概念は持運び可なんです?
借り物競争。それはクジで引いたお題の物や人を借りてきて、それがお題と合致すればゴールできるという競技だ。
お題やルールには学校の校風が反映されている場合が多く、堅苦しい競争の中の息抜き──イロモノ枠ともされる。
兎二得学園の借り物競争も独自のルールがで成り立っている。
それすなわち──概念借り物。
兎二得学園の借り物競争は質量ある物体だけではない。概念をも含む。
それが十瑪岐が唯一出場する個人競技の内容だった。いまスタートしていった生徒も借りてきた『矛盾』のマッチング度を力説しているところだ。
十瑪岐はあくびを噛みころし、レーンに並んで自分の番を待つ。
借り物競争はそのルール故に、午後も半ばの種目でありながら多くの観客が押し寄せる目玉競技だ。
まず選手は、自分の所属団の人間から借り物をすることはできない。人選は必ず他の三団からになる。加えて、選手に協力した──貸した──者の所属団にも少しではあるが得点が入る。一つ一つは微々たる点だが、数十名の選手が競技を行うのだ。総点は馬鹿にできないものとなる。
ゆえに生徒たちはできるだけ会場に近づいて、自分が選手の求めるものを貸し出せるようスタンバイしているのである。手の空いている生徒をより多く動員するのも団長の手腕の一つ。今年はどの団も同程度の人員がある。体育祭が盛り上がっている証拠だ。
参加選手はもちろん早い順位でゴールするほど得点が高い。借りる相手はできるだけ勝敗に影響がないよう得点の少ない団員を選ぶのが定石なれど、ゴールを急いだほうが得点になるのでほとんどはなりふり構わず借り物をしていく。時に難しいお題も混ざるが意外と消化が早いのであった。
開始から十五分、すでに半分以上の出走が終わっている。あと二つで十瑪岐の出番だ。
十瑪岐は黄色いハチマキを巻きなおすふりをしながら臨時スタッフとして競技を手伝っている莟へ視線を送った。莟は予定通り、お題の書かれた紙をレーンに並べていく。打合せ通り上から順に丁寧に。
ルール的にはどの紙をとってもいいのだが、ほとんどの選手は時短のためにまっすぐ直線上にある用紙を手に取る。
つまり勝たせたい選手に合わせて紙を並べれば、難易度の調整がある程度可能だ。
そしてこのお題たち、ネタ出しに詰まった生徒会役員に頼まれて十瑪岐と莟も一部手伝っている。そのあと書き散らした用紙たちを並べたのも仕舞ったのも取り出したのも、そしていま配っているのも莟だ。
もちろん参加者の並びや順番も織り込み済み。
お題の内容は把握している。一部の情報を他団に漏らすことで、借りられていかれやすい人員も選別できる。
後半の種目で最も点の調整に向いた競技だ。参加者たちはそんな裏工作など知らずに目論見通り駆けまわっている。
(各団の総得点は一時間に一度しか更新されねえが、火苅がさらっと計算した結果、今一番を突っ走ってんのは幸滉たちの青団だ。次いで黒、黄、そして赤。覆せねえほどの差はねえが、予想より赤団が苦戦してんなあ。ここで微調整してやんねえと)
指の動きで莟へ指示を出す。小さな動きだが、視力の良い莟には十分だ。不審にならないようこっそり紙の順番を入れ替えてくれる。
そうやって秘密裏の点数調整をしていると、あっという間に自分の番が来た。
用紙はすでに並んでいる。ピストルの音で駆けだした。今の状況だと十瑪岐は三位くらいになればいい。そこまで急がず他選手と並走してお題を取ろうと──。
先頭の選手が紙を拾おうとして盛大にすっ転んだ。
「ほあああっ!?」
隣のレーンまで巻き込んだ大転倒。つられた選手がまた滑り、十瑪岐のレーンまで影響が来た。紙が目前で舞い上がる。男子高校生六名がもみくちゃになって大混乱だ。
もはやどの用紙が目的のお題の紙だったか分からない。十瑪岐はとにかく一番近くにあった紙を開いた。そこにあったのは。
『犬猿の仲』
「どお借りて来いとっ!?」
手に取ったのは一番最悪の概念お題だった。しかも十瑪岐たちが考えたものではない。生徒会の誰かが書いたものだろう。
他の選手も各々お題を見て走り出している。十瑪岐も数秒だけ逡巡し、とりあえず生徒の群れのほうへと駆けだした。
完全に計算が狂った。本当なら大多数が持ってきてるような簡単なお題を引く手筈だったのに。
ちなみに借り物がお題と合致するかの審査は公平性のため生徒会役員と教師が行う。三人の審査員のうち二人以上がOKを出せばゴールが認められる。特に概念問題は多少お題と差異があっても、納得さえ引き出せればいいのだ。
思考をぐるぐる迷走させるうちに、すでに一番早かった選手がお題発表台に向かっていくのが見えた。
予想外の出来事に焦りが生まれる。視線が並ぶ生徒たちの表面を滑っていく。その向こうを移動中の団体の中に金色の頭髪が光って、瞬間ひらめきを得た。
「おおい! 幸滉! 来い!」
「えっ、十瑪岐? なに?」
十瑪岐が呼び止めたのは青団の副団長、葛和幸滉だ。おそらく次の出場競技のために別の運動場へ向かっている途中だったのだろう。すぐ呼ばれた意味を察したらしく駆け足で来てくれる。
(賭けにはなるが、これしか思いつかねえ!)
幸滉の腕を掴んで強引に走る。一部の女子から黄色い悲鳴が聞こえた気がするが十瑪岐の脳にその声は達さなかった。
なんとか順番に滑り込み、予定通りの三番目になった。
台に上り目下の審査員を見下ろす。通常は設置されたマイクにお題を発表するのが先なのだが、十瑪岐は順序をすっ飛ばし隣の幸滉へニヤケ顔を向けた。
「よお幸滉兄ぃちゃん。最近は忙しかったからなあ、面と向かって話すのは久しぶりじゃねえ?」
マイクが会話を拾うように声を張る。幸滉は衆目があるからか、困ったように軽く笑った。
「……だからその兄ぃちゃんというのはやめてくれ」
「はいはいすんません。急に引っ張って来て悪いなあ。まあ、日頃からお前のお願いも聞いてやってんだあ。たまにはオレの役にも立ちやがれや。どうだあ? オレと会えなくて寂しかったろお? 昔から一人じゃ眠られないくらい繊細な王子さまだもんなあ幸滉は」
「それは幼稚園生のころの話で……。いったい何が言いたいのさ」
「別にい? 最近ちょっとストレス溜まってきてたからさあ、全校中継されてるこの場で幸滉きゅんの恥ずかしいメモリーを大発表しようかなあって!」
「なっ。まさかそれがお題なの!?」
「違えよ? 完全なる私怨でえす」
定点カメラに向かってピースする。審査員たちが困惑の表情を浮かべているのが分かる。これ以上は時間を引き延ばせないか。嫌な汗が背中を伝う。
緩慢な動作でお題の用紙を広げようとして────。
「キサマ! 幸滉様に何をしている!」
「べげはっ!!」
運動場を駆け抜けてきた小柄な少女の飛び蹴りが十瑪岐の脇腹に炸裂した。
激痛に見舞われながら十瑪岐はにやりと口角を上げる。
(釣れたあ!)
幸滉を十瑪岐から庇うように着地したのは赤毛の少女、幸滉の番犬たる狛左椎衣だった。
十瑪岐を視線で殺しかねない剣幕で青筋を立てている。
「このクズが! 気高くお優しい幸滉様をキサマごときが辱めようなどと、ボクが許すと思うかこの脳足りんめが!」
「げほげほっ。こ、狛左ちゃんもおひさ~。相変わらず可愛い顔が台無しの眼光だなあ。とりあえず足どけてえ。オレも二本足で立ちたあい」
「口答えするな。そこで畜生のように這いつくばって己が言動を反省するがいい! むしろ一生その顔地面にこすりつけていろ貴様のニヤケ顔は不愉快だ!」
「はははははぐえっ。審査員さあん、はいこれお題、『犬猿の仲』。これ少なくとも相性は最悪なんで語源的には合ってるかとお……」
蹴られた衝撃で一緒に倒れたマイクに向けて言う。
審査員の教員が、威嚇をやめない椎衣を一瞥して疑問を呈した。
「でもその飛び込んで来た子、君と同じ黄団の所属だよね」
「ええ~? オレが連れてきたのはあくまで青団のお兄様ですよお? ぐえっ、踏むのやめて。ルールにはお題を借りて来いってしか書いてねえ。お題に関わる人物その人のみを連れて来いとは限定されてねえはずですけどお? げはっ、血が」
背中をぐりぐりされながら苦し紛れの言い訳をすると、教員は苦い顔でOKの札を上げた。
「んー、まぁ。ずいぶん身体張ってるし、いいでしょう。あとで保健室行きなね?」
「よっしゃあ!」
怒り心頭の椎衣を幸滉に任せゴールする。予定通りの順位だ。
脇腹に損傷を抱えた十瑪岐は保健室に向かう途中で、副団長とすれ違いざまにひそめた声をかけた。
「すまん離脱する。あとの指示出し任せるぞ」
「分かった。……火苅、点数が想定通りになるように計算と調整。必要なら蕗谷さんに合図して。周りにバレないようさっきまでの葛和君と同じ感じでね。メイカはこれから向こうの競技の応援に行くから、動員してる生徒たちの誘導もお願い」
「お安い御用だよ冥華ちゃん。どどーんと任せて」
ウインクで答える火苅に一抹の不安を覚える十瑪岐だったが、相手は腐っても天才。明確な命令を与えておけば完璧にこなすだろう。あと内臓の損傷が本気で心配なので背を向けるしかない。
今までの競技でもそれとなく点数操作はしていた。誤差は想定の範囲内だ。とはいえさっきのように予定外の事故が起きる可能性もある。
明日に控える残りの競技は外野にできることが少ない。ここが最終調整ラインなのだ。
作戦が上手くいくか……どころか実行できるかどうかさえもがこの借り物競争にかかっている。
そして昨晩、火苅がこっそり各所に爆薬を仕掛けているのを目撃しているので何としても成功させねばならない。十瑪岐の策が失敗したらあの女は躊躇うことなくスイッチを押すに違いない。
「一途なサイコパスってある意味怖え……」
呟く呼気は、どことなく鉄の味がした。




