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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
七周目 クズと裏返った彼女
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影響と後遺症


 一学期最大のイベントである体育祭も明けた火曜日。夏休み前の最後の一週間が始まった。

 生徒たちはみな、平静を装っていてもどこか浮足立った様子を隠しきれない。高校生の夏休みとはそれだけでビックイベントであり、意識しない生徒など一人もいないからだ。


 そんな浮ついた空気の中にあっても、十瑪岐とめきはいつも通りに過ごしていた。


 第一校舎裏の日の当たらない木陰に少年はいた。


 中肉中背の、長身の部類に入る身長。制服を着崩しているため印象は粗雑だ。直毛の黒髪が後ろでわずかに跳ねている。葛和くずわ十瑪岐とめきは怯えて縮こまる後輩に向けて下卑た目つきで笑みを向けた。


「はあい、これで清算終わりい。休み前に借金帳消しで良かったねえ。あと三日遅かったら、こっちから出向くとこだったぜえ」


 数えた札束を指ではじく。それを聞いてほっと息を吐いた男子が希望の籠った瞳で十瑪岐を見上げる。


「これで、もう催促されることはないよな」


「もちろんだよお。理由もないのに脅迫するほどオレは鬼じゃないんだぜえ? 金さえ耳をそろえて返してもらえりゃあな。あ、でもお」


 母音の掠れて聴こえる甘やかな声音で十瑪岐が付け加えた。


「担保に預かってたこれ(・・)はまだ返さねえからあ」


 と、写真を見せる。いっきに顔を青ざめさせる後輩の肩を満面の笑みで叩いた。


「悪いようにはしねえって。オレが欲しいのは、この写り込んでる女子の情報な。知ってること教えてくれるなら写真もすぐ返すけどお?」


「それ、俺と彼女の関係知ってて言ってます?」


「幼馴染だろお? しかも乱暴に尻に敷かれてるんだってなあ。オレもおともだち(・・・・・)になりたくて隙を探ってんだよ。この辺で下克上しとかねえ?」


「それは…………か、考えときます」


「心が決まったらいつでも連絡ちょうだいね☆ つうか今まであんだけ渋ってたのに、なんで急に金持ってきたんだ? オレは助かるけどよお」


「……体育祭で葛和君、すごく頑張ってたし、ワンコインランチ本当に実現しそうだし。俺もいい加減に頑張ろうかなって……」


「ふーん?」


 分かるような、分からないような。予想外の理屈に十瑪岐は首を傾げる。


(なあんか、予想以上に男子からの反響がすげえんだよなあ)


『おっ葛和君、体育祭の煽り走法よかったよ』

『勝ってくれてありがとなー』

『今度ワンコインランチ奢らせてくれよ』


 などなど、ただ廊下を歩いているだけで、一度も喋ったことのない生徒が声をかけてきたりする。

 今まであれだけ十瑪岐を避けていたというのに。


(まあ好都合ではあるけど、な)



       ◇   ◆   ◇



 三時限目の休み時間、第二校舎裏のくぼ地には顔を真っ赤にした男子生徒が。それに相対するのはかわいらしい容姿の女生徒だった。


 背は女子高生の平均よりに少し足りないほど。小さい顔に大きな瞳が小動物感を強めている。ボブヘアーは色素が微かに薄いようで、陽の光でオレンジがかって見えた。


 校舎裏には二人しか居ない。少年が勢い込んで頭を下げる。


蕗谷ふきのやつぼみさん、実は俺ずっと前から可愛いと思ってて! その、僕と付き合ってください!」


「えっと、ごめんなさい。部活に集中したいので、そういうのはちょっと」


「で、ですよねー……」


 本日三回目の告白を笑顔でばっさり断った。

 とぼとぼ去っていく同級生の背中を見送って、莟も教室へ戻る。


 莟は人知れず深くため息をついた。朝から机に置かれていた手紙の分はこれで終わりだ。放課後の下駄箱が怖い。


 なぜ示し合わせたように休み時間のたびに呼び出されねばならないだろう。せめて昼休みとか放課後とかにしてくれないものか。


「なんで急に増えたんだろう……。体育祭で目立っちゃったからかな」


 だから悪目立ちはしたくなかったのだ。


「ていうか、あの見苦しい言い争いを見てどうして告白に踏み切ろうとするのか感性が分からないよ」


 変なノリになった男子生徒が勢いで突っかかって来ているだけだと結論付ける。玉砕覚悟と言えば聴こえは良いが、実際は宝くじ感覚なだけだろう。ありがた迷惑だ。


 どうせすべて断るのだから、いっそまとめて来てくれないかとすら思う。


 重たい足取りで教室に戻ると、また机の上に一通の便箋が。クラスメイトがにやにやと意味ありげな視線を向けて来る。ふと廊下へ目を向けると、たまたま通りかかったのだろう、部活が同じ同級生の古見こみが冷たい一瞥を投げかけてきた。


「うっ……」


 目が合うと、古見こみは苦々しい表情で速足に去っていく。


(うわぁ、これわたしが調子に乗ってると思われてるんだろうな……。それでなくても古見さん、わたしに当たり強いのに)


 泣きたい。そしてクラスメイトの視線がうざい。これもすべて十瑪岐のせいだ。莟はそう自分を慰めて、手紙を机の中へと放り込んだ。



       ◇   ◆   ◇



 体育祭の準備で無理をしすぎたせいだろう。体調を崩した鳴乍なりさは、学校を一日休んでいた。


 翌朝もまだ気怠さは残っていたが、生徒会役員が休みすぎるのは体裁が良くない。重たい身体を引きずるようにして送迎の車に乗り込む。


 座席で足を組み、手鏡を覗く。すぐ鋭い目つきとご対面した。顔立ちが冷徹に整っていて吊り目だから、ヘタすれば鳴乍は人相が悪く見える。


 我ながらキツイ印象の顔だ。鳴乍は意識して一筆で書いたように目を細め笑みを作った。


 病院で点滴を打ってもらってたっぷり眠ったためか目元の隈は消えている。


 アッシュグリーンの髪が少し跳ねていたのを手で押さえる。毛先の色が抜けている部分まで丁寧に櫛を通す。適当に整えているように見えて、上品に見えるウルフカットを維持するのは手間がかかるのだ。


「よし」


 制服にも問題はない。ただ、ハイネックの黒いインナーを夏服の下に着ているから冷房の効いた車内にあっても特に胸元が蒸してしまう。だがどれだけ暑くとも、鳴乍の中にそれを脱ぐという選択肢はない。


「お嬢、学園に着きました」


「ありがとう。今日は生徒会があるから、定時の迎えは結構よ。帰りには連絡するから」


「……お嬢、やはりまだご体調が優れないのでは。息も荒いでらっしゃいますし。どうかご無理はなさらぬよう」


「心配は余計よ」


 ありがとう、と言おうとして逆に突き放すようなセリフが出た。鳴乍は自身の言葉に一瞬の引っかかりを覚えながらも車外へ出る。


 今日は曇っているようで日差しが弱い。灼熱地獄にあっても長袖タイツを貫く身としてはありがたい。


「あ、久米さんおはよう」


「おはようございます」


「鳴乍さんだ! おはよう!」


「おはよう。朝から随分と元気ね」


 校門を通ると知人たちから挨拶が飛んでくる。それに一つ一つ丁寧に返すのがいつも通りの登校時間だ。


 そう、いつも通り。どれだけ疲労のピークを更新しようと、頭が回らなくなるくらいに労働しようと、二日も休んだのだからもう普通に振る舞える。そう笑みの裏で確信する。


 もう少しで校舎だ。周囲の生徒数も増えてきた。

 あとは座学の授業を受けるだけだから座っていられる。楽できるなと思っていたのだが、小さな騒動は簡単に発生する。


 友人とじゃれ合いながら登校していた男子生徒が、鳴乍の目の前でつまずき転んでしまった。


「のわっ!」


「あら、大丈夫?」


「痛ったぁ。あ、生徒会の……。すんません」


「大変、膝から血が出てる」


「えっ、うわマジだ。急に痛くなってきた……」


「あら、人前で醜態を晒したあげく涙を浮かべるなんて、滑稽だわ(・・・・)


「えっ」


(…………あれ?)


 するすると零れたのはどう解釈しても罵倒。おかしい。心配の言葉を告げようとしたはずなのに……。


 顔に手をやれば、浮かんでいるのは鏡を見なくても分かる冷笑。転んだ男子生徒は怯えて青ざめてしまっている。気づくと、周囲の生徒たちも何が起きたのかと困惑している。


 無理もない。慈悲と博愛をモットーとするクメセキュリティーの一人娘である久米くめ鳴乍なりさが、怪我人に暴言を吐くなど。いままで積み上げてきた信頼と印象からは程遠い言動。


「えっと、これは……」


 自身も混乱の渦中にありながらなんとか弁明しようと試みる。


「物珍しいというだけでこんなにも群がってくるなんて、ふふっ、人の愚かなところを煮詰めると羽虫と同じ習性でも得るのかしら」


 言葉を選んでいたはずなのに、気づけば鳴乍は、笑顔でそんなことを言っていた。


 一帯が驚愕の悲鳴や雄たけびに包まれる。


 ────生徒会会計役員、ご乱心。

 そのニュースは瞬く間に広がり、兎二得とにえ学園を震撼させたのだった。




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