ストーカーには特攻
翌朝、下駄箱によりかかった十碼岐が莟を待っていた。
「おはようさーん。さっそくだけどオレに届いた熱烈ラブレターを見てくれねえ?」
「はい、おはようございます……こっ、これは!」
渡された封筒から便箋を開くと、黒のインクで『死ね』『消えろ』という文字が用紙一面におびただしく書き散らされていた。見るからに危ない人間から届いた呪いの手紙だが、莟が驚愕したのはそこではない。
黒一色の中にいくつか赤が差している。『死ネ』と書かれたところには赤ペンで『表記ゆれ』と印づけられ、『削えろ』となっている部分には同じく『誤字』と書かれている。
裏を見ると、『熱意は十分に伝わってきますが、単語の強い印象にばかり頼りすぎています。繰り返しを多用しすぎると幼稚な印象を与えかねません。まずは語彙を増やすことから始めてみましょう』との感想が丁寧な字でつづられていた。
「赤ペン先生だこれ!」
「おう、しっかり校正したから返しといてくれ」
「え、どういう意味です?」
意味が分からず手紙から顔を上げると、十碼岐は怠そうに靴箱によりかかりながら欠伸を噛み殺す。
「それの差出人はお前の言ってたストーカーだ。んで幸滉のじゃなくて蕗谷莟のストーカーだったわけえ」
「え? ええ?」
「幸滉にヤバイストーカー付いてたら間違いなく狛左ちゃんが気づくんだよなあ。だったら考えられる可能性はこれしかねえじゃん? そう思って男のオレがお前にべったりくっついてたら、案の定それが下駄箱に届いたってわけえ。幸滉のほうは、お前が熱い視線向けてたから嫉妬買っただけだろうなあ」
「そ、え、本当に?」
「容疑者絞って鈴原パイセンに確認して指紋も筆跡もばっちり照合できたから間違いねえよ」
「そんな……」
莟は思ってもいなかった真実に愕然としてしまう。他人に好意を向けられたことは幾度かあれど、自分がそういった粘着質な感情の対象になるとは想像も出来ていなかったのだ。
「んで、そのストーカー野郎にこういうの送ってみたんで」
十碼岐がカバンから取り出したのは、折り畳まれた可愛い便箋、そのコピーだった。
「えっと、『あなたのやったことは全て知っています。今日の放課後、二人きりで話をしましょう。下の地図の場所で待ってます。蕗谷莟より』? これ……勝手に名前使われてる!?」
それどころか筆跡も真似て書かれている。たとえ家族でも莟の書いた本物だと思うだろう。
「つーわけで、話し合いでも殴り合いでもしてさっさとけりつけろよお。んじゃ健闘を祈るぜ莟っちゃん」
十碼岐は肩を叩いて本当に背を向けてしまう。
「え、ついて来てくれないんですか!? 怖いんですけど!」
腰に抱き着いて引き留めると、彼は面倒臭そうに顔を歪めた。
「再起不能なくらいボッコボコにしてやりゃあいいだろ、この間みたいに」
「この前は緊急事態だったじゃないですか。今度は学内で知人ですよ!? そんな勇気あったらドーピングなんて持ち歩きません」
「は? なにクスリ?」
「いえ合法です。あの音で無い勇気を奮い立たせるんです。というかですよ、殴っちゃったらどう足掻いても誤魔化せません。退学になったらどうするんですか。お願いですから一緒に来てくださいよ!」
「はあ? 莟の問題だろ? 自分だけで解決しろよ。あー……っとほら、お前の部活と同じだ。どんなに聞こえのいい『一緒に』も結局は、走るのは自分だろ? 自分が頑張らなきゃ何も変わらねえなら独りに違いはねえだろ」
「それは──。……っでも孤独じゃなければ心強いもんなんです! それに普通は助けてくれるでしょう!」
「知るか。どんなご都合主義の普通だよ。んなもんオレに求めんな。こっちだって暇じゃないんだぜ。犯人特定してやっただけでもありがたく思えー」
デコピンで莟を引き剥がし、欠伸を噛み殺してそのまま去っていってしまった。
振り向きもしなかった先輩に、身体を失望とも悲しみともつかない感情に震わせながら頬を膨らませる。
「実はいい所もあるのかなって思い始めてたのに。あんな人、絶対あのときの恩人さんじゃない!」
無性に腹が立って、孤独でもやってろうじゃないかと拳を握る。
「ん?」
ぐしゃりと潰したコピー紙の裏に、何やら走り書きを見つけた。
「これって……?」