手打ちはフルスイング
仮眠を取って昼が過ぎると、部活の顧問や部内の友人たちが続々と見舞いに来た。明日には両親も来るという。ちなみに受診手続きなどは生徒会長がなにがしかの手を回してくれたらしい。
怒涛の面談時間が過ぎ一息ついたころ。十瑪岐が女子高生を無理やり引きずって病室に飛び込んで来た。
「見てみて莟ぃ。病院の入口でうろうろしてた諸悪の根源捕まえたあ」
「セミ見せにくる小学生じゃないんですから。あと首根っこというか女子の首を直に掴むな」
誰を連れてきたのかと思えば、青い顔をした古見だった。放り込まれた古見は視線を泳がせておどおどしている。
「えっと……」
「古見さん?」
「っ──」
視線を泳がせていた古見は、名を呼ばれて顔をこわばらせる。どうやら彼女は莟よりも十瑪岐の様子を窺っているようだ。
入口に陣取って下卑た笑いを浮かべる男に、莟は冷たい視線を向ける。
「とめき先輩。絞ったって聞きましたけど、昨日は彼女にいったい何を」
「ええ? 特別なことなんか何もねえよ。ちょおっっっとお話しただけなんだけどなあ。ねえ古見ちゃあん?」
「は、はい……」
十瑪岐がことさらにねっとりした口調で笑いかけると、古見からさらに血の気が引いていく。莟はため息をついた。
「見るからに怯えてるじゃないですか。可哀そうに。それで、古見さんは何しに来たの?」
口調を変えるとようやく視線が合って、古見が声を震わせた。
「ごめんなさいっ」
「…………」
「そんなに落ちてったなんて気づいてなくて。突き飛ばしたけど、そんなつもりはなかった。すぐ上ってくるだろうって。だから遭難したって聞いた時、信じられなくてすぐ言い出せなかった。そのままずるずる何も言えないまま時間が過ぎて行って……。その、だからっ、……本当にごめんなさい!!」
早口に言ってしまって、勢いのまま深々と頭を下げる。
莟はそれを受け止めて言葉は返さなかった。
しばし考え、いつの間にか隣に来ていた十瑪岐の腕を引く。
「…………とめき先輩、ちょっと手を貸してください」
彼の肩を借りてベッドを出た。ギプスに体重は掛けず、片足で直立する。
身じろぎの音にようやく頭を上げた古見へ手を伸ばした。
訝しげに寄って来た古見の肩を掴む。ニコリと笑って、
「せえいっ!!」
「────っ!?!?!?」
その頬をグーで思い切り殴り飛ばした。
古見の細い身体が文字通り吹っ飛ぶ。莟は振りぬいた勢いのまま倒れそうになって、ベッドの手すりを掴んだ。腕の力で体勢を立て直す。
床を滑った古見は唖然とした表情で頬を押さえ、莟を見上げた。
それを見下ろし、最高の笑顔で拳を構える。
「レッツゴーフルボッコボコ!」
「ひえっ!」
「やめろおおおおっ!」
莟と怯える古見の間に十瑪岐が割って入ってきた。少年が冷や汗を浮かべて莟の拳を下ろしにかかる。
「お前が本気で殴ったら相手は死ぬっつうのお! やるなら先に言っておけっ、火葬許可証がなくても焼いてくれる火葬場ってここから遠いし予約も必須なんだぞお! あと目撃者が多すぎる!」
「やだこの先輩、隠蔽してくれる気まんまん……」
不覚にも好感度が上がった。
莟はベッドに勢い付けて飛び乗ってため息をつく。
「ていうか、足に力入らなくて腰も入ってないんだから、そんな威力出るわけないでしょう」
「そっかあ。じゃあ思う存分やれ」
「ええっ!?」
古見が頬を抑えて悲鳴混じりにお尻で後ずさる。
これ以上ないほどの絶望顔に莟は苦笑した。
「しないよ。さすがにイラっとしたから一発殴りたかっただけ」
折れた足に視線を落とす。硬いギプスがはめられている。
「別に、それ以上は怒ってないよ。休暇と思えば気が楽だし、お医者さんが全治三か月って言ってたから、二か月もすれば治るだろうし」
「お医者さんの言をフィジカルで歪めんなよ。三か月つったら三か月だろおが」
十瑪岐のツッコミは無視して、まだ部屋の端で震えている少女を見つめる。
「古見さん」
「はい……」
「それで、チャラでいい?」
腫れた顔を指差し告げると、古見は涙目に頷いた。
むすくれているのは十瑪岐だけだ。
「おいおいそれじゃあ足りねえよ。せめて訴訟して治療費ぶん取りうっはうはくらいはやっちまえよお」
「とめき先輩は空気読んで」
冷たい目で睨みつける。けれどなぜか可笑しくなってきて、古見と一緒にちょっと笑った。
◇ ◆ ◇
骨が折れたので部活にも出られず、莟の夏休みは穏やかに過ぎていった。
そんな長期休暇も折り返しの登校日。
松葉杖をついて朝から二年生の教室へ出向いた莟は衆目のなか一言、十瑪岐へさらっと告げた。
「とめき先輩、わたしとデートしてください」
【八周目 フィニッシュ 九周目へ】




