人生は不発弾なればこそ
「へえ。そういうこと言っちゃうんだあ、飯開先生」
見計らったようなタイミングで少年たちは現れた。いつもの顔ぶれに莟はほっと息をつく。
「あっ、とめき先輩」
「来たか、葛和君。直接会うのは君が妻の代わりに記入済の離婚届を持ってきたとき以来かな」
十瑪岐は莟の前に出て、にこやかな男と対峙した。
「オレが親を殺したってえ? なるほどねえ。聞かせてよお、先生の考えってやつ」
挑発的に笑う。
飯開は思わずといったふうに失笑を漏らした。
「おれを先生じゃなくしたのはお前なのにな、葛和。まあいい、そっちの久米君にも聞いてもらおう。──まず、君の母親は兄である葛和勇玄と険悪な仲だった。使用人が二人のいる部屋から度々言い争う声を聴いていることからも分かる。
だがもともと兄妹の仲はそう悪くなかった。怒鳴りあうようになったのは妹が恋愛結婚で葛和家を出て、息子が生まれてからだ。
生まれてすぐ婚約者を決められていた勇玄氏は幸せを掴んだ妹が妬ましかったんだろう。だから、それを壊した。実の妹を無理やりに襲って孕ませた。そこの十瑪岐は、榎本夫妻の子ではない。実の兄妹の間の子どもだ」
飯開が後方に下げられた莟と鳴乍の二人へ視線を送る。二人は何も言えなかった。十瑪岐が黙っているからだ。その背中からは、いかなる感情も読み解くことができない。
飯開は満足気に笑みを深め朗々と続ける。
「そのせいで榎本夫妻の関係は酷いものだったんだろう。君は家庭の中では排斥されるべき不貞の象徴だった。特に君を生んだ母親からの当たりは強かっただろう。それが、君の犯行を後押しすることになった。
君が肌身離さず付けているイヤーカフス、その中にDNA鑑定をしたデータが入っているんじゃないかい? 君はそれで実の父親を脅して、葛和に入った。不幸な自分を生み出した葛和という存在を内側から徹底的に潰すためにさ」
これで決まりだと飯開が鼻を鳴らす。十瑪岐は悩ましげに腰に手を当て、反対側を脱力させながら続きを促した。
「まあ大筋は当たらずとも遠からずだなあ。で? オレはどうやって両親を殺したんですかあ?」
「簡単だ。二人の乗った車は対向車線からはみ出して走って来た車を避けようとして崖から落ちた。直接の死因は、大木がフロントガラスを突き破って体に刺さってのショック死だったそうだな。…………本当はその後ろに乗ってたんだろう? 君が後ろからハンドルを操作して落としたんだ。事故現場にいた裏は取れている。ハンドルにも不自然な君の指紋が付いてたそうだしね」
よほどの確信があるのか、飯開の言葉は断定的だった。相手の反応を面白がって待っている目をしている。
十瑪岐は肩をすくめて肺の奥から息を吐いた。
「あんたの調査はいいとこ行ってるよお。オレの実の父親が葛和勇玄なのは事実だ」
「えっ」
「それって」
動揺する女子二人に、十瑪岐はウインクを投げる。
「安心しろよお。んな悲惨な話じゃねえ。
榎本夫婦の結婚式の次の日、兄妹水入らずで祝いの酒を飲みまくってデロンデロンに酔っぱらって気づいたら翌朝、二人とも裸でベッドにいたんだとお。お互い記憶はなかったがさすがに大人だからなあ、全部察して真っ青になって父さんとこに土下座しに行ったらしい。そういう経緯でできちゃったのがオレ。だから種は勇玄で間違いねえ。オレが父親と認識してんのは、育ててくれた榎本の父さんのほうだがな」
これオフレコなあ、と二人に向かっていたずらっ子みたいに人差し指を立てる。
「だから家族仲は言うほど険悪ではなかったぜえ。むしろ両親はオレに気を使いまくってた。ま、子どもにとっちゃそれが気まずくもあったんだが。勇玄が母さんと口論してたのは、顔合わせるたびにあれは自分が悪かったって互いに言い合ってたせいだあ。二人とも頑固なんだよなあ」
思い出したように声が弾む。いつもの下卑た笑いとは違い、その語調は穏やかだった。
「だから正真正銘、あれはただの事故だ。誰を恨めるでもねえ、不運で偶然な事故だよ、オレがあそこから生還できたのは幸運だっただけだ」
「そんな馬鹿なっ。おれがどれだけ葛和とお前のことを調べたと思ってる。おれには確信があった。意図して悪評を流さない限りこれほど推測が事実と乖離することは──いや、本当にわざとそう取られるように……?」
想像と違う証言に飯開は狼狽を隠し切れていない。
そのザマを十瑪岐はいつもの調子で嘲笑う。
「オレは自分大事のクソ野郎だ。お前が言うみてえな、んなリスキーなことできるか、阿呆。仮に殺るならもっと頭使って殺るってのお」
腹の底からの嗤笑で舌を出す。遠回しに飯開の頭を馬鹿にして十瑪岐は締めくくった。
「二人の前でオレの所業を暴いて人間関係ぐちゃぐちゃにし返してやろうとでも思ってたんだろうけどよお、オレは人生が爆弾になるほど不幸じゃねえんだわ」
「なぜそこまで気づいて」
「同類のやることなんざお見通しだってのお。つうかお前みたいにプライドクソ高い奴は、相手を自分と同じ目に合わせようとするもんだろお? さあて、もう言うことはないかあ? 用意してきてても、また的外れだったらって思うよなあ。はっはあ! んじゃ次はお前らの欺瞞を暴く番だあ」
十瑪岐は踵で体を回して振り返り、一人縮こまっている少年に手を伸ばす。
「なあ楠間田君」
少年の怯えた目が、かすかに痙攣した。




