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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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ルシオ、第一王子と交渉する 前編

王家は、自分たちを絶対的な存在だと思っている。


欲しい物を手に入れ、いらなくなったからと排除し、そのまま捻って捨てる。


魔法が使えるということは、ある意味無敵に近い。

特に魔法石の力も味方にしている王と王妃は、コントロールする術を覚えてしまえば、本当に何でもできてしまうだろう。

コントロールできないから平穏に見えているだけで、実際のところはわからない。


王家は大義を掲げて、魔法を使って自分の思い通りに事を運ぶことに躊躇がない。

昔から、それが正しいと教育されてきているからだ。


だが、ルシオの考えは違う。


国は民がいなくてはなりたたない。

王家がいない国は多々あれど、民がいない国はない。

そしてルシオも民の一人だ。


王家を信じ、王家の為に動き、王家を敬って生きてはいない。

王家を、絶対的な存在だとは思っていない。


だからこそ、王家直々の申し出だとしても、それだけでは頷かない。

商人だからと言えば、それまでだ。


「利益と保障、か」


王子は小さく呟き、机の上にカップを手に取った。

考えるように口をつける。


ルシオも同じように、お茶を飲む。

全く冷えていないお茶は、魔法がかかっている。


「保障とは、身の安全のことか?」

「それだけではありません。ですが、その前に利益のお話を」


ルシオは考えるように、視線を下げた。

話の運び方は、よくよく考えておかねばならない。

順序を間違えれば、自分も父親も破滅してしまう。


緊張感など一ミリも顔に出すことなく、ルシオはほほ笑む。


「利益があってこその補償です。そのため、まずは利益からお話させて頂ければと思っております」


先に利益の話を、と繰り返す。

王子は笑みを浮かべたまま、軽く右手を振った。


「私は、ついでで得たことでかまわないと言ったつもりだが」

「そうおっしゃられるということは、お伝え出来るようなことは、ほぼないとお考えでしょうか」


ルシオも笑顔で返した。

ついでレベルならば、わざわざ質問を考えて相手の意図を読むような手間はかける必要はない。

報告できることに気づかなくても、仕方がない。


ルシオの言葉に、王子が瞳を鋭く向ける。

雰囲気が変わった。


「君は、利益に対して保障をつけたいと言っていたな。そこまでするに値するものを、君は出せると言うのか」

「そう、ですね……」


ルシオは考えるように口元に手をあてる。

出せるものはいくつもあるが、保障も何もない今ここで口にできることは限られる。


それならば。


「では、私の周辺を嗅ぎまわる男性のお話を致します」

「……男性?」

「はい。最近私の周囲でよくお見掛けする、茶色の髪をした若い男性です。背は私よりも高く、年齢は少し上といったところでしょうか」


ルシオは王子の一挙一動を見逃すまいと、目を細めた。


「プレゼント用の茶葉の購入をお手伝いさせて頂いたのが、出会いです。これまで計五回、お会いして話をさせて頂きました」

「それが何の関係がある」

「初回は第一王子、あなたですね?」


王子はピクリと反応するが、表情は崩さない。

ルシオは笑みを浮かべる。


「二回目は、右後ろに立たれている男性。三度目と四度目は一番左の方」


ルシオは、王子の後ろにいるであろう側近が立っていた場所を示す。


「そして、昨日はまた第一王子、あなたでしたね」


王子の唇に力がこもる。

見逃すことなく、ルシオは続ける。


「魔法とはいえ三人で一人に成りすますとは、驚きました」


ルシオにまとわりつく、毛色の違った大型犬。

魔法で同じ人間に成りすますことはとても難しいので、魔道具を使ったと予想している。

三人とも、見た目はとてもよく似ていた。


「……何故、わかった」

「職業柄とだけ」


詳しく伝える気はない。

人の些細な行動を目に止めるのは、ルシオの癖のようなものだ。


魔法によって見た目や声は統一されていたが、仕草はそれぞれ個人のものでしかない。

歩き方や言葉の選び方、笑い方や視線の向け方等、違いははっきりと出ていたから、すぐにわかった。

普通にしていたら気づかない小さなことが、ルシオにとっては大きい。


「第一王子自らいらっしゃるとは思っておりませんでしたが、そこまでご興味を持って頂けたことは嬉しく感じております」


これで、ルシオが普段からどれだけ周囲を見ているかはわかったはず。


「あとは、商会の仕入れ先からご判断いただければ」


そう言って、頭を下げる。

この意味を、王子はわかるはずだ。


今回、ルシオの父親が王宮に持ち込んだ品物は、この国では見たことがないものばかりのはずだ。

貿易が盛んで、海に面しているかの国の品々は、特に目を惹いただろう。


この国は、フェアスーン王女殿下の婚姻の件で、隣国にもかの国にも恩を売った。

貿易が盛んなかの国との交渉を、有利に進めるための手札を手に入れたのだ。

現状、かの国には王家の影の手が届いていないので、王と王妃の監視の外側になる。

そのため、かの国に通じている者が、手元に欲しいはずだ。


「そうか」


王子は小さく呟いて、顔をあげる。

その瞳は先ほどとは違い、真っすぐだ。


「では、利益として王室御用達の名はどうだ? 私の名を使ってもいい。社交シーズンでは、噂になるぞ」

「お言葉は大変嬉しく感謝申し上げますが、それは商会にとっての利益にはなるでしょうが私個人としてのものではありません」

「商会の利益は、君の利益にもつながるだろう?」

「私個人と話をされるとのことでしたので、私に対しての利益のご相談をさせていただければと存じます」


深々と頭を下げると、王子の右眉がひくりと動いた。


通常であれば、王室御用達の看板も、第一王子からの後ろ盾も周囲に見せつけたいほどの待遇だろう。

ただの平民の子どもであるルシオにとって、王子の話は破格ともいっていいほどのものだ。

だが、ルシオはそんなものには興味がない。


平民相手に話が思うように進まないことに対しての、苛立ちが見て取れた。


先ほどよりはるかに読み取りやすくなった王子の感情を、ルシオは逃がさない。

ルシオは静かに沸き立つものを、冷静に見つめていた。


「想像以上に、欲深いな」


顔をあげた王子の表情は、落ち着いた表情が戻っている。

ルシオは発言を気にすることなく、眉を下げた。


「このような機会が二度と訪れないことを、重々自覚しておりますので」


果たして、本当によく深いのはどちらだろうか。


相手は王家だ。

不敬だと言われればそれまでだし、コンラード商会を潰そうと思えばできる。

だからこそ、伏線を張っておかないと守れない。


ルシオが唯一守りたいのは、婚約者であるサリーナだけだ。

身内を含めた家族、商会は父親に任せているので、今頃向こうでバチバチにやりあっているはずだ。


未だに何の連絡がないのがその証拠である。

相変わらず時間を稼いでいるようだが、じりじりと防御魔法は削られているだろう。

こちらは背負う物が限られているので、ある意味強気に出れる。

その分、早めに交渉したい。


「他になければ、話は父を通して頂くということでよろしいでしょうか」


ルシオは容赦なく言葉を切った。

王子がルシオ自身と話をしたいと言った以上、ルシオ自身に対する利益がなければ協力はできない。


不敬にも真っすぐ見つめると、王子はふっと小さく笑った。


「ふむ。最初から、こう言えば良かったな」


王子の瞳がきゅっと細くなる。

ぞくりとするほど、綺麗な笑みだ。


「君の望みは、何だ?」


ルシオは驚いたように、わざと目を見開いた。

組んだ手のひらに、じわりと汗が滲む。


あの王と王妃の態度も、自分の要望に当たり前に頷くと思っている王子も、気にくわない。


王家がその辺に数多転がる平民の一人である自分に共感することがあれば、まるで自分が特別な存在であるかのように錯覚するだろう。

そのまま王家に手を貸してほしいと依頼されれば、高揚した気持ちのまま是非と声をあげる平民も多いに違いない。

忠誠を誓えば、魔法石に名前を刻まれ、晴れて王家の影の誕生である。


その傲慢なやり方に、腹がたって仕方がない。

だが、王や王子の名前や立場に驕り高ぶっているのなら、利用させてもらう。


「私、でしょうか」


とりあえず、口を開く。

王子は慌てた様子のルシオに満足したように、笑みを深めた。


「そうだ。君の言う利益がどんなものか、遠慮なく言ってほしい」


ルシオは表情だけ崩したまま、瞳は王子から離さない。

王子の表情は先ほどまでのイラつきはなく、ルシオが口にする望みをおもしろがっている気配すらある。


「少々、お待ち頂けますでしょうか」

「もちろんだよ」


まさか聞かれるとは思っていなかった、ということにして、言葉を絞り出したように見せかける。

唇を舐め、指先に力を入れた。

王子がこちらに視線を向けていることは、わかっている。


考えている様子を見せながら、少しだけ時間を稼ぐ。


「……本当に、遠慮なくお伝えしてもよろしいのでしょうか」

「当たり前だ。私が自分でそう言ったんだ」


そろそろと、恐る恐る確認する。

探るような視線に対し、王子はしっかりと頷いた。


そうか、では。

遠慮なく。


「私の婚約者を、ご存じでしょうか」


突然の言葉に、王子が固まった。

数回瞬いた後「シュベルグ子爵家の御令嬢だったか」と嘆く。


ルシオは静かに頷いた。


「私は彼女の婚約者として、即位式後のパーティーに出席する予定です。その席で、ご挨拶を承りたい所存でございます」

「……挨拶、だと?」


第一王子の眉がぐっと寄った。

予想もしていなかった要求だろうし、いろいろと問題があるのはわかっている。


社交シーズンが始まる直前に行われる、第一王子の即位式。

そして、その後のお祝いの席であるパーティー。


即位式に呼ばれるのは貴族の当主と妻だけなので、令嬢であるサリーナには関係がない。

だがその後に行われるお祝いのパーティーには、サリーナも貴族令嬢として参加することになっている。

婚約者でもある、ルシオもパートナーとして参加予定だ。


ただの貴族令嬢のサリーナはパーティーに参加する大勢の一人でしかなく、王子と視線を合わせることすらも予定されていない。

平民のルシオならば、尚更である。


だが、ルシオはそこで、顔を合わせての挨拶を望んだ。


「私からの直接の挨拶を受け、名を売りたいだけか」


そう口にする第一王子の表情の奥に、侮蔑のようなものが見える。

多くの貴族の当主や子息令嬢がいる中で、即位したばかりの新しい王からの言葉となれば、王室御用達のブランドや名前を借りるよりもずっと、商会の名前が広がる。

それも本来は声をかける相手ではないにも関わらず、わざわざ王自ら指名したとなれば、その規模は計り知れない。


若干失望したかのような王子に、ルシオはゆるりと首を振った。


「先ほども申し上げましたが、私自身は、商会の名を上げることに興味はありません」


王子の顔に、困惑が見て取れた。

その名前と立場こそが王家を王家として成り立たせているというのに、そこには手を出さないというルシオが信じられない様子である。


「ご挨拶は、あくまで過程でしかございません。私からの要望は一つだけです」


ルシオは右手で示す。

王子の様子を見ながら、言葉を選びつつ伝える。


ルシオがどれだけ望んで画策しても手に入れられないものを、この王子だけは出すことができる。

それさえもらえれば、王となったこの男に多少尽くしてもいいと思えるほどには、感謝するだろう。


途切れることなく続くルシオの言葉に、王子の目がだんだんと見開かれていく。


驚愕の文字が顔に浮かぶ王子を気にせず、ルシオは淡々と言葉を紡ぐ。

他には何もいらない。


「いかがでしょうか」


要求をすべて話し終わったルシオは、目を細めて王子を見る。

焦りも怯えもなく、ただ確かめるように首を傾けた。


王子は、息を飲んだ。


「……それが、君の言う利益とやらか」

「はい」


言い切って答えるルシオに、王子は力を抜きながら苦笑した。

ルシオの発言が予想外すぎて、何を言えばいいのかわからない。

その目的が、ルシオの言う利益につながっていることもまた、恐ろしい。


全く共感できそうにない。


「数年待てば、手に入る話だろうに」

「時間は、何にも代えがたい利益になります」

「そういう考え方もあるか」


王子は嘆く。


「どうやら、君が婚約者を寵愛しているというのは、本当のようだな」

「お恥ずかしい限りでございます」


あえて否定はしない。

そっと視線を下げながら、ルシオは口の端をあげた。

甘さの残るルシオの瞳は要望をはっきりと表しており、その本気度が王子にも伝わってくる。


「継続的な利益は、必要ないということなんだな」

「私の望みが言うほど簡単なことではないと、理解しております」


ルシオの要求は、言葉にすれば恐ろしいほど簡単なものだ。

王となれば言葉一つで叶えることができるものだが、その道はルシオの言う通り簡単ではない。

前例のない要求すぎて、実際に提示できるかもわからない。


ありとあらゆるところに手を回し、根回しをしておかねば、王になった自分の立場すら危うくなるだろう。


「改革を、期待しております」


ルシオの静かな声に顔をあげた王子は、思わず息を飲んだ。

こちらをじっと見つめる紫色の瞳は、ゾッとする程冷たい。

とても期待しているような、人間のする目ではない。


王子は、底の知れない瞳に吞まれそうになった自分に驚く。


ルシオは自分の要求が、どれほど異例なものなのかをわかっている。

それを通すことが、王とはいえいかに困難なのかをわかったうえで、要求してきているのだ。


「……いいだろう」


王子は悟る。

ルシオはこの要求を通して、こちらの力量を測りにきている。


「君の期待に、答えてみせようじゃないか」


王子は薄く笑う。

ルシオがあまりに堂々としているので、不敬罪のことすら飛んで行ってしまう。


たかだか平民の子供が、王となるべき自分を試そうとしているのだから、驚きを通り越して天晴れだと関心すらしてしまう。


「それで、この要求に対してどう補償をつけたらいいのかな?」


王子は、わざわざルシオに問いかける。

ここまでくると、王子も自分から提案することの無意味さに気付く。


事前に調べていたことなど、さっぱりあてにならない。


「さっきの話は、今考えたものではないだろう。だったら補償とやらも、すでに決めているな?」


王子の言葉は確信があってのことだ。

ルシオは慌てた様子を見せながらも、発言は始終冷静だ。


くだらない演技は、必要ない。


先ほどまでの鋭い雰囲気から一転して落ち着き払った王子に、ルシオはゆるりとほほ笑んだ。


そう。


王子の言っていることは、正しい。

ルシオは、最初から王子の提案など乗る気はない。

同様に、補償内容についても、譲れないところまで落とすつもりはない。


「ご配慮、痛み入ります」


一度頭を深く下げたルシオは、顔をあげて息を吸い込んだ。


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