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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
八周目 クズと浮かれた少女
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降りしきる後悔


 『悲鳴居館』

 夏休み時期限定で作られた、言ってしまえばホラーハウスだ。


『あまりの出来の良さに泣きじゃくる来場者が続出! この夏、背筋の凍る恐怖体験が君を待っている!』


 と書かれた看板を見て、十瑪岐は鼻を鳴らす。


「チープな宣伝文句だなあ」


「でも内容は本格的なのよ。泣き出す入場者が多いのも本当だし」


「へえ、来たことあんのか」


「もう二回来たよ。ちょっと訳ありでね。生徒会役員は手分けして付近のお化け屋敷とかホラーハウスを回ってるのよ」


「どおいう訳だよ。暇なのかあ生徒会」


 鳴乍はにこにこ笑うばかりでそれ以上の説明はない。とにかく待機列に並んでみる。


「んで三巡目の真意は?」


「一人じゃ堪能しきれなくって」


 鳴乍がもう一つの立て看板を指差す。さっきとは別の内容が書かれている。


『15時~18時

 カップル限定入場バージョンで運営中!』


「ああ、時間によって内容が変わるのか」


 今は十五時十三分。限定バージョンの時間帯だ。


「しかも二人一組じゃないと入れてもらえないのよ」


 今度は列を示す。確かに並んでいるのは男女の二人組ばかりだ。


「てきとうに友達でも誘えばよかったんじゃねえか?」


 ちょっとドギマギしながら問うと、鳴乍の表情がすっと暗くなった。


「下手な相手にこういうの頼むと取り返しのつかない誤解が各方面に生まれるのよ。相手の性別に関係なく……ね」


「おっ、おぉう。美人は大変だなあ。だからオレか。なるほど、オレなら勘違いとかねえもんなあ」


「…………ちょっとはしてくれてもいいのだけれど」


「? すまん、よく聞き取れなかった」


「独り言だから大丈夫。ところで十瑪岐くんはホラーとか平気なタイプ?」


「はっ。この世に幽霊なんか存在しねえよ。だってオレ両親の霊すら見たことねえもん」


「さらっと重いのよね。いいけど」


 順番はすぐ回ってきて、二人は案内に従って暗幕をくぐった。



       ◇   ◆   ◇



 逆側の暗幕をくぐった十瑪岐は、出口から離れた場所まで覚束ない足取りで進み、膝をついた。


「うぅぅぁぁあああぁぁぁあああ怖がっだあああっ!!」


 心音がうるさくて、ポロポロ涙がこぼれてやまない。悲鳴を上げすぎてしゃがれた声で文句を叫ぶ。


「なんでオレばっか驚かされてんのお!? 途中から集中砲火だったんだけどお!?」


「良い反応するからじゃないかしら」


「ですよねえ!!」


「幽霊は平気じゃなかったの?」


「わっ! ってされるのに幽霊云々は関係ねえだろ! 根源的恐怖と脅かしはオレ的に別カテゴリーですう!! びっくりハウスに改名しろこなくそぅっ!」


 雰囲気で怖がらせるのではなく、驚きで心臓を爆発させるタイプのホラーハウスだった。企画のコンセプトはしっかりしているのだが、いかんせん驚きが勝ってホラー要素にまで意識が回らない。


 初っ端の反応でどうやらスタッフにカモ認定されたらしい十瑪岐は、すべてのギミックに襲われることになった。もう序盤から最後までずっとへっぴり腰で鳴乍に抱き着いていた。悲鳴を上げ泣きじゃくる男子高校生である。その様は完全に男女逆転して見えただろう。出口のスタッフも心なしか嘲笑していた気がする。


「鳴乍も怖がってるかと思って隣見たら笑い堪えて震えてるしぃ。つかなんで口元にハンカチずっと当ててんのお? 嘲りを堪えてんのお?」


「十瑪岐くんが愉快すぎて口元が緩みっぱなしで、ちょっとよだれが零れちゃいそう」


「お気に召したようでなによりい!」


 一通り騒ぎ立て、やっと気持ちが落ち着いてきた。ベンチに並んで座ってペットボトルのお茶を飲む。


「鳴乍はどうしてビビらねえのお。心臓が免震構造してんのかよお」


「建物の造りとか照明の位置とかを考えれば、どこにギミックがあるかはある程度予測がつくもの」


「予測できてもびっくりするもんはびっくりするだろおがよお」


「さっきから語彙が何だか可愛いね」


 子供を揶揄うように笑う。よほど可笑しかったのか、頬の赤みがましている気がする。


「んなに面白かったなら、もう一回行くか?」


 心底楽しそうにしているので、提案してみる。


 鳴乍は笑みから力を抜いて、ゆっくり首を横に振った。


「いいえ。これ以上は歯止めが効かなくなっちゃうから」


「…………そうか」


 急に沈黙が降りる。空は灰色の雲が覆っている。朝よりもその影は濃くなっている気がした。


「天気も悪いし、どっか入るか」


 言って腰を上げる。その声音は透明で、鳴乍は彼の感情を掴みかねた。


 頬に冷たい感触が触れる。小雨が降り出したのだ。コンクリートが色を濃く変え始める。


「雨、降ってきたね」


「そうだなあ。傘は持ってっかあ?」


「折りたたみなら」


「オレも。準備いいなあ」


 二人して荷物から折りたたみ傘を取り出して広げた。傘がぶつかるから、さっきより距離を空けて並ぶ。


 目的地も共有しないまま歩き出す。十瑪岐に声をかけるのがどうしてか躊躇われた。

 それは彼の珍しく静かな雰囲気のせいか、それとも鳴乍が勝手にありもしない空気を読んでしまっているためか。


「久米さん?」


「…………?」


 どこからか名前を呼ばれた気がして顔を向けると、間の悪いことにクラスメイトの女子二人が鳴乍に手を振っているのだった。


 どうしよう、と鳴乍が足を止めると、耳元で低い声音が囁いた。


「行ってこいよ。オレあっちで待ってっからさ」


 振り返ると、十瑪岐はもう鳴乍から離れている。

 その遠ざかる背中にどうしようもないほど心が揺さぶられた。


 友人たちに挨拶をして軽い雑談に興じる間も、考えているのは十瑪岐のことだ。


(さっきの、拒絶と受け取られてしまったかな)


 そんな意図はなかった。二巡目を断ったのはただの意地だ。理性的で慈悲深い自分を保つための意地。


 一度でもたがを外してしまえば、二度と己に定めた規律に立ち返ることはできない気がするから。だから自分を律する。自分を嫌いにならないために。見栄を張って、自尊心を守る。


 自由にしていいのだと、せっかく言ってくれている十瑪岐に異を唱えてまで。いつもは誇らしいはずの、手放せない自我が今だけ恨めしい。


 ここから先には入ってこないでと、線引きをしたように受け取られても仕方ない。


 そんなことはないのに。だって鳴乍は、もっと十瑪岐かれと──


 思考がそこへ行きついて、鳴乍は唇を噛んだ。


(ええ、そうよね。やっぱりいつまでも誤魔化しておくことは、できないよね)


 それが、心の底からの本心だから。自分を騙していることなど、ずっとできることじゃない。


「じゃあね、久米さん」


「ええ、また学校で」


 話を切り上げて友人たちと別れた。にこやかに手を振って気持ち早めにきびすを返す。


 十瑪岐の灰色の傘はすぐ見つかった。道の端っこに寄ってスマホを見ている。

 彼に駆け寄ろうと歩調を速め、自分のスマホが震えたのに気づいた。


 さっきの友人たちだろうか。取り出して見ると、矢ノ根(やのね)涼葉すずはからのメッセージだった。


「会長……?」


 開いて、目が文字列をなぞる。瞬間、鳴乍は顔を上げた。


『蕗谷莟くんが合宿先の山林で行方不明になった。おそらくは遭難だ。現在山岳救助隊に依頼を』


 最後まで読んでいられなかった。


「十瑪岐く──」


 十瑪岐にもきっと同じメッセージが来ている。そんな確信があったから。


 それはきっと、正しい。


 視線が少年を捉える。時間がスローモーションになったような錯覚を覚えた。


 スマホを見ていた十瑪岐の空気が一変する。顔を上げたそこには、今にも泣き出しそうなほど必死な表情が浮かんでいた。葛藤も彼に追いつけないというように少年は走り出す。傘を手から取りこぼし、濡れるのも構わず駆けていく。そのすべてが、コマ送りのように網膜に焼き付く。


 鳴乍が我に返ったときにはもう、十瑪岐の姿はそこになかった。置き去りにされた灰色の折りたたみ傘だけが歩道の隅に落ちている。


 鳴乍はそれを拾い上げ、丁寧に畳んだ。


「ごめんね、莟ちゃん」


 静かに呟きをこぼす。


「すぐ手助けに行くから、ちょっとだけ時間をちょうだい」


 目頭が熱くなる。すぐ涙が頬を伝ったのに自分でも驚いた。


 雨が降っていてよかったなと思う。彼らのように濡れて帰る選択肢は浮かばないけれど。

 傘で顔を隠せてちょうどいいと、頭の片隅で冷静に考えてしまう。理性を捨てきれない自分がいる。


「こういう所が駄目なんだろうなぁ」


 きっとこれは、嘘をついた罰なのだ。

 本当は君に会うたび跳ねる心音に、全身があざだらけになるほどなのに。


 自分の気持ちを欺いて先延ばしにしたから。


「私はそっちには行けないの。きっと、一生」


 濡れた傘を握りしめる。

 失恋に涙を流せた自分が、ほんの少しだけ嬉しかった。



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