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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
五周目 クズとすれ違う従姉妹
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誘いて惑わせ


 時は流れ、体育祭が約一週間後に差し迫った月曜日の朝のこと。

 学園裏にある女子寮から出るとき、あくびを噛み殺していた冥華めいか火苅かがりの挙動に違和感を覚えた。


「どうしたの火苅かがり。さっきからキョロキョロして」


「んー? なんでもないよ冥華めいかちゃん」


 いつもと同じ子犬のような笑みに、しっぽを振る幻影が見える。さりとてこの犬が愛玩用でないことを冥華めいかは知っている。


「お願いだから変なことしないでよ。この間だって作戦立ててるとき黄団の男子生徒に噛みついてたでしょ」


「え~だってあの人、冥華ちゃんに色目使ってたもん。火苅わたしから冥華ちゃんを取ろうなんて許せないよね」


「あれはそういうのじゃないでしょ。メイカと火苅の両方に気を使って、メイカのこと褒めてくれてたんじゃん。メイカが止めなかったらどうするつもりだったの」


「そんなの冥華ちゃんは知らなくていいんだよ」


「…………」


 いつも通りに笑う火苅に、悪寒が背筋を駆け抜ける。


 公立の小学校に通っていた頃も、冥華と仲良くしていた生徒が急によそよそしくなったり、学校に来なくなることがあった。学年が上がるにつれその頻度は高くなっていく。冥華の容姿が可愛くなっていくために、喋りかけてちょっかいを出して来る男子が増えたせいもあったのだろう。


 低学年の頃は気づけなかった。成長して分かった。間違いなく火苅が何かしていたのだ。

 だから中学からは私立の兎二得とにえ学園へ編入したのだ。金持ち学校の世間体を気にする生徒達ならば露骨に接触してくる者は少ないから。


「そうそう冥華ちゃん、最近よく来るあの一年の……なんだっけ。スポーツ特待生の」


蕗谷ふきのやつぼみさん?」


「そうその子。へぇ、もうフルネーム覚えてるんだ。フキノヤちゃんか。珍しい苗字だね」


 笑みを深めたように見えるが、付き合いの長い冥華めいかには彼女がうっすら青筋立てているのが分かる。


(そういえば火苅が不機嫌になるの、前は男子相手ばっかりだったけど、最近は女子にも警戒してる気がする。加速度的に面倒臭くなってくな。そのうちシニアカーに乗った老婆とすれ違うだけでふくれっ面しそう)


 嫌な想像をしてしまってため息をつく。それからつとめてしかめ面を作った。


「フルネーム覚えてたからなに? 火苅かがりはメイカの記憶力を馬鹿にしてるの?」


「えっ!? そんなんじゃないよ決して! 私が冥華ちゃんをそんな風に思うわけないじゃん。そうだよね。冥華ちゃんなら人の名前くらい三秒で暗記でちゃうもんね。全然おかしなことじゃなかった。それでその蕗谷ふきのやちゃんには、何か気に障ること吹きこまれたりしてない?」


「三秒ってハードル高っ……じゃなかった。んんっ、なに言ってるの? あの子は生徒会の関係者でしょう。変なことなんてないよ」


「そうだよね。うん。それならいいんだ。ごめんね変なこと聞いて」


 火苅かがりはあっさり話を終わらせた。普段通りに振る舞っていたが、その後も何かを探すように周囲へ視線を走らせていた。


(火苅が自分から他人を気に掛けるなんて。蕗谷ふきのやつぼみ……。スポーツ特待生、生徒会の臨時スタッフ、体育祭健全運営委員……。今の火苅が気にすることといえば…………アレ(・・)か。ちっ、この忙しい時期に。対処はしてたつもりだけど、ここに来て……。もうっ、面倒だなぁ)



       ◇   ◆   ◇



「とめき先輩、本当に大丈夫なんですか? こんな回りくどくて上手くはまってくれるでしょうか」


「大丈夫だあ。各所に土下座して根回しも完璧ぃ。安心してオレの言う通りに怪しい感じで動いとけ。詰めは万事任せろ」


 少女の潜めた声に自信ありげに答え、少年はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。



        ◇   ◆   ◇



 放課後の団練習の時間、第四運動場には砂埃が舞っていた。招集した黄団のメンバーが練習に打ち込んでいる。


 脇で休んでいた冥華はふとあるべき姿が消えているのに気が付いた。


火苅かがりは……?」


 当たりを見渡すが見慣れた体格の少女がいない。瞬間、冥華の中に奇妙な焦りが生まれた。手近にいた黄団作戦チームの一人の下へ駆け寄る。


「ねぇ火苅──団長がどこに行ったか知らない?」


「団長ならさっき、なんか用事を思い出したから少しだけ離れるって、あっちの方向に走ってっちゃったよ」


 指差すほうを見やる。その先にあるものを思い浮かべ、全身の産毛が逆立った。


「あっちって運営本部がある第一運動場……。ありがとう有働うどうさん。ちょっとの間だけ練習の指揮を任せてもいい? サボり癖のある団長を連れ戻して来るから。あのレーンが終わったら休憩を挟んで」


「う、うん任せて……。やっぱり下市しもいち団長の管理は冥華さんにしかできないね」


 返事を聞いてすぐ走り出した冥華は有働の呟きが耳に入らない。


 脇目も振らず足を動かし必死に火苅の姿を探す。


(まずい。何がまずいっていろいろまずい気がする。だって火苅があんな人の多い場所でメイカから目を離すなんて)


 今までなかった。それほど優先すべきことが他にあるのだ。火苅が冥華よりも優先することなど冥華のことしか(・・・・・・・)考えられない(・・・・・・)


(嫌な予感だ。体育祭の舞台設営はだいたい終わってる。このタイミングで壊れたら作り直す時間がない。全部が台無し。火苅がこの時を狙って待ってたんだとすれば……。どうして気づかなかったんだろうっ。やっぱりメイカなんかじゃ……何も──!)


 今日は使用予約が入っていないのか、辿りついた第一運動場には人がいないかった。息を切らせて辺りを見渡すが火苅の姿もない。


 奥の一番大きなテントが運営本部だろう。兎二得学園の体育祭は四つの運動場で同時進行する。その様子が空調の効いた保護者ルームで中継・配信されるのである。


 生徒会による運営本部がすべての競技を管理する。すべての情報がここに集まるようにできている。つまりここを破壊すれば、体育祭は進行不可能となる。


 冥華は緊張に喉を鳴らしてテントへ近づいた。並んだ机に乗った大量の機材が物々しい。大量の延長コードが地面を這うのを恐る恐るまたぎ越える。


 冥華はテントの中の物を一通り観察した。何かおかしなものが設置されている様子はない。


「もしかして、ただの杞憂きゆうだった……?」


「なあにが杞憂きゆうなんだ?」


 突然の声に振り返る。そこにはいつの間にか、ニヤニヤと気に障る笑みを浮かべた少年が立っていた。制服のポケットに両手を突っ込んだ斜に構えた態度で、屈みこんだ冥華を見下ろしている。


 冥華はゆっくり腰を上げ、飛んでくる視線と正反対の温度で睨みを返した。


葛和くずわ十瑪岐とめき……」


「おっ、知ってくれてんだ、嬉しいなあ。オレもお前のことよく知ってるぜえ? 佐上さがみ冥華めいか。歴史ある老舗和菓子店の一人娘。特筆すべき点は他になし。典型的な家柄お嬢様だなあ」


「だからなに」


 自覚していることを言われてもムカつかないものだ。だが相手の粘着質な喋り方に無意識に反応してしまっていたらしい。


「そんな怖い顔すんなよお。お前とはずっと話したいと思ってたんだ。オレたちわりと、似た者同士だと思うんだよねえ」


「はぁ? メイカとあなたが? そんなわけないじゃん」


「いいや似てるぜえ? お互い、優秀すぎる身内に苦しんでる」


「…………」


 ひそめられた眉を見て浮かんだのは、十瑪岐とめきの兄である葛和くずわ幸滉ゆきひろだった。周囲からの評価は優良すぎて留まることを知らず、特に女子からの人気は圧倒的だ。まるで王子様が絵本からそのまま飛び出して来たような容姿と立ち居振る舞い。そんな兄と比べられて十瑪岐はこう呼ばれている。『葛和兄弟のクズのほう』と。


 徹底的に対照的な人物評。それはきっと、火苅かがり冥華めいかの関係性以上に周知の事実だろう。


「オレらみたいな凡人は優秀な奴の隣にいるだけで重責だもんなあ」


 十瑪岐が声の調子を下げる。

 さきほどまでの押しつけがましい喋りと打って変わって、同情の色を濃く乗せて囁くように続けた。


「成績優秀で運動神経抜群。何をやらせても満点以上の結果が返って来る。本人には熱意もやる気もねえってのに。必死になってるこっちが馬鹿みてえだよなあ。世の中不公平だ。ああいう、あらゆる才能を与えられた恵まれてる奴がよお、たった一つを求めてるこっちの欲しいもんを片手間に奪ってくんだからさあ」


「…………」


「あんな眩しいの、近づくだけでこっちが焼け焦げちまう。まるで篝火かがりびみたいだ」


「────っ」


 自分の思考を覗かれた気がして冥華は思わず視線を落としてしまう。


 少年が口の中だけでビンゴと呟いた。芝居じみたしぐさで踵を鳴らし距離を詰めてくる。


ねたましいよなあ。そんな眩しいもんが目の前ちらちらしてよお。うざったいよなあ。余計に自分がみじめになるぜ。どっか行ってくれって泣き叫んで頼み込みたくなる。そおだろお?」


 少年の顔が気づけばすぐ近くにあった。上から見下ろされて威圧感に胸が痛くなるのに、低く甘やかな声が耳に滑り込むようで惹き付けられる。

 逃げられない。彼の声と言葉に心臓が同調していくのを嫌でも自覚させられる。


 冥華は唇を噛んで泣き出しそうになるのを堪えた。


「あなたに火苅かがりの何が分かるのっ。メイカのことだって……。っあなたみたいに自分勝手に他人を振り回して迷惑ばっかりかけてる奴が理解者ぶらないで」


 思い切り少年を突き飛ばす。片足分ふらついた十瑪岐は、離れた距離のぶん語調を寂しげなトーンに変えた。


「もちろんだとも。オレなんかに下市しもいち火苅かがりが理解できるわけがねえよ。あんなの理解でるのは、お前くらいだろ」


「え……?」


「オレみたいな度胸なしじゃ覗けないあの真っ暗な底なし穴みたいのを、ずうっと見つめ続けてたんだろお? すげえよ。お前はすげえ。そんなのお前にしかできねえよ」


「なん……なの、あんた」


 急に真摯に褒められて、冥華は頭が混乱してしまった。向けられる疑惑の視線に十瑪岐が空気を変えるように笑う。


「思ったことを言っただけさあ。だからまあ、これから言うことは別に責めてるわけじゃねえよっつう前振りな。……お前、下市しもいち火苅かがりの企みを見て見ぬふりしようとしてたろ」


「なんのこと」


「しらばっくれんなよ。だからここに来たんだろお? 火苅がいなくなって、現実味ってやつに怖くなって、いまさら止めに来た。怖気おじけづいたんだ」


 十瑪岐が一枚のカードを取り出して目の前に掲げてみせる。冥華はそれを視認して、目が離せなくなった。


「──それは」


 知っている。その中に、何が書かれているかまで。


 少年がにやりと笑う。


「これは生徒会棟に置かれてた差出人不明のメッセージカードだあ。下市しもいち火苅かがりはお前のために体育祭をぶっ壊そうと考えた。体育祭を無効試合にしちまえば、大切な幼馴染が家から追い出されることがはないと考えて。お前はそれに乗っかろうとしてたんだろお? 知ってて見て見ぬふりを決め込んだ。自分の手は汚さずに、幼馴染が勝手にやってくれましたあってなあ。違うかあ?」


 挑発するような視線。冥華は薄く息をついた。


「ちょっと勘違いしてるよ、葛和くずわの弟君」


 情緒を乱高下させられたせいか、もう隠す気にはなれなかった。だから素直に言ってしまう。


「火苅じゃない。火苅はそんな用意周到にできる人間じゃない。それを置いたのはメイカだよ」


 いっそ晴れやかに告げる。少年がさっと顔を青ざめさせた。


「うそぉ。マジかよおい」


 それが冥華の言葉に対するものでないと気づいたのは、足元に高速で何か転がってきてからだ。


 それはロープでがんじがらめにされ、口にさるぐつわを噛ませられた一つ年上の少女。彼女の顔を冥華が見間違えるはずがない。


「んーんんんんー!」


「鳴いた!?」


 幼馴染の思いもよらない姿での登場に、冥華は咄嗟にそんな反応しかできなかった。



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