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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
八周目 クズと浮かれた少女
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さっそく致命傷


 ふわりと空気を持たせて髪をシニョンに縛る。鏡で後方からのバランスも見て手を入れた。


 選んだのは胸元の空いたオーバーサイズのゆったりしたシャツに、ラインに沿ったスタイルのパンツ。これだけだとメンズラックすぎるので大きめのネックレスで釣り合いをとる。髪を上げているから首元の肌色が多くなったがオシャレのために気恥ずかしさはちょっと我慢だ。


 鏡を見て深く頷く。長袖だが色合いと生地の良さで夏らしさは保てている。肌は出したくないが見た目の暑苦しさは避けたい。同行者には少しでも良い印象を持って欲しいのが乙女心だ。


 時間をかけて丁寧に最終調整を行う。手荷物もチェックした。日焼け止めも塗って準備は万全だ。


 鳴乍は玄関で待機している運転手へ軽く声をかけた。


「言っていたとおり、今日は友人と出掛けて来るから」


「お嬢、お車を回しやす」


「必要ないよ。電車で行くから」


「ですが、先日も無理をなさったばかりで……」


「もう回復しているから。それに遊びに行くだけよ。──あっ」


「どうなさいやした?」


 ボーンサンダルのストラップを留め、振り返らず言葉だけで意思を伝える。


「帰りの時間は分からないから、迎えもいらない」


「は───、よもや男ですかい!?」


「ちょっ、静かにして。ただの友人だってば」


 運転手の甲高い裏声に反応して、ぞろぞろと事業会議中だったガラの悪い親族が湧いてくる。鳴乍は逃げるように玄関土間から飛び出した。



        ◇   ◆   ◇



 家を出てから、電車の中でも降りてからもずっと、鳴乍は脳裏で言い訳じみた自己弁解を繰り返していた。


(そうよ。これは友達と遊びに行くだけで。デートとかそういうのじゃ決してないし。なんなら莟ちゃんがひょっこり付いて来ててもおかしくない。……ひょっこり莟ちゃん可愛いな。すごく見たいな。いえ、陸上部は合宿に行くって届け出があったっけ。十瑪岐くんに他に友人がいるわけがないから、やっぱり二人きり……。うぅぅっ、落ち着いて私。彼に他意はないはず。ただ楽しく遊ぼうってだけよっ)


 無心で歩いていたから自然と速足になっていたらしい。まだ約束の時間まで二十分はあるのに、待ち合わせ場所が目と鼻の先だ。


(早く着きすぎちゃった。近くのお店で時間を潰して……あれ?)


 視線が吸い寄せられる。

 駅前通りの目印の時計の下に背の高い人物が立っていた。


 清潔なシャツに七分袖のジャケットを羽織っている。遠目にモデルと間違えそうな着こなしだ。


 ポールに背を預けどこか遠くを眺めている少年は、間違いなく十瑪岐だった。


 鳴乍はもう一度時計を見上げ、ついでに自分のスマホでも時間を確認して、少年を二度見する。


(なんで!?)


 まだ待ち合わせ時間前だというのになぜすでにいる? 自分のことを棚に上げて鳴乍は驚きのまま駆け寄った。


「十瑪岐くん!」


「ん?」


 呼び声に少年が反応する。鳴乍に気づいて片手を上げた。


「お、はよっすぅ」


「ええおはよう。いえ、本当に早いのね。いつから待っていたの? お待たせしちゃったかしら……」


 慌てている鳴乍に十瑪岐は不思議そうな顔をする。

 腕時計を見てああと納得し、微笑を浮かべた。


「楽しみすぎてオレのほうが早く着きすぎただけだ。悪い、気ぃ使わせたな」


 その表情はいつもの挑発じみた笑みではなかった。どこか疲れているような、陰があるような。目じりから力が抜けていてとても優しく見える。他人を小馬鹿にしたような笑みばかり浮かべる少年をして、こんなアンニュイな表情はレアである。


 端的に言うと鳴乍が弾丸を受けたように身体を折り畳むに十分だった。


「ぐふっ……。まだ、まだ止まるには早すぎるのよ私の心臓──!」


「どうした、まさか体調悪いのかあ?」


「いいえ元気よ。たかぶりかけたほどよ。行きましょう」


「お、おう」


(ええ、いまのは不意打ちだったもの。覚悟さえしていれば……)


「今日は珍しく髪上げてんだな。服に合わせたのか? 超似合ってる。ちょっとでも早くこんな良いもん見れたんだ、勝手に待たされてた甲斐があったわ」


「────────かひゅっ」


 貫通。

 危うく膝を突くところだった。



       ◇   ◆   ◇



 陸上部合宿、一日目。


 莟が掲げる合宿の個人目標。それは、『古見と仲良く──までとはいかずともごく普通に挨拶できるくらいにはなりたいなぁ』である。


 普通はあれだけ邪見にされれば嫌いになってもおかしくない。おかしくないのだが、古見が部員の誰より必死に努力しているのを知っている莟はまだ、彼女との交友を諦めきれていなかった。


 というより、なぜ嫌われているのか分からない。


 莟が特待生だから。古見より良い記録を出すから。たぶん理由はそんなとこ。


 理解はできるが共感できない。そんなもので悪意が生まれるなんて。実感が湧かないから上手く受け止めもできていなかった。どうにも困惑が上回って、から回る。


 消化しきれずずっと同じところをぐるぐる回る感情が莟は苦手だ。どれだけ走っても前に進めないのは嫌だ。そんなトレッドミルな気持ちは解消しなくては。


 そんなわけで、わだかまりを無くそう大作戦の決行である。


 クラスが離れているから、古見とは放課後の部活時間しか会わない。そんな短時間で相手を理解できるはずもなく、それで何か誤解があるのかもしれないと考えた。


 合宿は互いを知る良い機会だ。


 部長にちょっと無理を言って事前のくじ引きに細工をさせてもらった。細工の仕方は十瑪岐に教わった。さすが名高きクズ男。仕掛けた卑怯な小細工は完璧に望んだとおりの結果を導いてくれた。十瑪岐さまさま、持つべきものはクズの友。


 バスの座席、練習のグループ、果ては泊まる部屋。

 すべて狙い通り古見と一緒である。


 自分を嫌う相手と七泊八日。莟は決死の覚悟を抱いて合宿に挑まんとしていた。




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