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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
八周目 クズと浮かれた少女
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もう手遅れな不一致


 合宿二日目の夜。


 古見とのわだかまりも少しだけ解決の糸口が見え始め、莟は上機嫌で風呂を出た。


 明日はいよいよ十瑪岐先輩と鳴乍先輩とのデートかぁ。大丈夫かなぁなどと考えながら、同室のメンバーと部屋へ戻っている途中で、合宿の付き添いに来ていた教員になぜか呼び止められた。


 廊下の角から手招きされ莟は首を傾げながらも従う。友人たちを先に帰らせ、一人で女性教員の後ろをついて行った。


 彼女はなぜか外まで出てしまう。周囲を森林に囲まれ標高もあるせいか、真夏だというのに空気が冷えている。髪も乾かしきっていない半袖半ズボンスタイルでは肌寒かった。


 施設のすみっこまで行ってようやく振り返る。教諭は単刀直入に切り出した。


「古見さんのこと、ありがとうね」


「はい。……はい?」


 意味を捉えかねて聞き返す。だが教諭の耳には届いていないようだ。


「古見さんってなんだかちょっと神経質なところあるでしょ? 部員に馴染めてなかったから心配してたんだ。でも合宿始まってからは蕗谷ふきのやさんが気にかけてくれてるから、すごく助かってるの」


「いえ……。わたしが自分のためにしてることですから」


 思わず眉をひそめてしまう。教諭は嬉しそうに両の指先を合わせてにこにこ笑っているが、莟は内心で距離を取っていた。


 何が、という具体的な正体は分からないが、どうにも噛み合っていない気がする。


「だからこれからもよろしくね」


「はあ……」


 曖昧に答えるしかない莟に対し、教諭は嬉しそうに莟の肩を叩いて去って行く。

 か細い月の浮かぶ星明りの下で、莟だけがもやもやしたものを抱えて取り残された。


 不快感の正体が分からないまま部屋へ戻る。和室にはすでに人数分の布団が敷いてあった。先に帰っていた三人にお礼を言って、首から下げたタオルで毛先の水分を吸い取る。


 消灯時間直前になって、古見がようやく部屋に帰って来た。


「あ、おかえり、古見さん。遅かったね」


「…………」


 古見は莟を一瞥して無言で布団に入った。


 その視線に以前よりもなお強い侮蔑の色が混じっていた気がして、莟は身震いを堪えたのだった。



        ◇   ◆   ◇



 合宿三日目は午前中が基礎訓練、午後からは山道のランニングだった。


 別荘を出発し、半日かけていくつかのチェックポイント通過し、山を一周してまた別荘へ帰る。急いでゴールしてあとはゆっくりするか、小走りで楽をしながら日が暮れるまで走るかは個人の自由だ。


 莟は前者を取った。古見もそうするだろうと思ったからだ。

 古見は朝からいつにも増して不機嫌そうだった。夕べは態度が軟化していたはずなのに。話しかけても返事すらない。


(あそっか、女の子の日が来ちゃったのかも?)


 二日目はつらいもんねなどと呑気な考えを浮かべてスタートを切った。


 直後、古見が不自然にペースを上げる。集団を置き去りにしてあっという間にその背が見えなくなった。あのペースでは莟ですら完走できない。奇妙に感じて莟はその後を追った。だがなかなか追いつかない。


 何か変だ。

 もう後方集団どころか長距離選抜メンバーすら追いつけないほど距離を進んでしまった。先輩方の面目丸つぶれにしたしわ寄せがいつか来そうで怖い。


 急な登坂を駆けながら周囲を見渡す。知らぬ間に追い抜いてしまったか? だが山道は狭い一本道だ。いくら集中していてもすれ違えば気づかぬはずがない。


 左手は密林。右手には延々と続く森林を見下ろせる崖。脇道に入るはずもなく。入ったとすれば遭難と直結するだろう。


 総距離の四分の一は来てしまった。次のチェックポイントで待つはずの山岳ガイドに通過者はいたか確認してみよう。胸騒ぎと共に坂を一つ上り切った場所は、平地が広げられ小さな木製ベンチが置かれていた。一面に深緑臨む絶景ロケーションか。


 その中央に立ち尽くし人待ちをする人影が。


「やっぱり追って来た」


「古見さん……?」


 ポニーテールを揺らして振り返った少女は、鋭い視線で莟を睥睨している。


「えっ、なに? 待っててくれたの?」


 どうせただの休憩と思いながらも、試しに息を切らせて軽口を叩いてみる。


「ご名答」


「えっ」


 予想外の返しに言葉を失ってしまった。


 古見が莟をわざわざ待っていた? なんのために。知らぬうちにそんな仲良くなったかなと表面で思考する楽観と対照的に、胸の奥底でまた不快感が立ち上がる。


 真実は、心中の言い訳より直感が正しかった。


蕗谷ふきのやさんに話があるの」


「それって、人のいない場所でしかできない話だったりする?」


「聞かれたくないでしょ?」


(…………?)


 言わんとしていることが掴めない。景色を見たいのか崖のほうへ近づく古見の隣へ並ぶ。


「もう私にちょっかいかけるのやめてくれない? 何が目的なの。まさか仲良くなりたいとか言わないでしょうね」


「そのつもりなんだけど……」


「はぁ。いい加減にさ、その良い子ちゃんぶるのやめてくんない?」


「ぶってなんか──」


 否定しようとして、ズレの正体に気づく。問題なのは莟の気持ちではない。彼女から莟がそう(・・)見えているということだ。


(そっか、わたしまた理解できてなかったんだ……)


 他人が自分をどう見ているか。

 大半の人間が半生を捧げる命題を、莟はまたないがしろにしていた。


 どうせ全てを理解なんてできないにしても、考えることを辞めるべきじゃなかったのに。


「私があんたを嫌いなのは、あんたがずっと本音隠してニコニコしてるように見えて、気持ち悪いからよ」


 古見が憎々しげに震える声を絞り出す。


「みんなに好かれて、仲良くて、胸を張れる一芸持ってて、その上わたしは誰も嫌いになりませんって顔して。そんな綺麗な人間がいるわけない!」


 空気が震える。まるで景色がモノクロになったみたいな衝撃が走る。向けられているのは強烈な負の感情だ。そのくらい理解できる。


 理解できるから焦って、冷静になれずにまた間違う。


「そりゃそうだよ。少なくともわたしそんな人間じゃないよ? なに言ってるの、古見さん」


「ははっ、そうだよね。綺麗なわけないよね。あんたが私を気にかけて仲良くしようとするのも、先生に頼まれてるからだもんね」


「……え?」


「馬鹿な女を内心で見下して楽しんでんでしょ!? あなたみたいな人間には飽き飽きしてるの! 目障りなんだよっ」


「違うっ、わたしは──」


「触るなっ!!」


 伸ばした手を弾かれ、体を押される。たたらを踏んだ場所は土が柔らかく、しぶとく残った朝露に滑った。


「あっ」


 身体が傾く。掴むわらもない。古見はもう莟に見向きもせずに走り去っていく。


 脳みそが勝手に親友の言葉を再生する。


『山は予測不可能な事態が頻発する自然の事故現場なんだぞお! サスペンスドラマ見たことねえのかお前!』


(あれ、フラッグだったのかぁ……)


 葛和くずわ十瑪岐とめき、許すまじ。


 責任転嫁しながら莟は急な斜面を成すすべなく滑り落ちていった。



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