仲間ハズレはだあれ
昼休み明けの授業は、三週間後に迫る体育祭の説明から始まった。担任の女性教員の声がすでに聞いていた内容をなぞるのを、莟は落ち着いて聴いている。
(とめき先輩が言ってた通りだ。えっと、わたしの所属は……)
前から回ってきたプリントを後ろにも回しつつ自分の出席番号を探す。見つけた名前から横へ視線を動かし──
「んん?」
なにか、予期せぬ文字列を見た気がする。莟はもう一度自分の名前を確認し、横列、縦列を指でなぞる。
なんどやっても列違いではないし、見間違いでもない。
最後に蛍光ペンで名前から一直線に横列を塗って、もう一度自身の所属団を確認した。
「んんん?!」
わけがわからず首をかしげる。周囲は楽しそうに自分と友人の所属の話で盛り上がっているが、莟にはなんと声をかければいいか困っているようである。
担任の女教師が莟の心中を置き去りにして説明を進めた。
「自身の所属する団色は確認しましたね。この後三十分より各体育館にて団員を集め、団長より説明があります。遅れないよう移動してください。団によって場所が違います。くれぐれも行き先を間違えないように。入口で名前と顔を確認されるので、学生証を携帯して行ってくださいね」
「あの先生……、わたしはどうすれば?」
生徒が移動を始めるなか、困った莟は恐る恐る手を挙げる。
見留めた担任教師はやっぱり、途端に困った顔をした。
◇ ◆ ◇
生徒たちが自団の説明会へと移動してしまい、莟は一人途方に暮れていた。廊下にも教室にも、生徒の姿はない。教師たちの姿もだ。みな体育祭の説明会のためそれぞれの体育館へ向かったのだろう。
一人だけ行き場のない莟は各体育館へつながる渡り廊下でもう一度配られたプリントに目を落とす。
青の蛍光ペンに彩られた莟の所属は、どの色も示さない。代わりに書かれた文字列は──『無所属』という無機質な三文字だけ。
「なんなの『無所属』って! 出馬かな!?」
誰もいないのをいいことに腹の底から文句を叫ぶ。
その両肩に後ろから軽く何かが触れた。
「なあんの選挙に立候補したってえ?」
後ろから、母音の掠れたような甘やかな低い声が囁く。耳に生温かな吐息が当たって飛びのくと、そこにはなぜか葛和十瑪岐が中腰で立っていた。
「ぎゃあっ!! えっ、誰っ、とめき先輩!? なぜここにっ?」
「いやそれこっちのセリフなあ。とっくに説明会始まってんだろ。サボりかあ?」
「違います。これ見てください」
怠そうに腰を伸ばす十瑪岐にプリントを見せる。マーカーのおかげですぐ莟の名を見つけたのだろう、ほうと目を見開いた。
「おお、『無所属』かあ。スポ特待生をどう扱うのかとは思ってたがあ、こう来るとはなあ。ちなみにオレの所属は黄団でしたあ」
「寄る辺なきこの身には居場所を持つ者が羨ましい! じゃあ先輩はなぜ集会場に行かないんですか?」
「もう行ったっつの。行ったらすぐ『こいつ絶対情報を他団に売るよね』って満場一致で警戒されて退出させられたんだよお。集団種目の練習には参加するからいいけどお」
「先輩……学校行事ですらハブられるんですね……。むしろ学校行事だからこそハブられるんですね……」
「まったくよお、オレより警戒すべき相手がいるってのにい」
「えっ、誰ですかそれ。先輩以上に情報売りそうな人……? そんな人類います?」
「そおれがさあ、狛左ちゃんも黄団だったのよねえ。んで我が愛しのお兄様は青団の副団長に選出されましたあ。狛左ちゃんはすべてにおいて幸滉優先だからなあ。こりゃ黄団の優勝だけはねえわ」
「諦めが早い……」
だがそれにも納得である。
狛左椎衣。まるで幸滉の番犬のようにして彼といつも一緒にいる赤毛の少女だ。周囲を威圧するその眼力はドーベルマンのごとく、幸滉を慕う女生徒たちを近づけさせない。
彼女は幸滉や十瑪岐の幼馴染で、親は葛和の子会社で代表をしているらしい。立場的には葛和社長の秘書と呼んで差し支えない。そのせいか一人娘の椎衣も、葛和グループの後継者とされる幸滉に対し絶対服従を誓っているようだった。
彼女経由で黄団の情報がすべて青団に流れるとすれば、頭脳戦だというこの体育祭では非常に不利に動くだろう。
「……なんて案じてられるのも、自分がいるべき団がある人だけですよね。わたしは何だか他人事です」
力なく失笑する。そんな莟の腕がいきなり引っ張られた。
「えうっ? ちょっ、何するんですか」
「さっさと足を動かせ。行くぞお」
「え、どこに?」
半ば引きずられるようにして渡り廊下を進む。この方向は体育館ではない。校舎へ戻る道だ。いったいどこへ連れていかれるのかと少年を見上げれば、呆れ顔がそこにあった。
「阿呆、生徒会に決まってんだろお。生徒の割り振りはあそこの仕事だあ。なんかの間違いかもしれねえし、どっかにねじ込んでもらえるかもよお。最悪でも納得いく理由を説明してもらえんだろ」
当たり前のように言う。莟は感心して十瑪岐の隣に並んだ。
「今初めて先輩を頼りになる先輩だと思いました」
「オレ売られた喧嘩は値踏みするだけして買わずに転売する派よお?」
「じゃあ平和ですね! ありがとうございます、とめき先輩。わたしだけだったら生徒会に訊こうとかまったく思いつきませんでした」
「なんかオレお前に嫌われてるらしいからあ、たまには好感度上げにいかないとなあ。ちょろいぜえ」
「なんで自分で下げに来たんですか。でも、本当にありがたいです。これでどうにか卒アル集合写真の右上みたいな扱いを避けられそうです」
嬉しくなってぴょこぴょこ跳ねてしまう。莟の光り輝く笑顔を見て、十瑪岐は気まずそうな難しい表情になった。
「まあ……話ができる状態かが本当の問題なんだがなあ」
「……?」
少年の呟きは、莟にはよく聞き取れなかった。
◇ ◆ ◇
生徒会棟に向かいながら、莟はふと当然のことに思い至った。
「よく考えたら、生徒会の人たちも体育館にいるんじゃないですか?」
なにせ全生徒が強制参加の説明会だ。追い出された十瑪岐はともかく、生徒会役員も説明を受ける側のはずである。
だが十瑪岐は質問を予想していたように即答する。
「いねえよお。あいつらは運営側だあ。参加者じゃあねえ。どこの団にも所属してねえんだよ」
「えっ、じゃあ生徒会の人たちも『無所属』? 仲間がいたなんて!」
「ある意味そおなるのかあ? 説明受ければ理解できるだろおが、兎二得の体育祭は生徒のやる気をどう引き出すかが重要になる。例えば生徒会長が所属する団なんかモチベ上がりまくり、他の団は下がりまくりい。存在するだけで勝敗に直接関与しちまうんだよなあ」
「ちょっと想像ができますね」
最近まで生徒会長の顔も知らなかった莟ではあるが、一度認識すると急に目につき始めるものである。
生徒会長、矢ノ根涼葉は生徒から絶大な支持を得ているらしかった。
廊下を歩けば可愛いと歓声が飛び交い、口を開けば格好いいと感嘆で一帯が包まれる。何をしても注目を浴びる、まるで芸能人か著名人かのような扱いだ。
そしてそういった扱いは生徒会長だけではない。程度の違いはあれど、役員も憧れの的として衆目を集めているようだった。
入口で出入りを見張っている用務員に生徒会役員が集まっている部屋を確認し、生徒会棟へ入る。
普段は執行部員たちが忙しそうに駆け回っている廊下も静まり返っていた。みな体育館での説明に出ているのだろう。
十瑪岐は我が物顔で廊下の真ん中をずんずん進んでいく。
「そうでなくても生徒会役員っつうのは人望があるからなあ。奴らが団にいるかいないかで士気が目に見えて変わっちまう。だから例年あいつらはどこの団にも所属せず運営に徹してるってわけえ」
「生徒会の人たちってそこまで人気者なんですか」
「全員ファンクラブだってあんだぞお。ほれ、ファンクラブ会員証」
言って分厚い長財布から取り出したのは、一枚のカードだった。キャッシュカードのように硬い材質で、黒字に金で兎が二羽、刻印されている。裏面には会員証の情報の印字があった。ICチップまで入っている手の込んだ作りだ。
「あ、ちゃんと会員ナンバーが入ってる。本当だ……現実にあるんだこういうの。これは鳴乍先輩のファンクラブの会員証ですね。…………え? なんでとめき先輩が持って……。まさか──」
「ちょちっ、違えよお!? ファンクラブ入ってると役員の情報がいろいろ入ってくるから弱み探るのに便利なんだよお! 他の役員の会員証もあるからあ。それだけえ!」
「別に人の趣味嗜好に口出すつもりはありませんが、やけに焦りすぎでは……。ほら、着きましたよ」
二階のひと際大きな部屋だ。プレートには『第二執務室』とある。廊下側には窓がなく中を窺い知ることはできないが、声が漏れ聞こえてくるので、人がいることは間違いないようだ。
莟が普通にノックしようとすると、十瑪岐に制止される。
「待て、ゆっくり開けろよお」
「? はい」
言われた通りに控えめなノックで扉を押しあけ──
「失礼しま────地獄かな?」
ドアの隙間から覗いた生徒会室はまさしく修羅場であった。




