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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
八周目 クズと浮かれた少女
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合宿って遊びかガチかの二択


 古見こみ──古見こみ雪枝ゆきえは高校からの編入組だ。実家はかつて製糸工場で栄え、現在は別分野で中規模の製造工場をいくつか持っていると聞く。古く田舎の名士の家系であるらしい。


 当人の座学成績は平均をわずかに下回る程度。代わりに運動神経が高く、プライドも高い。高慢な性格が災いしてかクラスにも部活にも馴染んでおらず、一人でいるところをよく見る。だが彼女が人一倍の努力家であることは、莟の知るところだった。


 中肉中背、胸は控えめ、肩甲骨まである黒髪をポニーテールにしている。目が細く常に誰かを睨んでいるみたいに見えるのも、彼女が孤立している原因かもしれない。


「嫉妬されてるんだよ、莟ちゃん。古見ちゃんが持ってないものいっぱい持ってるから」


 友人の由利がそんなことを言う。莟は心底分からず首を傾げた。


 自分は自分、他人は他人。得手不得手は千差万別で、自分にないものを持つ誰かを、莟なら尊敬する。嫉妬の気持ちはよく分からない。


 相手の持ち物を『いいな』『ほしいな』と願うのとはまた違う。それなら自分も買ったり、似た物を探したりすればいいだけだ。だが人の能力は購入も譲渡もできない。それはその人の努力や才能によって得たものだ。他者がどうこうできるものじゃない。


 そこへ余計な気持ちを向けるなんて、無駄にしか思えない。

 だがそれを口にするとたぶん気味悪がられると経験から察している。莟は曖昧に笑うしかなかった。



       ◇   ◆   ◇



 到着した合宿場は予想とは全く違う様相だった。


 二階建てコンクリ製のちょっとおしゃれな美術館みたいな外見。中を軽く覗くと、中学生のときお世話になった青少年の家みたいな作りだった。


 山頂の別荘と聞いて勝手にログハウスみたいのを思い描いていたが、よく考えたらそれじゃあ三十名いる部員が全員泊まれるわけがなかった。部屋数は二十余り、他にホールや会議室、調理室まである。


 金持ちが余暇のために建てたのだから使用人や仕事仲間がたくさん来ることを想定して作られたのかもしれない。


 上級生が先に部屋へ向かい、一年生が全員分の荷物をバスから降ろす。


 一番力のある莟は、誰が連れてきたのか分からない調理師さんと一緒にトラックから一週間分の食料を運ぶ作業へ回された。


 黙々と野菜の段ボールを運びながら、莟は内心でさっそく頭を抱えていた。


(ぐぅっ、失敗だった)


 せっかく古見とバスで相席になったというのに、まともな会話にすらならなかった。


『合宿楽しみだね』


『はぁ』


『あの調理師さんって誰かが雇ったのかな。それともお抱えっていうやつかな』


『へぇ』


『古見さんはしおりの地図見た? 見てこの等高線の狭さ。すっごい山』


『ふぅん』


 露骨にイライラしながら適当な相槌だけ打ってくる。

 莟は心が折れかけたが、返事があるだけマシと思って続けた。


 とはいえこのままでは柳に風、暖簾に腕押し、吹き流しサンドバック。せめて内容のある返事を引き出したい。


 もっと相手の共感できそうな話題にするべきか。莟は自身は共感できないながらも、テストの前とか遠足の前とかで定番のつかみを口にした。


『わたし古見さんたちと行ける合宿が本当に楽しみで、昨日はよく眠れなくって』


『……そのわりには元気そうね。私は自主練で本当に(・・)疲れてるから寝かせてくれない?』


『あ、うん。ごめん……』


 拒絶されたあげく嘘まで見破られてしまった。

 昨日は十時には爆睡していた快眠状態なのに、頭が痛い。


 調理室への裏口前に米袋を置いてドでかいため息をつくと、調理師のおばちゃんに心配されてしまった。


「どうしたの? やっぱり一人でそれ運ぶのは無理が──うっせやろ、終わっとるやん。いや、こほんっ。残りはキャベツくらいだし、こっちは任せてみんなと合流していいよ?」


「いえ、平気です。軽いくらいです。全然まだまだ余裕しゃくしゃくで運べます」


「あらそう? じゃあお願い」


「はーい」


 返事をしてトラックへ戻る。反射的に良い顔をしてしまった。運搬が平気なのは確かだが、部活メンバーに合流したいのは本当だったのに。


 自己嫌悪でメンタルが沈みだした莟は、古見が荷運び途中にこっちを横目で見ていたことに気づかなかった。



       ◇   ◆   ◇



 初日は到着が夕方だったので、荷物の整理やなんやらであっという間に過ぎ去った。


 というわけで、合宿本番は二日目からだ。


 朝からはインストラクターの指示のもと、山道を全員でハイキングする。字面からは楽しげな空気が出ているが、実際は険しい道のりを下って上っての繰り返し。足腰の鍛錬と、明日以降の特訓の肩慣らしらしい。山道に慣れる意味合いもあるのだろう。


 最初の一時間はお喋りに花が咲く女子たちだったが、折り返し地点を過ぎた今では沈黙が重くのしかかっていた。


 口数の減ったチームメンバーに合わせて、元気が有り余っている莟も口を閉ざす。歩調を緩めて一番後ろからついてくる古見に並んだ。


「……なに」


「いやぁ、けっこう遠いねって思って。古見さんは平気?」


 にこやかに心配してみる。瞬間、下を向いた古見から微かに舌打ちが聴こえた。ドッと汗が吹き出しながらも必死に笑みを保って返答を待つ。


 一向に離れない莟に、古見は眉間のしわをさらに深めた。


「私のこと下に見てんの?」


「そういうのじゃないよ。なんだったら古見さんより由利ゆりちゃんのほうがバテてないか心配だし。みんな静かになっちゃって暇だったから、余裕ありそうな古見さんに声かけただけ」


 ため息ついて笑みを引っ込めてみる。大抵の人は莟が笑っていると機嫌が良くなるはずだが、古見はどうやら逆かもしれない。もしや莟の笑みが癇に障るのだろうか。十瑪岐のように嘲笑った表情はしてないはずだが。


 自分に向けられる笑みがぜんぶ自分を馬鹿にする表情に見える精神状態の人もこの世にはいるらしい。理解できない心理構造だが、相手に合わせるのには慣れている。


 発言も今度は全くの嘘というわけでもなかった。一年生のなかで莟の次に体力があるのは彼女だろう。他のメンバーはすでに死にかけだから。


 古見は横目でじっと莟を見つめてくる。この対応は正解だったろうか。なんだか裁定を待つ受刑者の気分だ。


「……あっそ」


 古見が帽子を目深にかぶりなおした。声に批難の色はない。かすかだが口調も優しかった。本心がちゃんと伝わったのだろうか。莟はほっと息をついて、最後まで黙したまま彼女の隣にいることにした。


 午後もそれ以上の進展はなかった。莟が声をかけても短い返事があるだけなのは今まで通りだが、少なくとも悪態をつかれずに済んでいる。


 二日目はほんの少しだけ和やかに過ぎていった。この調子ならば合宿が終わるころには普通に話せるようになっていそうでは?


 莟はそんな希望を持ったが、それは翌日に打ち砕かれた。


 いいや、違う。崩壊のきっかけは二日目の夜にあった。


 後から思えば、お風呂を終えて部屋に戻ろうとする莟が付き添いの教員に声をかけられたときに、すべて決まっていたのだ。



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