わざとらしいセリフである。

ねっとりとした視線を振り切り、ルチアは笑顔を浮かべる。

値踏みする視線が、あちこちから飛んでくる。

侯爵が声をあげた。


「娘がキミの商会から買いたいというから、わざわざ呼んだんだ」

「身に余る光栄でございます」

「我が侯爵家に恥じないものを頼むよ」


侯爵は、いちいちルチアに返事を待ってはいない。

言いたいことを言って、さっさと去って行ってしまう。

夫人もそれに続いたため、部屋にはルチアと秘書の男、侯爵令嬢とメイドのみとなった。

令嬢は、真っ赤な唇を吊り上げる。


「ルチア様に来て頂けて嬉しいわ」

「コンラード商会をご指名頂き、有り難き幸せに存じ上げます」


「呼んだのは、そっちだろ」という気持ちは隠しておく。

あくまでコンラード商会の立場を崩さないルチアに、侯爵令嬢は一歩近づいた。

彼女が近づくたび、ルチアはさりげなく下がって距離をとる。


「もう少し近くで話をしてくれるかしら」

「申し訳ありません」


言葉では謝るが、近づく距離は決して触れられないほど遠い。

侯爵令嬢は、じっとりとルチアを見つめる。

近くにこい、という彼女の視線を感じ取るが、ルチアは頭を下げたまま告げる。


「婚約者のおられる御令嬢に対しての商人の距離は、ここまでと聞いております。不慣れで申し訳ありません」


侯爵令嬢には婚約者がいる。

爵位は侯爵家よりも低い伯爵家の男だが、由緒ある家柄であり、領地運営にも励んでいる。

領民からの支持も厚く、婚約も発表しており結婚の準備も進んでいるはずだ。

ただ伯爵家は金銭感覚はしっかりとしているので、侯爵家のときのような散財はできないだろう。


「ルチア様は、私の婚約者についてもご存じなのね」

「大変失礼致しました」


頭を下げて答えると、侯爵令嬢は満足そうに頷いた。

侯爵令嬢の婚約の件は、貴族であれば誰もが知っているような当たり前の情報である。

ただ、平民のルチアが知るには、侯爵令嬢について調べるしかない。

好きな宝石、好きな生地や色、興味のある出来事など、ルチアは自分のことを調べて、どの品物を持参するかを考えたはずだ。

そのことが、侯爵令嬢にはたまらない。

侯爵令嬢の瞳が持つ熱を感じ取り、ルチアは深く呼吸をした。




侯爵令嬢は、さすがと言う他ないほどの購買意欲を見せた。

この散財状態ならば、伯爵家に嫁いでの生活はさぞ窮屈に感じるだろう。

ルチアは、これが値段を気にせず買い物できる世界かとその背中を眺めた。

彼女の趣向も金額の上限も調べ上げていたし、ある程度予想はしていたものの、改めて目の前で購入している姿を見ると驚くばかりだ。

侯爵令嬢は重たそうなドレスの裾をつまみ、ソファに腰を下ろす。


「満足したわ、ありがとう」

「ご満足頂けたとのこと、身にあまるお言葉でございます」


ここまでは、予想通りである。

侯爵令嬢は頷きながら口を開く。


「ルチア様は、泊まっていかれるのよね?」

「ご丁寧なお心遣いを頂き、心よりお礼申し上げます」

「こちらの都合に合わせて頂いたのだから、当然よ。あら」


彼女の話の途中で、ドアがノックされる。

入ってきたメイドが、夕食の準備ができたと告げる。


「丁度良かったわね。私が案内させて頂くわ」


ルチアは感謝の意を述べたまま、彼女の少し後ろからついて歩く。

すらりと伸びた背中を、ルチアはそろりと眺めた。



ルチア・コンラードは、父親から受け取った書類を思い出す。

そこには、侯爵家の仕事依頼の招待状と共に、侯爵家の調査報告書も含まれていた。

この侯爵家は魔道具という、魔法を使えなくてもその力を利用できる、特別な道具を研究している一族だった。

領民からの信頼も厚く、かなり羽振りの良い生活をしている。

一方で業者を含めて人の出入りが激しく、見目麗しい男女が定期的に呼び出されているようだった。

また、侯爵令嬢は婚約者でもある伯爵令息のことをかばりバカにしており「満足させてもらえない、つまらない男」と口にしているとのことだった。

それならば伯爵令息との婚約を解消すればいいのだが、解消後の相手探しに難航しているようで、解消までには至っていない。

そして貴族の間でコンラード商会の名前が広がっていくと同時に、わざわざ学科の違うルチアの前に姿を現すことが増え、隠すことなく全身をしじろじろと見てくる。

コンラード商会に令嬢が顔を出すことも多くなり、ルチアと視線が合えば、その口の端をつりあげて笑うのだ。


その裏で、侯爵家の従者が違法とされる魔道具や薬を購入したとの確認も取れている。

研究に使うためだとしているが、国に提出した報告書の数は実際に購入した数よりもはるかに少なかった。

人の精神を脅かすとされている魔道具は、思考力を奪い、幻影を見せ、命令を聞かせるような拷問に使用するものだ。

国も、個人での所有は認めていない。

薬も同様で、かなりの効力の高い媚薬とされるものを買い付けているとのことだった。



警戒するには、十分すぎるほどの相手だった。

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