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中編

この人生でのサリーナは、まずはこの世界の理を魔法で変えた。

そしてその後は、魔法を使わないと決めた。

そのためか、最初の人生と同じように七歳のときにザイードの婚約者となった。

このままいけば、最初の人生と同じことになるだろう。

ただし、魔法で書き換えたこの世界の理はあの頃とは違う。

お互いが納得すれば「婚約解消」は、簡単にできる。

婚約解消は、その後の人生に何の影響も及ぼさない。

利権が絡む婚約だったとしても解消により関係は悪くならない。

結婚しなくても、それはそれで良しとする。


サリーナは、ちらりと後ろに座るザイードを見た。


この世界では、「好きな人が出来た」という理由だけで婚約解消は簡単にできる。

「やっぱり結婚はしたくない」というだけでも解消できる、


「そろそろかしら」


ザイードは、フェアスーンに対する気持ちを、決して言葉にはしないだろう。

真面目な彼は、自分から「婚約解消」とは言わない。

そのうえで「婚約者がいる」という障害があることは、彼の気持ちをより高めているはずだ。

フェアスーンに伸ばす指先にその気持ちがわかる。

視線はいつも彼女を甘く見つめ、彼女の唇から彼の名前がこぼれるたびに、とろけるように笑うのだ。


サンドイッチを飲み込んだサリーナは、口の端を上げた。



こうして、「婚約を解消したい」というサリーナの言葉に、あっさりとザイードとの婚約は解消となった。

ザイードとフェアスーンとの関係がどうなるのかは、彼ら次第である。

未来を知ろうと思えば簡単にわかるが「ザイード、頑張れ」としか思わない。

チェルシーだけが「自分から婚約解消を願い出ることもしないなんて、不誠実な男!」と頬を膨らませていただけで、たいしたことはなかった。


婚約者がいなくなったサリーナには、縁談の話が舞い込んでいるらしい。

それを「考えます」の一言で放置している。


人気のない学院の裏庭に立ち、大きく息を吸い込んだ。


「さて、どうしましょう」


どうしましょう。

本当に、どうしましょう。


荒れた草木が伸び放題の地面に、サリーナは寝ころんだ。

スカートを身に着けた淑女あるまじき姿で、大の字になって空を眺める。


青い空、白い雲。

ゆっくりと息を吐いて、目を閉じた。


魔法を使わないと決めたサリーナだが、これまでで得たものはたくさんある。

学院の図書館にある書物どころか、この世界に出版された書物すべてを読み込んでいるし、この世界の魔法については解明してしまった。

王妃としても侯爵夫人としての教養も立ち振る舞いも問題ないし、世界中の言語も使いこなせる。

これから起こる災害や争いも知っているし、一番の解決方法もわかっている。

魔法を使わないとできないレベルのことも多いが、使わなくてもできることもあるだろう。


これから、何をしよう。

何でもできるし、どこへでも行ける。


「……大丈夫ですか?」

「え、あ!」


つらつらと考えていたサリーナは、そろりと聞こえた小さな声にがばりと起き上がった。

微妙に見覚えのあるような気がする男子生徒が、いぶかしげにサリーナを見ている。

黒髪に、紫色の瞳。見覚えがあるような。

誰だっただろうか。

胸元の校章を見ると、魔法を使わない生徒が通う教養科の生徒のようだ。


「具合でもお悪いのかと思いまして……」


そりゃそうだよね、とサリーナは自分でも思う。

草木が生い茂るようなところで大の字で横になるなんて、令嬢がすることではない。

サリーナは頬に手をあて、にっこりとほほ笑んだ。

うろたえても意味がない。


「自然を感じていただけですので。お気になさらずに」

「そう、ですか」


そう言ったものの男子生徒は、ちらちらとサリーナの頭上を見ている。

サリーナとてわかっている。

葉と草がつきまくっているのだろう、わかっている。

若干視界を遮っている枯れた草が、サリーナの視界でちらちらと動く。


「私、もう少し自然を感じてみようと思いますので、失礼しますね」


サリーナはすっと立ち上がり、流れるようにカーテシーを披露する。

体中に纏わりつく草葉がなければ、絵になるほどである。


そのままズンズンと奥へと入り込んでいくサリーナを、男子生徒はぽかんと見つめていた。



「やってしまったわ……」


頭に絡んでいる枯れた茎を引っ張りながら、サリーナはため息をつく。

あそこに人が来るとは予想外だし、寝転んでこんなに草まみれになるとは思っていなかった。

もう少し裏庭も手入れをしてはどうかと提案しなければ、と決意する。


それにしても、あの男子生徒は見覚えがある。

なんせ、人生をやり直している回数が半端ないサリーナだ。

出会った人の顔すべてを、しっかりきっちり覚えているわけもない。

魔法を使えばすぐにわかるが、使わないと決めているので「誰だったっけなー」と頭をひねる。


その相手が、ルチア・コンラードだとわかったのは、もうすぐ誕生日であるチェルシーへのお祝いの品を買いに出た時だった。


「そうだったわ……」


うっすらながら見覚えがあるはずだ。

コンラード商会といえば、隣国を中心に広く展開する商会の1つだ。

息子の代になってからその規模が一気に広がり、世界中でその名前を聞くことになる。


どこかの人生で大商人となったサリーナに、何かと対抗してきたのがコンラード商会だった。

魔法でひたすらズルを重ねていたサリーナと違い、魔法が使えないにも関わらずサリーナと同様の規模にまで商会を成長させたのがルチアだ。

実際に何度も顔を合わせたことがあったが、お互い大人だったのでわからなかった。

「仕事と添い遂げるつもりなので」とか言って、営業スマイルを見せていた覚えがある。



商会の個室に案内されたサリーナは「息子も同じ学院に通っておりまして」と紹介されたルチアをじっと見る。

目を見開いて固まっていたルチアだったが、すぐに立て直して挨拶をする。

互いに自己紹介をしたサリーナは、目を細めた。


「先日、お会いしましたわね」


楽しそうに告げるサリーナは、接客をルチアにお願いしたいと続けた。

「もちろんですとも!」と奥へと引っ込む父親に、思わず笑ってしまう。

何を勘違いしているのやら。


静かになった個室には、サリーナと従者、ルチアだけだ。

あの手強かった大人のルチアも、学生時代はこんな様子だったのかと不思議な気持ちになる。

ルチアの瞳がまっすぐにサリーナを見つめる。


「本日は、ご友人へのプレゼントとお伺いしています」

「えぇ、そうですわ。それから、私に似合う髪飾りを」


後ろで控えていた従者が動く気配を感じる。

「何のことだ」というところだろうか。

サリーナは、ゆっくりと自分の髪をなでながらくすりと笑う。


「草や葉がついて尚彩ることができるような、学院で使えるものはあるかしら」


ぱちりと瞬いたルチアが、目を細める。

彼の口の端が柔らかく上がるのを見て、サリーナは笑いたくなった。

ルチアは頭を下げる。


「もちろんございます」

「それは良かったわ。選んで頂けるかしら?」

「喜んで」


これで、口止め料となるだろうか。


ルチアが選んだ髪飾りは、サリーナによく似合っていた。

さすがに商会を大きくするだけのことはあり、価格を考慮しても似合う物を見つける目は確かだった。

細かな細工の中に刺繍が施され、光が当たると色が変わるのだ。

この辺りでは見たことがない、可愛いながらに鮮やかな髪飾りだ。

ルチアがにっこりとほほ笑む。


「こちらは、森の中に差し込む光をイメージしたものとなります」

「素敵ですわね」

「サリーナ様は、自然がお好きかと思いまして」

「えぇ、その通りですわ」


何せ、寝転がるほど自然と感じたい令嬢だからである。

軽く咳払いして、サリーナは従者を呼びつけた。


「お支払いをお願いするわ」


示された値段を見て、サリーナは瞬いた。

この髪飾りはここから遠く離れた国から仕入れたとのことだが、人生を繰り返しているサリーナはこの飾りの適正な価格がわかってしまう。

ルチアはそれよりもはるかに安い価格で、サリーナに値段を提示した。


「サリーナ様?」


何も言わないサリーナの後ろで、従者が声をかける。

黙ったまま自分を見つめるサリーナに、ルチアは目を細めてほほ笑むだけだ。


「……よろしいのですか?」

「もちろんです」


頷いたルチアは、丁寧に梱包されたチェルシーへのプレゼントの横に、髪飾りを並べた。


「とてもよくお似合いでしたので」


なるほど、とサリーナは頷いた。

サリーナが学院で身に着ければ、それが宣伝になるということか。

真新しいものは目を引くものだ。

それが似合っているのであれば、尚更である。

購入先を問われれば、コンラード商会の名前が出るのもわかっているはずだ。


「今後とも、よろしくお願いいたします」


父親とともに頭を下げて見送るルチアは、やはり商会の息子なのだろう。



それからサリーナは、ルチアに選んでもらった髪飾りをつけて学院に通った。

薄く柔らかく色を変える髪飾りは、何かと目を引きやすい。

似合っているとなれば、余計に気になるものだ。


サリーナがつけている見覚えのない髪飾りを見て、チェルシーが楽しそうに笑う。


「その髪飾り、新しいものよね。コンラード商会の新作?」

「そうなの。どうかしら?」

「凄く素敵。少し光沢があるけれど、色味も柔らかくて。とても似合っているわ」

「ありがとう、チェルシー」

「コンラード商会、すごく人気みたいで……来訪の予約も取れないみたいよ」

「そうなのね」


貴族の買い物は自分たちから店へ行くこともあるが、多くは商会からの来訪である。

それすらも予約待ちだというのだから、人気がわかるというものだ。

コンラード商会からはサリーナのおかげで貴族とのパイプができたと、感謝の贈り物まで届いてしまった。

今日つけている髪飾りは、先日頂いたものだ。


あの買い物の日以降、サリーナとルチアはよく話すようになった。

ルチアは将来のためにと貪欲に知識を詰め込もうとするし、サリーナは人生何週目状態なので、その話にけろりとついていけるのである。

ルチアが他国の話や独産品の話をしても、世界中を回ったサリーナはさらりと返事を返す。

おかげですっかりと友人となった。


チェルシーと別れて裏庭へと向かう。

相変わらず奥まっているので、人の気配はない。


「ルチア様」

「サリーナ様」


小さな声で呼べば、壁に寄りかかって本を読んでいたルチアが顔を上げた。

その瞳がサリーナを見る。


「サリーナ様に教えて頂いたこちらの本、本当におもしろくて手が止まりません」

「それは良かったです。また意見交換をさせてくださいね」

「えぇ、ぜひ」


ルチアが楽しそうに笑うのを見て、サリーナは一息ついた。

話を変えようと、少しだけ声のトーンを落とす。


「先日は、素敵な贈り物をありがとうございます」

「こちらこそ、サリーナ様には大変感謝しています」


貴族との付き合いが増えただけではない。

サリーナのおかげで髪飾りを中心に多くの品物の注文が入るようになったのだ。

他国とのその場の付き合いだったが、サリーナのおかげでその繋がりが太くなった。

サリーナやシュベルグ家に贈ったものの合計を合わせても、お釣りがくるほどの恩恵である。


サリーナは、後頭部についている新しい髪飾りに触れる。


「この髪飾りも、とても気に入りまして。嬉しくて早速身に着けてみました」

「そう言って頂けると嬉しい限りです。サリーナ様のために選んだかいがありました」

「ありがとうございます」

「後ろから見せて頂いても?」

「もちろんです」


ルチアの物を選ぶ目は信用している。

くるりと背を向けたサリーナの髪がふわりと舞う。

サリーナは、背筋を伸ばした。

どうだろうか、商会への広告になっているだろうか。


「コンラード商会が、また賑わうことになるといいのですが……」

「今でも十分賑わっていますよ」


ルチアが、苦笑しながら言う。

飾りをつけた全体を見ようと2、3歩下がって、手を伸ばす。


「サリーナ様、少し髪に引っかかっております。御髪に触れてもよろしいでしょうか」

「え? あ…も、もちろんです?」


サリーナは、「もちろんです?」と自分で口にした言葉を反芻する。

商会の中でも髪に触れられたことはあるが、あのときは従者も側にいた。

何だか空気がおかしいような、返答を間違えたような気がする。


「失礼致します」


ルチアの静かな声の後、するりと、髪が揺れた。

一瞬耳をかすめたのは、彼の指なのか。

微かに首筋に触れる感覚に、サリーナは息を殺して耐える。


「サリーナ様」

「はいっ!」


ピクリと震えたサリーナは、そろそろと振り返る。

きょとんとしたルチアに対して、今の自分は真っ赤なはずだ。

ルチアはにっこりとほほ笑む。


「お似合いです、とても」

「あああ、ありがとうございます」


必死に口からお礼を言う。

でももう、こういうのはちょっと勘弁してほしいところである。

何かいろいろともう、恥ずかしかった。


「サリーナ様」


赤くなった顔をバレないようにと息を吐くサリーナを、ルチアの目が捉えた。

瞳の奥に鋭さが混ざるのが見える。


「今度は、ドレスとアクセサリーをお送りしても?」


低く紡がれた言葉に、サリーナは瞬いた。

「ドレス」と「アクセサリー」を送ることが何を意味するのか、わからないサリーナではない。

学生だが貴族であるサリーナは、お茶会に呼ばれることもあれば、パーティーに参加することもある。

例えば、今年卒業した後に結婚を予定している、王太子の卒業&結婚パーティーにも。

パートナーが必要なパーティーのため、かなり早い段階で日程の通達はあった。

名のある貴族であれば、すでに動いているはずだ。

パートナーと、どのようなドレスを仕立てるのか話は進んでいるに違いない。

パートナーの髪や瞳の色を混ぜて尚、魅力的なドレスを身に着けるのは、貴族の女性としては大変意義のあるものなのだ。


そう、パートナー。

基本的には、パートナーがいてこそ成り立つ。


えー、と。


サリーナの頭の中が高速で回る。

焦りは気にしない。


落ち着け、私。

いくつだよ、人生何回目だよ。

魔王になれ、自分!(←混乱)


「……広告塔としてのご依頼でしたら、契約書を作成して頂けますか?」


サリーナの口から、小さく言葉が漏れた。

自分でも表現できない思いが溢れる。

ここで引くのなら、それまでだ。


ルチアはゆっくりと一歩踏み出し、じっとサリーナを見つめる。

紫色の瞳に、強い光が宿った。


「サリーナ様」


あ、マズイ。

捕まる。

思わず時間を止めそうになるのを堪えたサリーナの耳に、芯のある低い声が響いた。


「これは、私個人の思いです」


ダヨネー。


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