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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルチアとサリーナ)
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サリーナ、やらかしたその結果

人生をやり直しまくる令嬢サリーナは、ぱちくりと目を丸くした。

しゃがみ込んだサリーナの目の前には、婚約者であるルチアが木にもたれかかってすやすやと眠っている。

側には本がおいてあるので、読んでいるうちに眠くなってしまったのだろうと思われた。


「貴重だわ……」


そう言いながら、サリーナは横に座った。


ルチアと出会った学院の裏庭は、サリーナとルチアが2人きりで会える貴重な場所になっている。

裏庭は庭と言うには荒れており、放置されているので人がいない。

その奥には大きな木があり、その周辺を整えただけで秘密基地の出来上がりだ。

張り切って草を引っこ抜くサリーナに、ルチアが完全に呆れていたのが懐かしい。


男女2人きりなんて完全にアウトであるが、この世界の理を変えてしまったため、この辺りがかなり緩くなっているらしい。


昔だったら、こんな風に隣で眠るルチアを眺めることはなかったかもしれない。

黒い髪が揺れて、少し横顔を覆っている。


よく眠っている、気持ちよさそうだ。


いつも優しくサリーナを見つめる瞳を思い出して、そっと笑う。

最初こそ丁寧な口調だったルチアだったが、婚約者として過ごすうちにすっかりと砕けた口調になった。

平民のルチアは、元々かなり口調が荒い。

正直ルチアはそんな姿を見せることにいい顔をしていなかったが、サリーナからのお願いをきいた形だ。

ルチアと結婚すれば、いずれ自分も平民になる。

距離の近い口調も、平民として下町で働いたこともある人生やり直しまくり令嬢のサリーナは、全く気にしなかった。


じっと見ていると恥ずかしくなったので、ルチアの本でも見ようかと手を伸ばす。

その先に、たくさんの落ち葉が広がっていた。


「あら」


立ち上がって、数枚手にする。

平たく少し丸い、広葉樹の葉だ。

くるくる回すと、かさかさとした軽い音が鳴る。


「……この色」


この少し沈んだ茶黒の葉は、どこかの人生で育てた熊の毛並みの色に似ている。

この国では熊は害獣扱いだし、山奥ではないと出会う事もない。

だが世界は広く、とある国では熊を神聖な生き物として扱うし、別の国では食べることもある。

サリーナが育てたあの子は今はまだ生まれたばかりの子熊だろうか、元気に大きくなるといいのだけれど。


「懐かしいなぁ」


しんみりとした気持ちのまま、葉を集めて並べていく。

さらに奥に行けば、多くの葉が山盛り落ちているではないか。

両手に抱えて運び、重ねていけば、積み重なってふわふわして見える。

柔らかく、と手でほぐしながら、その形を整えた。


その後ろから、声が聞こえた。


「何してるの……」

「ルチア様!」


思わず振り返ると、目をこすって立ち上がるルチアがいた。

おぉ、寝起きの貴重なルチア様、と口から出そうになるが黙った。

口にすると、倍以上でやり返されそうである。


近づいてきたルチアは、サリーナを見てぎょっとする。

そんなルチアに対して嬉しさで全く気が付かないサリーナは、さっと両手を広げた。


「ほら、見てください!」


ルチアは目を細めて、それを眺めた。

サリーナの後ろに、葉が何かの形を成して居座っている。


「何これ」

「子熊ですよ。熊の子供です」

「……子熊」


ただ言葉を繰り返すルチアに「わかってもらえた」とサリーナは頷く。


「ここが頭、ここが耳です。頭の毛は固めでもっさりしていたので、葉を多めに重ねてみました」


意気揚々とサリーナが語る。

この素晴らしい子熊の芸術を見てほしい。


それを眺めながら、ルチアは内心首を傾げた。

おかしい。

そんなに熊に興味があったようには見えなかったが。


「こっちが手です。ほら、熊の手って爪がこう、一撃でかなりの威力がありますから。選び抜いた葉を尖らせてみました」


どこかの図鑑で見たのか、熊の手には並々ならぬこだわりがあるらしい。

サリーナの説明を聞いていると、全体像はまぁ熊に見えないこともない。

というか、熊にも見えるし豚にも見えるし、牛にも見えるような。


しゃがみ込んで、そのこだわりの手を眺めた。

よくもまぁ器用なもので、葉だけでここまでボリュームを出せるものだ。

確かに手元のアップはかなり迫力がある……ような気が、しなくもないような。


「熊の手、ね」

「熊の手はおいしいですよね。とっても貴重なので、捌くときによく観察したんです」

「……は?」


食べたの?

というか、捌いたの?

誰が?

というルチアの心の声を拾ったのか、サリーナはアワアワと首を振る。


「あの、えっと、本で! 本で読みました。遠い国では熊の手は高級食材だそうで」


嘘だな、とルチアは息を吐く。

たまにサリーナは、明らかにおかしいことを押し通す。


おそらく、本当に熊の手を身近に見て、食べたことがあるはずだ。

この国では熊の手を食べる文化はないし、そう簡単に熊が手に入ることもない。

害獣として位置している熊を、どこで手に入れ捌いて、食べたのか。

その方法を誰にどのようにして習ったのだろう、と思考が遠くに飛んでいく。

あのいかつい毛むくじゃらの熊手をサリーナが持っているところは、全然想像がつかないが。


そこまで考えて、ルチアは頭を振った。


「まぁ、いいや」


サリーナが言いたくないなら、それはそれでよしとしよう。

大切なのは、この不思議な魅力あふれる婚約者が、目の前にいることなのだ。


一歩踏み出したルチアを、サリーナが見つめる。


「ルチア様?」

「服、葉っぱだらけだよ」

「失礼しました!」


どれだけ葉を集めて遊んでいたのか。

恥ずかしすぎる、とサリーナは真っ赤になりながら葉を落としていく。

胸元の落ち葉をはたいていると、影が出来た。


「髪にもついてる」


ほら、と言ってルチアが葉を見せる。

頭にもついているのか、とさすがにサリーナは慌てて頭を振った。


「すす、すみません……」

「動かないで。枯れた葉だから、割れるよ」


ルチアの手が髪に伸びる。

恥ずかしすぎて、サリーナは俯いたまま動かない。

ルチアが苦笑する。


「自然を感じることが好きな令嬢は、さすがやることが違うね」

「……エェ、マァ」


恥ずかしくてぎゅ、と目をつぶって突っ立っていたサリーナのおでこに何かがあたる。

ちらりと目を開けたサリーナは、目の前にルチアの制服のネクタイがありぎょっとした。


「ル、ルチア、様?」

「動くと取れない」

「んぇ? いや、え?」


真面目な声なので、サリーナはそのまま動けない。

髪の毛越しのネクタイの感触がじわじわと広がっていく。


体温があがっていく。

絶対に真っ赤だし、恥ずかしくて泣きたい。


頭の近くでルチアが唸る。


「取れないな」

「むぐっ?」


おでこに触れていただけだったのに、額全体を押し付けられた。

布越しに、固さがわかって息を飲む。


だめだめ。

だめですよ!


「ま、待って……」

「頭に葉つけて帰る気?自分のせいでしょ」


叫びそうなのを、うぐ、と飲み込んだ。

自業自得過ぎて悲しい。


いやまぁ、婚約者だし?

お互いが納得の上ならいいと思いますけども?

平民だったら婚前前にアレコレやったって咎められませんし?


今、頭についている葉をとってもらっているだけですし!


内心ひぃひぃと震えそうなサリーナだったが、髪をさらりとすく感覚に瞬いた。

よくよく集中してみると、何故か手が頭をなでているような。

このサリーナの頭も、むしろ押し付けられているような。


いや、絶対におかしい!


「ルチア様!」

「はい、どうしました?」


楽しそうなルチアの声に、やっぱりか、とサリーナはもがく。

その体に腕を回して、ルチアは声をあげて笑う。


必死なサリーナに対して、ヒドイ野郎である。


「は、なしてっ……くださ、い」

「嫌ですけど」


あっさりと言われ、サリーナは引きつった。

精一杯力を込めてみるが、ルチアはびくともしない。

そろそろ魔法をつかって、一発かましてやるべきか。

いや、まだ足がある。

淑女とか言っている場合ではない、このままでは恥ずかしくて死ぬ。


「だって。離したら、逃げるでしょ」

「当然です!」

「じゃ、ダメ」


よし、と足を振り上げようとしたサリーナは、首筋をなでたルチアに悲鳴をあげる。

ルチアはくすくすと笑っている。


「離してほしいの?」

「もちろんです」

「……俺から離れたいの?」


少しトーンの低くなった声に、サリーナはぴたりと動きを止める。

何だろう、今の言い方は。


いやまぁ、離してほしいですけど。

でも、側にいてほしいし、いたいと思う。


言い方、おかしくないか?


固まったサリーナの頭の上で、ぶっと吹き出す音がした。

それはそれは楽しそうに、声をあげて笑っている。


「何でそんなに可愛いかなぁ」

「ルチア様!」


緩んだ腕から抜け出したサリーナは、涙目である。

いちいち反応してしまう自分が切ない、どうにかならないだろうか。


「本当だよ」


真っ赤な顔を何とか冷やそうとしているサリーナの頬に、ルチアの手が伸びた。

「まだやるか!」と口を開いたサリーナを、ルチアの紫色の瞳が見つめる。


「可愛い」


それが、あまりにもゆっくりとした口調だったから、サリーナは何も言えず黙り込んだ。

「意地悪」だの「最低」だの「目が悪い」だの、言いたい言葉は山のように出てくるのに、それ以上に胸の中が苦しくなる。

うまく言葉にできない気持ちを必死に飲み込む。


代わりに、頬に触れるルチアの手に、自分の手を重ねた。

熱をもった自分の体温のせいか、触れる指先が冷たい。

声が震える。


「側に、いたいです」


スカートを握りしめた手の感覚がない。

ただでさえ真っ赤な顔がぐんぐんと赤くなっていることを自覚しながら、ルチアを見上げた。


目を丸く見開いたルチアは、数回瞬いた後、その瞳を甘く溶かしたのだった。

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