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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
八周目 クズと浮かれた少女
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着衣なら恥知らず


 午前中は百貨店内の店舗巡りで終わった。ちょうど悩んでいた家政婦さんの誕生日プレゼントも鳴乍の助言で無事に見つかって、十瑪岐の用事は消化されたのだった。


 昼食を近所の喫茶店で簡単に済ませて、二人は公園を散策していた。

 鳴乍が誘った催しは時間制だ。まっすぐ向かうと開始時間にほんの少し早かった。


 雲が太陽を隠し、突き刺す日差しを遮ってくれる。風が時折吹いては髪を揺らしてゆく。夏にしては過ごしやすい一日だ。降水確率だけが唯一懸念だが、今のところ雨雲は遥か遠い。


 のんびりしているなと、鳴乍はぼんやり思考する。スケジュールを詰め込まない休日は久しぶりだ。長期休暇が明ければすぐ文化祭の準備であわただしくなる。もちろん生徒会も始業式前から事前準備で大忙しと聞く。今は束の間の休息期間だった。


「鳴乍、悪い。ちょっと待っててくれるか」


 少年が視線で公衆トイレを示す。鳴乍が頷くとゆっくり進行方向を変えた。


 鳴乍はその場に残って周囲を見渡した。見晴らしの良い芝生広場で小学校高学年ほどの子どもたちが走り回っている。外周のランニングコースはちらほらトレーニングウェアの中年男性が見えるだけだ。大型の遊具はさらに道向こうの広場にあるためか、年少の子供は少ない。


 警備を立てるならあの位置とあの位置……と想像に目を配る。両親の仕事をずっと見てきたせいか、手持ち無沙汰になるとついそんなことを考えてしまうクセがあった。おかげで体育祭の手配は苦労しなかったが。


 しかしせっかく同世代の男子と出掛けているときにまで考えることではないだろう。遠くから現実に意識を戻すと、数歩先の木陰に座り込む数人の男子小学生が目についた。


 子供たちは一台のスマホを囲むようにして見ている。そこで流れている動画に見覚えがあった。


「なつかしい……」


 二十年ほど前に放送されたアニメだった。少年誌のバトル漫画が原作だ。

 つい呟くと、三人がすごい勢いで振り返った。


「でかいねえちゃん、コレ知ってんの!?」


「え、ええ。知ってるよ」


「マジで? なんで? 学校の奴ら誰も知らないのに。ねえちゃんいくつ?」


「高校生よ」


「えっ、もっと大人かと」


「たまに言われるけど、そういうこと本人の前で口に出したら駄目よ」


「高校生とかうっそだあ。これすごい前のアニメだよ? おれらが生まれる前だもん」


「私もリアルタイムでは見てないのよ。えっと、私のお父さんがそういう少年漫画好きで。家にDVDと漫画が全部あるの」


「「「なっるほどー」」」


「君たちこそ、どうしてそんな昔のものを見てるの?」


 鳴乍の問いに三人組は顔を見合わせ、


「配信されてるのよっちゃんが見つけてさ」

「すごく面白いからまた一から見直してたんです」

「ただアニメがすごい変なとこで終わってて」


「そういえばそうね。原作はもう少し続いているもの。アニメは途中で無理やり最終回になってたような……」


「そうそう! だからもったいねえよなって話してたんだ。クラスの奴らに勧めても見てくれなくって」


「面白いものが評価されてないと悲しいよね。私もそれ好きだよ。あ、その場面で流れてる挿入歌、私たぶん歌える」


「「「うっそでしょコレを!?」」」


 驚愕に目を丸くする少年たちに、鳴乍は純粋な笑みで応えてみせた。



        ◇   ◆   ◇



「な、なにが起こった……?」


 公衆トイレから戻った十瑪岐の目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。

 芝生広場の端っこ。何かの決めポーズをする鳴乍と、それにひたすら拍手を送る男児が三人。


 鳴乍が十瑪岐に気づいてポーズを解いても、男子三人はまだ手を止めない。


「すげえ……すげえよ、ねえちゃん。あんた本当にすげえよ」

「人間って、本当に感動すると涙と拍手がとまらなくなるんですね……」

「最初から最後まで全力でいてくれてありがとう……」


「くふふっ、ありがとう」


 ちょっと息を切らせた鳴乍が手を振るとさらに湧き立つ。なんだこれ。宗教でも成立したのか。


「どうしたんだよ。こいつら知り合い?」


「いいえ、いまお友達になったの」


 経緯を教えて貰う。十瑪岐はくだんのアニメを知らなかった。

 鳴乍が歌とダンスの振りを完コピしてみせたという曲の動画を小学生に見せてもらった。十瑪岐の目つきが怖いのか男児の距離が遠い。


 結論から言うと、金髪の外人男性が「をっぱぁい」を連呼する妙に耳に残る感じの小学生男子向け下ネタソングである。


「華の女子高生になんてもんやらせてんだお前らあ!?」


「強制してないよ!」

「限りなく自主的でしたよ!」

「ひくほどノリノリだった!」


「鳴乍さあん!?」


「まったくもってその通りよ。時間があればメロンまで行けたのだけど」


「お前もちょっとは恥じらおうぜえ!?」


 半ば嘆願するように訴えると、頬を膨らませた不満顔で引っ張られる。


「そんなに憤らなくてもいいじゃない。何をそんなに焦っているの?」


「阿呆っ、ガキ共の性癖が取り返しのつかねえねじ曲がりかたしたらどう責任取るってんだよ!」


 長身で美人なお姉さんが全力でネタ歌を熱唱しないと満足できない身体になったら人生が虚無になる。そんな稀有なエンタメは二度と摂取しようがない。


 自分の利益にならない赤の他人のガキんちょとかどうでもいい十瑪岐としても、さすがに哀れが勝る。


 十瑪岐は三人のもとに座り込んで目線を合わせた。ひそひそ提案を持ち掛けた。


「いいかあ、ガキ共。さっき見たもんはガキには劇物すぎる。即刻忘れるんだ」


「むりです。語り継いでいきます。ししそんそんです」


「阿呆っ、死屍累々になるっつうのお。健全にコロコロしたコミックでも読んでろ」


「よけいなおせわって言うんだよそれ」


「っんのクソガキ共。オレが珍しくお前らのために言ってやってるっつうのによお。これだからガキは嫌いなんだ」


「好かれようなんておもってませーん。うるさい大人には電撃アタック!」


「あバーリア。攻撃無効だからこらっ、殴んな、地味にすねを狙うなゴラア! ちょっ、やめっ」


「この兄ちゃん弱いぞ!」


「群がるなあガキ共っ。散れえい」


「うわっ、なんか兄ちゃん良い匂いする、怖っ」


「ああ? 知らねえけどクセぇよりマシだろお。って誰だいま浣腸しようとした奴!」


 わちゃわちゃした追いかけっこに発展する。十瑪岐は子供に完全に舐められているようだ。


 それを鳴乍は微笑ましく遠目に眺めていた。


 一通りの暴れまわると男児三人はすっかり十瑪岐への警戒心を解いたようだ。ちょっと時間をかければすぐ友達面をする子供が、十瑪岐は苦手である。


 肩で息をして芝生に尻をつける十瑪岐に、三人が駆け寄って来る。


「ていうか兄ちゃんもけっこうでかいな。あのでかいねえちゃんの彼氏?」


「んなっ、ちっ、ちげえけどお? そう見えちゃうぅ?」


「どっちでもいいけど、あのねえちゃん逃がしちゃだめだよ。あんな美人で面白い人、そうそういないよ」


 リーダー格っぽい男児が指を突き付け忠告してくる。


 十瑪岐は途端に苦々しい顔をして、ぼそっと言葉をこぼした。視線はベンチから自分たちを眺めている少女に向けて。


「……んなもん、言われなくても…………」


「とりあえず一緒に歌っておどれるように練習しないとさ」

「そうそう、とちゅうのおいかけっこパート、さすがに一人じゃ再現できなかったし」

「ほらこれです。『そこはボインよ』のとこ練習しましょう」


「オレがボインパートのほうかよっ!?」



 このあとしばらく遊んで、十瑪岐たちは彼らと別れた。


 家に帰った三人がそれぞれ家族に『彼氏と彼女が三人ずつくらい居そうな美人ででかいねえちゃんと、友達の内臓こっそり売りさばいて当人に焼き肉奢って笑ってそうな兄ちゃんに遊んでもらった』と語ったためにPTA総会が開かれたりひと悶着あるのだが、それは二人のあずかり知らぬところである。



        ◇   ◆   ◇



 小学生たちと別れてすぐのことだった。木陰に置いていた荷物を取りに離れたはずの鳴乍がなかなか戻ってこない。様子を見に行ってみると、大樹の根元に屈みこむ彼女の姿がった。


「うずくまって、どうしたあ? 腹でも痛えのかあ」


 隣に中腰になって覗き込む。肩に触れる手前で彷徨わせて声をかけると、鳴乍は胸元をかき抱いていた。躊躇うように顔が上がる。


「十瑪岐くん、どうしよう……。木に引っかかって、ボタン取れちゃった」


 どこの、と訊こうとして、鳴乍が真っ赤な顔で涙目になっているのに気づく。メンタルが鋼鉄製ではと囁かれる鳴乍がこんなしおらしい表情を見せたのは、水着の試着が最後だ。


 その記憶と彼女のポーズとが瞬時に結びついた。


「ソーイングセット持ってきてるから、使えよ」


 少女をできるだけ直視しないようにしながら、ショルダーバックに入れっぱなしだった小さなコンパクトみたいなミニ裁縫セットを取り出す。


 鳴乍が受け取ろうとしたが、なぜか動きが止まった。差し出された手に視線を落としハッと天啓を得たように天を仰ぐ。


 震える声音が紡いだのはまさしく爆弾。


「きっ、着たまま自分じゃ上手くできないから、……十瑪岐くんが留めてくれない?」


 上ずった声でそっと差し出される小さなボタンと、開かれた胸元。


「……………………はぃ?」


 確信があった。

 きっと今、互いに混乱しているのだと。



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