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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
八周目 クズと浮かれた少女
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トレッドミルが止まる時


 急展開に心が追い付かない。

 一番近かった病院に連れられてこられたが、どうやら普段は深夜に受け入れはしていないようだ。スタッフがほとんどいない。医者は終始不機嫌顔で、叩き起こされて連れてこられたふうだった。


 適切な治療を受けて各種検査を行い、骨折部分を素人が無理やり動かしたことを怒られたりする間に時刻はもう明け方になっていた。


 今は病院のベッドに寝かせられている。謎の点滴が腕に刺さっているから離れられない。


 保護者でも気取っているのか、十瑪岐はむすくれた顔で隣にずっといてくれた。


「あの、とめき先輩……」


「なんだ」


 声がすごく不機嫌だ。莟は緊張に喉を鳴らして疑問を投げかけた。


「どうして、とめき先輩がいるんですか?」


「はあ? どうしてだあぁあ? んなことも分かんねえのか」


「分かんないですごめんなさい!」


 あまりの剣幕に無条件で謝罪してしまう。十瑪岐はため息をついて険しい表情のまま説明してくれた。


「お前の遭難が確定したのが午後十六時。そっから捜索隊が動いたが、範囲が広すぎて手間取ってたんだよ。なんつってもあの山は私有地。ろくな整備もされてなければ、お前がどこで消えたか、なんで消えたかも判らねえ。日が暮れての捜索は二次被害を出しかねねえから、こんな現状じゃあ続けられねえ」


 疲れたように眉間を揉む。


「だからその後はオレが一人で勝手にやったことだ。合宿メンバーの中に異様に顔色悪い奴がいたからなあ。そいつ締め上げて、お前が消えただいたいの範囲を突き止めた。そっからは各方面に土下座と脅迫しまくって一か所だけ確認させてくれっつってヘリ飛ばしたってわけえ。お前が落下推測地点から動いてなくてよかったぜ」


 聞けば聞くほど大掛かりだ。莟を中心にいったいどれだけお金が動いたのか考えたくもない。


「それ、すごく大変だったんじゃ」


「あったり前だろうがあ! 一つ動かすのに数人に弱味突き付けて、その連鎖で目的の奴に話を通すの並列作業だ。救助隊に捜索隊はもちろん、ヘリを飛ばすのに許可を取って、あとはもしもの時のために近場の病院を確保。直通のコネなんか持ってねえから、人伝ひとづて五つは辿ってやっとあの時間だ。おかげでため込んでた貸しの四割を消費しちまったあ!」


「四割って、そんな、命より大事な人脈をわたしなんかを探すために……」


「そこまでじゃねえよお。オレの命が一番よお」


 十瑪岐が軽口を混ぜるが、莟はそれに反応を返せるほど気楽になれなかった。


「でも、そんな借り一生かかっても返せませんよっ。……いい感じの友情割引でチャラになったりは……」


「するわけねえだろお。びた一文()けてやらねえから。せいぜい気張って返しやがれ」


「無理です」


 断言する。


「わたしに、そこまでしてもらう価値ないですもん」


「それを決めるのはオレだ。てめえの価値観なんざ訊いてねえよ」


 弱音を吐くと、怒っているみたいな鋭い視線が飛んでくる。莟は息を呑んで続けた。


「でもっ、実質問題、とめき先輩がしてくれたことに見合う何かを、わたしは返せません。だってわたしは……こんなに駄目な奴で」


「へぇ。どう駄目なんだ」


 言ってみろ、と促されて莟は顔を伏せた。


「どうって……。運動しか取り柄ないし」


「一芸あれば十分だろお」


「人の気持ちとか分からないし」


「オレと違ってないがしろにはしねえだろ」


「実は性格悪いし」


「オレのが酷い」


「空回りするし」


「見てて面白いよなあ」


「すぐ落ち込むし」


「可哀そうでかわいい」


「こうやってすぐ面倒な性格が出る」


「ちょお面白くてオレは好き♡」


「っ、もうっ、なんなんですか! 全肯定ボットですかあなたは!?」


 我慢の限界が来て金切り声で睨みつける。十瑪岐はニヤニヤ笑って肩をすくめた。


「本音で喋ってるだけだぜえ。そんだけ気に入ってるってこと。オレにとっての蕗谷ふきのや莟の価値ってそんなもん」


「そんなもんって……意味わかんない」


「分かる必要あるう?」


「だって分からないと、また失敗する」


「失敗しちゃ駄目なのかあ? なんのためにトレーニングって存在すんの」


「トレーニングは自分とのやりとりです。でもこれは、他人を巻き込むことでっ」


「オレはいっつもお前のこと巻き込んでるけど、莟はオレのことそれで嫌いになるか?」


「それは…………」


 そう言われると弱い。口をつぐんだ莟のおでこに、十瑪岐はデコピンをかました。


「痛ったぁ」


「ははっ」


 十瑪岐はあくびを噛み殺して、大きく息をつく。


「誰にも迷惑かけずに生きていけるほどオレたちは器用じゃねえ。嫌われるのも仕方ねえよ。人間にだって相性があんだから。だからこそ、歯車がかみ合ったほんの一握りを必死で守るんだろ」


 十瑪岐にとっては、それが莟だったのだと。暖かな視線が告げていた。


 冷えていた胸に熱が染み入って、自分の中のなにかが溶けていくのを感じる。莟は気づけばずっと言えずにいたことを口走っていた。


「……とめき先輩って、あの時の恩人さんですよね」


「のべぉっ!? いや、それは──」


「途中から気づいてました。だって、ひねくれた言い分が一緒なんだもん」


 十瑪岐の慌てぶりが面白くて、つい笑ってしまう。もう胸に詰まった違和感はなかった。ずっと同じところをグルグル回っていた思考が、急に外へ飛び出したかのようだ。


「うん、答え、やっと見つけました」


 納得して胸に手を当てる。十瑪岐はそんな莟を、言葉にできない表情で見つめていた。


 莟はコロッとテンションを変えて十瑪岐へ笑いかけた。


「ところで、鳴乍先輩のとデートは上手く行きましたか?」


 問いかけた瞬間、十瑪岐の肩が跳ねる。


「いや、それが……」


 気まずそうに視線を逸らす。怪しい。

 問い詰めると少年はあっさり白状した。


「はぁっ!? 何も言わずに置いてった!? すぐ連絡したんでしょうね!?」


「いや、しばらくしてから鳴乍のほうから協力するって連絡来て、莟の捜索に力添えしてもらってだな」


「つまりまだ一言も謝ってないと? いやいやいや、ありえない。全く全然(いささ)かこれっぽっちも擁護できない。デートの途中で女の子を放っぽりだすとか! 鳴乍先輩だから何も言わず受け入れてくれてますけど、普通の女子だったらオコですよ!?」


「それ女子高生的には激怒の言い換えでは?」


「場合によりますが、だいたいそうです」


「…………どうすりゃいい?」


「先輩の得意分野でしょう」


「はあい。土下座してきまあす……」


 十瑪岐は肩を落として病室を出て行った。

 通話越しに土下座が有効なのかははなはだ疑問である。



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