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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルチアとサリーナ)
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サリーナ、素のルチアと対面する

人生をやり直しまくりの令嬢サリーナは、ぱちくりと目を見開いた。

ドアを開けて部屋に入ってきたのは、婚約者のルチア・コンラードと秘書の男である。

部屋の奥でしゃがみこんでゴソゴソしていたサリーナに気付かないのか、2人は話を続ける。

ルチアがため息をついた。


「やっぱりこっちかな。ここから奥に回して、手配して」

「こちらはどうされますか?」

「それは俺も確認したけど、ダメ。父さんも言ってたけど、やっぱり品質に問題があるよ」


思わず瞬く。

貴重なルチアの口調が新鮮で仕方がない。

プライベートでは「俺」なのかー、と全然関係ないことを考えながら、どうしたものかと頭を回す。

今出ていくには、タイミングが難しすぎる気がする。



本日のサリーナは、コンラード商会にお邪魔している。

ルチアから、新しい本を取り寄せたと聞いたので遊びに来たのだ。

本当は子爵令嬢であるサリーナの家へルチアが来訪するべきであるが、それは婚約者のアレソレである。

サリーナは待ち合わせの時間よりも早く着いたので、書庫に案内してもらって待っていたのだ。

暇なのできょろきょろしたところ、面白そうな本を見つけてしゃがみこんでいたところの上記である。


書庫の真ん中には応接用のデスクとソファがおかれているので、そこにうまくサリーナが入り込んでしまったのだろう。

今更「います」と出ることもできず、息を潜めるサリーナの前で、ルチアが指示を出している。

いつもより口調が荒いルチアの声は、不思議な印象すら与える。


「とりあえず今はこれで。後はサリーナが帰った後に話をしよう」

「かしこまりました」


ルチアの口からさらりと出た自分の名前に、サリーナは息を飲む。

サリーナの前ではルチアはいつも丁寧だし「サリーナ様」としか言わない。

それが、日常的には「様」をつけずに呼んでいるのか。

とても新鮮すぎるし、何だかルチアを近くに感じてじーんと震えていると、ドアの開閉の音が聞こえ、ルチアがソファに座る。


音に振り返ったサリーナは、紫色の瞳と目が合った。

その瞳がみるみる大きくなる。


「は?」


ヤバい、バレた。


目を見開いてぽかんとしたルチアが、真っすぐにサリーナを見ている。


瞬間的に魔法で時間を止めようとしたサリーナは、慌てて目を閉じた。

魔法を使わないと決めたのだ、と自分に言い聞かせて黙り込む。


ぎしり、と音がなりルチアが近づく。


「も、申し訳ありません」


どこから取り繕っていいのかわからず、サリーナは謝る。

黙ったままのルチアは、ゆっくりとサリーナに手を伸ばした。

その指先がサリーナの髪に触れた瞬間、ルチアの瞳が鋭く光る。


「サリーナ様、いつからこちらに?」

「え、と。あの、少し前です、少しだけ前です」

「お茶も出さず、申し訳ありません。立てますか?」


手を差し出したルチアは笑顔だが、その奥に凄まじい怒りを感じる。

その怒りの先を正確に感じ取ったサリーナは、慌てて首を振る。


「ルチア様、お茶は私がお断りしただけですので」

「それ以前の問題ですよ」


抑えられないほど低い声がルチアの口から漏れた。

ルチアは舌打ちも我慢したし、今すぐ怒りにまかせて飛び出したい気持ちも抑え込んだ。

眉を下げて慌てているサリーナには悪いが、許されることではない。


サリーナが来訪したことがルチアに伝わっていない事。

お茶すら出さず、サリーナを待たせた事。


加えて、先ほどの秘書との会話も聞かれたわけである。

聞かれても困るような会話はしていなかったかどうか、瞬時に考える。


……いや、したかもしれない。

もの凄く素の自分だった記憶しかない。

気がつかなかった自分に対する怒りも沸いて、頭の奥が痺れる。


「勝手をしてしまい、申し訳ありません」


ソファに腰かけたサリーナは、もう一度深々と頭を下げた。

ルチアの怒りの先が至る所に向いていて、どこから気を反らしていいのかわからない。


しょぼんと小さくなるサリーナを見て、ルチアはそっと息を吐いた。

せっかくの婚約者との時間を、無駄にしたくはない。


「サリーナ様、謝らないでください」


しゃがみ込んで、サリーナを見上げる。

そっと口の端をあげてほほ笑む。


「私こそ、申し訳ありませんでした」

「ルチア様」

「お互い行き違いがあったということで、いかがでしょか」


そう言うと、サリーナはにっこりと笑う。

安心したような笑みに、ルチアはほっとしながらも内心呟いた。


怒りの矛先は、後で締め上げることにしておこう、と。


婚約者とはいえ、サリーナと2人きりになるのは、本来はかなりよろしくない。

ところが、サリーナが世界の理を変えてしまった影響なのか、少なくともルチアとのことで何か言われたことはない。


書庫で積み上げられた本を1冊1冊ずつ手に取りながら、サリーナはにこにこと笑う。

本を読むのは好きだ。

人生を何度もやり直しまくったので世界中の本が頭に入っているものの、何度読んでもおもしろい本はおもしろい。

また、理を変えた関係で、今までの展開と違うストーリーになっている本もある。


「こちらの本は、是非購入させて頂きたいです」


数冊の本を選んだサリーナは、満足そうに頷いた。

価格の確認をするために確認していたルチアは、知らぬうちにぐっと唇を噛む。


サリーナは欲しい本を純粋に選んだだけだろうが、古書も含まれている。

ルチアがわからない言語で書かれた本に、学術書もある。

これが平然と読めるサリーナの学院での成績が、平均やや上だというのが信じられない。

いつか必ずこの差を埋めると誓い、ルチアは秘書を呼んだ。


本を包むように告げて、サリーナにお茶を出す。

父親が新しく仕入れた茶葉で、香りは薄いが豊潤でフルーティーな味がしっかりとするお茶だ。


「3種類の茶葉を混ぜてあるんですね。華やかな香りがします」

「温かいと香りがより引き立ちますので」


正確に匂いを嗅ぎ分けるサリーナに、思わず笑みがこぼれる。

このさらっとレベルの高さを見せつけるサリーナのことが、気になって仕方がない。


ゆっくりとお茶を味わうサリーナは、カップをおいて思いに浸る。

先ほどの仕事モードのルチアを思い出す。

今の柔らかい雰囲気とは違い、ハキハキとしたルチアは初めて見た。

あのときは驚くばかりだったが、思えばきりっとした姿は格好良かったなと笑みが深くなる。


「…サリーナ様、今、何を考えました?」

「過去を少し」

「過去、ですか」


感じ取るのが何よりも得意なルチアだ。

じっとこちらを見る紫の瞳は、おそらく正確にサリーナの考えを読み取っている。

ルチアが困ったように苦笑する。


「先ほどは、驚かせてしまいましたね。幻滅されましたか?」

「いいえ、まさか!」


幻滅なんて、とんでもない。

平民であるルチアの素がどうであれ、サリーナにとって何も変わらない。

貴族であるサリーナでさえ、自宅と外での使い分けはあるのだから、ルチアだって当たり前だろう。


ルチアとは、いずれは結婚して一緒に生活をすることになるのだ。

そのときには外としてのルチアではなく、素のままのルチアとして過ごしてほしい。

ルチアにとって、そうなれるような存在になりたい。


「ルチア様の存じ上げなかった一面を知ることができて、嬉しかったです」

「私としては、忘れて頂きたい限りです」

「そんな!」


サリーナは声をあげた。

これはいけない、訂正せねば。

驚いたことは確かだが、それ以上にその一面を自分にも見せてほしいと思った。

忘れることなんてできない。

この気持ちをどう伝えればいいのか、とサリーナは必死に考える。


「え、と。私はその…嬉しかったです」

「サリーナ様?」

「あの…名前を、呼んでくださっていたので」


ルチアが黙り込む。

思い出している様子のルチアに、サリーナは畳みかけた。


「いつかは私にも、ルチア様のいろいろな一面を見せて頂きたいです。もっと気軽に、口調など気になさらずに接して頂ければと思います」


少なくとも、サリーナは呼び捨てされたことが嬉しかった。

気を使わせているのであれば、むしろサリーナの方が申し訳ないと感じる。

淑女からこんなことを言うなんて、はしたないと思われるだろうか。

それでも伝えたいことは、言葉にしたかった。


サリーナは顔をあげる。


「卒業したら私たちは…け、結婚するわけですし、ですから…その、嬉しかったんです」


必死だったサリーナは、ルチアの瞳に鋭さが混ざったことに気が付かなかった。

言い切ってひくりと喉を鳴らしたサリーナを、その瞳がじっと捉える。


「サリーナ様は、本当にそれをお望みなのでしょうか」

「もちろんです」

「私は平民ですから…サリーナ様が驚かれるような態度になりかねませんよ」


落ち着いたトーンの声。

探るような瞳は、サリーナの言葉をどこまで信じているのかわからない。

実際、貴族と平民の結婚はなかなか思うようにはいかないものだ。


ただ、サリーナは人生を何度もやり直しまくっている令嬢だ。

一般的な平民どころか、荒ぶる男たちと冒険者になって世界中を駆け巡ったこともある。

言葉や態度など、その都度変わる。


「例え驚いたとしても、私の婚約者がルチア様であることは変わりません」


ゆっくりと伝える。

婚約解消が簡単にできる今世だからこそ、ちゃんとわかってほしい。


その思いを込めて伝えれば、ルチアが大きく息を吐きだした。


「それは、今からでも?」

「ぜひ!」


跳ねるように答えると、ルチアの瞳が柔らかくなる。

困ったように眉を下げ、薄く笑った。

その口が、ゆっくりと動く。


「サリーナ」


少し苦笑の入った優しい声。

甘さを含んだその声に、サリーナの心臓が大きく動く。

急激に体温があがる。


あれ。

ちょっと、待って。

何やら凄まじい破壊力が…。


「…あの、ルチア様」

「何?」


瞬いたサリーナは、すっと視線を逸らす。

恥ずかしすぎて、ルチアと視線を合わせられない。

すでに覚悟を決めて振り切った様子のルチアは、先ほどまでの彼ではない。


「どうしたの?気にしなくていいって言ったよね」

「それは、そう言いました、ね」


確かに言った、記憶もしっかりある。

サリーナとてあのときは真剣にそう思ったし、それが伝わって嬉しい気持ちもある。

だが、この心音と気持ちをどう扱っていいのかわからない。

どんな表情をしていいかわからず、思わず顔を覆ってしまう。


「サリーナ、顔あげて」

「もう少しお待ち頂けませんか?」

「ダメ」


ヒドイ!

そんなあっさり!

慈悲の心はないのか、と震える。


顔を覆って丸くなるサリーナに痺れをきらしたのか、ルチアが横に座ってくる。

せめて、とソファの端までずるずると移動するが、ルチアも一緒についてくる。

近い、と叫びたくなるが、思考がそこまでおいつかない。


「サリーナ」


ぐんと声が近づいた。

隣に座ったルチアは、それ以上触れることなくその名前を呼ぶ。

顔を寄せたルチアの重みで、ソファが軋んだ。


「顔が見たい」


小さく、掠れた声。

熱すら感じる声に、サリーナはのろのろと顔をあげた。


ずるい、と泣き出したい気持ちなる。


顔だけではなく、耳まで真っ赤なことはわかっている。

目じりに涙もたまっているはずだ。


とても見られた顔ではないのだが、ルチアはそっと笑う。


「サリーナ、可愛い」

「んぅ」


目が悪いのでは?と、言いたくなる。

絶対に可愛くないのに、その笑みに嘘がないのがわかってしまう。

へにょへにょと力が抜けてしまうサリーナを支えて、ルチアは声をあげて笑った。


「ホント、可愛いな」

「もう、やめてください!」


やり方を間違えた、とサリーナの内心は号泣である。

それでも、やり直そうと魔法を使わないのだから、それまでである。


笑っていたルチアが顔をあげた。


「本、包み終わったみたい。送っていくよ」

「…ありがとうございます」


何故この男だけが平然としているのか、本当に謎でしかない。

差し出された手を支えに、何とか立ち上がった。


ハンカチで目元を押さえるサリーナを見て、ルチアが言う。


「その顔のままのサリーナを送ったら、俺がご家族に刺されそうだから遠回りしよう」


いっそそれでもいいのでは、と思ってしまったサリーナは、精神げっそりである。

本当に、一切何も取り繕う気がないルチアは、一周回って尊敬の念すら生まれそうだ。

馬車に乗るまでの道すがらも、サリーナの顔が見えないように自分を盾にするあたり、気の使い方がおかしいと思う。


「ちょうど見ごろの花畑があるから、ルートを変えて、ここから回って」


業者と話をしているルチアを馬車の中から眺めていたサリーナは、未だ熱のこもった頬に手をあてる。


「早まったわ」


しばらく名前を呼ぶのは控えてもらおう、と心に決めた。



そんなサリーナの気持ちを、ルチアが気にするわけもなかったが。

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