金がないなら調達
喧嘩した覚えもないが、とりあえず仲直りということで十瑪岐と莟は昼食時に集まった。鳴乍も合流して行き先を話し合う。全員お弁当を持っているので混んでいる学食へわざわざ行くまでもない。
廊下の途中で円陣を組むみたいに相談していると、珍しく自ら声をかけてくる知らない声があった。
「あのっ。葛和十瑪岐くんですよね?」
駆け寄ってきたのは、中肉中背の男子生徒だった。襟に光るクラス章の色から一年生だと分かる。視線が合わない。酷く緊張している様子だ。
「オレかあ? どしたよ坊主」
「あっ、あの。あなたが、お金を無利子ですぐに貸してくれるって訊いて」
しどろもどろの問いに、後ろで莟が疑問符を浮かべるのを察した十瑪岐は、口を挟まれないよう位置をずらして背中に少女を隠した。鳴乍はいつの間にか姿を消している。
十瑪岐は不安げな少年へ友好的に笑う。
「へえ、一年にも話回る程度にはオレも有名になったかあ。そりゃあいい。いくら必要なんだあ?」
「えっと、一万三千円です」
「微妙な数字……検定でも受けんのかあ? 申し込み締め切りギリのがいくつかあったなそういや。貸してもいいが、返すあてはあるんだろうなあ? 返済目途が立ってねえと貸せねえぞ」
「えっと、明後日からバイト始めるので、来月末にはお返しできます」
「へえなに初アルバイト? そりゃあおめでとう。しかし初給料を巻き上げるのもなあ。ようし、返済期限は再来月末にしとこうかあ」
「! いいんですか?」
「ちゃあんと返してくれるならオレは大歓迎だ。た・だ・し、期限を一日でも過ぎればあ……分かってるよなあ?」
凄惨に口角を上げる。怒鳴るのではなく静かな口調で脅しかけると、少年は縮み上がって何度も頭を下げた。
「ひっ! 分かってます肝に銘じますごめんなさい!」
「よしよし、はあい借用書。注意事項には目を通してくれよお? 名前と住所、連絡先諸々を太枠内はぜんぶ記入、印鑑は省略なあ。お利口、はあいお金。検定とバイト頑張ってねえ」
手持ちの茶封筒に現金を入れて手渡す。逃げるように駆けていく背に手を振ると、一連のやりとりを見ていた莟が納得いかない顔で背中から出てきた。
「もしかして、みんなにお金貸してるんですか」
「ああ、さっきみたいに即金が必要なやつにちょうっとなあ」
「ほんとに無利子で?」
「無利子で」
「稼ぎにならないじゃないですか!」
血迷ったかと言わんばかりに疑惑の視線で十瑪岐の胸倉を掴む。
「どうしたんです得にならないことするなんて、とめき先輩らしくないですよ!? やるならトイチの高利貸しで蛇の皮までしゃぶり尽くすのが先輩のキャラでしょう。あんな善行するなんてトチ狂いましたか!?」
それほど今の行動が十瑪岐のイメージと合わなかったというのか、納得の理由を話さなければビンタも辞さないという勢いで体をゆすられる。
十瑪岐は莟の猛攻に怯みそうになりつつも説明を試みた。
「酷え言われよう。イメージ偏ってんぞ。それはオレのポリシーが関係しててだなあ」
「『情けは人のためならず』でしょう?」
鳴乍がひょこっと顔を出して言葉を引き継ぐ。消えたのではなく空き教室に隠れていただけらしい。莟を引きはがしてくれる少女に十瑪岐はうなずいた。
「そゆことお。ってお前どこ行ってた?」
「私いちおう生徒会役員だから。ああいう場面に立ち会うのは障りがあるのよ」
会長の豪胆さから一見自由そうな組織に見えるが、役員には役員なりの制約があるらしい。
莟はまだ腑に落ちていないようだ。
「んん~っと? 情けをかけることは相手のためになりませんよってことですか? つまり手の込んだ嫌がらせ」
「誤用を覚えてんじゃねえよ。正しくは、他人にかけた情けは回りまわって自分に返ってくるって意味ねえ。つまりい、他人に優しくするのは自分のために決まってんだろおってこと」
「それもある意味誤用では。お金を貸して同額が返ってくるところのどこが利益なんですか?」
心底分からないという顔で莟が小首をかしげる。十瑪岐は邪悪に口角をつり上げた。堕落を促す悪魔のような笑みで横髪を掻き上げる。
「人心を分かってねえなあ莟は。いいかあ? オレは約束を守る。期限内に返済されりゃあ無利子だ。余計な取引もなし。だから次の客に繋がる。これはビジネスじゃねえから利子を付けねえのはオレの善意でしかねえ。返済した客は心理的にオレへの借りができるだろお? 善人であるほど恩情かけられた相手の頼みは断りづらいし、無碍にもできねえ。そうするともう精神的な負債と同じだ。しかも」
喉の奥でぐへっと変な笑いがもれた。
「オレが決まりを守るからこそ、返済期限を過ぎた奴へどれだけ無体な取り立てをしても客は減らない。期限さえ守ればリスクはゼロなんだからなあ」
「先輩、絶対えげつない取り立てしてますよね」
「…………方法聞きたあい?」
「やめときます。精神衛生大事」
「んなやべえことねえよお。ちょおっと公の場で言えないってだけ。だって相手が悪いんだもおん。借りたものは返さなきゃあ」
「利己心と悪意でしか正論を模倣できない呪いにでもかかってるんですか」
「実際に助かってる奴らはいるんだぜえ? 検定受験なら学園の補助も出るが今回みてえに申請忘れてると弾かれる。それに比べオレはさっきみてえな少額からも受け付けてるし返済期限はゆるゆる。下手な金貸し頼るよりかは良心的だってなあ。そうやって口コミが広まって客が増えればオレの思うつぼなのさあ。名前が売れて顔も広くなって、借用書から個人情報も手に入るしい? この学園に入ってくる一般生徒は頭がいいか一芸に秀でてるかだからなあ。多少踏み倒されても、やつらの将来性を考えれば十分なリターンが出る」
今にも腹を抱えて笑い出しそうなほどに目元を歪ませ手をワキワキと動かす。莟は十瑪岐の手を注視して鼻息荒くする手フェチの袖を引いた。
「生徒会的にこの悪徳業者はどうなんですか」
決定的な悪事を働く前に檻へ放り込むべきでは? と思っての質問だったが、鳴乍は意外にも首を振った。
「金銭的な利益が出てない以上は商売というわけでもないし、被害届も受理してない。ただの善意ですと言われたらそこまで。正直に言って黙認するしかないラインよ。こういう学校だし金銭の授受は違法でない限り黙認状態だしね。相手が教師なら即アウトだけれど」
「さすがとめき先輩。足がつかない卑劣さです!」
「よせやい。褒めてもなんも出ねえっての。はあい飴ちゃんあげる」
「出てるよ出てるポロポロ出てる」
ポケットから取り出した大量の飴を小さな手に降らせ、十瑪岐はポツリと呟いた。
「まあしばらくやってなかったんだがなあ。あの一年はどこから話を聞いたのか」
「休業中だったんですか?」
こぼした飴の小袋を拾う莟が十瑪岐を見上げる。十瑪岐はまだ迷いながらも、意を決して切り出した。
「これやってたから飯開の裏に気づいたんだよ。お前ら二人にこれから去年の顛末を話す。鳴乍、また生徒会棟の部屋を貸してもらえるかあ」
◇ ◆ ◇
七万八千円。
それが男の最初の瑕疵であった。
「ん……?」
今から約九か月前のことだった。
円滑なコネ作りのため、十瑪岐はまず自分の名を広めようと金貸し事業を始めた。それが順調に軌道に乗り始めた頃のことだ。
十瑪岐は帳簿をめくって首を傾げた。先日貸した金額が三件とも同じだったのだ。不思議と目につく七万八千円の文字。その時は一瞬意識に引っかかっただけだったが、その翌日、女生徒がまた同じ金額を口にしたことで違和感は本物となった。
「なあ、この金何に使うんだあ?」
十瑪岐は客へ始めてそう質問した。金を返す充てさえあれば使い道を詮索するつもりはなかったのだが、この時は好奇心が先に出た。
訊かれた女生徒は顔を赤らめ金を胸元で握る。
「な、なんでもないの」
「その反応は何かあるだろお。自分へのご褒美でも買うのかなあ?」
揶揄う口調で探りを入れる。少女はさらに恥じ入ってしまった。
「ほんと、そういうのじゃないから。もっと大事なことなの」
「…………?」
それ以上は聞き出せなかった。無理に追及するほど興味もなかったから、十瑪岐もこの件をすぐ忘れていた。女子に人気の限定商品でも出るのかと推測した程度だ。
だがさらに二回三回と続くといよいよ違和感は胸騒ぎへと至る。七人目でようやく聞き出した。
「先生へのプレゼントを買うの。誰にも言わないでね?」
幸福そうに言う顔が、いかにも騙されている女という感じがして気色悪かったのを覚えている。
そこから個人的な調査が始まった。十瑪岐へ七万八千円を借りて行った女生徒がみな、同じ財布を購入していると突き止めるのは早かった。そして、名の上がった教師は自身の誕生日以降、その財布を使っている。見せびらかすように財布を出していたので確認は安易だった。
十瑪岐は確信した。彼女たちはみな、飯開教諭へのプレゼントを買うために金を借りに来たのだと。だがどうして同じ財布だったのか。ブランドどころか色まで同じ。様子からして女生徒たちは示し合わせたわけではないようだった。そうなると理由は一つしかない。
飯開自身が、彼女たちに同じものをプレゼントとして要求、あるいは遠回しにおねだりしたのだと。
いくつも同じ品を手に入れてどうするかなどお察しだ。まさか同じ種類の財布をいくつも持って、日替わりで使っているなどということはあるまい。ネット検索ではヒットしなかったので確認には足を使うはめになった。案の定、隣町の質屋や中古ショップで未使用の財布が売られているのを発見した。店員に売りに来た人物の特徴を訊くと同じ答えが返ってくる。
全員に全く同じものを頼んでおけば、一つ残してあとは売って換金してしまえる。その残した一つさえ使っていれば、女生徒はみな、自分があげたプレゼントを飯開が大切に使ってくれていると錯覚する。やり方がどこぞのキャバ嬢と同じだ。
そして金を借りた女生徒のほとんどが返済期限日に泣きついてきたことで、確信はさらに敵愾心へと変わる。
飯開は女生徒に金や物を貢がせている。それも、少なくとも十人以上の生徒に。
金を借りた客の中には裕福な家の生徒もいた。十分な小遣いを与えられているはずの生徒が、返す金がないからもう少し待ってくれと申し出て来る。それはこの学園では異常なことだった。
それからの十瑪岐の行動は早かった。飯開が手を出している女生徒を観察することで、男の所業を把握した。
本来なら被害の糸口すら掴めないほど男のやり方は巧妙だったが、最初から被害女生徒を把握できた十瑪岐だからこそ真相に近づけた。
飯開は思わなかったのだろう。まさか学内に、人に金を貸し出している人間がいるなんて。まさか自分に貢いで金欠になった女生徒がその人間を頼るなんて。
そしてその人間がまさか、自分と同類のクズで、自分の弱みを握ろうと喜び勇んで動き出すなんて。
飯開の手口はシンプルだった。問題を抱えた女生徒に近づき、親身になってやる。相手の心を開き恋愛関係になると、必ずこう言うのだ。
「おれは妻を愛している。娘のこともだ。けれど、おれは君のこともどうしようもないほど愛してしまった。おれは、どうすればいいのかな……」
妻子がいるにも拘わらず飯開は女生徒にとって魅力的に映るらしかった。むしろ妻子への愛情を貫く姿勢が、さらに彼女たちの気持ちを湧き立てるらしい。二つの愛に揺れる飯開が見せる弱気な姿が、秘密の関係を燃え上がらせるようだった。
むろん、すべて詭弁だと外野の十瑪岐は知っているが。
飯開教諭の調査に数週間を費やし十分に確証を得た十瑪岐は、脳内で組み立てた計画を実行へ移す。




