忌まわしインタビュー
口をつぐんだ十瑪岐に、芹尾怜が再度問う。
「十二月に飯開先生を追い出したときの話、もっと詳しく聞きとうてな」
「詳しくもなにも、去年先輩方が記事にした通りですけどお?」
「せやろか。幸滉君《お兄様》が生徒会役員の推薦蹴ったんは、君のこの事件に責任を感じていう噂があるやろ? まぁそういう記事書いたん自分らなんやけど。それに対して当時の生徒会が口出して来よってん。ありていに言えば怒られたんよな」
メガネの奥の瞳が鋭さを増す。この件は先ほどよりも確信があるらしい。口調がさらに丁寧に、探るようなトーンになる。
「事後処理に生徒会長が関わっていながら、君には何一つお咎めなしやった。つまりアレは、生徒会長の筋書き通りやったゆうことやろ」
「さあなあ。矢ノ根会長の考えてることなんざ凡人のオレには分かんねえですよ」
「せやろか。こっちもだいぶおかしいんよな。飯開先生と仲良かったはずの女生徒があの事件以来……複数人休学しとったり転校してったりで、誰も詳細教えてくれへんのやもん」
「優秀な先生が居なくなったのがよほどショックだったんだろお。ご愁傷様ですねえ」
「先生の教育免許が剥奪された件についても……矢ノ根一族の圧が掛かっとって誰も口を割ろうとせん。一教師が生徒にはめられて教育界を追い出されただけにしては情報統制が過剰なんよ。なんや知られとうない何かがあるんやろ?」
「どおなんすかねえ。そっちは生徒会長にでも訊いてくださいよお」
回答を他者へ丸投げすると、怜はふっと眉間から力を抜いた。指先でポニーテールを解く。
「はあ〜。まあ……ええわ。今回は十瑪岐君の反応を生で見れただけで……とりあえず十分ってことにしとくわ。それでなくとも……君の記事はセンセーショナルで売れますさかい。いつも稼がせてもろてますわ。あ、幸滉君のネタと写真あったら……提供してもらえると助かるんやけどな。彼の記事は……君の五倍は売れ行きええんや」
「あいつの情報は高くつきますぜえ」
「おおきに。この間の破局記事でも……稼がせてもろうたわ」
「記事は割りかしまともだったけどお、その後に変な噂流したの芹尾先輩だったりしますう?」
「ああ、君が無理強いしたとかしなかったとか? あんな低俗なもん……知らんがな。じゃあ最後に……初彼女に浮かれてた頃の君の空回りっぷりについて──」
「『十瑪岐ときめきドッキドキ』!」
「写真部っ録画せい!」
「は、はい!」
「このまま撮影会やで! 十瑪岐君……ポーズもつけて!」
「くそおっ『十瑪岐ときめきドッキドキ☆』! これで情報くれるんすよねえ!?」
「ほとんどまともに答えて……くれへんやったからな。追加はなしや」
「んだとお!?」
手で作ったハートマークを胸元に、十瑪岐がキレ顔を披露する。
怜はおお怖っと肩をすくめて声を抑えた。
「必要最低限分は……すでに与えとるで?」
「はあ?」
「ひひっ。今後ともまたご贔屓に。峯湖ちゃん……あとお願い」
「はい。じゃあこっちに立って、ここに目線お願いします。そうです。いいですね。いいよ。すごく良い。別のポーズも行ってみましょう。そうそう、つぎは腕で顔隠してみようか。見えないからこそ期待と想像を掻き立てる、いいじゃん! こんどは腰もひねって見返り美人!」
勢いに押されるまま、部室の隅にある小さなスペースで撮影会が始まってしまう。
怜はすっかり生気のない顔に戻って、今度はゆらゆらした足取りで放置された用心棒二人へと近づいた。
「付き添いの二人も……今日は感謝や。口挟まんとってくれて助かったで。お土産に……ここ数か月の壁新聞バックナンバー……持って帰る?」
「あっ、芹尾先輩。在庫は今ぜんぶ別所に出払ってます」
写真を撮りつつ峯湖が振り返らず答えた。
「あれ……そやったっけ? ごめんなあ二人とも。手土産もなしになってもた。しゃあないから……今日撮った十瑪岐君の写真……ブロマイドにして後であげるわ」
「ありがとうございます」
「えっ、いりません」
「では莟ちゃんの分も私が貰います」
「ほな用意しとくわ」
軽く手を振って部員に指示を出し、自身はパソコンに向かってしまう。
手持無沙汰にする莟に鳴乍が声をかけてきた。
「どうしたの? さっきの十瑪岐くんの話、気にしてる?」
優しい瞳に気遣いが見える。だが莟は全く別のことを考えていた。
「え、いえ。とめき先輩と芹尾先輩って粘着質そうなとこ似てるから、タッグ組んで迫られたら子どもが泣き出しそうだなって考えてました。とめき先輩のご事情はわりとどうでもいいです」
「そ、そう……。けっこうさっぱりしてるのね貴女」
「そこまで他人に興味ないのだけです。鳴乍先輩こそどうなんですか?」
「そういう噂があるのは知っていたもの。彼は目立つ人だから、悪評だけはこと欠かないのよ。本当かどうかは……はぐらかされてしまうでしょうけれど。私も莟ちゃんみたいに割り切れるといいんだけど」
「わたしはただ、過去どうだったとか言われても、今目の前にいるその人くらいしか認識できないだけですよ」
「でも、十瑪岐くんが莟ちゃんの言う恩人さんかもしれないなら、もう少し気にしたほうがいいんじゃないかしら」
言いにくそうに忠告してくれる。莟はハッと目を見開いた。
「言われてみれば──! 見れなかった壁新聞が気になってそこまで頭が回ってませんでした」
「莟ちゃんは新聞、見てみたかったの?」
「わたしが入学してすぐインタビュー受けた時の記事もあるそうですし。知り合いも結構載ってるらしいのでちょっと見てみたいなって」
「確か今年度分のバックナンバーなら生徒会棟のどこかにあったはずだから、探してくるよ」
「ありがとうございます! 先輩って良い人ですよね」
クズい十瑪岐と違って、という部分がつい視線ににじむ。
鳴乍はかすかに眉をひそめた。
「そうかしら。外面がいいのよ、私」
言いながら、なぜか目じりに皮肉げな微笑を浮かべ目をそらす。
「…………?」
褒めたつもりなのに、微妙な反応をされてしまった。莟はわけが分からず疑問符を浮かべることしかできない。
そのころ十瑪岐は。
「いいよー、その表情いいよー! 今度はもっと大胆にいこうか脱ごうか!」
「オレいつまで写真撮られてりゃいいのお? そろそろこの記事のギャランティ相談しねえ? なあ誰かあ……」
十瑪岐の泣き言はシャッター音にかき消され届かないのであった。
◇ ◆ ◇
「ったく。なんの時間だったんだよお」
ようやく撮影会から解放され、十瑪岐は背伸びをした。
新聞部のある文科系第二部室棟を出て、長い渡り廊下を進む。
「情報収集は失敗?」
「……どうなんだろうなあ」
鳴乍の問いに呟きを返し、イヤーカフスを指でいじりながら思考を深く沈める。
新聞部部長、芹尾怜は平気で嘘を吐く。誤魔化しもする。似非関西弁でキャラづくりしている時点でお察しだ。
だがこと取引に関して彼女は信用できる。情報を扱う者として、怜は自身をそう意味づけている。
だから怜が『与えている』と言うのであれば、さきほどのやりとりの中に何かしらのヒントが提示されていたはずなのだ。彼女自身が下着窃盗犯についてどこまで知っているかは定かでないが、少なくとも十瑪岐にとって有益になるはずのヒント。
それが何なのか、まだ検討もつかない。
さてこの後の調査はどうするかと、渡り廊下の十字路で立ち止まった時だった。
「とっ、ととと、とめ──葛和十瑪岐君っ」
どもりがちな弱弱しい声が後ろから聞こえてきた。
知らない声に振り返る。文化部棟のほうから『取材中』の腕章をしたままの少年が、どんくさそうな動きで駆け寄ってくるところだった。
「ああ? さっきの『後ろでそわそわしとるボーイ』じゃねえか。ってお前……」
やっと目の前にたどり着いた少年の顔をまじまじと見つめて、そこから十瑪岐の薄い記憶が引っ張り出された。
「よく見たらお前、去年となりのクラスだったよなあ。たしか楠間田……だったか? 年末くらいからずっと病気かなんかで休んでた。そおか復学してたのかあ。新聞部だったんだなお前」
「うん、あ、ありがとう。まさかこんなざこ、ざこっぱちを覚えててもらえてたなんて」
「んでなんの用だあ? オレ忘れもんでもしてたか」
「いやそ、その、僕。き…………君の、ファンなんだ!」
「……ん?」
「な、何か調べものし、してるんだよね。それ、それって部長が言ってたせ、窃盗犯のこと? 僕も力になりたい。きっ、君が好きだから!」
「ぅおうえ?」
突然の展開についていけない十瑪岐の言語機能が軋みを上げる。
その後ろでは、
「────なんと……?」
なぜか鳴乍が人知れずショックを受けていた。
莟は彼女の意変に気づかず胡乱な目つきで楠間田少年を観察している。
「急に告白するなんてあの人、正気かな……。最近暑いし頭が煮えてるのかも。どう思います鳴乍先輩? って……どうしたんです、目が虚ろですよ。大丈夫ですか?」
「大丈夫……大丈夫よ……私は彼の友達だもの。ショックとかそういうのはないのよ……。ないはずなの」
「ブツブツ何を言いながらどこに行くんですかー?」
莟の制止も聞かず、鳴乍は上履きのまま渡り廊下をはずれ外へ踏み出してしまう。足取りが覚束ない。目的地も定まっていないようだ。
「そこの人、危ない──!!」
「…………え」
野太い悲鳴に顔を上げると目前に迫る白い球。
「鳴乍せんぱーいっ!?」
どこからともなく飛んできた硬球が頭に激突し、鳴乍はあえなく倒れた。




