インタビューに付き添って
犯人の目星はついている。
そう語る十瑪岐の説明を回想に変換するとこうである。
結論から言って十瑪岐は、放課後のうちに四団すべての団長とそれぞれ面会することに成功した。
もちろん生徒会から貰った腕章を付けていようと、十瑪岐が一人で接触すれば警戒される。だから誰か仲介してくれそうな者を探していた。顔の広い莟でもいいかと思ったが、彼女とは一緒にいるのが当然と認識されていそうで、十瑪岐個人への警戒心は緩和されそうにない。だからできるだけ普段、自分と接点のない人物を探すことにした。
すぐ見つかりそうになければ弱みを握っている生徒を呼び出してもいい。そうやって校舎をぶらぶら散策していた十瑪岐は、見覚えのあるおさげ頭がこれまた見覚えのある腕章を付けているのを遠目に見つけて駆け寄った。
「おっ、そこにいるのは裕子ちゃんじゃぁん。久しぶりい」
片手をあげてにこやかに呼びかける。嫌な予感がするとでも言いたげなしかめ面で振り返ったのは、長めのスカート丈に黒髪おさげの一見して真面目そうな容貌の二年生。間違いない、下着窃盗転売事件の犯人であった写真部部員の二年生、峯湖裕子だった。
裕子はしかめ面を敵とエンカウントした絶望顔へさらに歪めて十瑪岐を睨みつける。
「うげぇっ、葛和十瑪岐……。なんで親しげに話しかけてくるんだコイツ」
「なんだよお。パンツめぐって争った仲じゃねえの」
「間違ってないけど著しく悪意のある言い方はやめて」
「あれぇ、まえは敬語喋ってのにやめたのか?」
「あんたに敬語使ってもなんのメリットもないでしょ」
「ははっ、いいねえ。猫かぶってた態度よりよっぽど良いじゃんその嫌そうな顔。へんに遠慮されるより距離近い感じしてオレ好きだわ。でもちょおっと敵愾心溢れすぎじゃね? まだ何もしてねえんだけど。オレ泣いちゃうぞガチに」
「は? 粗雑に扱われて喜ぶとか想像よりよっぽどヤバイやつじゃんこいつ」
「それより裕子ちゃん、こんなとこでカメラ片手になにやってんのお? 日課の盗撮?」
「そんな日課がまかり通ってたまるかっ。……これは、体育祭準備の写真撮って回ってんの。学園のホームページにアップするやつ」
「ああ、準備の状況報告な。体育祭と文化祭ってやたら写真で途中経過上げるよなあ。でもそれをなんで裕子ちゃんがやってんだ?」
「生徒会長から依頼されて。やらかしを挽回する機会をくださったの。学園のホームページってお偉いさん方もよく見るでしょ。撮影者として私の名前出していいって会長が」
「へえ……よかったじゃん」
ぼそぼそと顔を赤くして言う裕子に、十瑪岐は生暖かい視線を向けた。
下着窃盗の件で生徒会長にだいぶ絞られたと聞いていたが、どうやら無事に会長を心酔するようになったらしい。
生徒会はあくまで"生徒のため"の会。本来ならば強制退学ものの事件を起こしても、当人に更生の余地があればそれを全力で援助することこそ生徒会の理念だ。
峯湖裕子は更生できると判断されたのだろう。相変わらずの手厚いフォローだ。生徒会長矢ノ根涼葉の人望が無限に上昇していくのも納得である。
あれほどやさぐれていた裕子をツンデレっぽい感じにまで堕とす涼葉の人徳は相変わらず十瑪岐にはマネできない次元に行っている。
「なるほ~、会長に頼まれたからその腕章付けてんのね」
「そう、会長から直々に頂いた『生徒会臨時スタッフ』の腕章で──」
嬉しそうな裕子に、にやあっと笑って同じ腕章を見せる。
「おっそろ~っ」
「ああああっ、なんかほんと私あんたのこと嫌いっ! パンツのことで引け目あったけどそんなん吹き飛ぶくらい癪に障る!」
「まあまあ、生徒会長にお仕事依頼された者同士、仲良くしようぜえ? 体育祭を成功させてえって意思は同じなはずだぜ。協力してくれよ裕子ちゃん。ところで峯湖裕子って韻踏んでて呼ぶの楽しくなっちゃうな」
「なんかもうあんたといると怒りで情緒おかしくなるから嫌。……はぁ。あのスポ特の子すごいね。葛和兄弟のクズのほうと上手くやれるなんてよほどの良い子なんだね」
「莟が良い子お? はっ! 見る目がねえなあ裕子ちゃん。あいつの根っこはもうちょい沈んでんぜ?」
「うっわ顔が腹立つ。こいつそろそろ殴っていいよね」
怒りを買いつつ女子をからかって遊んだ十瑪岐は、その後なんとか事情を軽く説明し協力を取り付けることに成功したのだった。
◇ ◆ ◇
裕子は各団長たちへの事前インタビューの写真撮影も担当していた。決して邪魔をしないことを約束して同行許可を得ることに成功する。
「仕事の邪魔はしねえ主義よオレは。つーわけでよろしくねえ、楠間田君と見知らぬ一年生」
合流した短髪小柄な新聞部員たちに片手を上げる。インタビューの担当は都合のいいことに、顔見知りの楠間田想示と優しそうな一年生男子の二人だった。
「お、お久しぶりです。十瑪岐君」
「急にごめんねえ二人とも。裕子ちゃんが迂闊に許可出すからあ」
「おい」
「僕はか、かまわない、よ。十瑪岐君には恩があり、あるし。登坂君もいい、よね?」
「あ、はい。生徒会の使いの人なら別にいいですけど」
登坂と呼ばれた柴犬みたいな一年生は、どうやら十瑪岐の顔も悪評もよく知らないようだった。先輩である楠間田の顔を立ててか特に警戒もなく了承してくれる。
実際にインタビューするのは登坂の仕事であり、楠間田はあくまで付き添いなのだという。頼りなさげな雰囲気の楠間田も部内ではちゃんと先輩しているらしい。
「じゃあいき、行きましょうか。まずは黒団から、です」
今日は各団のトップへ意気込みとかを聞いていい感じの記事を作るのだという。各団ごと二十分くらいを目安に連続で話を聞く。なぜそんなハードスケジュールなのかと言えば、情報漏洩による不利を招かないためだ。
たかが壁新聞の記事にすら細心の注意を払うのは、それほど生徒達が体育祭を重要視していることの証明であった。
「あ、と、十瑪岐君いると警戒されるだろうから、怪しまれないように、これをか、被っててね」
「のわっ!? え、なんだよこれえ」
楠間田が後ろから近づいてきたと思いきや、急に視界が暗くなる。どうやら被り物の頭部だけ乗せられたらしい。手さぐりに触ってみるとなんだかふわふわした材質だ。口らしき部分がとがっているから、犬か何かのキャラクターだろうか。
目のところからうっすら外が覗けるようになっているが、なんとも視野が狭い。思わず周囲を地雷に埋め尽くされた人みたいなすり足になってしまう。
「あ、歩きづらいねごめんね、手引くね。あと、一言も喋らずにいてくれると、嬉しい、かな」
「お、おう。ガチで邪魔して悪いな」
覚束ない足取りのまま、黒団団長のインタビュー現場へ案内される。
到着したのは何の用途で作られたか分からない小部屋の一つだった。簡素な机と椅子が用意され、そこには先にガタイの良い三年生男子と色気のある女子生徒が腰を下ろしていた。
「お待たせしました! 新聞部一年の登坂です! 本日のインタビュアーを務めます。よろしくお願いします!」
入室早々、登坂が勢いのある挨拶をかます。
「ああ、うん。登坂君ね。覚えた。そっちは新聞部の楠間田君と、写真部の峯湖さんだったな。よろしく」
渋い声で控えめに笑うのは、弓道部主将であり老舗旅館跡取りの杉巳祐司だ。硬派な顔立ちや立ち居振る舞いに加え妙な人懐こさがあり、主に女生徒に人気がある。
「まち、待ち合わせ時間前なのに、さすがですね」
「それほんとだよね~」
杉巳佑司の隣で女生徒が同意する。こちらは副団長の田中愛吏だ。
「佑司君ってばマメだよね。ボクとか直前までこの予定忘れて寝てたし。起こしてくれてマジ助かったわ~」
ギャルギャルしい言動と化粧だが、髪を染めず低い位置で結んでいるせいか妙に純朴な印象を受ける。彼女はこう見えて学力特待生であった。
黒団のトップはなんだか人懐こいコンビだな、と十瑪岐は分析する。
「それで、後ろにいるのは葛和十瑪岐君ではないかな」
佑司がにこやかに、カブリモノをした十瑪岐を示す。目が笑っていない。
「えっ、どうして分かるんです?」
「体型と背格好、あとは腕の筋肉の付きかたからな。こう見えて人を覚えるのは得意でさ。体の一部分さえ見えていれば知人を特定できる自信がある」
佑司が登坂の問いになんでもない調子で答えた。
「す、すごい……」
「すごいってかちょいキモいモンタージュ佑司君は置いといて、葛和君がなしてここに?」
「キモンタージュとはなんだ」
突然の罵倒に物申す佑司に、愛吏が冷たい視線を向ける。
「だって体の一部ってつまり女子の胸とか足でも特定できるってことじゃんキモイわ~」
「それはっ……」
「反論できないならこっち進めるよ。んで〜? 葛和君は何用?」
愛吏は視線でこちらを値踏みしてくる。そこには用心深さが垣間見えた。
今の三年生は特に飯開教諭の授業が多かった世代だ。飯開を辞めさせた十瑪岐に対する悪印象は他の世代の比ではない。
たとえ先日の壁新聞によって飯開にも非があったことが周知されていても、詳しい事情は関係者しか知らないうえに、悪い第一印象というのはそう簡単に拭いされるものではなかった。
十瑪岐は内心緊張しながらカブリモノを取って微笑む。
「そんな怖い顔しねえでくださいよお。なんも企んでねえっすよ。これは生徒会のお使いです」
と、それだけ言って腕章を見せる。こういうとき喋りすぎると嘘臭くなる。相手に想像の余地を与えたほうが事態は上手くいくのだ。
それも生徒会への信頼あってこそだが。
案の定黒団トップ二人は神妙な様子で顔を突き合わせている。取材の準備をする登坂たちよりも、後ろに突っ立っている十瑪岐ばかりを気にしながら。
撮影機材の準備も終わりついにインタビュー開始直前となったとき、おもむろに立ち上がった佑司が近づいてきた。
「葛和君、ちょっと」
「へーい。どしましたあ?」
身長は同じくらいだが相手のほうが肩幅も筋肉もある。雰囲気に気圧されてしまいながら平静を装って向き合った。
佑司が申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「さっきは失礼な態度をとってすまない。なにせ君のことは悪評ばかり耳に届くものだから、ついね。だが生徒会が君を推薦し、君が生徒会のために働いているなら話はべつだ。全面的に信用しよう」
佑司は言いながら裕子と新聞部員たちを一瞥する。
やはり、接点の少ない証人にくっついて来てよかった。黒団の二人が腹の中でどう考えているかは分からないが、表面上は仲良くしてくれるらしい。
「ありがとうございまあす。オレが何しに来たかっていうと──」
「皆まで言うな。生徒会長の人柄は同級生の俺たちのほうが知っている。疑いはしない。君は君の職務を全うしてくれ。なに、俺が団長になったからには今回の体育祭、黒団が全力で勝ちに行かせてもらうよ」
全身で自信を表し精悍に笑って、握手を交わそうと手を差し出してくる。十瑪岐はその手を取りながら彼らの表情の動きを注視した。
顔の筋肉は言動と連動し不自然なところがない。声の調子にも嘘はないようだ。
その後のインタビューも注意して観察していたが、あのテロ予告を黒団が匂わせることはなかった。




