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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
六周目 クズと頑張りすぎてる彼女
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感情未満


「終わった……。もう残りは明日でいいだろう。帰るのだよ。帰ってご飯食べてお風呂入って寝るのな! そして明日の昼まで惰眠をむさぼるのだ! お疲れ様!!」


 生徒会長矢ノ根(やのね)涼葉すずはの掛け声におおーっ! と答える生徒会役員たち。


 執行部員たちはすでに帰されている。隅に移動された体育祭本部のテントで日差しを避けつつ手早い撤収作業を終えた。時刻は十二時四十分。


 十瑪岐はやっと帰れるとため息をつく。だがふと周りを見渡して、あるはずの顔がいないことに気づいた。涼葉も同時に気づいたようで、帰り支度を進める皆を見渡している。


「おや、そういえば番外競技のあとから鳴乍なりさ君を見ていないのな。先に帰ったわけでもないだろうが……」


「オレ探しときますよお」


「わたしも行きます」


 だらっと挙手すると、莟も勢い込んで手を上げる。涼葉は安心したように立て板の胸を撫でおろした。


「うん、ありがとう二人とも。申し訳ないが、あたしはこのあと外せない用事があるため先に帰らせてもらうのだよ。鳴乍君を見つけたら彼女にも、今日はもう生徒会棟へ寄らずまっすぐ帰るよう伝えてほしいのな」


「了解でえす。んじゃオレはあっち探すわ」


「わたしは校舎のほうから探しますね」


「おう、見つけたら連絡な」


「その前に……とめき先輩。如何いかにも大変べらぼうに遺憾ではありますが、今回は敗北を認めます。あんな僅差でも負けは負けですから。でもずいぶん綱渡りでしたね。わたしが言い合いに乗って来なかったらどうするつもりだったんです? 陸上部を引き合いに出すとか印象最悪でしたよ。すごく腹立たしかった」


「だからだよ。友人が攻撃されりゃあお前は必ず乗ってくる。その確信があったからオレも加減しなかっただけだ」


「………………なんですか、その変な信頼」


 ぶつぶつと口の中で文句を呟いている。


「なんか言ったか?」


「言ってません。幻聴じゃないですか。耳がおかしいんですね、お可哀そうに」


「なんでオレ、シンプルに罵倒されてんのお?」



       ◇   ◆   ◇



 手分けして鳴乍を探す。実行委員長の仕事で行きそうなところから見て回るが、立ち寄った気配すらない。


 荷物があるから帰ってしまったわけではないようだ。だが連絡もつかない。スマホの電源を切っているのか。


 莟から通知が入る。


「『教室とかにはいないみたいです』かあ。じゃあ外かあ? そう遠くには行ってねえと思うんだが……」


 闇雲に探し回るのも限度がある。高い所から見たほうが早いかと、十瑪岐はグラウンドに近い校舎横の階段を上った。コンクリートに囲まれた狭い階段は夏の暑さの中でもどこかひんやりとしている。


 二階に続く中腹に、彼女はいた。


「!」


 折り返した足元に鳴乍が座り込んでいる。危うく大声を上げるところだった。


(……寝てんのか?)


 壁に寄りかかって目をつむっている。十瑪岐の足音に反応もしない。


 屈みこんで顔を覗く。顔色を誤魔化していた化粧は落としたようだ。自然な肌色に朱が差している。

 疲労が抜けていない感はあるものの、鳴乍は穏やかな表情で、微かに開いた口から規則正しい寝息を立てていた。


 おおかたほんの少しだけ休憩しようと腰を下ろして、そのまま眠ってしまったのだろう。


(だいぶお疲れだったみてえだしなあ。もっとオレが手伝ってやれりゃあ良かったんだが……)


 テロ予告への対処に手間取りすぎた。鳴乍のほうもこっそり手伝っていたつもりがバレそうだった。気づかれないようにしていたのに、上手くいかないものだ。


(頑張りすぎなんだっつうの、お前は)


 爆睡している少女をじっと眺める。小さく縮こまった様子は布団の上で丸くなる猫のよう。近寄りがたさすらある普段の優美さは感じない。


 優しさの化身だとか慈悲の女神だとか、そんな風に称されているのが不思議なくらい、ただの女の子にしか見えなかった。


「…………鳴乍」


 呟き、少女に手を伸ばす。


 指先は彼女の頬を撫でる直前で躊躇うように止まった。勝手に触れていいものか。埃を払うのとは違う。彼女に触れていい理由がない。まるで神聖な存在の前に引き立てられた罪人のような気持ちになってしまう。


 とはいえそのまま引っ込めるのも癪だ。十瑪岐は薄く息をついて、鳴乍の影を指の腹でなぞった。


 輪郭を描くだけで、胸の内にこみ上げるものがある。

 全身を満たすそれが指先を痺れさせた。


 曖昧なその感情が心中で言葉を形作ろうとして、十瑪岐はさっと立ち上がった。


「~~~~っ」


 無性に恥ずかしさがこみあげる。


(何やってんだオレはっ)


 階段を降りつつ頭を掻く。誰にも見られなくてよかった。こんな馬鹿みたいに顔を真っ赤にした姿など。



       ◇   ◆   ◇



 ……などと、十瑪岐が思春期真っ只中な行動に自分で恥ずかしくなっている姿を、遠くから見つめる者がいた。


 十瑪岐が上った階段の向かいの校舎。同じく高い所から鳴乍を探そうと四階の窓から外を眺めていた莟である。


「…………」


 角度がちょうどよく、眠る鳴乍と十瑪岐の姿が漏れなく目撃できてしまった。莟はこみ上げるものを必死に堪えていたが、数秒も保てず我慢は決壊する。


「………………ぷっ」


 噴き出す。なけなしの理性で窓を閉め、廊下に縮こまって腹を抱えた。


「あははははははははははははっ、ひひっふう、ふぅ、ぷふっあははははっははははっ」


 同行者がいればヤバイお薬でも吸引したかと心配されかねないほど笑いが止まらない。校舎に誰もいないのをいいことに莟は腹の底から爆笑し続ける。


「はははっ、なにやってるんですかアレ! 髪に触れるどころか影って! ひひっ、あまりにも純情! ピュアボーイセレクション堂々の第一位! キスしろなんて鬼畜なこと言いませんけど、せめて髪を撫でるくらいはやりましょうよっ、あはははははっ! おっ、お腹痛いっ」


 十瑪岐の思わぬ姿がツボに入って仕方ない。何が面白いか分からないがとにかく面白い。笑いすぎて、運動では一度もなったことのない酸欠が莟を襲うほど。


 さすがに笑い疲れて、意識的に呼吸を落ち着けた。深呼吸を繰り返してやっと腹筋の痙攣を抑える。


「ははは……………はぁ、ふぅ。……とめき先輩わたしにはベタベタするくせに、本命には触れもしないとか、もうそれベタ惚れじゃん」


 彼が鳴乍を友人として認識していない理由がやっと分かった。友人としてではなく、そういう(・・・・)好意を向けていたということか。


 十瑪岐は自分を好きと言ってくれる相手が好きなんだったか。であれば一度告白している鳴乍に恋をしていてもおかしくはない。むしろ順当な想いだ。


「そっか。うん、とめき先輩がねぇ……」


 莟にはいまだ掴めないその感情を彼が知っているのだと思うと、悔しいような羨ましいような、そんな複雑な感覚になる。莟は心のどこかで彼を同類のように思っていたのかもしれない。


 スマホを取り出すと通知が入っている。十瑪岐だ。


『見つけた。迎えに来てくれ』


 以下に場所の詳細が貼ってある。思わずまた笑いが漏れた。


「はは、自分で起こす意気地もないとか、超ヘタレ」


 莟から見ても二人はお似合いだ。鳴乍は言わずもがな、十瑪岐だって悪い男じゃない。十瑪岐のやり方は卑怯なものばかりだが、彼は身内に甘い。恋人のことだって特別大切にするだろう。


 ごく当たり前のカップルみたいに二人でお昼を食べたり、休日はデートをしたり、二人の時間を過ごして想いを深めていくはずだ。


 そんな様子を思い浮かべて、莟は自身の異変に気付いた。


「あれ……? なんだろう。胸焼け?」


 胃の上あたりが重たい。消化不良を起こしたような不快感がある。


「お昼ご飯まだなんだけどな……」


 大して膨らみもない胸を撫でて、心臓の音を手のひらで聴く。心音に異常はない。何も問題はないはずなのに、もやもやした気持ちが喉の奥にわだかまって吐き出せない。


「変なの」


 一言で片づけて、莟は窓を開く。とりあえず鳴乍を迎えに行かねば。最短距離を目視で測る。さっしに足をかけ手近な木の枝に飛び移ろうと身体を浮かせた。落ち着かない気持ちのまま窓から身を投げる。


 一瞬の浮遊感が浮いた感情を誤魔化してくれる。着地しても消えない心の決まらぬもどかしさから、莟は意識的に目をらした。




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