ちぐはぐで噛み合う
天高き入道雲が浮かぶ真っ青な空。それを誰も見上げることなく、勤め人たちは器用な雪崩のように行儀よく駅から吐き出されていく。
晴天に恵まれた夏休みの朝はつまり、蕗谷莟との約束の日である。
待ち合わせは朝早くからだった。ちょうど通勤ラッシュの終盤で、遊びに出かける若者の姿はまだ少ない。
十瑪岐は腕時計を確認して待ち合わせ場所に急いだ。
(デート……っつってもアレだろお? 女子が友人と遊びに行くのをそう称する謎文化のやつだろお?)
自分を落ち着かせようと偏見寄りの理論を引っ張り出す。そうでなければ、莟が十瑪岐を本当にデートに誘うなどありえないと思うからだ。
きっと何か用事があって、でも骨が折れて思うようにできないから、十瑪岐を付き合わせようというのだろう。そう考えるのが自然だ。
唯一の懸念は……。
(オレが恩人だと、あいつが確信しちまったことか)
莟はずっと自分の気持ちを探して悩んでいた。恩人探しはその解決手段の一つ。そして先日、あの病室で彼女は何らかの結論を出した様子だった。
その結論の内容が、十瑪岐には推測できない。
とはいえ彼女の中に十瑪岐への甘酸っぱい想いなんてない。そのはずだ。
待ち合わせ場所には、どうせ動きやすいジャージとかを着た莟がいるはずなのだ。そのまま庭の草刈りに動員されても不思議じゃない。
建物の角から待ち合わせ場所をそっと覗く。目印のうにょうにょした奇怪なオブジェの下には、少女が一人だけ直立していた。
同世代の平均身長に届かない背丈に、陽の光を受けてオレンジがかって見えるボブヘアー。
どこからどう見ても十瑪岐の友人たる蕗谷莟なのに、普段と違って見えるのは、その着ている服装のせいだった。
ピンク色のふわふわしたワンピース。小柄な体躯に似合うシンプルデザインのポシェット。日差しを遮る軽やかな帽子。夏らしい涼しさと少女の神秘性が相まって人目を引いていく。時間帯が違えば、彼女は人に囲まれていたことだろう。
もちろん十瑪岐は莟の私服傾向など知らないが、これが彼女の通常でないことは察する。飯開の件で休日に見た私服も動きやすさ重視のスポーティーな恰好だった。
だがいま彼女が身にまとっているのは、松葉杖をついていても衰えない、むしろ儚さが際立ってさらに可憐に見えるような超絶気合の入った服装。普段からあんな格好をしているはずがない。あんな姿で一人出歩けば、ナンパされまくって前に進まないのが目に見えているからだ。
十瑪岐は肩を震わせて呟く。
「前言撤回。デートだこれぇ。まごうことなきデートじゃねえかあ……」
約束の時間が迫っている。いつまでも隠れているわけにはいかない。萎縮しつつとぼとぼ彼女のほうへ近づくと、莟はすぐに気づいて表情を明るくしてみせた。
「とめき先輩、おはようございます。お互い時間ピッタリですね」
「おうぅ、おはよお」
「どうしたんですか、バカみたいな顔で呆けて」
「いやぁ……ずいぶん可愛い恰好してるなあと」
「あぁ、これですか? へへっ、友達に借りたんです。実はこういう可愛い服ってあまり持ってなくって。でもたまにはおしゃれしてみようかなって。せっかくのデートですから」
莟が照れたように笑う。珍しい少女の表情に、十瑪岐は今頃心臓が爆音で鳴り響き始めるのを感じた。
(なんだこれ? なんか、すげえ顔熱い。どおしたんだあオレ?)
考えてみれば女子とのお出かけである。特に莟が愛らしい服装だから、傍から見たら仲睦まじいカップルに見えかねない。
なんだか、いけないことをしている気分になってくる。
十瑪岐の内心など露知らず、莟は上機嫌だ。
「とめき先輩は私服も格好いいですね。前から思ってましたけど、無駄にセンス良いですよね本当」
「無駄とはなんだよお。数少ない長所だろうがよお」
「自分で少ないとか言うんだ……」
いつものノリでやりとりをすると少し気持ちが落ち着いてきた。
「んでえ? 今日はなんで呼び出したんだあ? いい加減に教えろよ。目的があるんだろお」
さっさと楽になりたくて理由を問う。だが莟はきょとんと眼を見開いた。
「何って、とめき先輩と出掛けてみたかっただけですよ。怪我したおかげで暇になりましたし。今までは部活で忙しくて休日に遊んだりできませんでしたしね」
「そ、そおなのお? まあいいか。んじゃ遊ぶか。どこ行くんだ? 普段は何して楽しんでんのお前」
「うーん、足がポッキリ逝ってなかったら身体を動かすのが好きなんですけど……。思えばわたし、スポーツ以外の娯楽って疎い人間でした。だから、とめき先輩が行きたい所、やりたいことを見せてください」
「オレの?」
「はい。先輩のご都合に合わせますよ」
「となると一番は…………貸してる金の取り立て」
「脅迫とか恐喝は無しでお願いします」
「オレの都合ってそういう方向性ばっかなんだが」
「それじゃ学校にいるときと同じじゃないですか。せっかくなんですし、普通の休日にしましょう」
「急に言われてもなあ……」
期待の籠った視線に貫かれ十瑪岐は戸惑ってしまう。莟の用事に付き合うものとばかり思っていたから、なんのプランも用意してきていない。
(普通の友人同士って、どうやって遊ぶんだあ?)
友人のいない人間にとって、その普通が分からない。うんうん唸ってやっと意見を提出してみる。
「そういや見たかった映画がちょうど封切なんだが……」
「いいですね。行きましょう!」
満面の笑みで莟が頷く。とりあえず正解だったようで、十瑪岐はほっと胸を撫でおろした。
◇ ◆ ◇
映画館を出てまっすぐ近くのコーヒーショップに入った二人は、プラスチックの容器を見下ろしていた。
見てきたのは本日公開のハリウッド超大作だった。爆発アリ仲間との別れアリの感動巨編である。予算だけは豊富な量産映画と舐め腐って冷やかすつもりで見に行った十瑪岐だったが……。
どちらからともなく呟く。
「すげえ良かった……」
「良かったですね……」
互いの吐息に反応してバッと顔を上げ目を輝かせる。
「だよなあ! ラストシーンとか鳥肌立ったわ」
「分かります。ルイスが立ち上がるシーンの劇伴の入り、完璧じゃありませんでした?」
「それえ! 一瞬音が止んでからの反撃開始。最高だった。スカッとしたよなあ!」
「登場人物もみんないいですよね」
「行動が説明臭くねえのが良かった。それぞれの背景が言動から見えて来るのがいいよなあ」
「みんなのスピンオフとか見たいです」
「「特にあの──」」
「参謀役が!」
「ライバルが!」
「「なんで!?」」
相手の発言に驚愕してしまった。
「え、信じられねえ。あいついい所取りでたいして役に立ってねえじゃん」
「あれはあえて主人公に活躍を譲ってたんですよ! それ言うなら参謀は口ばっかで行動してないし」
「はあ!? 前線に出ないからこその俯瞰的視点っつう表現だろあれはあ!」
「そんなわけないじゃないですか」
「やんのかこらあ」
一触即発の空気で睨み合う。が、長くは続かなかった。莟がため息をついてラテをあおる。
「はぁ。やめましょう。わたしたちの主義主張は置いておいて、あれが神映画であることは疑いようがないんですから」
「だなあ。円盤出たら買うわ。貸してやろうかあ」
「お願いします。とめき先輩パンフも買ってませんでした?」
「おう。帰ってからゆっくり読もうと思ってたが、見るかあ?」
「ありがとうございます。演出でちょっと気になるところがあって、言及されてないかなって…………あ、やっぱり。あの監督すごい胸元の撮影に熱入れてる」
「上映中にそんなとこ注目してたのかよ」
「だってルイス君の服が破けてから露骨にカメラワークが狙ってたから。あと映画とは何も関係ないんですけどね。最近ちょっと考えてしまって。……乳首ってあいつなんで“首”を名乗ってるんですかね」
「乳首発の名称ではねえのだけが確かだな」
「だって“首”って接続部のことですよね。手首にしろ足首にしろ。そこを基点にして動かせるような。でも乳首は微動だにしないじゃないですか。回転するわけでもなし」
「そんな付属パーツみたいな認識だったのお?」
「あと打ち首って聞くと乳首を連想してしまうんです。打乳首。聴くたびにちょっと笑っちゃう」
「日常生活でその単語が連発されない時代に生まれてよかったなあ」
「ですね。幸運でした」
しみじみ語る莟に、十瑪岐は内心の動揺を抑えきれない。
(なんでオレ、女子とのデートで下ネタ寄りの会話をしてんだあ? これ最近のコンプラ的に許される? 裁判沙汰にならねえ?)
真剣に考えてみるが答えは出ない。莟も特に気にしている様子じゃない。
ちょっと踏み込んで試してみる。
「そういう話をしていいなら、オレはヒロインの太ももの食い込みが気になってなあ」
「あ、それわたしもです。止血帯かってくらい締め付けてましたよね」
「だよなあ。動きづらそうだよなあ」
「実際にあれはアクション向きじゃないですよ。運動部的には気になっちゃって。だったら上半身の布面積を減らして下半身を普通にしたほうが自然では? あの女優さんおっぱい大きいし」
「監督が脚フェチなのかもなあ」
「それにしては男優の胸は撮ってましたよね。フェチが謎」
なぜか予想以上に盛り上がってしまう。
(やべえ。すげえ自然に話せてしまう……。まあ楽しいし、いいかあ)
思考を放棄する十瑪岐であった。




