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前編

「サリーナ、ここは良くないわ。お天気もいいし中庭に行きましょう」

「テラスはもうすぐそこよ、チェルシー」

「ほら、何て素敵なお天気かしら!」

「もう、チェルシー。どうしたの?」


ランチボックスを持ったままのチェルシーが、ずいっとサリーナの前に立つ。

体を傾けて前を覗き込んだ先に見える景色に、サリーナはなるほど、と頷いた。


目の前の広いテラスには、昼食を食べるために多くの生徒が集まっている。

その一角に、隣国から留学してきた王女、フェアスーン王女殿下が見えた。

彼女の周囲には王女付きとして選ばれた生徒数名がおり、その中にはサリーナの婚約者であるザイードがいる

フェアスーン王女が口を開きころころと笑う度、ザイードは目を細めて彼女を見つめるのだ。

ザイードと王女の距離は他の王女付きの男子生徒と何も変わらないが、ザイードが彼女を見つめる瞳だけはとろけるように甘い。


つまるところ、友人はサリーナを気遣ってくれたのだ。

サリーナはそっと息を吐くと、すたすたと歩きだす。


「もう、チェルシー。私は何も気にしていなって何度も伝えたわよ」

「違うわよ。視界に入るだけで、せっかくの特製サンドイッチが甘ったるくなるじゃない」


後ろから追いかけてきたチェルシーが息を吐いた。

優しい友人は、こうやってサリーナを気遣ってくれるのだ。


「食後のデザートいらずね」

「嫌だわ、サリーナ。それはデザートたちに失礼よ」

「我慢する?」

「それはもっと無理。あぁ、食べても太らない魔法の研究をしなくちゃ!」

「進路が決まったわね。応援するわ」

「サリーナも一緒よ! そして、特許を取得して大金を手にし、魔法省から表彰されるの。一躍時の人よ!」

「チェルシー。夢が妄想になっているじゃない」


クスクス笑うチェルシーを見て、サリーナも笑う。

この優しくてたまらない友人が、サリーナは大好きだ。

だからこそ、理解してほしいと思う。

サリーナは、ザイードが誰を好きでも全く気にならないということを。

というよりもむしろ、ザイードもフェアスーン王女も幸せになってほしいと思っていることを。


理解してもらうには、まずはサリーナについて説明しなければならないだろう。


サリーナ・シュベルグは、子爵令嬢の次女として生まれた。

シュベルグ家は、魔力が強いものが多い。

強い魔力を持つサリーナは、七歳のときに伯爵家であるザイードと婚約が決まった。

優しくて紳士的なザイードとは、良い関係を築けていたと思う。

それは二人が十歳になり学院に通いだしてからも変わらなかった。

サリーナは魔法科、ザイードは騎士科と学科は違うが、それでも関係は深かった。

ところが隣国の王女フェアスーンの学院への留学が決まり、王女付きの一人してザイードが選ばれてから、溝が出来ていく。

ザイードからは変わらずに手紙やプレゼントは届くし、サリーナに会いには来るものの、その他は最低限の付き合いでの連絡しかなくなってしまった。

ザイードとフェアスーン王女の間に何か特別な関係があるわけではない。

他の人たちと変わらない距離間を保っているけれど、ザイードがフェアスーン王女に向ける気持ちが膨らんでいくのがサリーナにはわかってしまった。

それでも何か有責事項があるわけでもなく、溝が深く広くなったまま婚約期間は続いていく。

そして学院を卒業後、決められていたものとしてサリーナはザイードと結婚した。

結婚生活は、傍から見ればむしろ仲の良い夫婦だったはずだ。

ザイードは領主として立派に務めたし、サリーナも彼を献身的に支えた。

子どもにも恵まれ、幸せな人生を送ったように見えただろう。


だが、その心は違った。

ザイードは、生涯フェアスーン王女、ただ一人を愛し続けた。

それが、サリーナにはわかってしまった。

サリーナを抱くのは貴族の義務で、そこには行為に対する優しさはあったものの愛情はない。

ザイードは、キスも決して唇にはしなかった。

良い夫で、父親であったと思う。

それでも、時折遠くを眺めるザイードの瞳を見て、胸が苦しくなるのを止められなかった。

貴族の結婚には愛情がない場合も多いとわかっていても、気持ちはどうすることもできなかったのだ。


子どもたちは立派に育っても、サリーナの心が晴れ渡ることはなかった。

死に際、サリーナは目を閉じて考えた。


婚約を解消しておけば良かったのか。

ザイードともっと深く話し合えば良かったのか。

そもそも、婚約をしなければ良かったのに。

やり直したい。

もっと昔から、出会う前から。


願い、願い、願い、そして目が覚めた時に。



サリーナの人生は、巻き戻った。

三歳だったのだ。

驚きである。


「なぁんでぇ……?」


嘆いたところで、何も変わらない。

三歳のサリーナは、頭脳だけは人生一回分回っていたので、訳が分からない中でも現状把握ができた。

同時に、自分の魔力が恐ろしく高くなっていることに気づいた。

魔力の高さは隠そうにも隠せるものでもなく、そのまま王子との婚約が決まる。

詰め込まれまくった王妃教育には逃げ出したくもなったが、必死になって頑張った。

その後、王となった男と結婚し王妃となり、この国を繁栄へと導いた。

跡取りとなる王子も姫も授かった。

そんな状態だったが、夫となった王とは、特段甘い関係にはならなかった。

言葉にするのなら、戦友という言葉が一番だったように思う。

共に手を取り、互いを支え鼓舞し、手を回し悪事さえも行い、この国のために動いた。

ザイードとフェアスーンのことは、頭からすっぽりとなくなっていた。

正直に言えば、気にしている場合ではなかったという方が正しい。

目を閉じて、「何で巻き戻ったのかよくわからないけど、人生2回目も悪くなったなー」なんて思ったわけである。


ところがところが。


気が付けばまた、三歳である。

デジャブである。


さすがにパニックにはならなかったが、それでもさすがに言葉は出ない。

前回は魔力が高くなっていたが、とまずは魔力の確認をしたところゾワリと体を悪寒が走った。

自分の魔力の放出により、家が吹き飛びそうになっていたのである。

慌てて一つ一つ確認したところ、魔力が増大しているだけではなく、強く願えばいろいろなことが叶ってしまうことがわかった。

浮遊はもちろん、瞬間移動も、壊れた物を元に戻すこともできた。

力をこめれば目の前の人の未来も見えるし、人はもちろん生き物を操ることすらできた。

こんな魔法は、聞いたことがない。

むしろ、禁断の領域である。


「これもう、私、魔王……」


バレたら国中をあげて殺しにかかってきそうだ。

もしくは「この国のために」と一生飼い殺しになりそうなレベルである。


幸いバレないように魔力を抑えることもできたので、すっかすかの魔力を見せつけていたら、今度は侯爵令息と婚約することとなった。

2回目の人生で身についていた王妃教育の賜物のせいで、すかすか魔力なのに気に入られてしまったのである。

確かに隣国とのアレコレ・いずれ王となる男のアレコレ・自然災害など体験して解決してきたサリーナだ。

嫁いだ侯爵家は功績をあげ、みるみるうちに豊かに栄えた。

夫となった男は数名の愛人もいたが、サリーナを大切にしたし、恵まれた人生だったと思う。

子宝にも恵まれ、これからの侯爵家も安泰だと言われていた。

「私、頑張ったわー」なんてサリーナ考え、目を閉じて。



気が付けば、三歳である。


「デスヨネー」


さすがにもう、驚かなった。


それからサリーナは、何度も何度も数えることをやめてしまったほど人生をやり直している。

その度に魔力が増え、出来ることも増え、魔王としてまっしぐらである。

何故やり直しているのかはどれだけ調べてもわからないので、今やもう考えてもいない。

ただ今のサリーナは、「自分は神様か?」と思うほど、何でもできてしまう。

未来がわかるのはもちろん、この世界中の人を操れるし、自分の見た目も声も変えることができるし、何なら世界の理すらも変えることができるし、過去も未来も好きに行けるようになってしまった。

だから、アレコレやってみた。

聖女になって世界を旅してみたり、商人として世界一の金持ちになって豪遊してみたり。

預言者としてコソコソしてみたり、絶世の美女になりハーレムを作ってみたり、暗殺者として裏家業に励んでみた。

近代国家を作ったかと思ったら、文明を捨て暮らす国家を作ったりもした。

自ら魔王となって、勇者一派を育てて戦ってみたりもした。

神様の真似事もやってみた。

戦いはダメだと、世界中の人を操って愛と平和の世界を作ってみたりもした。

一方で、ザイードとフェアスーンが結婚できるようにしてみたこともある。


どの人生も、おもしろかったと思う。

それでも、やっぱりまた人生をやり直すことになるのだ。


ちなみに。

「何で三歳? 赤ちゃんでもいいのでは?」と思っていたら、一度だけ〇歳に戻ったことがある。

「おぉ~、ついに」とか思っていたが、泣くことしかできないし、薄い味の飲み物を口にねじ込まれるし、おむつは不快だし、交換されるのは衝撃的すぎたので「三歳でお願いします」と願ったものだ。



「サリーナ?」

「んぅ?」

「どうしたの、サンドイッチを噛みしめているわよ」


しみじみと回想していたサリーナは、チェルシーを見上げる。

小首をかしげて心配そうにこちらを見ているチェルシーは、最初の人生からサリーナの友人だった。


「おいしいなって思ったの」


にっこりと笑うサリーナに、チェルシーは安心したようだった。

一度目の人生で、サイードの心が離れていくことを悲しむサリーナに寄り添ってくれたチェルシーだ。

人生をやり直すサリーナが穏やかな学院生活を送るときは、いつもチェルシーが側にいてくれる。

その優しい心を改めて嬉しいと思う反面、ザイードとフェアスーンにも幸せになって欲しいと願う。


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