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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
七周目 クズと裏返った彼女
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心中は狂喜乱舞でデッドヒート


 暗闇にぼうと浮かび上がる少女の端正な顔に目を奪われる。浮かぶ微笑は初めてほころぶ花弁よりも清浄しょうじょうで、まっすぐな瞳は天上の水脈よりなおも澄み切っている。


「十瑪岐くん……?」


 気づけば鳴乍が顔を覗き込んできていた。鼻孔に良い香りが渦巻いて無意識に鼻息が荒くなってしまう。というかつまりさっきから全身に感じるこの生暖かい感触は……。


ちっかあっ!」


「ちょっと十瑪岐くん、まだ外に人がいるかもしれないから黙って」


「むぐっ!?」


 飛び退こうとしたら口を手のひらでふさがれた。


「もうっ、せっかく色々と手を回して助けてあげたのに。見つかったらどうするのよ。そんなことにも頭が回らないなんて、頭の密度が土星未満かしら」


「──っ誰の脳みそが水に浮くってえ?」


「良かったじゃない。いつ東京湾に沈められても生還できるわ」


「そんな浮力じゃ生コンには勝てねえんだよなあ」


「あら、いつ私がドラム缶に詰めると言ったの?」


「ぐぅっ普通は連想するだろうがっ」


 手を引っぺがして文句をつければ、鳴乍が機嫌よさそうに微笑む。いつもの鳴乍ジョークと思って先回りしすぎたようだ。


 十瑪岐は距離を開けながらじっと鳴乍を観察した。


 どうやら噂は本当のようだ。普段の鳴乍なら絶対に言わない類の発言である。口調も若干おかしい気がする。


「つうかなんだあここ」


 スマホで照らす。高さは十瑪岐が直立できない程度で、広さは畳一畳分。長身の二人が並んで座っているから狭い。ひんやりとしたコンクリートが剥き出しなので、夏場でも涼しかった。


 明かりを消すと外の光が漏れ入ってきて、入口らしき長方形の縁取りが現れる。どうやら壁に扮した扉があったらしい。


 外から見た感じだとこんなスペース気づかなかったのだが。


「床下の這って進める空間しかり、第一校舎ってこういう無駄な隠し部屋が多いのよね。図面を持っている生徒会以外は誰も知らないから、隠れるにはちょうどいいのよ。狭いのと埃っぽいのは我慢して。追われているのでしょう? 下校時刻まで身を潜めておきましょう」


「それだよ。なあんでお前の口が悪くなった原因がオレだと思われてんだ」


 心臓が早鐘撃つのを不機嫌な口調で誤魔化す。まさか鳴乍に聴こえているわけはないだろうが。暗くて助かった。赤くなった顔を見られずに済む。


 鳴乍はふむと考え、笑顔で答えた。


「十瑪岐くんなら何かやらかしそうと思われてるんじゃない? 問題が起こるたびに引き合いに出される陰謀論みたいに」


「あいつらオレをどういう目で見てんだよ」


「さあ。ちなみに私は常にスケベな目で十瑪岐くんを見ているわ」


「今それ言う必要あったかあ!?」


「あった。今際いまわきわでも声を大にして言っていきたいと思う」


「遺言になりかねねえ状況ですら!?」


 遺産相続争いを防ぐよりも重要だというのか。


「お前……やっぱ様子が変だぞ」


 十瑪岐は深いため息をついた。

 前からおかしな冗談を言う少女だったが、今日は輪をかけて酷い。助けられたのは確かだが調子を狂わされて困る。


 呆れ半分に距離を取ろうとする。その手首を鳴乍が掴んだ。

 あっと思ったのも束の間、鳴乍が十瑪岐の腕を引き寄せる。


「やっぱり……、こういう私は嫌いかな」


 不安におびえる幼子のように力強く抱き着いてくる。


(ほああああああああっ!? 近い近いおっぱい柔いごめんなさいありがとうございます!?)


 自分の腕が柔らかな双丘に沈んでいるのが視界に入って十瑪岐は慌てて顔を逸らした。だが二の腕に全神経が集中するのを止められない。逃げ出したいのにヘタに振り解くと冤罪が増えそうで動けなかった。


「すっ、好き嫌いの問題じゃないんじゃねえかなあっ!?」


 声を裏返らせながら答えた。鳴乍は俯いたまま沈黙している。何を考えているのか。

 頭が沸騰して彼女の発言にそれ以上反応する心の余裕がない。


 どれだけの時間そうしていただろう。空間を満たす空気は涼しいのに体中がやけに暑くて喉を鳴らす。スマホの画面を光らせるのも野暮なようで、十瑪岐は暗い視界に通帳残高を思い浮かべて必死に平静を保とうと試みていた。


 隣で鳴乍が身じろぎするのを感じる。少女は十瑪岐の肩に額を乗せて弱弱しく呟いた。


「私は…………嫌い。撃ち殺したいくらい」


 震える吐息に、いっきに頭が冷えた。気づけば口をついて出る。


「オレはオレに遠慮する奴が嫌いだ」


「っ────」


「だがお前が誠実であろうとする自分に誇りを持ってんなら、そりゃあ遠慮じゃなくて信念だ。頑張ってる奴をオレが嫌うわけがねえ」


 静かな口調で断言する。腕の圧迫感が緩んだ。

 鳴乍は黙って少年を見上げている。十瑪岐の言葉をどう受け取ればいいのか思案するように。


 鳴乍はどうやら、自身の加虐的な本心を押し殺し他者への潔白を貫くことで、自己肯定感を保っているようだ。自己評価を成績や承認によってではなく、ただ己の信念のみによって形作っている。


 どうしてそんな精神的修行僧みたいなことをしているのか事情は知らないが。それが彼女の生きかたならば外野の十瑪岐が否定すべきではない。


 なおも口を閉ざす鳴乍を十瑪岐は優しくたしなめた。


「それとも、自分が嫌いなもんはみんなも嫌いなはずだとか自他の区別がついてねえ幼稚園児みたいなこと言うつもりかあ? オレの価値観とお前の価値観を一緒にすんな」


「…………そうね。思い通りにいかなくて、ちょっと弱気になっていたみたい。ごめんなさい、急に変なこと聞かれたら困るよね。まだ体調が整っていないみたい。人並み以下の貧弱ゴミ体力なせいね。すぐもとに戻ると思うから」


 やっと腕を解放してほほ笑む。コイツ自分に対しても悪態をつくのかと驚きつつ、十瑪岐も口角を上げた。


「好きに振る舞えばいいんじゃねえの。オレらもうとっくに迷惑なんてかけあってんだろ。少なくともオレは好きにやってるし遠慮なんかしてねえぜ? こおんなクズ野郎に対して罪悪感とか持つ必要はねえよ。やりたいことやっちまえ」


「…………つまりもっと十瑪岐くんをデレッデレのドロッドロになるまで甘やかしていいということ?」


「オレの言い方が悪かったから頭を撫でるな手を揉むなオヤツを与えようとするなあっ! お触りは事前に許可とってねえっ。……っつうか、さっきからお前の体温やたらと高くねえかあ?」


 握られた手の感触があまりに熱っぽい。最初は自分の気恥ずかしさのせいかと思っていたが、気のせいではない。鳴乍のおでこに手を当てる。十瑪岐が末端冷え性なせいでもあるが、これは……。


「うっわ、おいおいおい、これ熱あるだろお。十瑪岐温度計的には三十八度越えてんぞ。自制が効かねえ原因これじゃねえのお?」


「そうなの? 言われてみれば思考の解像度が低いような……?」


「頭がぼんやりしてると……」


 鳴乍が首を傾げている。よく見れば息は荒く眼も潤んでいた。どこをどう見ても発熱の症状だ。なぜ誰も気づかなかったのだろう。もしくは夕方になって悪化したのかもしれない。


「いつも風邪のときどうなんだあ?」


「めったにひかないし、発熱なんて幼稚園以来だから……」


「健康優良児が逆に仇となったと……」


 隙のない鳴乍のことだ。これまでは体調管理も完璧だったのだろう。体調不良の感覚が掴めていないのだ。


 だとしてもこれだけ熱が上がっていて気づかないとは。この少女、一周回って馬鹿なのではなかろうか。十瑪岐は腰を上げ扉を開いた。時刻は十九時ちょっと前。すっかり人の気配はしなくなり、夏の日射も弱まっている。


「よく考えたら当人と一緒なら歩き回ってても追われねえだろ。おら、保健室行くぞお。今回だけ特別に課金なし初回無料サービスで背負ってってやるよ」


 手を引いて立たせる。屈みこんで背を向けほれほれと促すが、鳴乍は赤らんだ頬を膨らませるばかり。


「普通に歩ける……」


「んじゃあせめて腕貸す」


 左腕を広げてみせると、鳴乍は恐る恐るといった様子で抱き着き体重を預けてくる。自然とまた腕が柔らかいモノに包まれた。喉の奥から変な吃音が漏れたかけたが何とか飲み込む。


 さっきの密着で慣れたと思ったが、今度は視野が明るく隣の様子が見えてしまうので違う意味で心臓がおかしくなった。和太鼓が胸中に設置されてるみたいに心臓がうるさい。頭蓋骨まで拍動が響くようだ。


 むずがゆい沈黙が続く。二人で連れだって保健室へ向かう。何か喋ろうと口を開くが音が喉を通過する前に消えてしまう。沈黙を破るのがこれほど困難だとは。空気を読まないことに定評のある十瑪岐にとって初めての経験だった。


 最終下校時刻の鐘が鳴った。


 耳に入った新しい音が、自然と言葉を引っ張り出した。


「夏休みになったら、二人で遊びに行かねえか」


「用事でもあるの?」


「それ抜きで誘ってるつもりなんだがなあ。まえ一緒に出掛けたときはなんつうか、お互い気い使ってたろ。そういうの考えず好きに遊ばねえ? 行き先は決めてねえから、要望あるなら聞くだけ聞くぜえ」


「それってデー……」


 ……ト、と最後まで言葉にはならなかった。だが二文字だけでも十分に伝わってしまう。十瑪岐は歩きがぎこちなくなりながらも気づかないふりで答えなかった。ここで彼女を油断させ肯定を引き出するためにはあくまで遊びにいくだけだと印象付けるべきなのだが、心情的に直接否定したくない。


 というより否定して『だよねー、良かったぁ。恋人でもない男とデートとか気持ち悪いもの』などと返ってきたら脱水機もかくやいうほど泣きまくって二度と立ち直れなくなる自信がある。干物と化す。


「ほらオレら友達なんだろお。友人にくらい気ぃ使いすぎんなよ。ダルっと息抜きに行こうや。な?」


 内心の焦りを隠して念押ししてみる。友達の用意した言い訳を使うのがこんなにも恥ずかしいとは。


 鳴乍はおかしそうに笑って頷いてくれた。


「楽しみにしてる」


 その声はどこか弾んで聴こえて、十瑪岐は心中で渾身のガッツポーズを決めた。


 そのあと保健室で測った結果、鳴乍は三十八度七分の熱があった。翌日にはそのことも広まっていて、鳴乍のファンの間で彼女の加虐的言動は『熱によって平静を欠いていた』のだと結論付けられたという。


 追いかけられた十瑪岐のところには謝罪もなかった。普段ならば脅しのネタに転用する事案だったが、少年が浮かれまくってそれどころではなかったために、鳴乍ファンクラブの面々は難を逃れたのであった。



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