誰何を続け看破したい
帰りのホームルームを居眠りで過ごした佐上冥華は、まだぼんやりと焦点の合わない瞳を上げた。
「……なに、君」
「はじめまして佐上先輩」
なぜか一年生の女子が笑みを浮かべて目の前に直立している。少女は呟きの意味を即座に理解して敬礼した。
「わたしは体育祭健全運営委員会臨時スタッフの蕗谷莟です」
「健全運営? そんなのあったっけ」
「わたし一年生なんでよく知りませんが、今年からの緊急措置だそうです。なんでも体育祭をダシに一儲けしようとしてる人が今年は多いらしくって。不正対策だそうですよ。具体的に言うと葛和十瑪岐先輩とか」
「あぁ、あいつ。なるほどね。はた迷惑な奴」
「あはは……」
名前を出すだけであっさり納得され、莟は笑みを引きつらせた。あの少年の名にまさかここまで効果があるとは。同級生に嫌われすぎではないかあの友人。
「佐上さーん、お迎え来てるよー」
クラスメイトの声に廊下を見やると、当たり前みたいな顔で下市火苅が手を振っていた。
「ん…………。健全なんたらってなにするの」
席を立ちながら冥華が質問を投げかけてくる。莟は横について、用意していた文言を舌でなぞった。
「えっと、各団を定期的に視察です。といってもそんなカッチリはしてませんけど。そういう立場の人が不定期にやって来るだけで抑止力になるそうなので。今日はなんとなく黄団のお二人に張り付いてようかなって」
「好きにすればいいけど、火苅の邪魔はしちゃ駄目だからね」
「御意に!」
ビシッと再びの敬礼を決める。そして笑みの裏でばくばくと脈打つ心臓に冷や汗を流した。
(うわーっ! 上手くいっちゃったよどうしよう!? こ、これでいいんですよねとめき先輩っ!?)
この場にいない、どこかで聞き込みをしているはずの友人に心中で呼びかけた。
◇ ◆ ◇
怪しまれずに団長副団長連中を観察するには何かしらの理由付けが必要だ。そこで葛和兄弟のクズのほうという悪評を利用するよう提案してきたのは十瑪岐自身だった。
「そおやって潜り込んだら、お前は奴らの傍について動機を探れ。オレは周辺から探りを入れてみるからよお」
「ええっ、そんな難しい役、わたしに務まるでしょうか」
「なあに不安がってんだよ。お前、他人の顔色とか窺って都合の悪い話題避けるの得意だろお? その逆をやりゃあいいんだよ」
「なっ、なんで」
「なに驚いてんだ。お前の友達、もうオレがいても平然とお前と雑談し始めんだろ。それ横から聞いてりゃ察しもつくわ」
「そっか……。確かにみんなもうとめき先輩に対して警戒心なくてあけっぴろですもんね」
「ほんとになあ。拍子抜けするぜ。お前の友達ってば図太すぎねえ?」
唇を尖らせて納得していない表情で宙を睨む。その態度にどこかズレを感じて、莟はわずかに混じる不快感のまま少年の脇腹を小突いた。
「……ていうか一つはっきりさせときますけど先輩。飯開先生のこと噂くらいでしか知らない外部生の一年からはとめき先輩、そこまでウケ悪くないですからね」
「…………冗談だよなあ?」
「虚言捏造嘘偽りゼロの本当ですけども。なに本気で驚いてるんですか。まさか自分が全人類から嫌われてるとでも思ってたんですか」
「…………わりと思ってた……かも」
「はぁ?」
毒気を抜かれたみたいに目を見開く十瑪岐に、調子を崩された莟は思わず肺の底あたりから低い声が出でしまう。
十瑪岐がびくりと肩を跳ねさせた。
「っオレの話は置いといてだなあ。とにかくそっちは頼むぜえ? あの得体のしれない凸凹コンビを丸裸にしてやれや」
気まずさを勢いで誤魔化し話題を変える。
だが目じりの痙攣は隠せていなかった。
◇ ◆ ◇
(……と莟に厳命した手前、オレも成果は出さねえとなあ)
口内でだけごちながら、十瑪岐は冷え切った壁に寄りかかってスマホをスクロールした。
体育祭という祭りが近づいている高揚感のせいもあるのだろう、数秒ごとに更新されるSNS画面には友人と撮ったらしき自撮り写真や風景の楽しげな写真が続々とアップされていた。
こういうところは金持ち学校の生徒も一般校の生徒も変わらない。
裏垢でフォローしている生徒たちの動向を脳内地図にリアルタイムで反映させていく。ひとしきりそうやって目を走らせ、目当ての人物が居そうな場所に見当をつけた。
各団の団長副団長たちの交友関係は、分かる範囲で事前にさらっておいた。容疑者を絞ればさらに深掘りできるというものである。
図書室に入って周囲を見渡す。するとすぐ目当ての人物を見つけた。生徒のアップした自撮りに写りこんでいたのと同じ、シャープなメガネをかけて肩をすぼめた少年が隅っこの長机で自習している。
裏からこっそり近づき、円を描くように正面へ回り込むと、気づいた少年があからさまに顔をしかめた。
「お久しぶりでえす鈴原先輩。まだ校内にいたんすねえ」
「うわっ、葛和十瑪岐。なんで話しかけくるんだ」
「えーなんでオレが声かけるとみんな露骨に嫌そうにすんだよお。……ってのはどうでもよく、ちょいと聞きたいことがありましてねえ。先輩って確かあ、火冥コンビと実家がご近所っしょ? お友達だったりしねえ?」
ほんの一時呼ばれていただけらしい二人の愛称を使ってみる。同じ知識を共有しているらしき相手には関連知識を漏らしがちになるのが人間である。
鈴原は思った通り、構えていた腕を横に広げて迎撃モードから会話モードへ滑り落ちた。
「また懐かしいユニット名を……。なんだ、今度はあの二人が気になるって?」
「そおそお、ちょいとあのおかしな関係性にご執心でして。知ってること教えて先輩」
右横の席に腰を下ろし顔を覗き込む。腕を相手の背もたれに乗せて、返事がなくてもひたすら笑顔で見つめ続ける。
無言の粘着に、鈴原はさっさと終わらせることを選んだのだろう、ため息をついてついに太めのシャーペンを下ろした。
「たしかに小学校までは二人ともぼくと同じ公立に通ってたから遊ぶこともあったが、それ以降はまったくだ」
「つっても下市火苅は同級生っしょお? 高校入って再会したなら挨拶くらい交わすんじゃねえんすか」
「別に彼女とクラスが同じになることもなかったからな」
「見かければ向こうから話しかけてきそうなのにい」
「いや、それはないと思うぞ」
静かな語調で断言された。十瑪岐は彼の態度を不可解に思いながらも、話を進行させることを選ぶ。
「とにかく、あのコンビについて聞きたいんですよねえ。なんかネタねえの鈴原パイセン」
「……本人のいないところで話すのはよくない」
「だったら本人のことじゃなく、その周りのことでもいいからさあ。傍から見てれば分かることくらいならいいっしょ。なあんか教えてくんねえとお、もっとウザがらみしちゃうぞ半永久的に☆」
「クズがっ。……はぁ、そうだな。少しだけなら。
そう、冥華さんのお母さんは厳しい人だ。嫁いだ先の家業を誇りにしていて、娘にも同じくらいの意識と、夫を超える才覚を求めてる。冥華さんはその片方を達成してた……と思う。偏見だが。だがあとの半分はすごく身近に陳列されてたからな」
手元のノートに視線を落としてシャーペンの先をコツコツと鳴らす。
言葉の隙間を埋めるような動作に、彼の言わんとしていることが十瑪岐にも分かってしまった。
「佐上冥華はずうっと、優秀な従姉妹と比べられてる?」
「冥華さんの火苅さんに対する態度は、たぶんそのせい」
下市火苅を調べて驚いたのは、そのそつのなさだ。校内外での人間関係が良好で、加えて学業や運動も成績上位だ。数値で見る限りすべてにおいて秀でている。体育祭の団長に選ばれるのも納得だった。
それに比べ冥華の特筆すべき点は、悪く言ってしまえば歴史ある“家柄”の誇りだけ。成績は軒並み平均的で、愛想も良くない。かわいらしい“容姿”もそれですべてが補えるほどに優れているわけではない。
そうなると、行きつく当たり前の疑問が口に出る。
「じゃあなんで下市火苅は自分に冷たい幼馴染にあんな懐いてんすかねえ」
「……それが一番謎なんだ、火冥コンビは。はぁ、喋りすぎた。これでもう用ないよな」
何度目かのため息をついて鈴原はノートをカバンに放り込んだ。十瑪岐を置いて逃げるように背を向ける。
「はあい、あざっす先輩。またよろしくでえす」
ゆるく呼びかけると、鈴原は口の動きも見えないくらいわずかに振り返った。
「二度と関わりたくない、君にも、彼女にも」




