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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
七周目 クズと裏返った彼女
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恋は鼓動と聞いたから


 時間は放課後を少し遡る。


 陸上部の休憩時間、つぼみ由利ゆりに背中をつつかれた。


「莟ちゃんの、なんかさっきから凄い荒ぶってるよ」


 渡されたのは更衣室に置いていた莟のスマホだった。受け取るそばからバイブが震える。開いてみると、すべて一人からの通知だった。


「うわっ、とめき先輩からのヘルプだ……」


「えーっなに? 今度はなにやらかしたのあの人?」


 ざっとスクロールして流し読みしてみる。合間にたくさん差し込まれた無駄に可愛いスタンプの泣き顔がちょっとウザい。向こうも切羽詰まっているのだろう。ほとんどが短文で、分かったのは簡単なことだけだった。


「うーんっと、生徒会の久米くめ鳴乍なりさ先輩がおかしくなった原因だと早とちりされて拷問にかけられそうになってる……的な? 日頃の行いが悪いかな。ご愁傷様です」


「ちょちょちょっ、助けにいかないの!?」


 さぁ練習に戻ろうときびすを返すとなぜか由利に引き止められた。


「わたしが行ったところでどうなるって感じだし。部活中だし」


「見捨てないであげなよ。あの人たぶん他に頼れる相手いないよ?」


「それは十分に知ってる」


「体育祭であんだけラブってるの見せつけておいて、いまさら気のないふりしなくていいから」


「は?」


 思わず低い声が出た。またこの友人はおかしなことを言う。あの醜態のどこがラブって見えたのか。眼球に浮かれドピンクフィルターが差し込まれているとでも。


「とにかく、ほら行ってあげなよ。待ってるんでしょ十瑪岐とめき先輩」


「むぅ……」


 背中を押されてトラックの外に出る。

 仕方がない。十瑪岐を探しに行くしかないようだ。


 不承不承で校舎のほうへ向かう。

 休憩も取らずに練習していた古見が、莟の前で足を緩めた。憎々しげな視線が莟を貫く。


「なに蕗谷ふきのやさん、部活さぼって自主練?」


「いや、えっと……ちょっとトラブルが」


「またあの先輩絡み? はっ。特待生って部活サボって男にかまけてても維持できるんだね」


 すれ違いざまにそんな言葉を頂く。


 走り去る少女に莟は深いため息をついた。

 古見が突っかかってくるのはいつものことだ。けれどそれで慣れるかと言えばそうではない。むしろ日に日に疲労感は増している気がする。


「…………なんとか、しないと」


 胃のあたりがまたずしりと重くなった。



       ◇   ◆   ◇



「どっっっっっこ探してもいない!」


 莟はコンクリートの壁を両の拳で殴った。


 校舎中を走り回ったが十瑪岐の影も掴めない。それどころか連絡すら付かなかった。


 人込みを目印に探せばすぐ見つかると思っていたが甘かった。どうやら彼を追っていた連中も十瑪岐を見失っているようだ。


(もう学園内にいない? 靴はあったんだけどな。他人ひとの靴を勝手に借りてったとかはありそう……)


 色んな意味で疲れた。これ以上は探しても無駄足になる気がする。


 今から部活に戻ってもろくに練習できない。ため息をついて壁に背を預けると、いつの間にやら目前に不気味な顔があった。


「お……莟ちゃんやー」


「ひえっ! ……って、新聞部の部長さん」


「そやでー。新聞部部長の芹尾せりおれいですぅ。そないに驚く? また顔忘れられたて……心配になったわ」


「あ、あはは……」


 乾いた笑みで目を逸らす。驚いたのは幽鬼じみた雰囲気の眉なし黒髪長髪女性が突然現れたせいなのだが。それを面と向かって言う度胸は莟にはない。


「いやぁ……会えて良かったわ。あれから……気になってたんよ」


「何をですか?」


「君が自分の恋を掴めたかを」


 優しく挑発するような声に息を呑む。


 ちょっとお話しいひん? と手招きされる。ついて行った先は新聞部の部室だった。今日は休部なのか他に部員の姿はない。お茶とお茶菓子を二人分用意したれいは、付けていた腕章を外して莟の対面に腰を下ろした。


「どや。気持ちに名前は……付けれたかいな」


 それは以前、演劇部の部室で話した続きのようだった。感情を区別するために名前を付けてやる作業は、莟自身にしかできない仕事なのだと。


 莟は小さな砂時計の減っていく上半分を見つめ、焦りのようなものに突き動かされて口を開いた。


「まだ分かりません。わたしにとって好意と恋愛の別ってどこにあるのか、見当もつかなくて」


 親愛の情や家族愛はなんとなく分かる。同じ時を長く重ね、相手への理解が深まることで配慮が生まれる。優先順位が上昇する。少なくとも莟は『愛情』をそう解釈している。


 では『恋』とは?


 人は言う。一目惚れだとか、運命だとか。そこに相手への理解の深度は関係ない。費やした時間も感じた苦労も思いの強さに比例しない。


 莟にはまったく理解できない理屈だ。


 人は言う。恋をするとドキドキして切なくて、胸が締め付けられるのだと。とにかく脈拍の強さと関係あるらしい。


 十瑪岐へ抱く諸々の感情は表面だけさらえば、世に言う『恋』と酷似していると言えなくもない。


 言動にハラハラドキドキするし、たまに哀れで見てるのが切なくなるし、自分勝手さにイラっとして胸が締め付けられる……。


 という冗談はさておき、似た感覚に陥ることがあるのは間違いない。


 だったらもう、これでいいじゃないかと。

 これを自分の『恋』にしてしまえば。選んでしまえば。決めてしまえば。

 それで悩みもなくなるじゃないかと。

 そう考える自分がどこかにいて。けれど同じくらい、それでいいのかと警鐘を鳴らす己の声も大きかった。


 適当に決めてしまえない原因はきっと、胸中に仄かにちらつく罪悪感のせい。


 分からないからって、多くの人が真剣に悩んでいる事柄を適当に済ませていいのかと。それだけではないけれど、その感覚が一番強くて足を引っ張るのは確かだ。


「なんや……煮え切らんなぁ」


 砂の落ち切った砂時計を脇に退け、紅茶を注ぎながられいが苦笑する。莟はいたたまれなくなって頭を下げた。


「ごめんなさい。ただ、適当に決めたら、偽物を掲げてしまいそうで」


「別に偽物でもええ思うけどなぁ」


「どういうことですか? だって本物じゃなかったらそれは誤魔化しで、騙しで、欺いてるだけになります」


「ぜんぶがぜんぶ……本物やないといけない世の中なんて……えらい生き辛いで。人生は妥協の……連続なんやから」


 クッキーをつまんでそんなことを言う。莟は熱い紅茶を冷ましながら首を傾げた。怜がその反応を見て続ける。


「常に最善を尽くし続けるスポーツ脳には……分かりづらいやろか。せやって……仮に運命を感じたとして……この広い世界……もっと強い運命がどっかに転がってないとも言えん。けど誰もが……探しに遠くまで飛び出せるわけやない。だからみんな……自分の行ける範囲内で……見つけれたもんで妥協するんや。意識的にせよ……無意識にせよな」


「なんだか、とめき先輩みたいな言い分ですね。ずいぶんと後ろ向きというか」


 諦めが先に来て、そこからせめて希望を見出そうとするような、そんな口調。れいは微かに目を伏せ口の中で何か呟いた。


「せやから自分は十瑪岐君から……嫌われるんやろなぁ」


「どうかしました? はっ、とめき先輩なんかと一緒にしたから気分を害して!? ごめんなさい!」


「ちゃうで。落ち着きやー。ただの同気相求の気持ちと……同族嫌悪のデスマッチや」


「???」


 まったく意味が分からない。れいはどうでもええやろと、ちょっと頬を染めて虫でも追い払うように手を払った。


「っ自分のことはどうでもええんや。今は……莟ちゃんのことやろ? 君も迷っとるようやし……今日は本音引きずりだすんは……勘弁したるわ」


 微かに早口で言って口元だけで笑みを作る。


「自分の妥協理論に納得いかんなら……気の済むまで悩むとええよ。そうそう……これは教えとこか。見つけたもんが恋かどうか……確かめる簡単な方法……あるで」


 そうして語られた内容に莟は紅茶を吹き出しかけた。



       ◇  ◆   ◇



 文化部部室棟を出て、莟は部室に荷物を取りに戻ってから教室へ寄った。宿題を机にいれっぱなしだったのだ。


 今日のヘルプは無駄足だったような、自分の心中を整理するのに役立ったような、何とも言えない心持である。


 ため息をついてふと窓から向かいの校舎へ視線を落とす。すると一つ下の階の廊下に見覚えのある黒髪が。


「あ、とめきせんぱ──」


 少年は女生徒を背負っていた。顔は見えないがアッシュグリーンの毛先がちらりと見えて、それが鳴乍だと分かる。


 なぜ十瑪岐が鳴乍をおんぶしているのか。理由は分からなかったが、一つ確かなことがあった。


 莟の知らないところで二人は一緒にいたのだ。


 その事実がわけもなく胸にずしりと重くのしかかる。


 体育祭が終わったときと同じだ。声もかけられない。相手から認識してもらえない距離。なのに自分だけが一方的に気づいている。

 走れば数秒の直線も、隔てられれば力づくじゃどうしようもなく、もどかしい。


 廊下を進んでいく背中を目で追う。


 自分もそこに行きたい。駆け寄って、冗談を飛ばして、くだらない話をしたい。

 なのにできない。邪魔したくない。


(──違う)


 邪魔だと思われたくないのだ。


 誰に?


「あ……」


 答えが目前に浮かんで、莟は自分で自分にびっくりした。


 強く跳ねた心臓が胸元をざわめかせる。手を当てその鼓動を直に確かめる。


「今のはなんかちょっと……っぽい(・・)、かも」


 まるで映画やドラマが描くような。本棚に並んだベストセラーにつづられるような。

 そんな脈拍に近かったように感じて、莟はずっと胸元へ手の平を押し当てていた。



       ◇  ◆   ◇



 鳴乍を保健室に送り届けて、十瑪岐はようやく一息ついた。下校時刻を過ぎたので校舎内に残っている生徒はわずかだ。もう追われる心配もないだろう。


「ん? そういや通知切ってたかあ。莟からなんか来てる……。『ご愁傷様です。部活終わったので先に帰りますね』? 助けてくれる気ゼロかよお。ひでえ」


 事情の説明を求めるメッセージに返事をしなかったから見捨てられたのだろう。部活の合間にいらぬ世話をかけてしまった。


「そおだ、無事に遊びに誘えたって伝えとかねえとなあ」


 上機嫌に呟いてメッセージを送る。既読はすぐについたが、返事は翌日の朝まで返って来なかった。


 今日という一日もあっという間に過ぎ去り、すぐに夏休みが始まる。



  【七周目 フィニッシュ 八周目へ】



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