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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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ルシオ、第一王子に会う

第一王子に案内されて入った部屋は、談話室という割には豪華である。

ふわふわの絨毯が引かれ、調度品も価値があるものばかりだ。


あちこち目がいきそうになってしまうのを堪える。

先ほどまでの謁見のせいだろう、自分の感覚がかなり過敏になっているのがわかる。

少し早くなっている心音も戻さなければ、とルシオはゆっくりと息を吐きだす。


さきほどまでの体中を這うような気持ち悪さに比べると、はるかに楽だ。


第一王子は真ん中におかれてあるソファに座る。


「さぁ。君も、こちらへ」


王子の後ろには、側近たちが立っている。

じろじろと見てくる相手の目の前に座るのはあまり気が進まないが、仕方がない。

ちらりと横に立つ騎士を見上げると、頷かれた。


「恐縮でございます」


一言だけ告げて、ルシオはソファに腰かけた。

座っただけでわかる柔らかさと、支えるために触れたフカフカとした肌触りは、さすがの一言だ。


王子が座ってからすぐに、ドアがノックされる。

給仕がティーワゴンを引いて入ってきた

この辺りの流れは、よくよく考えられている。


「私が好んで飲んでいるものなんだ」


どうぞ、と勧められたカップをルシオは手にする。

王子の後ろの側近が睨んでくるので、わざわざ特別に準備したものかもしれない。


鼻をくすぐる香りは柑橘系だ。

ほんの少しの甘さだがすっきりとしていて苦みもない。

コンラード商会では扱う事のない、最高級のものだ。


第一王子はふっと息を吐き、ほほ笑む。


「そんなに緊張することはないよ。先月までは、私も学院に通っていたのだし」


その言葉を、そのまま捉えるつもりはない。

隙あらば粗探しをして。蹴落とそうとしてくる集まりである。

困ったように笑みを返し、後ろにいる側近たちに視線を向ける。

眉根を寄せて不安そうに視線を揺らせば、側近の一人が王子にそと耳打ちをしてくれる。


「立場、ね」


何かに頷いた王子は、肩を竦めた。


「確かに、私は第一王子であり、それは変わらない。だが、今回呼び止めたのは、立場を抜きに話がしたかったからなんだ」


後ろの側近の一人から、平民ごときが第一王子にここまで言わせるな、と謎の敵意が向けられている。

その横では、別の側近が、何と素晴らしい言葉なのか、と肩を震わせている。


これをどう受け止めたらいいのか、ルシオはため息をつきたくなった。

立場という言葉を軽く使っておきながら、それを一番利用しているのは王家だろう。


「君とお父上が王宮に来るということは聞いていたけれど、まさか会えるなんて、思ってもいなかったよ」

「……そうでしたか」


嘘に付き合うつもりはない。


ルシオは元々、表情から相手の感情を読み取ることが得意な方だと思っている。

そのルシオからしても、第一王子の感情はとても読みづらい。

瞳や口元、頬の筋肉の動きが作られていて、真意を探るのが難しい。


「わざわざ私が王宮へと招待すれば、大騒ぎにもなりかねないからね。本当に良かった」


そう言って、第一王子は笑みを深めた。

探るような視線はお互い様だな、とルシオは早々に考えを切り捨てた。


「私に何か、ございましたでしょうか」

「そうだね、ただその前に。君のその口調はどうにかならないのかい? 堅苦しいだろう?」


煩わしい男だな、と一瞬思ってしまった。

第一王子から言われれば、本当であれば平民である自分は即答で肯定の返事をしなければならない。

だが、口調をどうにかしろと言われても、下手をすれば不敬罪を取られかねない。

最終的には第一王子の気持ち一つでどうとでもなるのだから、その線引きはとても難しい。


そして、第一王子の後ろにいる側近たちの圧も、自分の真後ろからの騎士の圧も不愉快だ。

自分にどうしろというのか。


「何卒、ご容赦くださいませ」


第一王子なら、気づけ。

前からも後ろからの視線に気づかないような、愚鈍な王子ではないはずだ。


深く深く頭を下げたルシオを眺めた王子は「そうか」と肩を竦めた。


「だったら、仕方がないな」


小さく呟くと、王子が口先だけを動かして指先を振った。

ブン、と鈍い音がして、透明な半円が浮かび上がる。

その中にいるのは、第一王子とルシオだけだ。


さすがにルシオも目を見開いた。

防衛の魔法だ。

敵意が全くないので、こちらの防御魔法を思いっきり通過したのか。


「お、王子!」

「何をされているのです!?」


慌てた様子の側近たちに加え、ルシオの後ろでも「今すぐご解除を」と叫んでいる声が聞こえる。

魔法をかけた王子が許可をしていないので、入れないのだ。

王子にだってその叫び声は聞こえているだろうに、気にした様子もなく両手を組む。


「こちらからの声は聞こえないんだ。これで、どうだろう」


どう、と言われても。

王子の後ろでは側近たちが恐ろしい形相で叫び倒しているので、視界にも問題があるし、酷く耳障りだ。

とても落ち着いて話ができる状態ではない。


「……お声がよく通らないかと」

「それもそうだね」


王子が右手を軽く上げると、まず後ろにいた騎士が黙る。

首を左後ろに向ければ、側近たちも黙り込んで、一歩下がった。


「これでいいかな?」


本気でこれでいいと思っているのなら、この王子の評価を改める必要がある。


一応王子の命に従って下がったものの、側近たちの視線は鋭く、ルシオを睨みつけている。

一挙一動を見逃すまいとした血走った視線は、真正面から見るには気分が悪い。


相手は天の上にいるような王家の、それも第一王子である。

格下も格下、ただの平民のルシオにこれ以上出来ることはない。


それでも、この状況で「はい」とは、とても言えなかった。


「不敬を承知で、出過ぎたことを申し上げてもよろしいでしょうか」

「もちろんだ」

「この防御の魔法だけでは……」


少しだけ瞳を揺らしながら、視線を後ろにいる側近たちに向ける。

彼らの第一王子への忠誠心は、とても強いようだ。


ルシオのやんわりとした言い方に、第一王子は首を傾げた。

残念なことに、伝わっていない。


「この透明な盾の防衛魔法ですが、互いに見えないようにすることは可能でしょうか」

「……密室か」


す、と第一王子の声音が低くなる。

鋭くなった瞳を真正面から見返して、ルシオは笑みを浮かべた。

敵意があると勘違いされても困る。


「透明である理由は、護衛のためかと存じますが、これではこちらの声が聞こえなくとも、読み取れてしまいます」

「彼らを信用できないと?」

「何を罪とするか決めるのは、私ではありません」


外から丸見えの状態で、信用できるはずもない。

周囲はルシオの敵である。


いくらこちらの声が聞こえないからといっても、読唇術が使える者がいれば意味はない。

少しの動きや発言から、不敬罪を主張される可能性は十分にある。

そして、それを決めるのは格下の平民である、ルシオではないのだ。


「なるほどな」


頷いた王子は、右手を高く上げてひらひらと振った。

その後指先を振って、小さく呟く。

ルシオと王子を包んでいた透明な円が、薄い黄色へと変わっていく。

同時に、周囲から景色も音も消え去る。


綺麗に色が変わり終われば、恐ろしいほど静かだ。


「これで満足いただけたかな?」

「お心遣い、本当に感謝申し上げます」

「では、やっと話ができるな」


ルシオの言葉に、王子は上機嫌に笑う。


強い魔力と、それをコントロールする力。

王家の魔力の強さは、あなどれない。


ルシオは少しだけ肩の力を抜く。

強い魔力の流れは本物だ。

第一王子にここまでさせたのだから、少しは硬さを取らなければならないだろう。


「君も知っていると思うが、私はもうすぐ王として即位する」

「存じております」


ルシオは言葉を返す。

もうすぐ社交界のシーズンだ。

その記念すべき初回は王家の主催によるもので、第一王子が王として大々的に即位する。

学院を卒業し、すでに侯爵令嬢と籍を入れているので、後は本当に即位するのみだ。


ルシオが初めてサリーナのパートナーとしてドレスやアクセサリーを送ったのも、この王子の卒業&結婚のパーティーだった。

卒業祝いもかねての学院向けのパーティーだったので参加できただけで、正式なものはシーズンが始まってからである。


「私は、この国を豊かにしていくためには、民の力は欠かせないと思っている。実際にこの国を支えてくれているのは、君らだからね」


真面目な顔で言う言葉の、どこまでが本心なのだろうか。

あの王と王妃の息子だ、心の底からの言葉だとは思えない。

平民のルシオに寄り添うように見せかけて、うまく流れを運ぼうとしていると考える方がいい。


「そこで、君の力を借りたい。コンラード商会は、王都以外はもちろん、他の領地でもよく知られているようだね」

「皆様のお力添えのおかげでしかありません」

「謙遜はよくないな。私は、異国にも通じているその幅広い交友関係を使って、気づいたことがあれば教えてほしいと考えている」


ルシオは、困ったように黙り込む。

結局のところ、着地点はここになる。


現在の王も王妃も、ルシオの父親を抱き込もうとしている。

それは、貴族とは違い顔を合わせる機会がほぼない平民である民は、操れないからだ。

王家の影よりも、国外にも手を伸ばしているコンラード商会の方が、得られる情報量は多い。

それは懇意にしている貴族御用達の商会よりも、利がある。


今頃、別の部屋でも同じようなことが繰り広げられているだろう。

親だけではなく、子である自分も含めて取り込む気か。


「それは、まるで」


ルシオは笑みを浮かべた。


「王家の影のようですね」

「王家の影? あぁ、あの眉唾の話か」


王子が呆れたようにソファに背を預けた。

ルシオも同意するように頷く。


「確か、王のための組織だとか。噂とは存じておりますが、お誘いを受けるようなご発言でしたので」


王宮の地下深くにある魔法石のことは、王と王妃しか知らないと聞いている。

王家の影のことも、同様だ。


確信はなかったが、この王子の様子からすると、本当に知らないようだ。


「そう言ったお話は、私ではなく父を通して頂いた方がよろしいかと思います。商会の会頭は、父ですので」

「それはもちろんわかっている。だが、いずれ後を継ぐのは君だろう?」

「あくまで予定であり、候補の一人です。また、王位と違い、いつになるのかも予想がつきません」


ついでに「父は、まだまだ元気ですから」と付け加えておく。

コンラード商会の会頭は父親であり、ルシオではない。

最終的に方針を決めるのは、父親だ。


「いや、私はあくまでも君に頼みたいんだよ」


第一王子は小さく笑う。


「確かに商会の会頭は御父上だろう。だが、君はすでに事業をいくつか立ち上げて成功させている。将来的にどうなるかわからないが、少なくとも君の見る目は確かだ」

「そのようなお言葉」

「堅苦しい態度はやめにしよう。私は、君と、話をしたいんだ」


ぐっと王子の視線が鋭くなった。

この圧のかけ方は、先ほど感じたやり方によく似ている。

親子だな、とルシオは頭の片隅で軽く笑う。


そして、歪だ。


「あくまで、私に、おっしゃっておられるということでしょうか」

「そうだ」

「そこまで買って頂く理由が、わかりかねております。ご希望に添えるのは、父の方でしょう」


ルシオの言葉に、王子は少しだけ視線を反らす。


「君の御父上の方は、今頃すでに話がついているだろう」


まるで、すでに決着済のような発言だ。

ルシオは笑みを浮かべたまま、自分の胸元に意識を向ける。

先ほどから、何も反応がない。

全く動きがないという事は、現状父親の方はまだ話がついていないことになる。


あの父親のことだ。

手を変え、品を変え、口を回しまくって、せっせと時間を稼いでいるだろう。


と同時に気付く。

王と王妃、それから第一王子の間に、この瞬間の連絡手段はないのだ。


「私は、年齢が近い君であれば、よりよい話ができると思っている。できれば、御父上との間も取り持ってもらえたらとは考えているけどね」


第一王子が、平民に対してかなり距離が近いところまで降りてきている。

通常であれば喜ぶところなのだろうが、白々しい気持ちになるのはとめられない。


寄り添う気持ちを見せれば、頷くと思っているのだろうか。

当初は王家に近づくきっかけがあればと邪な気持ちもあったけれど、魔法石のことを知った今となっては、適度に距離をおいておきたい相手でしかない。


「身に余るお言葉でございます」


ルシオは言葉を切る。

笑みを浮かべてこちらを見ている第一王子は、ルシオの心情などわかっていないのだろう。


どうしようかと考えながら、とルシオは息を吸い込んだ。


「先ほど、私と話をされたいとおっしゃっておられましたが」

「あぁ、言ったな」

「堅苦しい態度は、なしだと」

「それがどうした」


ルシオは目を細めた。

頷いたのなら、ここで突く。


「大変不躾ながら、不敬罪について考えております」


ルシオは伺うように、王子を見る。

視線を受けた王子は、驚いたように目を見開いた。


この中の話は外へは聞こえない。

読唇術も使えない今、何を罪とするかは王子の采配次第だ。

ルシオがいくら無罪を主張しても、第一王子が是と言えばまかり通るだろう。

この空間は、そういう場所だ。


「君が何を口にしても、許すと言えばいいのか」

「平民である私には、何の後ろ盾もありませんので」


言った言わないは、火種にしかならない。

第一王子が相手ならば、平民のルシオには口を開く機会さえもらえないだろう。


苦笑いを浮かべたままのルシオは、そのまま口を閉じる。

これ以上は、ルシオの口からは言えない。


王子が認めなければ、話の展開を変えなくてはならない。


「……わかった。いいだろう」


静かに王子の声が響く。

ソファにゆったりと腰をかけて、手を組んだ。


「この場でのことは、不敬罪に問わない。約束しよう」

「お約束頂き、感謝申し上げます」


平民相手とはいえ、欲求を通すためには寛容さを見せるだろうとは思っていた。

この場で権威を振りかざしても意味がないことぐらい、王子にもわかっているだろう。


だが正直なことを言えば、王子の言葉だけでは信じることはできない。


「言いたいことがあれば、言えばいい」


ゆったりと言う王子は、威圧感と言うよりも、余裕がある。

魔法をつかっているわけでもないのに絶対的な自信を感じるのは、王の器ならではかもしれない。


「寛容なお心、お礼の申し上げようもございません」


ルシオは、心からの感謝を述べる。

第一王子を前にしたルシオは、さながらライオンの前に差し出された小さなネズミのようだろう。

小さすぎて、食べる食指も動かないほどの獲物に、どれほどの興味があるというのか。


「お言葉に、甘えさせて頂きます」


ルシオの頭が回り出す。

お茶を飲んで呼吸を整えていけば、先ほどまでの吐き気も頭痛も治まった。


王子は、平民のルシオ相手に「言いたいことがあれば、聞く」と言った。

これを反故にすることは、王子の度量の大きさに繋がるので悪影響しかない。


だったら。


「そのお話を受けるためには、利益と保障を頂きたい所存です」


静かなルシオの言葉に、王子は虚を突かれたように息を飲む。

その様子を見ると、やはり王族なのだと思う。


「私は学生の身ではありますが、ご存じの通り事業を起こし、利益を得ております」


ルシオは笑みを崩さない。

口元が弧を描く。


「私は平民であり、商人なのです、第一王子殿下」


ルシオは、平民であり商人だ。

商人は、決して有志者ではない。

仲介によって利益を得る商人にとって、情報は何よりも価値がある。

何かのついでと言われても、かけた時間と労力は無償ではない。


「これは、驚いたな」


王子は、目を丸くしたままだ。

その口元をゆっくりと緩め、少しだけ視線を下げた。

王子の長い指先が、その口元を隠す。


「なるほど。商会の後継者というわけか」


呟いた低い声には、どこか楽しそうな雰囲気すら感じられる。

ルシオは笑みを浮かべたまま、王子の反応を待った。


うてるのなら、最大の手を。

そうでなくても。

せめて、妥協点までは持っていく。


穏やかに流れる空気の中、ルシオの脳裏にサリーナの姿が浮かんだ。

ルシオにとって、ただ一人の婚約者。


今頃一人、執務室でルシオの帰りを待ってくれているのだろうか。

ぐっと胸元に何かが溢れ、冷えた体に熱が戻る気がした。


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