終わりは来るから後悔してる
体育祭二日目の号砲が打ち上がる。
各団の本部には昨日よりも濃い緊張感が流れていた。
それもそのはずだ。午前中の二会場、残り計十種目で勝負がつくのだから。
なぜ兎二得学園の体育祭が二日目まであるのか。それは一日目の結果を分析し、諦めず勝ち筋を見出す力を鍛えさせるためらしい。兎二得学園の教育方針は競争社会に喰らいついて行ける若者の育成だ。このイベントもすなわち人事運用と人脈活用のシミュレーションに近い。
徹底したその方針の効果はあるらしく、追い詰められた者こそ真の力を発揮できるのか、初日で最下位だった団が逆転優勝を果たした例もある。
二日目はシンプルな徒競走種目が主だ。
走るだけなので大道具を用意する必要もなく、よって手伝いの莟もお役御免なのである。
「この体育祭、日によって温度差がすごいですよね。昨日のなんて競技名からしてふざけてたのに」
運営本部の裏で、暇に任せた莟は昨日のプログラムに視線を落とした。
『大玉手玉転がし ~極限の交渉術~』
『人生の壁とは己が限界である(障害物競争)』
『ムカデ競争 ~縦長くとも必要は横のつながり~』
見ているだけで頭が痛くなってくる。
「どうしていちいち運動技能以外の能力を必要とするんですかね。高校生クイズの一コーナーを担うつもりなのか。この内容と寒いタイトルって誰が決めてるんです?」
「理事会」
「奇をてらって意味分からなくなる老害アイデアのお手本のようっ」
世代間ギャップとは簡単に埋められるものではないらしい。
「ところで、とめき先輩はこんなところで油売ってていいんですか?」
莟が用意したスポーツドリンクを勝手に飲んでる先輩へ冷たい視線を送る。十瑪岐は意に介さずあくびが出るまま肘をついている。
「安心しろってえ。恐喝・買収はやり尽くしたからな。あとは団長と副団長がどれだけやれるかだあ」
お手並み拝見といった様子でふんぞり返るのだった。
◇ ◆ ◇
──青団本部、第四グラウンド。
「トップバッターお疲れさま、与古田君。あのメンバー相手に三着なんてよく頑張ったね」
幸滉は戻って来た選手に激励を送った。
「あ、ありがとう」
だが選手と視線が合わない。それで違和感は確信に変わった。
「けど与古田君。コーナーでわざとスピード落としていたよね。君の練習姿は見ている。もっと加速できたはずだ。手を抜いたのはどうして?」
声が自然と低くなる。与古田は目を泳がせて、歯切れ悪く返事した。
「あえっとぉぉ、ちょっと言えない事情がありまして……」
「そうか。誰かに弱味でも握られてたんだね?」
「うっ」
問い詰めると顔を青くして口ごもってしまう。さらに距離を詰めようとしたところで、丸いシルエットが割って入った。
「まぁまぁ幸滉くん、あまり責めちゃだめだよ。ボクらはみんなを信じて任せることしかできないんだ。彼が実力を出せなかったのは、団長であるボクの統率力が低いせいだよ」
芒犀果が申し訳なさそうな表情で与古田を庇う。なごみ系の少年が小さなボールのような体をさらに縮めるさまは小動物を虐めているようで、幸滉もそれ以上は追い打ちをかけられない。
庇われた与古田は犀果の張りのあるお腹に抱き着いて泣き出した。
「うぅぅっ。ごめんなさい団長~」
「いいんだよ与古田君。君の憂いを取り除けなかったボクが悪いんだ」
「違うんれすぅぅ。おりぇがタビャコににゃんか手を出したかりゃぁぁぁ」
「ごめんよ、何言ってるか分からないよ。こんな体型だけど翻訳機能を付与できるコンニャクは持ってないんだ。普通の糸コンニャクなら常備してるよ。食べる?」
「ああっ、湯通し前のコンニャク臭が!」
泣き叫ぶ少年を横目に、幸滉は思考を巡らせた。
(タバコ……。そういうネタを活用しかねないのは十瑪岐だろうな。何か仕掛けてきてるのか? 今回は協力しろと言われていない。椎衣から来る情報には偏りがあった。その時点で何かされていた?)
十瑪岐の考えていることはいまいち掴めない。
(言っていたテロ予告の件と関わりがあるのか。邪魔はしないほうがいいかな)
無事に体育祭が進行している以上は、考えても詮無き事。勝利を目指すだけだと自分に言い聞かせた。
◇ ◆ ◇
黒団本部──には誰もおらず、首脳陣はレーンから離れた位置で百メートル走を見守っていた。
その中でも目立つのが団長の杉巳佑司と、副団長田中愛吏の二人。いかにも堅物そうなガタイの良い少年と、低い位置で結んだ髪とギャルギャルしい化粧の少女。見た目は見事にちぐはぐだが人柄のバランスは良い。
「愛吏、さっきの疾走だが」
他の者に聴こえないよう佑司が呟くと愛吏は即座に反応した。
「うん。さっきの青団の選手、マジ手抜いてたよね~。おかげでこっちは助かったけどさ」
「ああ。あそこで一位のトップボーナスを取れねば修正が難しいほど点が落ち込む可能性があった。だがこれは……」
「意図的に点を操作されてるみたいな気持ち悪さがある、でしょ? 昨日からずっとそんな違和感が付きまとっててキモイし」
「……考えを先回りするのはやめてくれないか」
「こんくらい誰でも分かるし~。佑司君って単純すぎ。単純キモイ」
「単純キモイってなんだ!?」
大声を出してしまって周囲の視線が集まる。佑司は咳払いして声をひそめた。
「あの青団がわざと手を抜くものか。芒君はあの通りだが、葛和のご子息はそう甘くない。他の団長連中にも目は光らせていた。おそらく第三者の介入だな」
「ね。誰かな。さっきの子を締め上げても吐かないだろうし、後手に回るといや~、やりづらいね~」
「うちの団員も懐柔されている可能性があるな。買収か、もしくは弱味でも握られているか。集団の理よりも個の利益を取ったか」
「黒団って刹那的な子多いからね~」
「誰に似たというのだろうな」
「本当にね~。ちょっと士気上げやっとこうか。頼んだね佑司君」
愛吏がウインクを投げると、団長は顎を引いて男前に笑った。
「任せておけ。これでも弓道部主将だ。試合前の引き締めなど弓張りよりも得意さ」
「弓道を修める者としてはそれでいいの?」
◇ ◆ ◇
黄団本部は常に明るい雰囲気で盛り上がっている。団長の下市火苅の影響だ。
現在の暫定順位は二位。しかも一位に手が届く範囲にいる。そのことも団員を明るくさせる理由の一つだ。
だがそんな中、一人だけ浮かない顔で黙りこくっている少女がいる。火苅は彼女に近づき、後ろからハグした。
「冥華ちゃんずっと難しい顔してる。上手くいってるんだよね?」
「行ってるよ。何箇所か危ういとこはあったけど、おおむね順調」
火苅の行動に驚くでもなく、冥華はローテンションで答えた。
実際すべて計算のまま進行している。あの少年の根回しは恐るべきものだった。黄団が追い込まれても、要所で相手選手のミスが目立つ。すべて彼の思い通りとすれば、葛和十瑪岐はいったいどれだけ生徒の弱味を握っているのか。
火苅が冥華の正面にパイプ椅子を持ってきて、背もたれに抱きつくようにして行儀悪く座った。
「私まだ分かってないんだけど、どうして普通に勝ったら駄目なの?」
「勝つだけじゃ、火苅のおかげになっちゃうから」
「んー? 意味分かんない。私のぜんぶは冥華ちゃんのためだよ。だから私の功績はみんな冥華ちゃんのものだよ?」
当然といった顔で言うから、冥華は呆れ半分で初めて彼女に問いかけた。
「…………。ねぇ火苅。火苅はいつからメイカのこと好きなの。どうしてそんな全部を捧げられるの」
「冥華ちゃんのことは初めて会った時から好きだよ」
「初めて……? それいつのことだっけ」
「はっきり覚えてるよ。私が三歳で、冥華ちゃんが二歳のときだね」
「待って、そんなに遡るなんて思ってない」
「もう一目見た瞬間思ったよ、『あ、この子こそ私の運命だ』って。理由なんてないよ。直感と本能だよ。簡単に言うと即オチニコマだよ。むしろ一コマ保たなかったよ」
「そんな曖昧なものでメイカに人生捧げてるの? 馬鹿みたい。そんなの盲信じゃない。鳥と同じだよ。
……これから先メイカが火苅の望まないメイカになったら、火苅はどうするの」
それは愛される自信のない人間だからこそ抱く不安。人は変わっていくものだ。好きになってもらえた、なけなしの良いところを、もし自分が保てなかったら。変わってしまったなら。もうその愛情を受けるに値しないのではないかと。
冥華がずっと一人で抱えて怯えてきたそんな不安。
火苅は昔から変わらない、冥華の暗い考えなど思いもよらないといった顔でそれを笑い飛ばした。
「どうするもなにも、冥華ちゃんがどんな姿になっても中身が冥華ちゃんなら変わらず愛せるし、中身が別物に変質してもガワが冥華ちゃんなら愛し続けるよ。それくらい私は冥華ちゃんだけに首ったけなんだよ。首ごと差し出すレベルだよ。伝わってなかった?」
「────ぁ」
「どうしたの?」
首を傾げた火苅に、冥華はおもむろに顔を伏せた。
初めて自覚できた。
メイカはこの少女からどうしようもないほどに愛されている。
「ううん。予告を出したのはメイカだもんね。やっぱり人の手なんか借りずに自分で何もかもぶっ壊す。そう覚悟を決めただけ」
なればこそ、その想いに自分なりの答えを返さねばならない。




