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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
九周目 クズと決心したランナー
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意図が文字化けしてきそう


 長期休暇にわざわざ学校に来なければいけない、登校日という悪習がある。廃止された学校も多いが、兎二得とにえ学園では午前中のみとはいえ、いまだ続いていた。


 そんな夏休みも折り返しの昼間。終わらせた宿題をいくつか提出してしまって、十瑪岐とめきは席についた。いつもの人を馬鹿にしたようなニヤケ面ではなく仏頂面なのは考えごとがあるからだ。


(……勇気をかき集めて鳴乍との仲を進展……に挑戦する前にケリつけなきゃなんねえことが迫ってやがる)


 そうやって自分の問題から目を逸らす。


 夏休みが明ければすぐ学園は文化祭の準備に浮足立つ。約ふた月後に開催される『烏兎祭うとさい』は体育祭以上に盛り上がる重要なイベントだ。


 生徒たちは家名の威信にかけて経営シミュレーションを兼ねた商売手腕を発揮する。学園が組む巨額の予算もさることながら、来場者も新しいネタを発掘せんと大挙して押し寄せる。上手く行けば在学中の身の上で、さらに言えば元手ゼロで大きな仕事を取ることができるのだ。


 十瑪岐は入学時からずっと、その大舞台でド派手な事件を起こそうと画策していた。

 そのための下準備も着々と進み、あとは火を点けるだけとなっている。


 教室の後方で、幸滉ゆきひろの横に陣取る赤毛の少女を見やる。


 椎衣しいはすぐその視線に気づき舌打ちを響かせた。お前の心臓冷凍保存してやろうかと言いたげな冷たい目で睨み返される。幸滉ゆきひろが肩をすくめ、十瑪岐は身震いして前に向き直った。


(準備は本当に、着実だなあ……)


 内心でほくそ笑む。

 廊下のほうから、コツコツと硬い物が床を叩く音が近づいてきた。何となしに耳を向けて頬杖ついていると、それは教室の前で止まった。


 スライドドアがゆっくり滑る。音の正体はすぐに分かった。

 教室に我が物顔で入って来たのは、松葉づえをついた蕗谷ふきのやつぼみだった。


「よかった、とめき先輩まだ帰ってなかったんですね」


「オレに用? なんだよお、デートのお誘いにでも来たってかあ」


「よく分かりましたね」


「んぉ?」


 莟が目の前までやって来て、机を挟んで十瑪岐を見下ろす。座っているから身長差が縮まっていつもよりも距離が近く感じる。


 莟が世間話の調子で切り出した。


「とめき先輩、来週の水曜日ってご予定は空いてますか?」


「空いてる……けど、おい……」


「では改めまして。

 ──とめき先輩、わたしとデートしてください」


「え」


 耳を疑う発現だった。十瑪岐だけではない。教室全体がどよめく。

 驚きの視線をまともに受ける中、莟はトキメキも恥じらいも感じられないすまし顔で返事を待っている。


 とても逢引あいびきに誘っているとは思えない態度に、十瑪岐は思わず頷いてしまった。


「おう……どおしたんだ、お前」


「いい加減に決着を付けようと思いまして」


「??」


「それでは、詳細はあとで連絡しますね」


「ちょっ──」


 十瑪岐が引き留めようとしたが、少女は疑問も挟ませず杖をってさっさと出て行ってしまった。


 行き場のなくなった手を彷徨さまよわせ、十瑪岐はゆらゆらと教室の後方へ向かう。その先には帰り支度をしている兄の姿が。


「ゆきひろおにいちゃぁーん」


「うわっ、過去一気持ち悪い呼び方やめてっ。紙やすり四十番みたいな鳥肌立ったよ」


 青ざめる幸滉ゆきひろに負けないほど血の気の引いた顔で十瑪岐はかすれ声をひねり出した。


「で……デートって…………新種の筋トレの名前だったりしねえ?」


「だとしたらお腹を抱えて爆笑する自信があるよ」


 現実逃避は許されなかった。


(あいつ……なに考えてんだあ?)


 少女の真意も知らぬまま、十瑪岐は口をへの字にして眉をひそめた。



       ◇   ◆   ◇



 鳴乍なりさが教室へ荷物を取りに戻ろうと進行方向を変えると、ちょうどその向こうから松葉杖をつく後輩が現れた。


「あら、莟ちゃん。もう退院できていたのね」


 内心のよどみを覚られないように、にこやかを装って片手を上げる。


 夏休みに入ってから会うのは初めてだ。行方不明になった彼女の救助には微力ながら助力したが、それも遠方からの力添えだけ。そのあともラインで軽く会話したきりだった。


 莟自身に対して思う所があるわけではない。だが避けるような態度になってしまったのは確かだ。原因は分かっている。


 ずっと目を逸らしてはいられないと自覚した直後、あっさり砕けた想い(・・)のせいだった。


「足の具合はどう? すぐお見舞いに行けなくてごめんなさいね」


「いえいえ、その節はありがとうございました。足は思ったより平気ですよ。リフティングでグラウンド三周だってできます」


「できたらまずいのよ。骨折の世間体をもっと大事にしてあげて」


 莟は変わりなく答えてくれる。ほっと安心して、鳴乍は以前の調子で彼女の右手を取った。


「階段の上り下りは大変でしょう。手を貸すよ。二年生の教室にご用だったの?」


「はい。とめき先輩をデートのお誘いに」


「へぇ。…………へえ?」


 思考が止まる。


(聞き間違いかしら。デー……でー……デーツ? デーツのおサソリ煮? うん、なによそれ。想像力が足りてない。落ち着くのよ鳴乍。もっと論理的になるの)


 聴こえたとおりに解釈するならば、莟が十瑪岐をデートに誘った、ということだ。むしろそれ以外の解釈が挟まる余地はない。


 つまり鳴乍の知らないところで、二人は公然と夏休みデートをする仲に進展したということか。


「鳴乍先輩?」


「──ぁあ、えっと……」


 思わず黙りこくってしまって、気づくと莟の心配そうな視線が自分を見上げていた。


 らしくないなと自虐が浮かぶ。優しく微笑み平静を保った。


「楽しんできてね」


 こんな良い子相手に嫉妬など見苦しいと、揺れる本心を押し殺す。


「はい。全力で振り回してきます」


「莟ちゃん、そのジェスチャーだと雑巾絞りよ。何をするつもりなの」


 さっそく不安と心配が暗い感情を上回った。



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